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中学生編
娘vs運命(5)
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「ご当主、いったいどういうことですか!?」
「いいから通せ!」
鏡矢大学付属病院は読んで字の如く鏡矢一族の経営する施設だ。本家当主の突然の来訪に院長はひどく狼狽したものの、かといって止めることはできない。私も、どんどん奥へ進む雫さんの後について行く。
不思議なことに誰も鈴蘭様のことは気にかけない。まるで存在そのものが目に映らないかのように。
しかし集中治療室の前まで来ると流石に雫さんも足を止めた。タイミングの悪いことに入院中の患者がいる。
「なんですかあなた達……?」
治療室の前でベンチから立ち上がったのは、おそらく患者のご家族。暗い表情のご婦人。大変な時に押しかけてしまって申し訳無い。
「雫さん」
そこでようやく鈴蘭様が発言した。途端に院長とご婦人は驚く。
「なっ、えっ、いつの間に?」
「ここからは私と時雨さんだけで行きます。貴女はここに残って彼等に事情の説明を」
「いや、しかし──」
「時雨さん、玲瓏を彼女に」
「えっ?」
いいんですかと目で問うた私に、彼女は頷き返す。
「私がここにいるので問題ありません。雫さん、私達が今から一時間以内に戻らなかった場合、玲瓏で出口をこじ開けてください。まあ、必要無いとは思いますが」
「なるほど、そういうことなら承りました」
素直に受け入れ、私の手から玲瓏が入ったケースをひったくる雫さん。
丸腰になった私は逆に不安を覚えた。でも歩美ちゃんの笑顔を思い浮かべ、自分を奮い立たせる。
「行きましょう!」
どこへ行くのかはわからないが、鈴蘭様について行けばきっと辿り着ける。
鈴蘭様は「ええ」と行って集中治療室のドアに手をかけ、それから一度だけ振り返って患者の家族に語りかける。
「お騒がせしたお詫びです。旦那さんの怪我は治しておきました」
「え?」
眉をひそめた彼女らに構わず中へ入る鈴蘭様。私も続く。そこでようやく医師としての常識を思い出す院長。
「ま、待って下さい! そのまま入っては患者に危険が! せめて消毒を──あれ?」
「い、院長? 何が、何が起きたんです!?」
私が最後に聞いたのは、あるはずの姿が無いことに眉をひそめる院長の声と生死の境にあった患者が突然完治してしまい困惑する医師の声だった。
「今のは≪生命≫の力ですか?」
「ええ、私も≪有色者≫なので」
私の質問に、どことも知れぬ白い空間を歩きながら答える鈴蘭様。集中治療室へ入ったはずなのに目の前には広大な異空間。やはり歩美ちゃんは、普段私達がいる世界とは少し位相がずれた世界に囚われているらしい。鏡矢の一員として退魔を行ってきた私にはそう珍しい光景ではない。強力な悪霊や妖魔の類には、こういう空間へ獲物を引きずり込んでしまう者もいる。
そして、有色者。
鈴蘭様が名乗ったそれは端的に言えば超能力者だ。遠い昔、鏡矢の始祖と夏流の始祖が力を合わせて創り上げた異なる世界を繋ぐ架け橋。別名レインボウ・ネットワーク。このネットワークから神羅万象の根幹を成す“始原の力”を部分的に引き出せるようになった者達のことを総じて≪有色者≫と呼ぶ。
私もその一人。七系統ある始原の力のうち≪破壊≫と≪生命≫の二つに覚醒している為≪二色≫とも呼ばれる。
──さらに雨道君も死の間際、精神に干渉できる≪世界≫に覚醒していたことが鈴蘭様と出会った昨年の夏に判明した。
「もしかして、あの時からこうなることを予期していたのですか……?」
「ええ」
振り返り、頷く彼女。
「予期ではなく、予知できていました」
あっさり認める。やはりか、今回の要請に対し彼女は即座に動いてくれた。まるで待ち構えていたかのように。去年、鈴蘭様が予知能力も有していることは聞いていた。すでに知っていたのだ、彼女だけは。
なら、どうして教えてくれなかったのかと問いかけようとしたタイミングで先に答えを言われてしまう。
「別の未来も見えていたからです」
「別の……?」
「もう一つの未来では、貴女は今も黙ったままでした」
「あ……」
「罪を告白することを恐れ、沈黙していた。そちらの未来ではこうはならなかったのです。この一件、きっかけは貴女」
そんな……じゃあ、今回のことは……いや、今回もまた私が悪いのか?
足を止めてしまった私に、鈴蘭様も立ち止まって問いかける。
「後悔していますか?」
「……いいえ」
それでも悔やんではいない。いつまでも罪を隠し通し、逃げ回っていることなんてできなかった。たとえそれが災いを呼ぶ選択だとしても、それでも私は彼女達に真実を伝えたかった。
わがままな話だが、すでに選択した道。私はこちらの現実を選んだ。だから今は悔やむより、この問題をどう解決するかを考えなくてはならない。そして必ず歩美ちゃんを助け出す。
「急ぎましょう!」
「ええ、それでこそです」
満足したように微笑む鈴蘭様。試されていたのだと気付く。まったく、夏流の人間だけあってこの方も人が悪い。
やがて、行く先に再び集中治療室の扉が現れた。同時に中から歩美ちゃんの悲鳴が響く。助けを求めている。
「たす──! だれ──」
「歩美!」
私はすぐに駆け寄り扉に手をかけた。しかしどれだけ力を込めても開かない。生命の力で自身を強化してもやはりビクともしない。
「このっ!」
次の瞬間、私の目は赤く輝き、右の拳からも同じ光が発せられる。それをそのまま扉に叩きつける。
あれだけ強固だった扉にあっさり大穴が空いた。破壊の有色者相手にこんなもので道を塞げると思うな。
「強引ですね。私が開けられましたのに」
「えっ」
のんびり歩いてきた鈴蘭様がひょいと穴から中へ入る。そうならそうと先に言ってください!
「あっ、時雨さん!! それにリリーさん!?」
「あれ?」
知り合いなんですか? 透明なカプセルに入れられた歩美ちゃんと鈴蘭様を交互に見る。そんな話は聞いてない。それにリリーって?
「リリー・ヴァリー。少し前にこっそり来て、彼女にそう名乗りましたの」
ぺろっと舌を出す鈴蘭様。本当に夏流一族は自由ですね、もう。
とりあえず歩美ちゃんを助け出そうと透明なカプセルへ近付く。
ところが──
「なっ!? うぐっ!?」
「あら?」
白い光の帯のようなものが私達に絡みつき動きを封じた。同時に四人の老人達が周囲に姿を表す。
「こ、この人達は!?」
皆、キリスト教の聖職者の服装。まさか、今回のことの犯人とは──
「聖人です」
鈴蘭様の言葉が私の想像を肯定した。
「彼等は“神の子”を再び生み出したいのでしょう」
「そのために歩美ちゃんを……!?」
「彼女だけではありません」
「なっ!?」
さらなる衝撃。私達の視線の先、壁の一面に十字架と磔にされた雨道君が出現する。
「雨道君!」
「本人ではなく模倣体です」
「じゃあ、月の!?」
「ええ」
──私の弟、浮草 雨道は死の間際に有色者として覚醒した。そして一つのことを強く願った。
皆が幸せになりますように。
たったそれだけを。
その純粋な願いは、しかし彼が目覚めた精神に干渉する力による増幅を受け、世界中に放射された。
彼が死んだ日、死の直後から数時間、世界では一件も殺人や傷害事件が起こらなかった。戦闘中だった兵士達は雷に打たれたようにショックを受けて戦いを放棄。マフィアに処刑される寸前だった男性が突如解放されたという報告もある。
ただ、その効果は数時間だけだった。それで彼の最期の願いは消えるはずだった。でも彼の思念は空に浮かぶ月にまで到達し、新たな奇跡を生み出す
。
誰も知らなかった真実。月の中には接触した生物の記憶を保存し再現するという特殊な性質を持つ物質が大量に眠っていた。
彼の思念はその物質に記憶され、彼自身の力との相互作用で月全体を彼の願いを叶えるための装置へと変容させてしまった。
だから月の光が届く範囲には今も彼の願いが降り注いでいる。最初の発動時より効果は小さくなったものの、ほんの少しだけ他人に優しくなれる魔法が月の光に宿っている。
彼は、ここで磔にされているのは月光に宿った力の源。月の中にある“魔素”によって再現された雨道君のコピー。
この老人達は、彼を歩美ちゃんに宿らせ、蘇らせようとしている!
【この方は選ばれし者】
【奇跡の結晶】
【受肉させ、再び人々を導く】
【新たな神の子を、ここに誕生させる】
老人達の言葉にカッと頭が熱くなる。雫さんの声も脳裏に蘇った。私も同じ罵声を叩きつける。
「ふざけるな!」
「いいから通せ!」
鏡矢大学付属病院は読んで字の如く鏡矢一族の経営する施設だ。本家当主の突然の来訪に院長はひどく狼狽したものの、かといって止めることはできない。私も、どんどん奥へ進む雫さんの後について行く。
不思議なことに誰も鈴蘭様のことは気にかけない。まるで存在そのものが目に映らないかのように。
しかし集中治療室の前まで来ると流石に雫さんも足を止めた。タイミングの悪いことに入院中の患者がいる。
「なんですかあなた達……?」
治療室の前でベンチから立ち上がったのは、おそらく患者のご家族。暗い表情のご婦人。大変な時に押しかけてしまって申し訳無い。
「雫さん」
そこでようやく鈴蘭様が発言した。途端に院長とご婦人は驚く。
「なっ、えっ、いつの間に?」
「ここからは私と時雨さんだけで行きます。貴女はここに残って彼等に事情の説明を」
「いや、しかし──」
「時雨さん、玲瓏を彼女に」
「えっ?」
いいんですかと目で問うた私に、彼女は頷き返す。
「私がここにいるので問題ありません。雫さん、私達が今から一時間以内に戻らなかった場合、玲瓏で出口をこじ開けてください。まあ、必要無いとは思いますが」
「なるほど、そういうことなら承りました」
素直に受け入れ、私の手から玲瓏が入ったケースをひったくる雫さん。
丸腰になった私は逆に不安を覚えた。でも歩美ちゃんの笑顔を思い浮かべ、自分を奮い立たせる。
「行きましょう!」
どこへ行くのかはわからないが、鈴蘭様について行けばきっと辿り着ける。
鈴蘭様は「ええ」と行って集中治療室のドアに手をかけ、それから一度だけ振り返って患者の家族に語りかける。
「お騒がせしたお詫びです。旦那さんの怪我は治しておきました」
「え?」
眉をひそめた彼女らに構わず中へ入る鈴蘭様。私も続く。そこでようやく医師としての常識を思い出す院長。
「ま、待って下さい! そのまま入っては患者に危険が! せめて消毒を──あれ?」
「い、院長? 何が、何が起きたんです!?」
私が最後に聞いたのは、あるはずの姿が無いことに眉をひそめる院長の声と生死の境にあった患者が突然完治してしまい困惑する医師の声だった。
「今のは≪生命≫の力ですか?」
「ええ、私も≪有色者≫なので」
私の質問に、どことも知れぬ白い空間を歩きながら答える鈴蘭様。集中治療室へ入ったはずなのに目の前には広大な異空間。やはり歩美ちゃんは、普段私達がいる世界とは少し位相がずれた世界に囚われているらしい。鏡矢の一員として退魔を行ってきた私にはそう珍しい光景ではない。強力な悪霊や妖魔の類には、こういう空間へ獲物を引きずり込んでしまう者もいる。
そして、有色者。
鈴蘭様が名乗ったそれは端的に言えば超能力者だ。遠い昔、鏡矢の始祖と夏流の始祖が力を合わせて創り上げた異なる世界を繋ぐ架け橋。別名レインボウ・ネットワーク。このネットワークから神羅万象の根幹を成す“始原の力”を部分的に引き出せるようになった者達のことを総じて≪有色者≫と呼ぶ。
私もその一人。七系統ある始原の力のうち≪破壊≫と≪生命≫の二つに覚醒している為≪二色≫とも呼ばれる。
──さらに雨道君も死の間際、精神に干渉できる≪世界≫に覚醒していたことが鈴蘭様と出会った昨年の夏に判明した。
「もしかして、あの時からこうなることを予期していたのですか……?」
「ええ」
振り返り、頷く彼女。
「予期ではなく、予知できていました」
あっさり認める。やはりか、今回の要請に対し彼女は即座に動いてくれた。まるで待ち構えていたかのように。去年、鈴蘭様が予知能力も有していることは聞いていた。すでに知っていたのだ、彼女だけは。
なら、どうして教えてくれなかったのかと問いかけようとしたタイミングで先に答えを言われてしまう。
「別の未来も見えていたからです」
「別の……?」
「もう一つの未来では、貴女は今も黙ったままでした」
「あ……」
「罪を告白することを恐れ、沈黙していた。そちらの未来ではこうはならなかったのです。この一件、きっかけは貴女」
そんな……じゃあ、今回のことは……いや、今回もまた私が悪いのか?
足を止めてしまった私に、鈴蘭様も立ち止まって問いかける。
「後悔していますか?」
「……いいえ」
それでも悔やんではいない。いつまでも罪を隠し通し、逃げ回っていることなんてできなかった。たとえそれが災いを呼ぶ選択だとしても、それでも私は彼女達に真実を伝えたかった。
わがままな話だが、すでに選択した道。私はこちらの現実を選んだ。だから今は悔やむより、この問題をどう解決するかを考えなくてはならない。そして必ず歩美ちゃんを助け出す。
「急ぎましょう!」
「ええ、それでこそです」
満足したように微笑む鈴蘭様。試されていたのだと気付く。まったく、夏流の人間だけあってこの方も人が悪い。
やがて、行く先に再び集中治療室の扉が現れた。同時に中から歩美ちゃんの悲鳴が響く。助けを求めている。
「たす──! だれ──」
「歩美!」
私はすぐに駆け寄り扉に手をかけた。しかしどれだけ力を込めても開かない。生命の力で自身を強化してもやはりビクともしない。
「このっ!」
次の瞬間、私の目は赤く輝き、右の拳からも同じ光が発せられる。それをそのまま扉に叩きつける。
あれだけ強固だった扉にあっさり大穴が空いた。破壊の有色者相手にこんなもので道を塞げると思うな。
「強引ですね。私が開けられましたのに」
「えっ」
のんびり歩いてきた鈴蘭様がひょいと穴から中へ入る。そうならそうと先に言ってください!
「あっ、時雨さん!! それにリリーさん!?」
「あれ?」
知り合いなんですか? 透明なカプセルに入れられた歩美ちゃんと鈴蘭様を交互に見る。そんな話は聞いてない。それにリリーって?
「リリー・ヴァリー。少し前にこっそり来て、彼女にそう名乗りましたの」
ぺろっと舌を出す鈴蘭様。本当に夏流一族は自由ですね、もう。
とりあえず歩美ちゃんを助け出そうと透明なカプセルへ近付く。
ところが──
「なっ!? うぐっ!?」
「あら?」
白い光の帯のようなものが私達に絡みつき動きを封じた。同時に四人の老人達が周囲に姿を表す。
「こ、この人達は!?」
皆、キリスト教の聖職者の服装。まさか、今回のことの犯人とは──
「聖人です」
鈴蘭様の言葉が私の想像を肯定した。
「彼等は“神の子”を再び生み出したいのでしょう」
「そのために歩美ちゃんを……!?」
「彼女だけではありません」
「なっ!?」
さらなる衝撃。私達の視線の先、壁の一面に十字架と磔にされた雨道君が出現する。
「雨道君!」
「本人ではなく模倣体です」
「じゃあ、月の!?」
「ええ」
──私の弟、浮草 雨道は死の間際に有色者として覚醒した。そして一つのことを強く願った。
皆が幸せになりますように。
たったそれだけを。
その純粋な願いは、しかし彼が目覚めた精神に干渉する力による増幅を受け、世界中に放射された。
彼が死んだ日、死の直後から数時間、世界では一件も殺人や傷害事件が起こらなかった。戦闘中だった兵士達は雷に打たれたようにショックを受けて戦いを放棄。マフィアに処刑される寸前だった男性が突如解放されたという報告もある。
ただ、その効果は数時間だけだった。それで彼の最期の願いは消えるはずだった。でも彼の思念は空に浮かぶ月にまで到達し、新たな奇跡を生み出す
。
誰も知らなかった真実。月の中には接触した生物の記憶を保存し再現するという特殊な性質を持つ物質が大量に眠っていた。
彼の思念はその物質に記憶され、彼自身の力との相互作用で月全体を彼の願いを叶えるための装置へと変容させてしまった。
だから月の光が届く範囲には今も彼の願いが降り注いでいる。最初の発動時より効果は小さくなったものの、ほんの少しだけ他人に優しくなれる魔法が月の光に宿っている。
彼は、ここで磔にされているのは月光に宿った力の源。月の中にある“魔素”によって再現された雨道君のコピー。
この老人達は、彼を歩美ちゃんに宿らせ、蘇らせようとしている!
【この方は選ばれし者】
【奇跡の結晶】
【受肉させ、再び人々を導く】
【新たな神の子を、ここに誕生させる】
老人達の言葉にカッと頭が熱くなる。雫さんの声も脳裏に蘇った。私も同じ罵声を叩きつける。
「ふざけるな!」
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