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つづく?
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「面白かった」
その一言が自分の部屋に戻った後も、何度も何度も頭の中で繰り返されている。
ずっと聞きたかった一言。なのに、あんなにあっさり……。
「面白かった」
「面白かった」
「面白かった」
……はっ!?
「あ、あぶな……ずっと先生のことだけ考える生き物になりかけてた」
そんな場合じゃない。もうずっと勉強してないんだから、学校に戻るならしっかり勉強しないと。久しぶりに一年生の時の教科書を引っ張り出して机の上に置く。
でも最初のページをめくったところで、またしばらくフリーズ。
「……文一? 飯だぞ?」
「はっ!?」
父さんが部屋を覗き込んでいた。呼びかけられて我に返る。
駄目だ、どうしてもプロテア先生が頭から離れない。
その後も、食事中、入浴中、さらには睡眠中までずっと先生の「面白かった」が脳内で繰り返された。まるで中毒に鳴ってしまったように。
そして、そのせいで久しぶりにあの疑問も脳裏に浮かんでくる。
あの人、どっちなんだ?
翌朝、食事の席で父さんと母さんに訊ねる。この二人ならきっと知ってると思って。
「あの……プロテア、いや、月見先生って……男の人? 女の人?」
「え? いや、オレは知らんな。母さん知っとるか?」
「知ってるけど、むしろなんで文一が知らないのよ。あんた弟子でしょ」
「いやだって、そういう話題は最近センシティブだから!」
「また小難しい言葉を使って」
「小説を書き始めてから語彙が増えたな、ははっ」
いや、ははっじゃなくて答えを教えてよ。気になってしょうがないんだってば。
じっと母さんを見つめると、母さんはやがてニヤリと笑った。嫌な予感。
「自分で聞いたら? 母さん大家だし、店子さんの個人情報を明かすわけにいかないわ」
「くっ!」
本人には聞きにくいから母さんに訊ねてるのに! わかってて言ってるよね!?
でも、たしかにそれしか手は無い。母さんは面白がって教えてくれそうにないし。
「わかった、帰ってきたら自分で訊く」
「なに? どこか出かけるの?」
「珍しいな、こんな朝早くに」
いや、今さら何を言ってるのさ。
ていうか二人とも、僕のこの格好を見てわからないの?
「あの……まさかと思うけど、気付いてない? 僕、制服を着てるよ」
「……」
「……」
今度は父さんと母さんがフリーズした。ああ、そういえば学校に復帰することはまだ言ってなかった。昨日からずっと頭の中がプロテア先生一色だったし。
しばらくして、父さんと母さんは跳び上がって喜んだ。そして二人揃って僕に抱きつく。
「やった! やったぞ母さん! やったな文一!」
「大丈夫、大丈夫だからね。学校で何かあったら言うのよ。すぐに駆けつける!」
ああもう、わかってるって。
「心配ないよ。僕はもう、やりたいことが決まってるんだ」
そのために学校に行くんだからね。
あんなクソガキ共に負けるもんか。
とはいえ、やっぱり久しぶりの登校は緊張する。
一緒に行こうかなどと心配する両親を振り切って一人で外へ出た僕は、ゴミステーションの前にいる人が誰か気が付いてドキッとした。ゴミ出しに出ていたらしい。
「ぷ、プロテア先生!」
「え? わっ、ちょっ」
慌てて駆け寄ってくる先生。そして叱られた。
「外でその名前はだめ」
「あっ、そ、そうですよね……すみません」
「最近はすーぐ住所特定されたりして怖いからね。だから私、あんまりSNSもやらないんだ」
「なるほど、それで……」
「それで?」
「あ、いや」
危ない。先生のアカウントをフォローしてるのがバレるところだった。
でも、直接顔を合わせたらまた知りたい欲求が強くなってきた。どうしても知りたい。教えて欲しい。
そうだ、先生も勇気は作家にとって大切なものだって言ってたじゃないか。聞こう! 今ここで!
「あ、あの、先生!」
「何? てか、早く行かないと遅刻しちゃうよ? 学校行くんでしょ、その格好」
「あ、はい。って、そうじゃなくて。失礼な質問かもしれませんが、教えてください。先生は女性ですか、それとも男性ですか?」
「なんだそりゃ。本当に失礼だな」
片方の眉を上げる先生。まずい、怒らせたかな? いや、怒って当然なんだけど。
ところが先生は、次の瞬間にはニンマリ笑っていた。あ、また嫌な予感。
「そうだなあ、高校に受かったら教えてあげよう」
「ええっ!?」
「それまでは詮索することを禁じます。これ師匠命令ね。じゃあ、学業に励め少年。頑張れよ!」
ウインクとサムズアップをしてアパートへ戻っていく先生。
僕は悶々としたまま、その場に屈み込む。
どっちなんですか? どうして教えてくれないんですか?
「ああああああああああああああああ……っ」
結局僕は、復帰初日から遅刻した。
――その後、僕は色々あった中学時代を経てなんとか高校に入学。しかも高校在学中に作家デビューを果たすことになるのだが、先生との師弟関係は今なお続いている。
先生の性別がどっちなのかは、皆さんには秘密にしておこう。あれだけ苦労したものだから、簡単に知られてしまうとちょっと悔しい。
先生と僕が師匠と弟子以上の関係になれるのかは、僕にもまだわからない。
その一言が自分の部屋に戻った後も、何度も何度も頭の中で繰り返されている。
ずっと聞きたかった一言。なのに、あんなにあっさり……。
「面白かった」
「面白かった」
「面白かった」
……はっ!?
「あ、あぶな……ずっと先生のことだけ考える生き物になりかけてた」
そんな場合じゃない。もうずっと勉強してないんだから、学校に戻るならしっかり勉強しないと。久しぶりに一年生の時の教科書を引っ張り出して机の上に置く。
でも最初のページをめくったところで、またしばらくフリーズ。
「……文一? 飯だぞ?」
「はっ!?」
父さんが部屋を覗き込んでいた。呼びかけられて我に返る。
駄目だ、どうしてもプロテア先生が頭から離れない。
その後も、食事中、入浴中、さらには睡眠中までずっと先生の「面白かった」が脳内で繰り返された。まるで中毒に鳴ってしまったように。
そして、そのせいで久しぶりにあの疑問も脳裏に浮かんでくる。
あの人、どっちなんだ?
翌朝、食事の席で父さんと母さんに訊ねる。この二人ならきっと知ってると思って。
「あの……プロテア、いや、月見先生って……男の人? 女の人?」
「え? いや、オレは知らんな。母さん知っとるか?」
「知ってるけど、むしろなんで文一が知らないのよ。あんた弟子でしょ」
「いやだって、そういう話題は最近センシティブだから!」
「また小難しい言葉を使って」
「小説を書き始めてから語彙が増えたな、ははっ」
いや、ははっじゃなくて答えを教えてよ。気になってしょうがないんだってば。
じっと母さんを見つめると、母さんはやがてニヤリと笑った。嫌な予感。
「自分で聞いたら? 母さん大家だし、店子さんの個人情報を明かすわけにいかないわ」
「くっ!」
本人には聞きにくいから母さんに訊ねてるのに! わかってて言ってるよね!?
でも、たしかにそれしか手は無い。母さんは面白がって教えてくれそうにないし。
「わかった、帰ってきたら自分で訊く」
「なに? どこか出かけるの?」
「珍しいな、こんな朝早くに」
いや、今さら何を言ってるのさ。
ていうか二人とも、僕のこの格好を見てわからないの?
「あの……まさかと思うけど、気付いてない? 僕、制服を着てるよ」
「……」
「……」
今度は父さんと母さんがフリーズした。ああ、そういえば学校に復帰することはまだ言ってなかった。昨日からずっと頭の中がプロテア先生一色だったし。
しばらくして、父さんと母さんは跳び上がって喜んだ。そして二人揃って僕に抱きつく。
「やった! やったぞ母さん! やったな文一!」
「大丈夫、大丈夫だからね。学校で何かあったら言うのよ。すぐに駆けつける!」
ああもう、わかってるって。
「心配ないよ。僕はもう、やりたいことが決まってるんだ」
そのために学校に行くんだからね。
あんなクソガキ共に負けるもんか。
とはいえ、やっぱり久しぶりの登校は緊張する。
一緒に行こうかなどと心配する両親を振り切って一人で外へ出た僕は、ゴミステーションの前にいる人が誰か気が付いてドキッとした。ゴミ出しに出ていたらしい。
「ぷ、プロテア先生!」
「え? わっ、ちょっ」
慌てて駆け寄ってくる先生。そして叱られた。
「外でその名前はだめ」
「あっ、そ、そうですよね……すみません」
「最近はすーぐ住所特定されたりして怖いからね。だから私、あんまりSNSもやらないんだ」
「なるほど、それで……」
「それで?」
「あ、いや」
危ない。先生のアカウントをフォローしてるのがバレるところだった。
でも、直接顔を合わせたらまた知りたい欲求が強くなってきた。どうしても知りたい。教えて欲しい。
そうだ、先生も勇気は作家にとって大切なものだって言ってたじゃないか。聞こう! 今ここで!
「あ、あの、先生!」
「何? てか、早く行かないと遅刻しちゃうよ? 学校行くんでしょ、その格好」
「あ、はい。って、そうじゃなくて。失礼な質問かもしれませんが、教えてください。先生は女性ですか、それとも男性ですか?」
「なんだそりゃ。本当に失礼だな」
片方の眉を上げる先生。まずい、怒らせたかな? いや、怒って当然なんだけど。
ところが先生は、次の瞬間にはニンマリ笑っていた。あ、また嫌な予感。
「そうだなあ、高校に受かったら教えてあげよう」
「ええっ!?」
「それまでは詮索することを禁じます。これ師匠命令ね。じゃあ、学業に励め少年。頑張れよ!」
ウインクとサムズアップをしてアパートへ戻っていく先生。
僕は悶々としたまま、その場に屈み込む。
どっちなんですか? どうして教えてくれないんですか?
「ああああああああああああああああ……っ」
結局僕は、復帰初日から遅刻した。
――その後、僕は色々あった中学時代を経てなんとか高校に入学。しかも高校在学中に作家デビューを果たすことになるのだが、先生との師弟関係は今なお続いている。
先生の性別がどっちなのかは、皆さんには秘密にしておこう。あれだけ苦労したものだから、簡単に知られてしまうとちょっと悔しい。
先生と僕が師匠と弟子以上の関係になれるのかは、僕にもまだわからない。
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