ワールド・スイーパー

秋谷イル

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外伝・英雄懐古

滅亡と再生

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 この世界は創世の三柱によって生み出された。
 マリア、エリオン、ジーファイン。彼女と彼等は新たに生み出した世界で数多の命を育み、導き、それらの成長を見守ったのである。
 やがて三柱は次の世界を生み出そうと旅立った。そしてその際、この世界の生命に一つの課題を与えたのである。どこまでも成長を続けよ。切磋琢磨し研鑽を重ね、己の可能性を引き出してより上位の生命体へと進化する。彼女と彼等は、そうあって欲しいと全ての命に望んだ。

 しかし進化を重ねた果てに高度な知性を獲得した種は時に星や銀河を、さらには宇宙全体までも脅かす『悪意』という名の毒を抱えることがある。
 創世の三柱から守護を託された『守界七柱』がその事実に気付いたのは、マリア達が去ってから数千年が経過した頃だった。



 ――宇宙の至宝、創世の三柱の一角にして万物の母たるマリア・ウィンゲイトが愛した青い宝石。それは彼女によって『地球』と名付けられた惑星。
 けれども地球は消滅した。地球の最上位種となった人類が自らの『悪意』で揺りかごを破壊してしまったのだ。一人一人、組織と組織、民族と民族、国家と国家――大きな『悪意』と『悪意』がぶつかり合い、星一つを葬り去った。
 挙句、高度に文明を発達させていた彼等は宇宙全域にまで致命傷を負わせるところだった。寸前で守界七柱が介入していなければ被害は星一つでは済まなかっただろう。
 粉々に砕け、宇宙を漂う霧となったかつての青い宝石を前に神々は失策について語り合う。

「あまりにも遅すぎた」
「よりにもよって、あの御方の最も愛した星が……」
「やはり、もっと早い段階から介入すべきだったのだ」
「しかし我々には可能な限り干渉してはならないルールがある」
「そう、タイミングを誤れば消えていたのは妾達の方」
「オクノケセラ、君を除いてはな」
「……」

 他の六柱はつい責めるような眼差しで彼女を見てしまった。彼等は後にその過ちを悔やむことになる。
 嵐神オクノケセラ、彼女は生命に試練を与え成長を促す神。ゆえに七柱の中で最も人に近い立ち位置の神だと言える。彼女さえ正しく地球の民を導けていれば、この悲惨な結末は無かったはずと、そう考えてしまった。
 だが、オクノケセラとてできることはただ一つ、人々を信じて試練を与えること。それだけなのである。乗り越え、その上で正しい方向に進化できるかは彼等次第。ゆえに彼女に咎など無い。
 にもかかわらず、創造主マリアへの愛ゆえに彼女自身もまた自らを責めた。

「すまぬ……」

 彼女は、せめてもの償いをするかのように『地球』の星獣を引き取った。イカロスと名付けた鳥。もはや彼には守るべきものなど何も無い。使命を果たせなくなった獣に自身の姿を重ね見たのかもしれない。
 そして、また長い時が流れた。



 ――最初に気が付いたのは、過去現在未来の全てを見通す瞳を持つ眼神アルトゥール。
 彼女は地球消滅事件の後、真っ先にオクノケセラに謝罪した。あれは君を責めるべき出来事ではなかったと誤ちを認め、誠実に頭を下げた。自分には無い生真面目さに好感を抱き、オクノケセラもアルトゥールに対する認識を改めて友誼を結んだのである。
 意外なことかもしれないが、それまではどちらかと言えば敵対的な関係だった。
 ともあれ、そうして友人となり、長い時間をかけてオクノケセラとの友情を深めたアルトゥールは真っ先に親友に朗報を告げた。

「ケセラ! 地球が再生したぞ!」
「何?」

 あらゆる生命は輪廻する。創造主マリアは魂を司る神であり、彼女の創り上げた転生の仕組みが今ようやく地球を蘇らせた。
 全く同じ星ではない。しかし確かに砕け散った地球の、その意思、すなわち魂が輪廻を経て再生した姿。特別な眼を持つアルトゥール以外には見つけられなかっただろう第二の青い宝石。
 姿形もかつての地球と良く似ている。数多の命が育まれるのに最適な環境。彼等はここから再び創造主マリアの望んだ進化の道を歩み始める。今度こそは過たず、主が望まれた通りの素晴らしい種へと成長を果たしてくれるかもしれない。
 彼女にしては珍しく心浮き立たせたアルトゥールだったが、対するオクノケセラの表情はさほど明るくなかった。嬉しくないのだろうか?
 いや、彼女が案じていたのは別のことだった。それが何かをアルトゥールもすぐに知る。

「――徹底的な不干渉を貫くべきだ」

 そう提案したのは守界七柱のまとめ役たるアルヴザイン。性別は無いが男として扱われることを望む『彼』は創造主マリアに似せて造られた顔で断固たる決意を示す。
「地球を二度も失うわけにはいかん。あの星に関しては何もせず見守ろう」
「もしもまた『悪意』によって滅びそうになったなら、その時にだけ干渉するということか?」
「然り」
 筋骨隆々たる偉丈夫テムガモシリの言葉に頷くアルヴザイン。彼の言い分を要約すると、つまりオクノケセラに対する牽制だった。彼女にその使命を果たすなと言っている。
「試練を与えれば、たしかに生命は急速に進化する。だが、あまりに速い成長は大きな歪みを生み出すものだ。皆その事実は前回のことで学んだだろう」
「たしかに、そういう傾向はある」
 全宇宙の叡智を集積する神ケナセネスラが認める。彼女の権能によって集められたデータの解析結果でも緩やかな時の流れに任せた進化の方が急激な成長を遂げた場合より精神的に成熟した種となる可能性が高い。そう証明されている。
「けれど必ずしもそうなるとは限らない。それに短期間で多くの試練を潜り抜けた生命体はそうでない生命に比べて比較にならないほど強靭になるわ。あの『ゲルニカ』が良い例でしょう」
「それもまた絶対ではない」
 否定するアルヴザイン。そもそも『ゲルニカ』という最強の兵器がすでに完成している以上、他の生命に無理をさせる必要は無い。
 もう創造主の戦いは終わった。彼女はその命と引き換えに戦争を終わらせたのだ。
 この世界、数多ある『実験場』の本来の意義は失われた。

 ――ここは戦争に勝つための兵器の開発の場だった。創造主マリアと同格の『始原の神々』をも打ち倒せる『神殺しの剣』を創り出すことを目的に創造された世界。彼女が数多の生命に際限無き進化を望んだ理由はそれ。
 そして自分達『マリアの陣営』は勝利した。マリア・ウィンゲイトという至高の神の生命と引き換えにして『神殺しの剣』を完成させ敵対する六柱を打倒することに成功。
 だからもう、彼女の望んだ兵器を生み出す意味など無い。

「これからは穏やかに見守ってやろう。我々の手であの方の望む『剣』を生み出せなかったことは残念だが、あの方ならば不必要な苦難を与えることも望むまい」
「……そうね」
 納得するケナセネスラ。他の神々も次第にアルヴザインの言葉に同意していく。
 戦争は終わった。これからはもう静かな時を過ごしてもいいだろう。そう考えた。
 オクノケセラ以外は。

「断る」

 こちらもまた断固とした決意を両目に宿す。力強い生命力を感じさせる、どこか野生的な美貌に不敵な笑みを浮かべて他の六柱の顔を見渡した。
 どいつもこいつも異を唱えたい顔をしている。けれども、誰かがそうする前にさらに続けて言葉を返す。

「ワシは嵐神、試練の神じゃ。あの方より与えられたこの使命を放棄するつもりなど無い。小さき者達にとってワシは常に災禍であり乗り越えるべき障害。その役をこれからも全うする」
「待ってくれケセラ、そうじゃない」

 アルトゥールも説得に回る。誰も使命を放棄しろとは言っていない。ただ、今までのように苛烈な試練を与えるのではなく手加減してやればいいだけだ。急速な進化を促すのではなく時間をかけゆっくりと育ててやればいい。そういう方針転換をしろと言っているに過ぎない。
 けれどオクノケセラは考えを変えなかった。

「ワシはウィンゲイト様を信じる。嵐神たるワシをこのような性格にしたことには意味があるはずなのだ。きっとまだ戦いは終わっていない。強者には相応しき苦難が降りかかる。始原七柱が打倒されたのだ。彼等以上の力を持つ『ゲルニカ』が誕生してしまったのだ。ならば必ず、より強靭な生命が必要とされる時代がやって来る」

 彼女はその時に備えるという。遠く離れて『第二の地球』を見守るべきだという他の六柱の意向に反し、たった一柱であの星の近くに身を置き、育むのだと。

「……すまんな、トゥール。これがワシじゃ」

 以来、オクノケセラは全身を光輝で包んで真の姿を隠すようになった。別れ際、最後に見た彼女の素顔をアルトゥールは忘れられない。
 後悔している。自分達は『最初の地球』が失われたことでずっとオクノケセラに対する不信感を抱き続けていた。あの瞬間にようやく彼女達はそんな本心に気が付いた。
 彼女も親友も、それに気付かず友情を深めてしまった。

(すまない、ケセラ……)

 あれからまた長い時が過ぎた。星海を見渡し、遠く宇宙の彼方にいる友に想いを馳せながら眼神アルトゥールは謝罪する。
 直接会って伝えたいが、どうしてもその勇気が出せない。
 己の使命と能力に疑問を抱かれたあの瞬間、最も信じていた友にまで裏切られたオクノケセラの悲しみを想像すると合わせる顔が無い。
 自分だけは、せめてこの身だけは彼女の味方になるべきだったのだ。
 彼女の言葉は正しかったのだから。

 ユニ・オーリ。

 異界から来た怪物。人の身でありながら強大な力と邪悪な叡智を有する悪意の塊。侵入したあの毒に侵されながら、それでもまだ『第二の地球』が生き残っているのはオクノケセラの育て上げた強靭な生命達のおかげ。
 彼女は間違っていなかった。始原七柱が倒れても新たな敵は次々に襲いかかって来る。創造主は、だからこそ進化を重ねよと命じたのかもしれない。来たる戦に備えよと。我が身を守るためにこそ常に歩みを止めるなと。
 だから彼女には、これが本当に正しい決断なのかわからない。
 ユニ・オーリが毒を撒き散らす前に『第二の地球』ごと奴を殲滅する。もはや、そうする以外にあれを止める手段は無い。奴の毒牙が突き立てられたばかりのこの瞬間に決断しなければ宇宙全体が危機に晒されてしまう。
 過去現在未来を見通す力――時々この能力が煩わしくなる。せめて未来が見えなければ、二度も親友を裏切ることになどならなかったのに。

「すまない、ケセラ……!」

 彼女もまた決断を下した。オクノケセラが試練を与える神であるように、アルトゥールも宇宙を守ることを使命としている。その使命に殉じて『免疫システム』に命じる。
 赤い凶星、後に『第二の地球』の人々にそう呼ばれることになる『抗体』が放たれた。ほどなくしてあの星を砕くために落下していくだろう。ここからの運命は二つに分岐している。
 凶星が星ごとユニ。オーリを砕き、危機を未然に防ぐか、あるいは寸前で生まれた新たな星獣が凶星を砕いて審判の時を先延ばしにするか。
 どちらにせよ、自分には二度と親友と相見える資格は無い。

「彼女は怒らないわ」

 オクノケセラとは姉妹のような関係のケナセネスラが断言した。

「どちらも、使命に殉じただけなのだから」
「ああ……」

 きっとケセラも同じことを言うだろう。だとしてもトゥールには自分自身が許せないのだ。彼女の後悔が晴れることは永遠に無い。未来が見えなくたって、それだけはわかる。
 彼女は使命より友情を取りたかった。
 でも、そうしなかった。

「私達は……不自由だな」
「あの方のようにはいかないわ。私達だってまだ成長の途上なのだから」

 そんな会話の直後、二人の脳裏には『第二の地球』から矢のように解き放たれた光によって凶星の打ち砕かれる光景が浮かんで来た。二つに分岐していた運命が今、一つに確定したのだ。
 この先にもまた無数の分岐点が生じている。あまりにも数が多くてアルトゥールにだって全貌は把握しきれない。
 だから祈る。神である彼女もまた、自分より上位の存在に祈る。
 どうか彼女に救いを。オクノケセラの努力と想いが無にならない結末を与えてください。
 どうか、どうかと静かに祈り続けた。



 同じ頃、第二の地球に降り立ったオクノケセラは傷付いた黒い狼を手当てしながら空を見上げていた。その向こう側から親友が自分を見ていると感じて。
『……今頃、また暗い顔で悩んどるのじゃろうな』
 真面目なやつだ。もっと気楽に構えていてもいいのに。お前は立派にやっている。この攻撃とて何も間違いではない。宇宙の守護者としてやるべきことをやっただけだろうに。
『気にするな馬鹿もん! 正しいことをしたのだから胸を張れ!』
 自分はそうしている。何一つ間違ったことなどしていない、だから堂々と己の道を歩む。皆が皆、それでいいのだと彼女は思う。思想の食い違いや利害の不一致で衝突することはあるだろう。そのことの何が悪い? ケンカの一つもできんで友情が育めるか。間違いを犯さずに成長する生命など存在しない。
『何度でも間違え! 失敗しろ! そこから学び、前に進め!』
 この子犬もそうやって育ててやろう。この星の守護者として相応しい獣に。過去と現在を未来に繋げてくれる希望として。
『決めたぞ子犬、お前は繋ぐものだ。ゆえにこう名付ける。アイム・ユニティ――『我は絆なり』とな。良い名前じゃろう』
 名前には力が宿ると創造主から聞いた。だからこの時、彼女もまた祈りを込めていたのかもしれない。生まれたばかりのこの星獣が、いつか自分と共の途切れた絆を結び直してくれるのではないかと期待して。

 そうして始まったのだ。流浪の英雄アイム・ユニティは、二柱の女神の祈りと共に己の道を歩み始めた。
 未来に待つ新たな希望、宇宙と星を救う可能性を秘めた少女と出会うために。
 彼の物語は、今この瞬間から始まった。
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