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最終章【鳥と獣と箒の女神】
信仰の代償
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「ニャーン、君を信じる者達の声に耳を傾けなさい」
「はい……」
――善意が他人から見たら悪意になりうることと同じで、誰かを信じた結果が必ず最善の未来に繋がるとは限らない。
ニャーンは、やはり怖かった。だからまだそれを確認していない。
けれどアルトゥールに促され、意識を星空の彼方に向ける。
「君達の星で何が起きているか、今の君にならここにいてもわかるはずだ。我々が承認したことにより今の君にはこれまでに無かった様々な権能が与えられている」
「やってみます……」
自身に新しい力が宿ったことは自覚できていた。でも、まだ不慣れなので瞼を閉じてそれを行使する。怪塵を通じて周囲の状況を探る時のように、この宇宙そのものを――いや、ありとあらゆる全ての物質と法則の根幹を成すものに触れて知覚を特定の方向に対し拡張させる。
大きな木のイメージが勝手に脳裏に浮かんで来た。自身をその枝の一本に変え、どんどん先へ先へと伸ばしていく。何億光年もの距離をわずか数秒で意識が駆け抜ける。
そして、ついに辿り着いた。途端に彼女の眉間に皺が寄る。
問いかけるアイム。
「どうした?」
「今、私達の星が『凶星』の攻撃を受けています……」
試練は乗り越えられるものでなければ試練ではない。そんなオクノケセラの意志を尊重したからだろう、明らかに手加減されている。ユニとの戦いの直前の攻撃に比べればずっと小規模。けれど、それでも数千の凶星が母星を取り囲み、やはり同じように精霊に祝福されし者を中心とした人類が迎え撃つ構図。
そんな彼等の、母星に残された人々の嘆きと怒りの感情が伝わって来た。神となったことで遠く離れていても感じ取れてしまう。
【どうして……もう二年も経ったのに……】
【まだ神々を説得できないのか? それとも、とっくにあの二人は……】
【チクショウ! 何が英雄だ! モタモタしてる間にどれだけ死んだと思ってやがる!?】
【やっぱり呪われた娘だったのよ! あんな子を信じたりするから!】
それらの思念はニャーンの胸に深く鋭く突き刺さる。
彼女自身も悲しくなった。とても多くの犠牲が出たと知ったから。あれから母星では二年が経過している。
重力は時間の流れに影響を及ぼす。だから宇宙では星によって時の流れる速度が違う。おかげで彼女がもっと長い歳月を試練に費やしていた間、母星では二年しか経っていなかった。けれどその二年間で人口はさらに激減。神々は宣言通り、あれからも定期的に攻撃を繰り返していた。人類が侵攻に耐え切った回数は六回。そしてこれが七回目。ケナセネスラが共有してくれているのだろう、知りたいと思った情報が次々に頭に流れ込んで来る。
最前線に立ち、自身を光の刃と化して宇宙空間を駆け抜けるのはグレン。彼からも激しい怒りと不安が伝わって来る。その感情をぶつけるように凶星を破壊し続ける。
【クメル! 起きてくれ! クメルッ!!】
「!」
五回目の攻撃の時にクメルが重傷を負ったらしい。頭部に受けた傷のせいで彼女は今も昏睡状態。日に日に衰弱を続けていて、このままでは命が危うい。けれどそれだけ長期間生かされ続けているだけでも特別な待遇。今の母星にはそもそもほとんど余裕が無い。
【引くな! もう、ここしか無いんだ! ここを潰されたら終わりだ!】
第三大陸の少女――たしかメェピン。英雄ンバニヒの孫娘が成長して自ら鉄の爪をふるい母星に降り注いだ怪塵、赤い怪物の群れと戦っている。背後には第四大陸の内海。
【じいちゃん達はもういない! 他の英雄達もほとんど死んだ! アタシらで踏ん張るしかないんだよ!】
第三大陸を守り続けた五人の戦士達は全滅した。第二大陸は落下して来た巨大な欠片に粉砕され消滅。ワンガニを含む第一大陸の西部もその時に津波に飲まれて壊滅。生き残った人々は第四大陸へと逃げ込んだ。だから今はもうここにしか人類は存在していない。
その第四大陸の命運も風前の灯。貴重な食糧源である内海を守らなければならず、人類はそれを囲む形で戦力を分散させている。そのせいで大挙して押し寄せる怪物達を相手にどうしても劣勢にならざるをえない。
だからといって戦力を集中させれば内海への怪塵の侵入を許し、汚染されてしまう。そうなれば大半の生物が怪塵狂いと化すだろう。狂暴化し、死すれば塵となるのだ。当然安全な食糧の確保は難しくなる。
星を取り巻く輪と化したユニの操る白い怪塵も最大限の力で敵を迎撃している。けれどそれでも対処が追い付かない。ニャーンがいないからだ。怪物を倒してもそれを浄化する術が無い。障壁を形成して地上に降り注ぐことを防ごうとしても広範囲に広げたそれは強度が低く、攻撃を受ければ砕けてしまう。そうして生じた隙間から侵入を許す。
吸い上げて再び宇宙に放逐しても同じ。結局は後続の『凶星』と結合してより強大な敵となって戻って来る。攻撃が繰り返されるほどに人類側の戦力は減って凶星群は力を増すばかり。
だから免疫システムは恐ろしい。どれだけ強い力を持った者達でも無尽蔵に湧き出す怪塵による数の暴力にはいつか必ず屈してしまう。
グレンとユニも同じだ。彼等の力でさえ最早どうしようも無くなりつつある。
だから人々は嘆き、怒り、裏切られたと考えている。総人口はすでに五千にも満たない。僅かな生き残り達も今回の攻撃で全滅する可能性が高い。精霊に祝福されし者が死ねばすぐにまた新たな能力者が現れるが、戦闘経験の無い者達では戦力として期待できない。祖父から受け継いだ才能のおかげでどうにか戦えているメェピンもすでに満身創痍。傷だらけの体でどうにか立っている。
【チクショウ……チクショウ! もう終わりかよ! こんなので終わりなのかよ!?】
ニャーンは瞼を閉じたまま泣いた。アイムを救うためだったとはいえ、自身の選択が生み出した被害の大きさを知って再び心が折れそうになった。
けれど――
「はい……」
――善意が他人から見たら悪意になりうることと同じで、誰かを信じた結果が必ず最善の未来に繋がるとは限らない。
ニャーンは、やはり怖かった。だからまだそれを確認していない。
けれどアルトゥールに促され、意識を星空の彼方に向ける。
「君達の星で何が起きているか、今の君にならここにいてもわかるはずだ。我々が承認したことにより今の君にはこれまでに無かった様々な権能が与えられている」
「やってみます……」
自身に新しい力が宿ったことは自覚できていた。でも、まだ不慣れなので瞼を閉じてそれを行使する。怪塵を通じて周囲の状況を探る時のように、この宇宙そのものを――いや、ありとあらゆる全ての物質と法則の根幹を成すものに触れて知覚を特定の方向に対し拡張させる。
大きな木のイメージが勝手に脳裏に浮かんで来た。自身をその枝の一本に変え、どんどん先へ先へと伸ばしていく。何億光年もの距離をわずか数秒で意識が駆け抜ける。
そして、ついに辿り着いた。途端に彼女の眉間に皺が寄る。
問いかけるアイム。
「どうした?」
「今、私達の星が『凶星』の攻撃を受けています……」
試練は乗り越えられるものでなければ試練ではない。そんなオクノケセラの意志を尊重したからだろう、明らかに手加減されている。ユニとの戦いの直前の攻撃に比べればずっと小規模。けれど、それでも数千の凶星が母星を取り囲み、やはり同じように精霊に祝福されし者を中心とした人類が迎え撃つ構図。
そんな彼等の、母星に残された人々の嘆きと怒りの感情が伝わって来た。神となったことで遠く離れていても感じ取れてしまう。
【どうして……もう二年も経ったのに……】
【まだ神々を説得できないのか? それとも、とっくにあの二人は……】
【チクショウ! 何が英雄だ! モタモタしてる間にどれだけ死んだと思ってやがる!?】
【やっぱり呪われた娘だったのよ! あんな子を信じたりするから!】
それらの思念はニャーンの胸に深く鋭く突き刺さる。
彼女自身も悲しくなった。とても多くの犠牲が出たと知ったから。あれから母星では二年が経過している。
重力は時間の流れに影響を及ぼす。だから宇宙では星によって時の流れる速度が違う。おかげで彼女がもっと長い歳月を試練に費やしていた間、母星では二年しか経っていなかった。けれどその二年間で人口はさらに激減。神々は宣言通り、あれからも定期的に攻撃を繰り返していた。人類が侵攻に耐え切った回数は六回。そしてこれが七回目。ケナセネスラが共有してくれているのだろう、知りたいと思った情報が次々に頭に流れ込んで来る。
最前線に立ち、自身を光の刃と化して宇宙空間を駆け抜けるのはグレン。彼からも激しい怒りと不安が伝わって来る。その感情をぶつけるように凶星を破壊し続ける。
【クメル! 起きてくれ! クメルッ!!】
「!」
五回目の攻撃の時にクメルが重傷を負ったらしい。頭部に受けた傷のせいで彼女は今も昏睡状態。日に日に衰弱を続けていて、このままでは命が危うい。けれどそれだけ長期間生かされ続けているだけでも特別な待遇。今の母星にはそもそもほとんど余裕が無い。
【引くな! もう、ここしか無いんだ! ここを潰されたら終わりだ!】
第三大陸の少女――たしかメェピン。英雄ンバニヒの孫娘が成長して自ら鉄の爪をふるい母星に降り注いだ怪塵、赤い怪物の群れと戦っている。背後には第四大陸の内海。
【じいちゃん達はもういない! 他の英雄達もほとんど死んだ! アタシらで踏ん張るしかないんだよ!】
第三大陸を守り続けた五人の戦士達は全滅した。第二大陸は落下して来た巨大な欠片に粉砕され消滅。ワンガニを含む第一大陸の西部もその時に津波に飲まれて壊滅。生き残った人々は第四大陸へと逃げ込んだ。だから今はもうここにしか人類は存在していない。
その第四大陸の命運も風前の灯。貴重な食糧源である内海を守らなければならず、人類はそれを囲む形で戦力を分散させている。そのせいで大挙して押し寄せる怪物達を相手にどうしても劣勢にならざるをえない。
だからといって戦力を集中させれば内海への怪塵の侵入を許し、汚染されてしまう。そうなれば大半の生物が怪塵狂いと化すだろう。狂暴化し、死すれば塵となるのだ。当然安全な食糧の確保は難しくなる。
星を取り巻く輪と化したユニの操る白い怪塵も最大限の力で敵を迎撃している。けれどそれでも対処が追い付かない。ニャーンがいないからだ。怪物を倒してもそれを浄化する術が無い。障壁を形成して地上に降り注ぐことを防ごうとしても広範囲に広げたそれは強度が低く、攻撃を受ければ砕けてしまう。そうして生じた隙間から侵入を許す。
吸い上げて再び宇宙に放逐しても同じ。結局は後続の『凶星』と結合してより強大な敵となって戻って来る。攻撃が繰り返されるほどに人類側の戦力は減って凶星群は力を増すばかり。
だから免疫システムは恐ろしい。どれだけ強い力を持った者達でも無尽蔵に湧き出す怪塵による数の暴力にはいつか必ず屈してしまう。
グレンとユニも同じだ。彼等の力でさえ最早どうしようも無くなりつつある。
だから人々は嘆き、怒り、裏切られたと考えている。総人口はすでに五千にも満たない。僅かな生き残り達も今回の攻撃で全滅する可能性が高い。精霊に祝福されし者が死ねばすぐにまた新たな能力者が現れるが、戦闘経験の無い者達では戦力として期待できない。祖父から受け継いだ才能のおかげでどうにか戦えているメェピンもすでに満身創痍。傷だらけの体でどうにか立っている。
【チクショウ……チクショウ! もう終わりかよ! こんなので終わりなのかよ!?】
ニャーンは瞼を閉じたまま泣いた。アイムを救うためだったとはいえ、自身の選択が生み出した被害の大きさを知って再び心が折れそうになった。
けれど――
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