ワールド・スイーパー

秋谷イル

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最終章【鳥と獣と箒の女神】

ニャーンの選択

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 大きな苦難に挑む――そう聞いた瞬間アイムは冷静さを失った。ニャーンの性格を良く知る彼には彼女の選択が手に取るようにわかったから。
「待て!」
 咄嗟に手を伸ばして口を塞ごうとしたが、その襟首を彼以上に素早く動いた盾神テムガモシリの右手が掴む。邪魔はさせないという強い意志が伝わって来る。
 それでも、服を引き千切る勢いでさらに前へ。
 ところが進めない。確かに前進している感覚があるのにニャーンとの距離が縮まらない。
「無駄だ。オレは時空に干渉できる」
「やめよ! ニャーン!」
 その悲痛な叫びも空間の歪曲に飲み込まれ彼女の耳には届かなかった。いや、届いたとて結果は同じだったかもしれない。
 少女はすぐに決断した。何故なら彼女にとって、それは迷う意味の無い選択。

「アイムが生きられる道はあるんですね! なら、そっちにします!」

 瞬く間に下された決断。予測していたアルトゥールとケナセネスラは驚かない。しかし他の四柱には動揺が生じる。
 いくらなんでも、あまりに早い。眉をひそめるウーヌラカルボ。
「ずいぶん即断即決だね……本当にいいのかい? まだ何をしなければいけないのかも聞いてないだろうに」
「だって、彼を助けるにはそれしかないんでしょう?」
 逆に不思議そうに問い返すニャーン。その通りなのだが、ここで初めてウーヌラカルボは恐怖に近い感覚を覚えた。彼は今、得体の知れない未知の生物を目の当たりにしている。
 糧を司る彼は生命を支配する神と言い換えてもいい。だからこそ知っているのだ、たとえ高等な知性体だとて、そう簡単に自身を危険に晒すことはできない。否、普通は高度な知性を持つ者こそ可能な限りリスクを避けようとする。知能とは本来、生存と繁栄のためにこそ進化するものなのだから。
 この少女は本当に大丈夫か? すでにユニ・オーリのような『悪意』に侵されてしまっているのでは?
 だがアルヴザインに目配せして問うと、彼は軽く頭を振って「そうではない」と否定した。声は出さず、互いに思念波によって言葉を交わす。
(この娘に二心は無い)
(本当にあの獣を救いたいだけだと?)
(うむ、それ以外には全く何も考えておらん)
 驚くほど馬鹿だ。アイム・ユニティを救えると知った途端、他の思考が全て吹っ飛んでしまった。こんな人間は彼も見たことが無い。
 同時に納得した。悠久の時を生きた自分達でさえ初めて目にする存在。だからこそオクノケセラは彼女に可能性を感じたのかもしれないと。
「……よかろう、その決断を尊重する」
「ザイン」
「そのまま捕まえておけモシリ。ただし、その小僧を殺してはならぬ。我等七柱は同格、新参者の意志と言えど踏みにじってはならぬ」
「わかった」
 アイムに向けていた殺気を消すテムガモシリ。たしかに、今のこの獣なら仕留めることは容易い。少女が手綱を握るに相応しい存在となれるかどうか見届けてからでも遅くはない。
 ウーヌラカルボにも異存は無かった。元よりアイムの助命を容認していた者達も当然ニャーンの決断を受け入れる。
 それができないのは一人だけ。

「ふざけるな! そんなことは許さん!」

 テムガモシリが作り出した空間の歪みに爪を立てるアイム。全身が発光して指がじわりじわりと食い込んでいく。
 おかげでニャーンにも声が届いた。ようやく振り返る彼女。
 なのに、アイムに対して申し訳なさそうに笑う。

「すみません、もう決めました」
「わかっておるのか!? 必要無い苦労だと! お主はもう認められておる! 黙っていても七柱の一員にはなれるんじゃ! ワシが死ぬのを見届ければ良い! それで万事解決する!」

 自分達が眠りながら旅をしている間に半年の時が過ぎた。今この時にも母星には『凶星』が大挙して押し寄せているかもしれない。半年前の戦いを辛うじて生き延びた仲間達がまた窮地に陥っている。その可能性が高い。
 彼等を救うには、より多くを生き残らせるには迅速に問題を解決すべきだ。

「お主もあやつらも! 何もしなくてええんじゃ! 黙ってワシを見殺せ!」

 ――彼は、そう言うけれど、彼女は苦笑したまま頭を振る。

「無理です。そんなことをしたら私、二度と笑えなくなります」
「大丈夫だ、お主なら立ち直れる!」
 必死に手を伸ばすアイム。空間の歪みが引き裂かれ始め、テムガモシリの額に汗が浮かぶ。
「小僧……ッ!!」
「なんたる成長速度。この場でまた飛躍的な進化を遂げようとしておる」
「これが『ゲルニカの因子』を持つ者か!」
 アルヴザインとウーヌラカルボも動いた。左右からアイムの背中と頭を掴んで地面に押し付けて動きを封じる。ガラスのような質感なのに透明な床はビクともしない。
「ぐうっ!?」
「アルトゥール! 今のうちにその娘を!」
「彼女は選択した! 後は試練を潜り抜けるだけだ!」
「し、試練……だと……!」
「むうっ!?」
「三人がかりでも……どこまでっ!?」
 四肢に力を込め、少しずつ体を起こしていくアイム。そんな彼の視線の先でアルトゥールが少女を抱き寄せながら説明を始めた。
「君には今から別の星へ旅立ってもらう」
「え……?」
「魔素を操る力も君の一部、ゆえに魔素結晶体を連れて行くことは許そう。しかし彼以外の同行者は認められない。これは君の使命を決める旅だからだ」
 その説明をケナセネスラが補足した。
「オクノケセラが試練の神であったように、妾達にはそれぞれの定められた役割がある。けれども子猫ちゃん、貴女にはまだそれが無い。オクノケセラが貴女に託した権能は今は方向性の定まっていない純粋なエネルギーの塊。それに進むべき道を示すのよ、貴女自身で。その時、初めて貴方は己の役割を持った本物の神になれる」

 ――ニャーンの前に一枚の扉が現れた。アルトゥールが手を一振りしただけで出現したその扉をストナタラスが開き、旅立ちを促す。

「さあ、行きなさい。あの者を救いたければ自分の使命を見つけ出すのだ」
「でも、それってどうしたら……?」
「君が故郷で起こした奇跡を、もう一度再現したらいい。悪意を祓って星を救え」

 アルトゥール達が彼女に望む役割はそれである。オクノケセラの身命を賭した行動により現実となった奇跡。あの結末を目の当たりにしたからこそ方針を転換できた。
 知的生命体の悪意は浄化できる。ニャーンにはその役割を担う神になって欲しい。アルトゥールも優しく背中を押す。

「無論、どのような結論を出すかは君が決めればいい。なんにせよ君が己の使命を定めた時、もう一度この扉が現れる。それまでは自分自身の力で前へ進み続けるんだ」
「はい!」
 成すべきことがハッキリわかった。その瞬間またニャーンは迷いなく頷く。
 ユニ・オーリを止めた時のように強大な悪意を打ち消すことができたなら、それを自在に行える神になったならアイムも許される。彼の暴走を防ぎ、これからも共に生きていくことができる。
 だったら迷うことなんかない。彼女はまた彼の方に振り返って手を振った。

「すいません! いってきます!」
「待てと言っとろうが!」

 爆風が生じる。それでも手を離さなかったテムガモシリ達を力ずくで振りほどき、空間の歪みも瞬時に喰い破ったアイムは巨大化した顎でニャーンを飲み込んだ。
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