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四章【赤い波を越えて】
贖罪の形
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ユニは謝ってくれた。彼女に、そして傷付けてしまった全ての者達に対して。
抱きしめながらニャーンは思う。さっき見た彼の記憶を思い返して想像する。
彼の願いは人の身で叶えるには、あまりに大きすぎた。想い人に会うための方法を他には何一つ見つけられず、心の奥にずっと葛藤を抱えて生きていた。そういう本心が伝わって来た。
罪を犯したことは確か。だとしても苦しんでいたことも、また事実。苦痛こそが罪を贖う唯一の方法だと考える人もいるだろう。苦しみを終わらせてやりたいなら、いっそ命を絶ってやることが慈悲ではないかと言う人も。ニャーンだって、まだ確信を持ってそれらの選択肢を否定することはできない。
けれど、そうではないと信じたいのだ。どんな罪人にも、いつかその罪を許される時が必要だと。許してあげられる誰かがいなければと、そう思っている。
彼女の腕の中で子供のように泣きじゃくるユニを見て、アイムは静かに嘆息する。
「自らも偽っておったか」
大した演技力だ。怪塵によってニャーンの感情が伝わって来なかったら、さっきの一撃を本気で打ち込んで消滅させていたところだ。この男はそうされて当然の存在だし、自分には彼を断罪する権利があると確信している。ユニによって弄ばれた第七大陸の人々の無念を忘れてはいない。
だとしてもニャーンの意志を尊重したい。彼女を信じるべきだと、そう思った。この選択が正しかったかどうかは、今はまだわからない。わかるのはもっとずっと先の話だろう。
ただ、ユニ・オーリという男について理解が進んだことはたしかだ。それだけは確実な収穫だと思える。彼も結局ただの人間だった。他者を愛し、恋焦がれ、その人のために茨の道を歩む覚悟を固めていた。
そういうところにだけは共感できなくもない。自分の生みの親とも言える男が完全に理解不能な化け物でなかったことは、彼にとってささやかな救いである。
真実を知り、グレンにも思うところがあった。
「自分自身を騙し、人間性を捨ててまで修羅の道を歩む……か」
己のこれまでの所業を省みる彼。アイムに追い付き追い越す。そればかりを考えて研鑽を重ねる人生だった。
そして、そのために多くの人を切り捨ててしまった。心配してくれる人や愛を打ち明けてくれた人達を顧みず、関係を修復しようともせぬまま死に別れた者達も多い。
この道の先にあるのはユニと同じ末路ではないか? そんな想像が脳裏をよぎって寒気を覚える。
だから今度こそ、自分を愛してくれる人の想いに応えようと思う。彼女が生きていて、今もまだ待ってくれているなら。
いや、愛想を尽かされてしまっても今度はこちらから追いかけよう。そうしたい。それが自分の本音だと認める。
一方、先達の二人がそれぞれこの結末に折り合いを付けている中、ズウラだけは納得できていなかった。ニャーンの意志に反したくもないので詰め寄ったりはせず、その場に踏み止まったまま声を荒げて問い質す。
「なんなんだよ……じゃあ、どうするんだよ、お前! 今さら反省しましたって、そう言えば全部許されると思ってんのか!?」
やはり納得いかない。ニャーンが許したとしても自分には無理だ。どれだけ多くの人がこの男に苦しめられて来たと思う? 今だって地上ではユニの起こした災害のせいで犠牲が増え続けているだろう。
絶対に償わせなければならない。今すぐに殺してしまうべきだと、彼はそう思う。
アイムはそんな彼とユニの間にそっと割り込み、制止をかけつつ頷いた。
「その通りじゃ、こやつには償わせねばならぬ。だが待て」
「アイム様……」
ニャーンだけでなくアイムにまで待ったをかけられ、踏み止まるズウラ。そんな青年の忍耐力に感心しつつアイムはまたユニの方へと振り返る。
「言っておくが、貴様を許すことなどワシにもできん。今すぐ殺さんのはニャーンの意志を汲んだからだと覚えておけ」
「わかっているよ……」
ユニは自ら少女を優しく押しのけ、距離を取った。そして刺さったままの右腕を細い触手に変え、彼女の負担にならない形で静かに引き抜く。
むしろ、想像力で彼女の魂にできた欠損を修復し傷を癒やす。当然だが、もう悪夢だって見せていない。
不安な顔で訊ねる。
「記憶を……嫌な記憶を、僕なら消してあげられるよ?」
「いえ、このままにしてください」
首を横に振るニャーン。たしかに数え切れない地獄を経験したけれど、そのおかげで今の自分があるのだと、そうも思っている。だから忘れたくない。
「強いな……」
ユニの涙は止まっている。もう決断できた。彼はニャーンだけを見つめたままアイム達に頼む。
「罪は償う。僕なりの形になるが、必ず償ってみせる。だから少しだけ時間をくれ」
「ふざけんな! お前の言葉なんか誰が――」
「待て」
再び止めるアイム。
ズウラは歯軋りしながら彼を睨む。
「アイム様!」
「時間をくれてやれ。どう償うつもりかくらい話させてやろう」
「ズウラ」
グレンにも窘められ、再び仕方なく引き下がるズウラ。だが、いつでもユニを攻撃できる態勢は維持した。アイム達とて何かがあれば即座に対応するだろう。
そんな彼等を横目にユニはニャーンを見下ろし続けた。こころなし濁りの薄れた鉛色の瞳で正面から桜色の瞳を覗き込み、改めて問いかける。
「もう一度聞かせてくれ、本当に神になるつもりか? それが何を意味するか、きちんと理解しているんだね」
「……はい」
少し逡巡して、それでもやっぱり頷くニャーン。神になった場合、自分がどういう道を歩まねばならないかはきちんと説明を受けた。オクノケセラは嫌なら断ってもいいとまで言ったのだ。この先へ進めば、きっと後悔することになるだろうと。
「私だって、ちゃんと説明したわよ」
ずっとニャーンの傍にいて見守っていたプラスタが涙目で捕捉する。スワレも一緒になって説得したのだ、絶対に駄目だと。そこまで背負う必要なんか無いと。
なのにニャーンは譲らなかった。それが皆のためならと言って引き受けた。
ユニは目を細める。心配でならない。
「僕は、人から神になった女性を知っている。彼女の苦悩も」
マリア・ウィンゲイトと彼女の家族がそう。ある日、突然人から神になってしまった。そうして彼女達を起点に新たな世界がいくつも創造され今の歴史に繋がっている。だから彼女達は始まりの七人の神を意味する『始原七柱』と呼ばれた。
そのうち六柱は、やがて自らの死を望むようになった。人の精神のまま永遠を生き続ける苦痛に耐え切れなくなって。
それでも生を望んだのはマリアだけ。彼女の精神力は憧れを抱いているユニから見ても異常だとしか思えない。本来人間の心はそんなに強くない。そこまで強くなんてなれない。
そんな彼女と同じものに、ニャーンは今からなろうとしている。
だから心配なのだ、本当にそれでいいのかと。
ここが最後の分岐点だと彼の『眼』が言っている。今ここでなら、まだ引き返せる。
彼は彼女に幸せになって欲しい。結局、最後まで自分を犠牲にし続けたマリアの二の舞になってほしくない。
けれど結局、答えはわかりきっていた。彼女が考えを変える確率は億に一つより小さい。そして、そんな奇跡は都合良く起こらないのが世の常である。
少なくとも自分のような人間に、それほど大層な奇跡は起こせない。そう改めて思い知らされた。少女は微笑み、心配してくれた彼に心からの感謝を捧げる。やはり運命は簡単に覆らない。
「ありがとうございます。でも、もう決めたんです」
「……」
ああ、なんて眩しさだ。あれだけ酷い目に遭わせたのに、それでもこの笑顔は曇らない。本当に彼女ならマリアのようになれるかもしれないと、そう思ってしまう。
あるいは彼女以上の優しい神に。
「辛いよ」
「負けません」
「何度も裏切られると思う」
「だとしたら、何度も信じられるってことです」
「死にたくなるかもしれない」
「死んでしまった皆と再会したいとは、今でも思っています」
「それでも?」
「それでも、私はなりたいです。この星の皆を、大切なものを守れる神様に」
「そうか……」
あの時と同じだ。マリアを引き留められなかった時と。賢しい彼は無理だと悟ってしまう。
それでも一つだけ別のことをしようと思う。あの時はまだ自分がこうされる側だったが、今なら逆のことができる。
手を伸ばしてニャーンの頭を撫でた。彼女は彼にとっても誇りとなったから。ナデシコの因子をばら撒き、この少女が生れまるきっかけを作ったのは自分だ。
責任を取ろう。
「今から僕がすることを許してくれ」
「あっ! 記憶は消さないでください!」
「違うよ、この星を守るんだ。君の代わりに、君達がいない間ずっと」
こんなことで償い切れるとは思わないが、幸いにも別の世界で植物の特性を得た肉体は限りなく不死に近い寿命と生命力を有している。これからその長い時間の全てを費やして彼女の大切な故郷を守り続けよう。
「必ず、守り抜くからさ――」
ユニの魂が突如として人の形を失い、拡散した。同時にニャーン達の精神も現実へ帰還する。
現実でも人の形だった超巨大怪塵結晶が崩壊して拡散を始めていた。それは母星に降り注いで嵐に耐える人々の周囲に壁を作り、一人ずつ保護する。スワレが必死に凍らせた津波を砕いて自らの内に海水を取り込み、別の場所に運ぶことで海面の上昇を鎮めた。
割れてしまった大地を繋ぎ合わせ、元に戻すことが不可能な場所では自らを大地の一部に変えて新たな陸地を作る。第五大陸のあった場所に開いた穴も完全に塞がれた。
傷付いた人々の体内に侵入し、治癒力を活性化させ、突き刺さった異物を取り除き可能な限りの命を救う。
死者を蘇らせることはできない。だとしてもきちんと弔ってやるために亡骸を掘り出して地面に横たえて並べていく。
すまない、すまない。何度も謝りながら彼は力を行使する。ニャーンから借りた能力のその限界まで使い果たして星と数多の命を救う。
全て彼のせいで起きた災厄だ。こんなことをしたって償いにならないことはわかっている。本当の贖罪はここから始まる。
きっと人々はこう思うだろう、この奇跡はニャーン・アクラタカが起こしてくれたものだと。
その通りだから、それでいい。彼女に心を救われたから彼もこうするのだ。何もかも彼女がいてこその結果。ニャーンの功績だけが知れ渡れば良い。
最後に一言、彼も感謝する。これを最後に二度と言葉は発しない。愚かな自分はまた他者の心を惑わせてしまうかもしれないから黙っておこう。
【ありがとう……】
そして沈黙を保つ。これもまた彼なりの贖いの一つ。できる限りのことをした彼は残りの怪塵を宇宙に戻し、星を取り巻く輪を作った。決戦前にアイム達が構想していた『砦』を彼の持てる知識を全てつぎ込んで実現させたのだ。再び『抗体』が襲来したとしても、この輪が星を守る。絶対に彼女の故郷を破壊させたりはしない。
だから安心して行ってほしい。彼はここで彼女の旅路の幸運を祈る。
彼女なら誰より優しい神様になると信じて。
それが彼なりの愛であり、贖罪の形。
抱きしめながらニャーンは思う。さっき見た彼の記憶を思い返して想像する。
彼の願いは人の身で叶えるには、あまりに大きすぎた。想い人に会うための方法を他には何一つ見つけられず、心の奥にずっと葛藤を抱えて生きていた。そういう本心が伝わって来た。
罪を犯したことは確か。だとしても苦しんでいたことも、また事実。苦痛こそが罪を贖う唯一の方法だと考える人もいるだろう。苦しみを終わらせてやりたいなら、いっそ命を絶ってやることが慈悲ではないかと言う人も。ニャーンだって、まだ確信を持ってそれらの選択肢を否定することはできない。
けれど、そうではないと信じたいのだ。どんな罪人にも、いつかその罪を許される時が必要だと。許してあげられる誰かがいなければと、そう思っている。
彼女の腕の中で子供のように泣きじゃくるユニを見て、アイムは静かに嘆息する。
「自らも偽っておったか」
大した演技力だ。怪塵によってニャーンの感情が伝わって来なかったら、さっきの一撃を本気で打ち込んで消滅させていたところだ。この男はそうされて当然の存在だし、自分には彼を断罪する権利があると確信している。ユニによって弄ばれた第七大陸の人々の無念を忘れてはいない。
だとしてもニャーンの意志を尊重したい。彼女を信じるべきだと、そう思った。この選択が正しかったかどうかは、今はまだわからない。わかるのはもっとずっと先の話だろう。
ただ、ユニ・オーリという男について理解が進んだことはたしかだ。それだけは確実な収穫だと思える。彼も結局ただの人間だった。他者を愛し、恋焦がれ、その人のために茨の道を歩む覚悟を固めていた。
そういうところにだけは共感できなくもない。自分の生みの親とも言える男が完全に理解不能な化け物でなかったことは、彼にとってささやかな救いである。
真実を知り、グレンにも思うところがあった。
「自分自身を騙し、人間性を捨ててまで修羅の道を歩む……か」
己のこれまでの所業を省みる彼。アイムに追い付き追い越す。そればかりを考えて研鑽を重ねる人生だった。
そして、そのために多くの人を切り捨ててしまった。心配してくれる人や愛を打ち明けてくれた人達を顧みず、関係を修復しようともせぬまま死に別れた者達も多い。
この道の先にあるのはユニと同じ末路ではないか? そんな想像が脳裏をよぎって寒気を覚える。
だから今度こそ、自分を愛してくれる人の想いに応えようと思う。彼女が生きていて、今もまだ待ってくれているなら。
いや、愛想を尽かされてしまっても今度はこちらから追いかけよう。そうしたい。それが自分の本音だと認める。
一方、先達の二人がそれぞれこの結末に折り合いを付けている中、ズウラだけは納得できていなかった。ニャーンの意志に反したくもないので詰め寄ったりはせず、その場に踏み止まったまま声を荒げて問い質す。
「なんなんだよ……じゃあ、どうするんだよ、お前! 今さら反省しましたって、そう言えば全部許されると思ってんのか!?」
やはり納得いかない。ニャーンが許したとしても自分には無理だ。どれだけ多くの人がこの男に苦しめられて来たと思う? 今だって地上ではユニの起こした災害のせいで犠牲が増え続けているだろう。
絶対に償わせなければならない。今すぐに殺してしまうべきだと、彼はそう思う。
アイムはそんな彼とユニの間にそっと割り込み、制止をかけつつ頷いた。
「その通りじゃ、こやつには償わせねばならぬ。だが待て」
「アイム様……」
ニャーンだけでなくアイムにまで待ったをかけられ、踏み止まるズウラ。そんな青年の忍耐力に感心しつつアイムはまたユニの方へと振り返る。
「言っておくが、貴様を許すことなどワシにもできん。今すぐ殺さんのはニャーンの意志を汲んだからだと覚えておけ」
「わかっているよ……」
ユニは自ら少女を優しく押しのけ、距離を取った。そして刺さったままの右腕を細い触手に変え、彼女の負担にならない形で静かに引き抜く。
むしろ、想像力で彼女の魂にできた欠損を修復し傷を癒やす。当然だが、もう悪夢だって見せていない。
不安な顔で訊ねる。
「記憶を……嫌な記憶を、僕なら消してあげられるよ?」
「いえ、このままにしてください」
首を横に振るニャーン。たしかに数え切れない地獄を経験したけれど、そのおかげで今の自分があるのだと、そうも思っている。だから忘れたくない。
「強いな……」
ユニの涙は止まっている。もう決断できた。彼はニャーンだけを見つめたままアイム達に頼む。
「罪は償う。僕なりの形になるが、必ず償ってみせる。だから少しだけ時間をくれ」
「ふざけんな! お前の言葉なんか誰が――」
「待て」
再び止めるアイム。
ズウラは歯軋りしながら彼を睨む。
「アイム様!」
「時間をくれてやれ。どう償うつもりかくらい話させてやろう」
「ズウラ」
グレンにも窘められ、再び仕方なく引き下がるズウラ。だが、いつでもユニを攻撃できる態勢は維持した。アイム達とて何かがあれば即座に対応するだろう。
そんな彼等を横目にユニはニャーンを見下ろし続けた。こころなし濁りの薄れた鉛色の瞳で正面から桜色の瞳を覗き込み、改めて問いかける。
「もう一度聞かせてくれ、本当に神になるつもりか? それが何を意味するか、きちんと理解しているんだね」
「……はい」
少し逡巡して、それでもやっぱり頷くニャーン。神になった場合、自分がどういう道を歩まねばならないかはきちんと説明を受けた。オクノケセラは嫌なら断ってもいいとまで言ったのだ。この先へ進めば、きっと後悔することになるだろうと。
「私だって、ちゃんと説明したわよ」
ずっとニャーンの傍にいて見守っていたプラスタが涙目で捕捉する。スワレも一緒になって説得したのだ、絶対に駄目だと。そこまで背負う必要なんか無いと。
なのにニャーンは譲らなかった。それが皆のためならと言って引き受けた。
ユニは目を細める。心配でならない。
「僕は、人から神になった女性を知っている。彼女の苦悩も」
マリア・ウィンゲイトと彼女の家族がそう。ある日、突然人から神になってしまった。そうして彼女達を起点に新たな世界がいくつも創造され今の歴史に繋がっている。だから彼女達は始まりの七人の神を意味する『始原七柱』と呼ばれた。
そのうち六柱は、やがて自らの死を望むようになった。人の精神のまま永遠を生き続ける苦痛に耐え切れなくなって。
それでも生を望んだのはマリアだけ。彼女の精神力は憧れを抱いているユニから見ても異常だとしか思えない。本来人間の心はそんなに強くない。そこまで強くなんてなれない。
そんな彼女と同じものに、ニャーンは今からなろうとしている。
だから心配なのだ、本当にそれでいいのかと。
ここが最後の分岐点だと彼の『眼』が言っている。今ここでなら、まだ引き返せる。
彼は彼女に幸せになって欲しい。結局、最後まで自分を犠牲にし続けたマリアの二の舞になってほしくない。
けれど結局、答えはわかりきっていた。彼女が考えを変える確率は億に一つより小さい。そして、そんな奇跡は都合良く起こらないのが世の常である。
少なくとも自分のような人間に、それほど大層な奇跡は起こせない。そう改めて思い知らされた。少女は微笑み、心配してくれた彼に心からの感謝を捧げる。やはり運命は簡単に覆らない。
「ありがとうございます。でも、もう決めたんです」
「……」
ああ、なんて眩しさだ。あれだけ酷い目に遭わせたのに、それでもこの笑顔は曇らない。本当に彼女ならマリアのようになれるかもしれないと、そう思ってしまう。
あるいは彼女以上の優しい神に。
「辛いよ」
「負けません」
「何度も裏切られると思う」
「だとしたら、何度も信じられるってことです」
「死にたくなるかもしれない」
「死んでしまった皆と再会したいとは、今でも思っています」
「それでも?」
「それでも、私はなりたいです。この星の皆を、大切なものを守れる神様に」
「そうか……」
あの時と同じだ。マリアを引き留められなかった時と。賢しい彼は無理だと悟ってしまう。
それでも一つだけ別のことをしようと思う。あの時はまだ自分がこうされる側だったが、今なら逆のことができる。
手を伸ばしてニャーンの頭を撫でた。彼女は彼にとっても誇りとなったから。ナデシコの因子をばら撒き、この少女が生れまるきっかけを作ったのは自分だ。
責任を取ろう。
「今から僕がすることを許してくれ」
「あっ! 記憶は消さないでください!」
「違うよ、この星を守るんだ。君の代わりに、君達がいない間ずっと」
こんなことで償い切れるとは思わないが、幸いにも別の世界で植物の特性を得た肉体は限りなく不死に近い寿命と生命力を有している。これからその長い時間の全てを費やして彼女の大切な故郷を守り続けよう。
「必ず、守り抜くからさ――」
ユニの魂が突如として人の形を失い、拡散した。同時にニャーン達の精神も現実へ帰還する。
現実でも人の形だった超巨大怪塵結晶が崩壊して拡散を始めていた。それは母星に降り注いで嵐に耐える人々の周囲に壁を作り、一人ずつ保護する。スワレが必死に凍らせた津波を砕いて自らの内に海水を取り込み、別の場所に運ぶことで海面の上昇を鎮めた。
割れてしまった大地を繋ぎ合わせ、元に戻すことが不可能な場所では自らを大地の一部に変えて新たな陸地を作る。第五大陸のあった場所に開いた穴も完全に塞がれた。
傷付いた人々の体内に侵入し、治癒力を活性化させ、突き刺さった異物を取り除き可能な限りの命を救う。
死者を蘇らせることはできない。だとしてもきちんと弔ってやるために亡骸を掘り出して地面に横たえて並べていく。
すまない、すまない。何度も謝りながら彼は力を行使する。ニャーンから借りた能力のその限界まで使い果たして星と数多の命を救う。
全て彼のせいで起きた災厄だ。こんなことをしたって償いにならないことはわかっている。本当の贖罪はここから始まる。
きっと人々はこう思うだろう、この奇跡はニャーン・アクラタカが起こしてくれたものだと。
その通りだから、それでいい。彼女に心を救われたから彼もこうするのだ。何もかも彼女がいてこその結果。ニャーンの功績だけが知れ渡れば良い。
最後に一言、彼も感謝する。これを最後に二度と言葉は発しない。愚かな自分はまた他者の心を惑わせてしまうかもしれないから黙っておこう。
【ありがとう……】
そして沈黙を保つ。これもまた彼なりの贖いの一つ。できる限りのことをした彼は残りの怪塵を宇宙に戻し、星を取り巻く輪を作った。決戦前にアイム達が構想していた『砦』を彼の持てる知識を全てつぎ込んで実現させたのだ。再び『抗体』が襲来したとしても、この輪が星を守る。絶対に彼女の故郷を破壊させたりはしない。
だから安心して行ってほしい。彼はここで彼女の旅路の幸運を祈る。
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