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四章【赤い波を越えて】
信仰
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【なっ……?】
ユニの『眼』はようやく異変を捉える。世界中で光が、仄かな青い輝きが生じて周囲に広がっていく。
見覚えがある。あの光は、まさか――
【世界……? あの方の、権能……心を繋ぐ光……!】
光の中心にいるのは『ニャーン』と直接関わった者達。第一大陸のビサック、ナラカ、ドルカとその部下達。そしてクメル。第二大陸ではナンジャロと回遊魚の一族。さらにザンバ。
第三大陸のナジームとエミルが。第四大陸のスアルマやヌダラス、ナナサンが。第五大陸のテアドラスの民が。第六大陸のミューリスが光を放つ。人間の目には捉えられない輝きを、青い光輝を胸の中心から放って周囲の者達に影響を与えていく。あの少女に対する信頼と希望を言葉と態度で伝播させる。
「ドルカよ、私は今回も彼女に賭けるぞ! その方が儲かる気がする!」
「今回は私も同意見です。あの娘に全てを賭ける!」
「どっちも取り込まれたなら、アイムも一緒におるはずだな!」
「ああ、きっと今も戦ってる!」
「あのお二人がやられっぱなしのはずあるか!」
「さっさとどうにかしてくれ! いい加減、祝福されし者でもないオレを働かせ過ぎだぜ!」
「いいから働けオッサン! こっちも少しでも手助けするんだ!」
「ニャーンちゃん……!」
「お姉ちゃん!」
「まあ、そうするしかないじゃろう」
「うむ、我等も信じて戦い続けよう」
『聴こえますかアイム様、ニャーンさん! まだ皆、諦めていません! この声を私の力で世界中に拡散させます! 皆さんが信じて待っています! だから、だからどうか――』
「戻ってきてください」
「我等テアドラスの民も一緒に戦います」
「ズウラ兄ちゃん……」
「スワレ姉も、頑張って……!」
「……飛び続けなさい、ニャーン・アクラタカ。どんなに大きな鳥かごだって、そこは貴女のいるべき場所じゃない。やっぱり貴女には広い空の方が似合っている」
【ふざけるな】
ユニの中に怒りが込み上げて来る。どうして彼等の味方をする? あの方の権能、青い光が矮小な存在を繋いでいく。その事実は受け入れがたい。
【ふざけるな! ふざけるなふざけるなふざけるな! 僕は、僕こそが全てを、貴女のために!】
怒りのまま手の平を広げて振り上げた。もういい、他のつまらない能力者達など雑魚共と一緒に一掃してやる。こんな小さな星にこれ以上かかずらっている暇など無い。
神々を打ち倒し、取り込んで、その先に進む。そしていつか『完成品』になるのだ。そうしたら今度こそ、次こそは彼女に――
「それが貴方の『理由』なんですね」
【ッ!】
すぐ耳元で声が聞こえた。そう思った瞬間、振り上げた右腕が硬直する。鉛色の巨体の色が指先から変化していく。曇り空の色から舞い落ちる雪の純白に。
【なっ、何故だ……どうしてその状態で目覚める!? 意識なんて無いはずだ! 取り戻せるはずもない! 脳にまで僕の『根』が侵食しているんだぞ!】
ニャーン・アクラタカはまだ彼の体内にいる。心臓に付着していた細胞が増殖して全身へ広がり、意識を完全に支配下に置いた。
計画は上手くいったのだ、この上なく完璧に。異世界の眼神から奪った眼のおかげで彼には神々ですら見抜けない『死角』となる位相がわかっていた。そこに自身の細胞を潜ませていたから直接対面したオクノケセラでさえ、こうなることを予見できなかった。現にニャーンの力を操って利用できている。これこそ彼女を掌握した証。
無論こういう奇跡もあり得るとは思っていた。知的生命体の精神力は時に神々の予測すら上回るものだと、これまでの長い人生で学習した。だからこそニャーンの意識は念入りに閉ざし、絶対に逆転の目が無いようにしておいたのである。
それでも? なおも奇跡は起きてしまうと言うのか。
いったい、どうやって呪縛から逃れた?
「皆が私を、信じてくれているからです。今の私には、それが『力』になる」
【なんだと……まさか……!】
推察を裏付けるように母星の表面で淡い輝きが生じた。それらは集まって強い光となり、天高く駆け上がってユニの顔、すなわち巨大な単眼の中心に直撃する。そこからも急速に変色が始まった。怪塵の支配権を奪い返されようとしている。
ようやく理解できた。
【そういうことか……そのためにルールを破ったのか、オクノケセラ!】
――深度という概念がある。より大きな力、宿命を持つ者ほど存在の核である魂が万物の根源に向かって沈んでいくという法則。そうして根源に近付くことを神々は『深化』と呼ぶ。
肉体的にただの人間だとしても深化が進んだ存在であれば他の干渉を受けにくくなる。海の底へ沈んでいけば徐々に水圧が増すものだ。当然、その圧に負けない強靭な存在となれた者だけが生き残る。そうして神に近付いて行く。
だから同じ攻撃を受けても深度の浅い者より根源に近付いた者の方が死ににくい。ニャーンは人の身に余る強大な能力に目覚めて運命の分岐点に立ち、それを左右する宿命を負った特異点。そうなってしまった時点で常人とは深度が異なる。
そこへさらに『圧』を足せば? 死に際に自身の力を譲渡してしまえば? 否、後継として指名するだけでもいい。
オクノケセラの死によって『守界七柱』の座に空席ができた。他の六柱は欠落をそのままにしておかないだろう。世界を管理し維持するという自分達の使命のために喪われた同胞の代役を求める。それに相応しい力を持つ者が複数いた場合、おそらくは消えた神と良く似た精神性の持ち主が優先される。
すなわち、ニャーン・アクラタカが。オクノケセラによる使命があればさらにこの人選は確定的なものとなる。
【神の卵に、空席を埋める候補者になった! それにより僕以上の深度に達し、精神支配の効力を弱めて完全な支配から免れた! そういうことか!】
力を取り返させるわけにはいかない。こちらも全力で抵抗するユニ。鉛色と白色がせめぎ合って互いを何度も塗り潰し、魔王の体表をまだらに染める。
ニャーンの声は肯定した。
「多分そうです」
実のところ、理屈は理解できていない。ただ、ユニに支配された後も意識は辛うじて保てていた。そしてようやく再浮上するきっかけを得たのである。自身に対する『信仰』によって。
「神だから、君を信じる者が増えるほど力も増す! ああ、よく考えられている! 奴め、思ったより計算高い!」
予知でもこの未来は見えなかった。自分より深化が進んでいる存在は運命に対する干渉力も相応に強い。だから簡単に覆されてしまう。もうニャーン相手に予知は役立たないと思った方が良い。
だが、それでいいのか? 神になるということは、そんな容易い話ではない。
【哀れだよ! ちゃんとわかっていて決断したんだろうな? その道を進めば、人としての幸せは諦めなくちゃならないんだぜ!】
「はい、ちゃんとお話をして、その上で約束しました」
ニャーンの全身に広がっていた根が取り除かれていく。彼女の支配下に戻った怪塵が体内に入り込んで異物の除去を始めた。そしてさらに彼女の支配力が強まる。このままでは完全に怪塵を操る力は彼女のものだ。ユニの中で焦りが膨らみ続ける。
「な、なんだ……?」
地上の人々も異変に気付いた。先程から魔王の動きが止まっている。
そして、せめぎ合っていた二色のうち白が優勢になった。
理由を察し、歓声を上げる彼等。
「ニャーンさんだ……きっとあれは、ニャーンさんだ!」
「押してる! 取り戻していってるぞ!」
「彼女が戦ってくれている!」
逆転が始まった。そう確信した人々は空を見上げる。地上の災厄はまだ続いているのに、希望を胸に宿して振り仰ぐ。
人間だけではない、虫も鳥も獣達も、海の生物までもが本能的に直感して祈った。そんな祈りの数が増えるにしたがって彼女に流れ込む青い光も輝きを増していく。
信じて仰ぐから信仰と言う。今、ニャーンはそれを受けるべき存在へと昇華しかけている。だが、そうさせてなるものか。ユニもまた諦めてはいない。
【これはもう僕の力だ! 僕だけが使っていいんだ!】
アイムもグレンもいない以上、この肉体を破壊しうる脅威は存在しない。あとはニャーンの精神を屈服させてしまえばいい。そうしたら彼女が託されたオクノケセラの力までこの手にすることができる。何も状況は悪くなっていない。むしろこれはチャンス。
怪塵の支配権を争うことを止め、精神世界へダイブするユニ。もっと根深く深層意識にまで自分を根付かせ、先に彼女自身を完全に我が物とする。
――そこは鉛色と白色が交じり合う世界だった。どこまでもこの二色だけで染め上げられた果て無き空間の中心に現実と同じ姿のニャーンが浮かんでいる。すでにこちらの侵入には気付いており翼を広げて迎撃態勢。向こうもここが決着の場になるとわかっていたらしい。オクノケセラの入れ知恵だろう。
「準備万端で僕と戦うつもりだね! でも君ごとき小娘の心をへし折るなんて簡単なんだよ。第七大陸での僕がいかに優しかったか教えてあげよう!」
こちらも本来の姿で精神世界の中を飛翔しニャーンの魂に迫っていく。無数の触手を繰り出すと、やはり第七大陸のように翼を使って軌道を逸らされた。しかし――
「あっ!?」
驚いた彼女の翼に何本もの触手の先端が張り付いている。粘液を吐き出して付着させた。だから言っただろう、あの時は手加減してやっていたと。経験の浅い子供が考え付く程度の拙い防御手段、破る方法はいくらでもある。
「這いつくばれ!」
ここでは想像力次第でなんでも作り出せる。何も無い空間に鉛色の床を生み出し、そこに触手を使ってニャーンを叩きつけた。大きく振り上げられ、叩き落とされた彼女は悲鳴を上げる。
「きゃあっ!?」
「ずいぶん可愛らしい声だ! その程度のダメージにしかならないということか! 僕より深化が進んだ今の君を殺すことは、この想像力次第で全てを実現できてしまう精神世界でもやはり難しいだろう!」
だが問題無い、元より殺すつもりは無いから。殺してしまっては能力を利用できなくなる。ただ、自我は残しておく必要が無い。今度こそ念入りにその部分をすり潰してやろう。
「夢でも見てろよ! ありとあらゆる地獄の夢を!」
「ああああああああああっ!?」
ニャーンの魂に直接情報が書き込まれる。ユニの想像した状況、精神をへし折るためのあらゆる苦痛が、それをもたらすための凌辱のイメージが彼女の魂を汚し、ズタズタに切り裂いた。
ユニの『眼』はようやく異変を捉える。世界中で光が、仄かな青い輝きが生じて周囲に広がっていく。
見覚えがある。あの光は、まさか――
【世界……? あの方の、権能……心を繋ぐ光……!】
光の中心にいるのは『ニャーン』と直接関わった者達。第一大陸のビサック、ナラカ、ドルカとその部下達。そしてクメル。第二大陸ではナンジャロと回遊魚の一族。さらにザンバ。
第三大陸のナジームとエミルが。第四大陸のスアルマやヌダラス、ナナサンが。第五大陸のテアドラスの民が。第六大陸のミューリスが光を放つ。人間の目には捉えられない輝きを、青い光輝を胸の中心から放って周囲の者達に影響を与えていく。あの少女に対する信頼と希望を言葉と態度で伝播させる。
「ドルカよ、私は今回も彼女に賭けるぞ! その方が儲かる気がする!」
「今回は私も同意見です。あの娘に全てを賭ける!」
「どっちも取り込まれたなら、アイムも一緒におるはずだな!」
「ああ、きっと今も戦ってる!」
「あのお二人がやられっぱなしのはずあるか!」
「さっさとどうにかしてくれ! いい加減、祝福されし者でもないオレを働かせ過ぎだぜ!」
「いいから働けオッサン! こっちも少しでも手助けするんだ!」
「ニャーンちゃん……!」
「お姉ちゃん!」
「まあ、そうするしかないじゃろう」
「うむ、我等も信じて戦い続けよう」
『聴こえますかアイム様、ニャーンさん! まだ皆、諦めていません! この声を私の力で世界中に拡散させます! 皆さんが信じて待っています! だから、だからどうか――』
「戻ってきてください」
「我等テアドラスの民も一緒に戦います」
「ズウラ兄ちゃん……」
「スワレ姉も、頑張って……!」
「……飛び続けなさい、ニャーン・アクラタカ。どんなに大きな鳥かごだって、そこは貴女のいるべき場所じゃない。やっぱり貴女には広い空の方が似合っている」
【ふざけるな】
ユニの中に怒りが込み上げて来る。どうして彼等の味方をする? あの方の権能、青い光が矮小な存在を繋いでいく。その事実は受け入れがたい。
【ふざけるな! ふざけるなふざけるなふざけるな! 僕は、僕こそが全てを、貴女のために!】
怒りのまま手の平を広げて振り上げた。もういい、他のつまらない能力者達など雑魚共と一緒に一掃してやる。こんな小さな星にこれ以上かかずらっている暇など無い。
神々を打ち倒し、取り込んで、その先に進む。そしていつか『完成品』になるのだ。そうしたら今度こそ、次こそは彼女に――
「それが貴方の『理由』なんですね」
【ッ!】
すぐ耳元で声が聞こえた。そう思った瞬間、振り上げた右腕が硬直する。鉛色の巨体の色が指先から変化していく。曇り空の色から舞い落ちる雪の純白に。
【なっ、何故だ……どうしてその状態で目覚める!? 意識なんて無いはずだ! 取り戻せるはずもない! 脳にまで僕の『根』が侵食しているんだぞ!】
ニャーン・アクラタカはまだ彼の体内にいる。心臓に付着していた細胞が増殖して全身へ広がり、意識を完全に支配下に置いた。
計画は上手くいったのだ、この上なく完璧に。異世界の眼神から奪った眼のおかげで彼には神々ですら見抜けない『死角』となる位相がわかっていた。そこに自身の細胞を潜ませていたから直接対面したオクノケセラでさえ、こうなることを予見できなかった。現にニャーンの力を操って利用できている。これこそ彼女を掌握した証。
無論こういう奇跡もあり得るとは思っていた。知的生命体の精神力は時に神々の予測すら上回るものだと、これまでの長い人生で学習した。だからこそニャーンの意識は念入りに閉ざし、絶対に逆転の目が無いようにしておいたのである。
それでも? なおも奇跡は起きてしまうと言うのか。
いったい、どうやって呪縛から逃れた?
「皆が私を、信じてくれているからです。今の私には、それが『力』になる」
【なんだと……まさか……!】
推察を裏付けるように母星の表面で淡い輝きが生じた。それらは集まって強い光となり、天高く駆け上がってユニの顔、すなわち巨大な単眼の中心に直撃する。そこからも急速に変色が始まった。怪塵の支配権を奪い返されようとしている。
ようやく理解できた。
【そういうことか……そのためにルールを破ったのか、オクノケセラ!】
――深度という概念がある。より大きな力、宿命を持つ者ほど存在の核である魂が万物の根源に向かって沈んでいくという法則。そうして根源に近付くことを神々は『深化』と呼ぶ。
肉体的にただの人間だとしても深化が進んだ存在であれば他の干渉を受けにくくなる。海の底へ沈んでいけば徐々に水圧が増すものだ。当然、その圧に負けない強靭な存在となれた者だけが生き残る。そうして神に近付いて行く。
だから同じ攻撃を受けても深度の浅い者より根源に近付いた者の方が死ににくい。ニャーンは人の身に余る強大な能力に目覚めて運命の分岐点に立ち、それを左右する宿命を負った特異点。そうなってしまった時点で常人とは深度が異なる。
そこへさらに『圧』を足せば? 死に際に自身の力を譲渡してしまえば? 否、後継として指名するだけでもいい。
オクノケセラの死によって『守界七柱』の座に空席ができた。他の六柱は欠落をそのままにしておかないだろう。世界を管理し維持するという自分達の使命のために喪われた同胞の代役を求める。それに相応しい力を持つ者が複数いた場合、おそらくは消えた神と良く似た精神性の持ち主が優先される。
すなわち、ニャーン・アクラタカが。オクノケセラによる使命があればさらにこの人選は確定的なものとなる。
【神の卵に、空席を埋める候補者になった! それにより僕以上の深度に達し、精神支配の効力を弱めて完全な支配から免れた! そういうことか!】
力を取り返させるわけにはいかない。こちらも全力で抵抗するユニ。鉛色と白色がせめぎ合って互いを何度も塗り潰し、魔王の体表をまだらに染める。
ニャーンの声は肯定した。
「多分そうです」
実のところ、理屈は理解できていない。ただ、ユニに支配された後も意識は辛うじて保てていた。そしてようやく再浮上するきっかけを得たのである。自身に対する『信仰』によって。
「神だから、君を信じる者が増えるほど力も増す! ああ、よく考えられている! 奴め、思ったより計算高い!」
予知でもこの未来は見えなかった。自分より深化が進んでいる存在は運命に対する干渉力も相応に強い。だから簡単に覆されてしまう。もうニャーン相手に予知は役立たないと思った方が良い。
だが、それでいいのか? 神になるということは、そんな容易い話ではない。
【哀れだよ! ちゃんとわかっていて決断したんだろうな? その道を進めば、人としての幸せは諦めなくちゃならないんだぜ!】
「はい、ちゃんとお話をして、その上で約束しました」
ニャーンの全身に広がっていた根が取り除かれていく。彼女の支配下に戻った怪塵が体内に入り込んで異物の除去を始めた。そしてさらに彼女の支配力が強まる。このままでは完全に怪塵を操る力は彼女のものだ。ユニの中で焦りが膨らみ続ける。
「な、なんだ……?」
地上の人々も異変に気付いた。先程から魔王の動きが止まっている。
そして、せめぎ合っていた二色のうち白が優勢になった。
理由を察し、歓声を上げる彼等。
「ニャーンさんだ……きっとあれは、ニャーンさんだ!」
「押してる! 取り戻していってるぞ!」
「彼女が戦ってくれている!」
逆転が始まった。そう確信した人々は空を見上げる。地上の災厄はまだ続いているのに、希望を胸に宿して振り仰ぐ。
人間だけではない、虫も鳥も獣達も、海の生物までもが本能的に直感して祈った。そんな祈りの数が増えるにしたがって彼女に流れ込む青い光も輝きを増していく。
信じて仰ぐから信仰と言う。今、ニャーンはそれを受けるべき存在へと昇華しかけている。だが、そうさせてなるものか。ユニもまた諦めてはいない。
【これはもう僕の力だ! 僕だけが使っていいんだ!】
アイムもグレンもいない以上、この肉体を破壊しうる脅威は存在しない。あとはニャーンの精神を屈服させてしまえばいい。そうしたら彼女が託されたオクノケセラの力までこの手にすることができる。何も状況は悪くなっていない。むしろこれはチャンス。
怪塵の支配権を争うことを止め、精神世界へダイブするユニ。もっと根深く深層意識にまで自分を根付かせ、先に彼女自身を完全に我が物とする。
――そこは鉛色と白色が交じり合う世界だった。どこまでもこの二色だけで染め上げられた果て無き空間の中心に現実と同じ姿のニャーンが浮かんでいる。すでにこちらの侵入には気付いており翼を広げて迎撃態勢。向こうもここが決着の場になるとわかっていたらしい。オクノケセラの入れ知恵だろう。
「準備万端で僕と戦うつもりだね! でも君ごとき小娘の心をへし折るなんて簡単なんだよ。第七大陸での僕がいかに優しかったか教えてあげよう!」
こちらも本来の姿で精神世界の中を飛翔しニャーンの魂に迫っていく。無数の触手を繰り出すと、やはり第七大陸のように翼を使って軌道を逸らされた。しかし――
「あっ!?」
驚いた彼女の翼に何本もの触手の先端が張り付いている。粘液を吐き出して付着させた。だから言っただろう、あの時は手加減してやっていたと。経験の浅い子供が考え付く程度の拙い防御手段、破る方法はいくらでもある。
「這いつくばれ!」
ここでは想像力次第でなんでも作り出せる。何も無い空間に鉛色の床を生み出し、そこに触手を使ってニャーンを叩きつけた。大きく振り上げられ、叩き落とされた彼女は悲鳴を上げる。
「きゃあっ!?」
「ずいぶん可愛らしい声だ! その程度のダメージにしかならないということか! 僕より深化が進んだ今の君を殺すことは、この想像力次第で全てを実現できてしまう精神世界でもやはり難しいだろう!」
だが問題無い、元より殺すつもりは無いから。殺してしまっては能力を利用できなくなる。ただ、自我は残しておく必要が無い。今度こそ念入りにその部分をすり潰してやろう。
「夢でも見てろよ! ありとあらゆる地獄の夢を!」
「ああああああああああっ!?」
ニャーンの魂に直接情報が書き込まれる。ユニの想像した状況、精神をへし折るためのあらゆる苦痛が、それをもたらすための凌辱のイメージが彼女の魂を汚し、ズタズタに切り裂いた。
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