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四章【赤い波を越えて】
抗戦(2)
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「う~い……ひっく。ちと飲みすぎちまった……」
驚いたナンジャロ達の前に一人の赤ら顔の酔っ払いが姿を現した。ザンバだ。
気分が悪そうである。そして両頬は真っ赤に腫れている。よほど強く叩かれたらしい。
「ごめん長! やっと起きた!」
ザンバの後ろから姿を現す少女。回遊魚の一族でも最年少の戦士で名をヌールという。ザンバはその少女に対し締まりのない笑顔で頭を下げた。
「ごめんよう。こっからはしっかり働くからよう」
「ほんとだな! 逃げるなよ! って、アイツまだ動くぞ!?」
「わあってるって! ほらっ!」
一閃――再生しかけていた怪物が今度は十字に断ち割られる。しかも刃の通った軌跡から突風が溢れ出してバラバラの塵になるまで拡散させた。
「へへっ、働きますよそりゃ。愛しいヌールちゃんのためですもの」
「冗談はいいから!」
「冗談じゃあねえんだけどなあ。ちいと離れてろ旦那方、巻き込まれるなよ!」
酔って気が大きくなっているためだろう、ついさっきまで怯えて逃げ出そうとしていた男と同一人物だとは思えないほど豪胆に次の標的めがけて突っ込んでいくザンバ。自分の身の丈を越える刃を軽々と振り回し、次から次に怪物を切り裂いて拡散させていく。
「あ、あんなに強かったのか!?」
驚愕するナンジャロ。これまで単独で怪物を倒せるのはアイムとグレン、そして第七大陸のアリアリ・スラマッパギだけだと聞いて来た。ところがザンバも明らかに独力で怪物を蹴散らしている。
「ハハッ、虎の肉は好かんな!!」
巨大な虎の姿になった怪物を、やはり容易く切り刻むザンバ。この長大な刀身は本来の刃でなく風で怪塵を取り込み、固めて刃と成したもの。敵と同じ素材なのだから当然攻撃は通るし、斬れば斬るほど周囲に材料が拡散するので刃こぼれを心配する必要も無い。やろうと思えばもっとずっと長く伸ばすこともできる。あまりに多くを取り込むと怪物化してしまうが。そこは長年の勘で調整する。
これはこの刀の本来の機能ではない。古の能力者が生み出した名刀『オヅノ』の力はあくまでも風の操作。怪塵を固めて刃を拡張するという技は彼が数度の実戦を経て編み出した戦法。
想像以上の獅子奮迅の活躍を目の当たりにして船乗り達も興奮する。
「す、すげえ!」
「なんなんだ、あの剣士は!」
第二大陸の人々は実は大半がこのザンバという男の実力を知らない。そもそもつい最近まで生存していることすら知られていなかった。
この男は数年前、とある船団で保管されていた国宝級の宝を盗み出して売り払おうとした馬鹿な盗人である。しかし買い手など付くはずもなく、商人に通報されてお宝ごと逃げ出し危険な陸地に潜伏した。ゆえにとんでもない大馬鹿者としてのみ名を知られている。
大半はとっくに死んだものと思っていた。陸地は怪物と怪塵狂いの獣だらけ。でなくとも数百年放置され荒れ果てた大地である、人が一人で生きていくには過酷すぎる環境だろう。
だが、それでもこの男は生きていた。しかも飄々と。数多くの危険に晒されながらも少年時代に学んだ剣術と盗み出した『風の精霊が宿りし刀』を使い、操り方を学び、しぶとく図太く生き延び続けていたのだ。天才と謳われた剣技にさらなる磨きをかけて。
「ハッ! いくらでもかかって来い! 片っ端からぶった斬ってやる!」
強気で吠えたザンバの前で新手の怪物が大蛇の姿に変わる。実はこれも彼の固有の技術。幾度も怪物相手に死線を潜り抜けているうち、こちらの思考を読んで形を変えて対処しにくい攻撃を繰り出して来るのだとわかった。
だから逆に、その性質を利用することにした。怪物と相対した時、強く特定の動物の姿を脳裏に思い描く。一瞬でいい、他のことなど全て忘れ去って自分が戦いやすい狩り慣れた第二大陸の獣を想像するのだ。すると相手はその姿になり、動きも彼が想定したそれを再現する。
「アホウが!」
再び一刀両断。彼は祝福されし者ではないが、こと対怪物での戦闘においては並ぶ者無き達人と呼んで差し支えない。アイムですら変形をコントロールすることなどできないのだから。
回遊魚の一族と船乗り達の団結。そしてザンバの活躍により第二大陸での攻防は今のところ優勢を保っている。ズウラによる支援が無いのがその証。まだそこまで追い込まれていない。
だが、ここには戦闘に向いた能力者が少ない。第四大陸や第一大陸のようにアリアリが開発した後ろ暗い兵器を使っているわけでもない。
人の体力には限界があり、気力で補ったとしてもこの惑星の存亡をかけた極限の状況下ではそう長く保たないだろう。しかもザンバは酔っ払いだ。
やはりニャーンが宇宙へ出られるか否か、それが戦局を決定する。
第三大陸では五匹の獣が奮戦していた。いや、よく見れば獣でなく人だ。第二大陸と同じように大陸中央部の最も大きなオアシスを囲む都市に全住民を集め、その周囲を軍隊と祝福されし者とで守っている。
ここには回遊魚達のように防御に長けた能力者はいない。その代わり多めに配備されたニャーン製造の防衛機構が白い怪塵を拡散させて都市全体を覆う障壁を展開していた。
都市内の人間は大半が楽器を持ち、一部の若い乙女達がその音楽に合わせて踊っている。まるでふざけているかのような光景だが至極真面目。彼等もやはり戦っている。
ドンドコドンドコ、ドコドコドコドコ。
ドンドコドンドコ、ドコドコドコドコ。
ドットットットッ、パゥーーーーワッ。
ヒーーーッ!
かつてニャーンがこの大陸を訪れた時、毎朝彼女を叩き起こした軽快なリズムが今また空に鳴り響いていた。空気に乗って遠くまで伝わり、前線の五人の戦士達の耳に届く。
うち一人が皺だらけの年老いた容貌に見合わぬ張りのある声で笑った。
「ヌハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ! 滾る! 滾るわ! だが、まだまだ足りん! もっとだ、もっと讃えよ! アイム様を讃えよ!」
「ああっ、アイム様の御力が私に!」
「我等が救い主に称賛を! 怪物共には死を!」
「貴様等の怪塵を砂漠の砂の一粒に変えてくれよう!」
「うふ、うふふ、うふふふふふふふふふふ!」
狼でなく砂兎のものだが、その毛皮を繋ぎ合わせた特別な装束を纏って黒狼を装う戦士達。人類全体が滅亡の瀬戸際に立たされているこの状況でなお興奮し、信奉するアイムの威光に酔いしれている。
感情の昂りを抑え切れないのは頭上で続いているアイムの活躍のせい。なんと雄々しく偉大な姿なのか。この場所から彼等の視力で見えるはずは無いのだが、そこは想像力で補っている。それと薬を少々服用済み。つまりは一種の麻薬なのだが、いざという時のための切り札なので普段は全く使わない。今がその使い時なので全員で出陣の景気付けに吸って来た。
薬が切れそうだと感じたら乾燥させた葉っぱを口に入れて噛み潰す。これも同様の効果を有する薬草。しばらくは痛みと恐怖を忘れ、感情が昂りやすくなる。
空から一羽の鳥が警告した。
「じいちゃん! 南から三匹、新手が近付いて来てる!」
「了解! お主は近付くでないぞメェピン!」
鳥のように見えるそれは老戦士の孫娘。重さの精霊の祝福を受けており、自身の肉体を極限まで軽くすることで人工の翼を使った飛行を可能としている。
「わかってるって! あたしは戦うのは苦手だもんね」
「うむ! それはワシらの役目じゃ!」
両腕で力こぶを作ってニッカリ笑う老人。彼等五人も全員が精霊に祝福されし者。普段は五つに区分けしたそれぞれのエリアを一人ずつが担当して守っている。
そう、つまり五人全員が単独で怪物と渡り合える実力者なのだ。しかしグレンに並ぶ能力者とは認められていない。当人達もそう思っていない。
グレン・ハイエンドは真に一人でも怪物を倒せる超人だが彼等はそうではないからだ。こちらは一定の条件を満たした時にのみ個々がグレンに次ぐほどの強力な能力者と化す。そしてその条件を満たすには他者の助けが絶対不可欠。
その条件とは強烈に興奮すること。興奮すればするほど強くなる。
「我々が全員集うことがあるとはな! ヌハハ素晴らしいッ! 力を合わせて民と星を守り切ろうではないか! 頭上では我等が救い主も戦ってくださっている! この地上で少しでもあのお方の役に立つのだ! 我等が! アイム様の第一の信奉者が!」
自分の言葉に感極まって泣く老人。彼の名はンバニヒ、四十年以上の長きに渡って第三大陸の民を守って来た大陸最強の戦士。そしてアイムを讃え感動することによって能力を増強できるようになった特殊な能力者の第一号。
他の四人が同じ特性を獲得するに到ったのも、常に先頭に立って戦う彼の姿に感銘を受けて影響されたせいだ。住民全員が強烈なアイム信奉者というこの大陸では、そういう異質で奇妙な才能を開花させる土壌が整っていたのかもしれない。
ドンドコドンドコ、ドコドコドコドコ。
ドンドコドンドコ、ドコドコドコドコ。
ドットットットッ、パゥーーーーワッ。
ヒーーーッ!
音楽が鳴り響く、ここからでは見えないが踊り子達が踊っているのも想像できる。また怪物共が近付いて来ているが問題無い。体力が尽きるまではこちらが一方的に蹂躙する時間だ。そして薬で興奮している彼等は疲労も通常時より無視できる。実際には肉体が壊れるまで笑いながら戦い続けアイムを讃える言葉を繰り返すだろう。
「狩りの時間じゃあ!」
「ヒャッハーーーーーーーーー!」
「首を狩れ!」
「アイム様に捧げよ!」
「んふ、んふふふふふふふふふふふふふふふふふっ!」
砂の精霊に祝福されし者ンバニヒが足下の砂を波のように操り、自分と仲間を敵の眼前まで運ぶ。怪塵の集合体である怪物と同じように自在に動く砂で絡め取り、今まで何本打ち直してきたかわからない鉄の爪を突き立てて腕を振り抜いた。剛力がごっそりと体積を削り、傷口から砂を侵入させ内部からのさらなる追撃を仕掛ける。
他の四人も攻撃的な能力の持ち主ばかり。興奮するほど増強されるその力で一方的に敵を刻んで潰していく。後方で控えている兵士達の出番はほとんど無い。彼等は万が一の時に演奏隊と踊り子を守るためにいるだけ。
「お、恐ろしいな味方ながら……」
「ああ……本当に獣みてえだ」
「でも頼りになる。だから大丈夫、大丈夫だぞエミル」
半分自分に言い聞かせるつもりでぶつぶつ呟く兵士。彼はかつて砂漠でニャーンと偶然知り合い、救われた男ナジーム。同じくニャーンのおかげでサソリの毒から生き延びた娘エミルも後方で踊り子の一人として頑張っている。
(こっちは大丈夫だ。自分の身くらいは自分で守ってみせる。だからお願いだニャーンさん)
彼は空を見上げ、祈った。アイムとあの少女に。また自分達を救ってくれと。
すると、その直後である。北の空に眩い光が生じた。
「なんだ!?」
「あれは……間違いない!」
光は天高くで生じ、さらに遠い高みを目指して昇って行く。まっすぐに迷いなく。
ナジームは直感して叫んだ。同時に彼の娘エミルも街の一角で同じ名を呼ぶ。
「「ニャーンさんだ!」」
驚いたナンジャロ達の前に一人の赤ら顔の酔っ払いが姿を現した。ザンバだ。
気分が悪そうである。そして両頬は真っ赤に腫れている。よほど強く叩かれたらしい。
「ごめん長! やっと起きた!」
ザンバの後ろから姿を現す少女。回遊魚の一族でも最年少の戦士で名をヌールという。ザンバはその少女に対し締まりのない笑顔で頭を下げた。
「ごめんよう。こっからはしっかり働くからよう」
「ほんとだな! 逃げるなよ! って、アイツまだ動くぞ!?」
「わあってるって! ほらっ!」
一閃――再生しかけていた怪物が今度は十字に断ち割られる。しかも刃の通った軌跡から突風が溢れ出してバラバラの塵になるまで拡散させた。
「へへっ、働きますよそりゃ。愛しいヌールちゃんのためですもの」
「冗談はいいから!」
「冗談じゃあねえんだけどなあ。ちいと離れてろ旦那方、巻き込まれるなよ!」
酔って気が大きくなっているためだろう、ついさっきまで怯えて逃げ出そうとしていた男と同一人物だとは思えないほど豪胆に次の標的めがけて突っ込んでいくザンバ。自分の身の丈を越える刃を軽々と振り回し、次から次に怪物を切り裂いて拡散させていく。
「あ、あんなに強かったのか!?」
驚愕するナンジャロ。これまで単独で怪物を倒せるのはアイムとグレン、そして第七大陸のアリアリ・スラマッパギだけだと聞いて来た。ところがザンバも明らかに独力で怪物を蹴散らしている。
「ハハッ、虎の肉は好かんな!!」
巨大な虎の姿になった怪物を、やはり容易く切り刻むザンバ。この長大な刀身は本来の刃でなく風で怪塵を取り込み、固めて刃と成したもの。敵と同じ素材なのだから当然攻撃は通るし、斬れば斬るほど周囲に材料が拡散するので刃こぼれを心配する必要も無い。やろうと思えばもっとずっと長く伸ばすこともできる。あまりに多くを取り込むと怪物化してしまうが。そこは長年の勘で調整する。
これはこの刀の本来の機能ではない。古の能力者が生み出した名刀『オヅノ』の力はあくまでも風の操作。怪塵を固めて刃を拡張するという技は彼が数度の実戦を経て編み出した戦法。
想像以上の獅子奮迅の活躍を目の当たりにして船乗り達も興奮する。
「す、すげえ!」
「なんなんだ、あの剣士は!」
第二大陸の人々は実は大半がこのザンバという男の実力を知らない。そもそもつい最近まで生存していることすら知られていなかった。
この男は数年前、とある船団で保管されていた国宝級の宝を盗み出して売り払おうとした馬鹿な盗人である。しかし買い手など付くはずもなく、商人に通報されてお宝ごと逃げ出し危険な陸地に潜伏した。ゆえにとんでもない大馬鹿者としてのみ名を知られている。
大半はとっくに死んだものと思っていた。陸地は怪物と怪塵狂いの獣だらけ。でなくとも数百年放置され荒れ果てた大地である、人が一人で生きていくには過酷すぎる環境だろう。
だが、それでもこの男は生きていた。しかも飄々と。数多くの危険に晒されながらも少年時代に学んだ剣術と盗み出した『風の精霊が宿りし刀』を使い、操り方を学び、しぶとく図太く生き延び続けていたのだ。天才と謳われた剣技にさらなる磨きをかけて。
「ハッ! いくらでもかかって来い! 片っ端からぶった斬ってやる!」
強気で吠えたザンバの前で新手の怪物が大蛇の姿に変わる。実はこれも彼の固有の技術。幾度も怪物相手に死線を潜り抜けているうち、こちらの思考を読んで形を変えて対処しにくい攻撃を繰り出して来るのだとわかった。
だから逆に、その性質を利用することにした。怪物と相対した時、強く特定の動物の姿を脳裏に思い描く。一瞬でいい、他のことなど全て忘れ去って自分が戦いやすい狩り慣れた第二大陸の獣を想像するのだ。すると相手はその姿になり、動きも彼が想定したそれを再現する。
「アホウが!」
再び一刀両断。彼は祝福されし者ではないが、こと対怪物での戦闘においては並ぶ者無き達人と呼んで差し支えない。アイムですら変形をコントロールすることなどできないのだから。
回遊魚の一族と船乗り達の団結。そしてザンバの活躍により第二大陸での攻防は今のところ優勢を保っている。ズウラによる支援が無いのがその証。まだそこまで追い込まれていない。
だが、ここには戦闘に向いた能力者が少ない。第四大陸や第一大陸のようにアリアリが開発した後ろ暗い兵器を使っているわけでもない。
人の体力には限界があり、気力で補ったとしてもこの惑星の存亡をかけた極限の状況下ではそう長く保たないだろう。しかもザンバは酔っ払いだ。
やはりニャーンが宇宙へ出られるか否か、それが戦局を決定する。
第三大陸では五匹の獣が奮戦していた。いや、よく見れば獣でなく人だ。第二大陸と同じように大陸中央部の最も大きなオアシスを囲む都市に全住民を集め、その周囲を軍隊と祝福されし者とで守っている。
ここには回遊魚達のように防御に長けた能力者はいない。その代わり多めに配備されたニャーン製造の防衛機構が白い怪塵を拡散させて都市全体を覆う障壁を展開していた。
都市内の人間は大半が楽器を持ち、一部の若い乙女達がその音楽に合わせて踊っている。まるでふざけているかのような光景だが至極真面目。彼等もやはり戦っている。
ドンドコドンドコ、ドコドコドコドコ。
ドンドコドンドコ、ドコドコドコドコ。
ドットットットッ、パゥーーーーワッ。
ヒーーーッ!
かつてニャーンがこの大陸を訪れた時、毎朝彼女を叩き起こした軽快なリズムが今また空に鳴り響いていた。空気に乗って遠くまで伝わり、前線の五人の戦士達の耳に届く。
うち一人が皺だらけの年老いた容貌に見合わぬ張りのある声で笑った。
「ヌハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ! 滾る! 滾るわ! だが、まだまだ足りん! もっとだ、もっと讃えよ! アイム様を讃えよ!」
「ああっ、アイム様の御力が私に!」
「我等が救い主に称賛を! 怪物共には死を!」
「貴様等の怪塵を砂漠の砂の一粒に変えてくれよう!」
「うふ、うふふ、うふふふふふふふふふふ!」
狼でなく砂兎のものだが、その毛皮を繋ぎ合わせた特別な装束を纏って黒狼を装う戦士達。人類全体が滅亡の瀬戸際に立たされているこの状況でなお興奮し、信奉するアイムの威光に酔いしれている。
感情の昂りを抑え切れないのは頭上で続いているアイムの活躍のせい。なんと雄々しく偉大な姿なのか。この場所から彼等の視力で見えるはずは無いのだが、そこは想像力で補っている。それと薬を少々服用済み。つまりは一種の麻薬なのだが、いざという時のための切り札なので普段は全く使わない。今がその使い時なので全員で出陣の景気付けに吸って来た。
薬が切れそうだと感じたら乾燥させた葉っぱを口に入れて噛み潰す。これも同様の効果を有する薬草。しばらくは痛みと恐怖を忘れ、感情が昂りやすくなる。
空から一羽の鳥が警告した。
「じいちゃん! 南から三匹、新手が近付いて来てる!」
「了解! お主は近付くでないぞメェピン!」
鳥のように見えるそれは老戦士の孫娘。重さの精霊の祝福を受けており、自身の肉体を極限まで軽くすることで人工の翼を使った飛行を可能としている。
「わかってるって! あたしは戦うのは苦手だもんね」
「うむ! それはワシらの役目じゃ!」
両腕で力こぶを作ってニッカリ笑う老人。彼等五人も全員が精霊に祝福されし者。普段は五つに区分けしたそれぞれのエリアを一人ずつが担当して守っている。
そう、つまり五人全員が単独で怪物と渡り合える実力者なのだ。しかしグレンに並ぶ能力者とは認められていない。当人達もそう思っていない。
グレン・ハイエンドは真に一人でも怪物を倒せる超人だが彼等はそうではないからだ。こちらは一定の条件を満たした時にのみ個々がグレンに次ぐほどの強力な能力者と化す。そしてその条件を満たすには他者の助けが絶対不可欠。
その条件とは強烈に興奮すること。興奮すればするほど強くなる。
「我々が全員集うことがあるとはな! ヌハハ素晴らしいッ! 力を合わせて民と星を守り切ろうではないか! 頭上では我等が救い主も戦ってくださっている! この地上で少しでもあのお方の役に立つのだ! 我等が! アイム様の第一の信奉者が!」
自分の言葉に感極まって泣く老人。彼の名はンバニヒ、四十年以上の長きに渡って第三大陸の民を守って来た大陸最強の戦士。そしてアイムを讃え感動することによって能力を増強できるようになった特殊な能力者の第一号。
他の四人が同じ特性を獲得するに到ったのも、常に先頭に立って戦う彼の姿に感銘を受けて影響されたせいだ。住民全員が強烈なアイム信奉者というこの大陸では、そういう異質で奇妙な才能を開花させる土壌が整っていたのかもしれない。
ドンドコドンドコ、ドコドコドコドコ。
ドンドコドンドコ、ドコドコドコドコ。
ドットットットッ、パゥーーーーワッ。
ヒーーーッ!
音楽が鳴り響く、ここからでは見えないが踊り子達が踊っているのも想像できる。また怪物共が近付いて来ているが問題無い。体力が尽きるまではこちらが一方的に蹂躙する時間だ。そして薬で興奮している彼等は疲労も通常時より無視できる。実際には肉体が壊れるまで笑いながら戦い続けアイムを讃える言葉を繰り返すだろう。
「狩りの時間じゃあ!」
「ヒャッハーーーーーーーーー!」
「首を狩れ!」
「アイム様に捧げよ!」
「んふ、んふふふふふふふふふふふふふふふふふっ!」
砂の精霊に祝福されし者ンバニヒが足下の砂を波のように操り、自分と仲間を敵の眼前まで運ぶ。怪塵の集合体である怪物と同じように自在に動く砂で絡め取り、今まで何本打ち直してきたかわからない鉄の爪を突き立てて腕を振り抜いた。剛力がごっそりと体積を削り、傷口から砂を侵入させ内部からのさらなる追撃を仕掛ける。
他の四人も攻撃的な能力の持ち主ばかり。興奮するほど増強されるその力で一方的に敵を刻んで潰していく。後方で控えている兵士達の出番はほとんど無い。彼等は万が一の時に演奏隊と踊り子を守るためにいるだけ。
「お、恐ろしいな味方ながら……」
「ああ……本当に獣みてえだ」
「でも頼りになる。だから大丈夫、大丈夫だぞエミル」
半分自分に言い聞かせるつもりでぶつぶつ呟く兵士。彼はかつて砂漠でニャーンと偶然知り合い、救われた男ナジーム。同じくニャーンのおかげでサソリの毒から生き延びた娘エミルも後方で踊り子の一人として頑張っている。
(こっちは大丈夫だ。自分の身くらいは自分で守ってみせる。だからお願いだニャーンさん)
彼は空を見上げ、祈った。アイムとあの少女に。また自分達を救ってくれと。
すると、その直後である。北の空に眩い光が生じた。
「なんだ!?」
「あれは……間違いない!」
光は天高くで生じ、さらに遠い高みを目指して昇って行く。まっすぐに迷いなく。
ナジームは直感して叫んだ。同時に彼の娘エミルも街の一角で同じ名を呼ぶ。
「「ニャーンさんだ!」」
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『常世のシャッテンシュピール』は、Pixivにて気まぐれに更新しています。
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