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四章【赤い波を越えて】
永遠と一瞬の幸福
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『よく来た』
扉が開くなり声をかけられ、ニャーンとスワレも大きく目を見開いて固まった。
正面に玉座のような立派な椅子がある。周りの床より一段高くなった壇上に設置されているそれに腰かけ彼女達を見つめているのは輝くような美貌の女――ではない。輝き、つまり光そのものが女の形になったかのような存在。
言い伝え通り。そしてアイムから聞いていた話の通りでもあるその女神にニャーンとスワレだけでなくキュートまでもが釘付けになった。どうしようもなく人を魅了して惹きつける、そんな抗いがたい力を感じる。
「お連れいたしました」
『ご苦労』
彼女に労われたイカロスは部屋に入ってすぐの位置から二人と一体に促す。
「どうぞ、中央までお進みください」
「あ、はい……」
「ただし、自分の足でお願いします。流石に御前では失礼ですので」
「あっ」
キュートに乗ったままだった二人は忠告されて慌てて下へ降りる。まだフラついてはいるものの、彼が施してくれた処置のおかげでなんとか立って歩き始めた。キュート自身もまた鳥の姿で二人の後についていく。
言われた通り広い空間の中央まで進んだ彼女達は立ち止まり、顔を見合わせて何事か囁き合ってから膝をついた。
そこでオクノケセラが止める。
『平服する必要は無い。これを使え』
彼女がパチンと指を鳴らすと、二人の背後、それまで何も無かった場所に突如として簡素な木製の椅子が二脚現れた。その出現にも驚いたが、少女達はそれ以上に別の事実に気が付いて驚愕させられる。
「あ、あれ? 火傷が!」
「治ってる……?」
塔を昇って来る時に負った火傷が一瞬のうちに、触れられてすらいないのに完全に治癒していた。神の次元が違う能力の一端を垣間見て困惑する彼女達。
そんな二人に怜悧な視線と声が鋭く突き刺さる。
『おい、挨拶はどうした? 礼もまだ聞いておらぬぞ』
「あっ、す、すいません! ニャーン・アクラタカです! はじめまして!」
「失礼いたしました! この度はお招きいただき感謝いたします。治療を施してくださってご厚情にも重ねて御礼を。私はスワレ、第五大陸の地下村テアドラスの民にございます」
『うむ』
立ったまま深々と頭を下げる少女達を見て鷹揚に頷くオクノケセラ。たとえ親しい間柄だったとしても礼節を保つことは大切だ。まして自分達は特別親しいわけでもない。
とはいえ彼女は堅苦しいことが好きなわけではない。儀礼的なやり取りなどこの程度で十分だと判断する。ようは最低限の敬意さえ払ってもらえればそれでいい。
『では、こちらも名乗ろう。ワシがオクノケセラ、お主等人間が光の神と呼ぶ者であり、知っての通りアイムの育て親である』
「やはり……」
「陽母様……」
ごくりと唾を飲むスワレ。その横で喜びに目を輝かすニャーン。第六大陸では光の神を強く信奉しており、第六大陸出身者である彼女も例に漏れず信仰を植え付けられて育った。今その信仰対象が目の前に現れたのだから打ち震えるほど感動するのも当然の話。
けれど、当然だが今なすべきことを忘れてもいない。本来なら発言の許可を求めてから言うことなのかもしれないが、それでも彼女の中の焦りが口を開かせた。
「あ、あの! お願いします! 私達を今すぐ宇宙に行かせてください!」
アイムやグレン、そして地上の人々はこの瞬間にも十万の凶星と戦っている。自分達だけこんな場所でゆっくりしているわけにはいかない。
ニャーンの言葉を隣で聞いたスワレも勇気を振り絞って嘆願する。
「私からもお願いします! どうか、どうか我等に生き残る機会を! そのためにはニャーンさんに宇宙へ行ってもらわなければならないのです!」
するとオクノケセラは視線を外し、頭上を見上げながら同意する。
『そうだな、その娘は宇宙へ行かねばならん』
「えっ……?」
眉をひそめるニャーン。どこか違和感があった。彼女の言葉は自分達が願っているそれとは少し意味合いが異なるような、そんな気がする。
けれど、何が違うのかを探る間も無くオクノケセラの言葉が続く。
『長かったぞ』
本当に長かった。
『ワシはこの日を待っていた』
かつて存在した『地球』が消滅し、その魂が輪廻して再び数多の命が息づく星となった。事実に気付いた彼女達『守界七柱』が再び近くで見守るか距離を置いて観測すべきか議論を交わしたあの時から、今はおよそ一万年後。
そしてただ一柱、この宙域に留まって寄り添うことにした彼女が初めて人類に接触した日からは数千年。
アイムと出会い、彼の親代わりとして振る舞うようになってからでは千年と少し。
この星の存在に気付いた時、人類はまだ猿と大差無い姿だった。道具を作り、火を使い、文明を築き始めたばかりの時代。
神にとって一万年という時間は一瞬と同じ。けれど、その一瞬の間に実に様々な出来事があったものだ。
『不思議なものよな、お主等を見ておると時の流れが早くも遅くも感じられる。一瞬なのにとても長くて濃密な一時であった。それがワシには心地良い』
弱き者達が好きだ。特に、その弱さを克服して成長できる者が。何故なら試練の神という彼女に与えられた使命、それを全うしていると実感させてくれるから。
ああ、言いたい。この小さく愛おしい命に『ありがとう』と。
だが、まだ早い。
『これより最後の試練を与える』
傷を癒してやったのはそのため。万全の態勢で挑め、ここからが本番である。
『我が問いかけに答えよ。いくつかの質問を行い、その答えに納得できたなら宇宙へ行かせてやる。
だが納得させられなければ、その時は星ごと滅べ』
慈愛に満ちていた眼差しが再び冷たい刃のように細められる。少しでも気を抜けば瞬時に塵へと変えられてしまいそうな、そんな強烈な気迫を叩きつけられて反射的に身構えるニャーンとスワレ。即座に理解できた、ここからの彼女は試練の神としてその本分を果たすつもりだと。
『考え、説き伏せろ。星を救えるかどうかは、お主等の言葉次第だ』
扉が開くなり声をかけられ、ニャーンとスワレも大きく目を見開いて固まった。
正面に玉座のような立派な椅子がある。周りの床より一段高くなった壇上に設置されているそれに腰かけ彼女達を見つめているのは輝くような美貌の女――ではない。輝き、つまり光そのものが女の形になったかのような存在。
言い伝え通り。そしてアイムから聞いていた話の通りでもあるその女神にニャーンとスワレだけでなくキュートまでもが釘付けになった。どうしようもなく人を魅了して惹きつける、そんな抗いがたい力を感じる。
「お連れいたしました」
『ご苦労』
彼女に労われたイカロスは部屋に入ってすぐの位置から二人と一体に促す。
「どうぞ、中央までお進みください」
「あ、はい……」
「ただし、自分の足でお願いします。流石に御前では失礼ですので」
「あっ」
キュートに乗ったままだった二人は忠告されて慌てて下へ降りる。まだフラついてはいるものの、彼が施してくれた処置のおかげでなんとか立って歩き始めた。キュート自身もまた鳥の姿で二人の後についていく。
言われた通り広い空間の中央まで進んだ彼女達は立ち止まり、顔を見合わせて何事か囁き合ってから膝をついた。
そこでオクノケセラが止める。
『平服する必要は無い。これを使え』
彼女がパチンと指を鳴らすと、二人の背後、それまで何も無かった場所に突如として簡素な木製の椅子が二脚現れた。その出現にも驚いたが、少女達はそれ以上に別の事実に気が付いて驚愕させられる。
「あ、あれ? 火傷が!」
「治ってる……?」
塔を昇って来る時に負った火傷が一瞬のうちに、触れられてすらいないのに完全に治癒していた。神の次元が違う能力の一端を垣間見て困惑する彼女達。
そんな二人に怜悧な視線と声が鋭く突き刺さる。
『おい、挨拶はどうした? 礼もまだ聞いておらぬぞ』
「あっ、す、すいません! ニャーン・アクラタカです! はじめまして!」
「失礼いたしました! この度はお招きいただき感謝いたします。治療を施してくださってご厚情にも重ねて御礼を。私はスワレ、第五大陸の地下村テアドラスの民にございます」
『うむ』
立ったまま深々と頭を下げる少女達を見て鷹揚に頷くオクノケセラ。たとえ親しい間柄だったとしても礼節を保つことは大切だ。まして自分達は特別親しいわけでもない。
とはいえ彼女は堅苦しいことが好きなわけではない。儀礼的なやり取りなどこの程度で十分だと判断する。ようは最低限の敬意さえ払ってもらえればそれでいい。
『では、こちらも名乗ろう。ワシがオクノケセラ、お主等人間が光の神と呼ぶ者であり、知っての通りアイムの育て親である』
「やはり……」
「陽母様……」
ごくりと唾を飲むスワレ。その横で喜びに目を輝かすニャーン。第六大陸では光の神を強く信奉しており、第六大陸出身者である彼女も例に漏れず信仰を植え付けられて育った。今その信仰対象が目の前に現れたのだから打ち震えるほど感動するのも当然の話。
けれど、当然だが今なすべきことを忘れてもいない。本来なら発言の許可を求めてから言うことなのかもしれないが、それでも彼女の中の焦りが口を開かせた。
「あ、あの! お願いします! 私達を今すぐ宇宙に行かせてください!」
アイムやグレン、そして地上の人々はこの瞬間にも十万の凶星と戦っている。自分達だけこんな場所でゆっくりしているわけにはいかない。
ニャーンの言葉を隣で聞いたスワレも勇気を振り絞って嘆願する。
「私からもお願いします! どうか、どうか我等に生き残る機会を! そのためにはニャーンさんに宇宙へ行ってもらわなければならないのです!」
するとオクノケセラは視線を外し、頭上を見上げながら同意する。
『そうだな、その娘は宇宙へ行かねばならん』
「えっ……?」
眉をひそめるニャーン。どこか違和感があった。彼女の言葉は自分達が願っているそれとは少し意味合いが異なるような、そんな気がする。
けれど、何が違うのかを探る間も無くオクノケセラの言葉が続く。
『長かったぞ』
本当に長かった。
『ワシはこの日を待っていた』
かつて存在した『地球』が消滅し、その魂が輪廻して再び数多の命が息づく星となった。事実に気付いた彼女達『守界七柱』が再び近くで見守るか距離を置いて観測すべきか議論を交わしたあの時から、今はおよそ一万年後。
そしてただ一柱、この宙域に留まって寄り添うことにした彼女が初めて人類に接触した日からは数千年。
アイムと出会い、彼の親代わりとして振る舞うようになってからでは千年と少し。
この星の存在に気付いた時、人類はまだ猿と大差無い姿だった。道具を作り、火を使い、文明を築き始めたばかりの時代。
神にとって一万年という時間は一瞬と同じ。けれど、その一瞬の間に実に様々な出来事があったものだ。
『不思議なものよな、お主等を見ておると時の流れが早くも遅くも感じられる。一瞬なのにとても長くて濃密な一時であった。それがワシには心地良い』
弱き者達が好きだ。特に、その弱さを克服して成長できる者が。何故なら試練の神という彼女に与えられた使命、それを全うしていると実感させてくれるから。
ああ、言いたい。この小さく愛おしい命に『ありがとう』と。
だが、まだ早い。
『これより最後の試練を与える』
傷を癒してやったのはそのため。万全の態勢で挑め、ここからが本番である。
『我が問いかけに答えよ。いくつかの質問を行い、その答えに納得できたなら宇宙へ行かせてやる。
だが納得させられなければ、その時は星ごと滅べ』
慈愛に満ちていた眼差しが再び冷たい刃のように細められる。少しでも気を抜けば瞬時に塵へと変えられてしまいそうな、そんな強烈な気迫を叩きつけられて反射的に身構えるニャーンとスワレ。即座に理解できた、ここからの彼女は試練の神としてその本分を果たすつもりだと。
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