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四章【赤い波を越えて】
黄金時計の塔(2)
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「!」
衝撃と共に急加速し、これまでとは比較にならない速さで上昇を始めるキュート。全体を覆った光の壁で熱と高重力による圧力を遮断し、これまでそれらに抗するため費やしていた力を全て加速に注ぎ込んだ。
想像を絶するスピードに再び悲鳴を上げる二人。
「きゃあああああああああああああああああああああああああああああああっ!?」
「ああああああああああああああああああああああああああああっ!?」
骨と筋肉が軋んで悲鳴を上げる。人体が耐えられる限界を超えた加速のせいで今にも体が潰れてしまいそう。なのに何故か耐えられている。何かが体内で動いているのを感じる。
【少しだけ耐えてください。体内に侵入させた怪塵を操作して補助します】
魔力障壁で彼女達の肉体を保護することも考えたが、やはり上昇するほど外気の熱と圧力が強くなり続けている。これでもなお到達できるかは賭け。余裕など全く無い。
「うっ、うう……大丈夫……! 大丈夫!」
ニャーンも目を輝かせる。桜色の瞳に炎のような赤を宿して上を睨みつけた。太陽を肉眼で見てしまえば失明する。そのため周囲が見えないようにキュートの判断で光を遮られていたが、加速のおかげでどちらが進行方向かくらいはわかる。
キュートとスワレが何をする気かと訝った瞬間、彼女は赤い光を纏った。いつものように雷光として解き放つのでなく自分とスワレをそれで包んだのだ。
「あ、あれ? 苦しくなくなった!」
「やっぱり……これなら、いけます……!」
ニャーンは『破壊』の力で自分とスワレにのしかかる『圧力』だけを破壊してのけた。この能力にはこういう使い方もあるらしい。
「熱も壊せるかもしれないけど、まだ複数の対象を狙うと失敗しそうで……!」
「そっちは私に任せてください!」
スワレは引き続き冷気を放出し続ける。そしてまたニャーンの力の使い方を見て気付いた。放出するから駄目なのだと。怪塵で形成されているキュートはどんな高熱に晒されても壊れることなど無い。もっと絞り込んで自分とニャーンだけ守り抜けばいい。
彼女もまた自分達を雪のように濃密に凝縮した白い冷気で包み込む。赤と白、二つの膜に包まれ少女達はついにこの環境に完璧に適応した。それを確認したキュートは障壁に注ぎ込んでいた魔力の一部までもさらなる加速へと転用する。
【進行方向に障害物と高密度の魔力障壁を検知。あと少しです】
赤い炎の向こうに青白い輝きが見える。複数のセンサーがその光の壁との激突が数秒後に迫っていることを訴えていた。だが制動はかけない。神々によって生み出された彼の本能、製造時に刷り込まれていた情報が教えてくれる。このまま突っ込んで問題無いと。
すでに照合は始まっている。
――飛行物体が高速で接近中。免疫システムによって形成された『抗体』と認識。ただし管理者が書き換えられていることを確認。ゲートの開放には承認を要する。
『ワシが招いた、通してやれ』
了解。通行を許可。
キュートの予測通り魔力障壁の向こうの建造物に入口が開いた。障壁はこちらを透過対象に設定したはずである。
だから彼は迷わず、その壁に向かって突っ込んだ。
「う……」
塔の頂上部に突入した途端、眩い光に包まれたニャーンとスワレは意識を失ってしまった。
そんな彼女達に呼びかけるキュート。事態は今も留まることなく進行している。
【目を覚ましてください、何者かが近付いて来ます】
「う、く……」
「つっ……」
引きつるような皮膚の痛みで顔をしかめつつ、どうにか瞼を開ける二人。やはりあの熱気の中を突っ切ってきたダメージは大きく、両者共に全身に火傷を負っていた。重傷ではないが軽視できる状態でもない。
応急処置としてキュートは二人の体内の怪塵を操り、身体機能の正常な働きをサポートしてやる。火傷のせいで阻害されている発汗の促進や解熱。免疫機能の活性化による治癒力の向上。楽観視はできずとも、これで多少は楽になったはず。
同時にセンサーを用いて周囲の環境を測定した。照明に照らされたさして広くない空間。天井も壁も床も全て光沢の無い暗色の金属で作られていて冷たい。太陽の中だというのに室温も二十度と人間が活動するのに支障無いレベル。空気も呼吸可能なそれだ。地上の大気と違って混入物が極端に少ない。機械を使って人工的に生成されたものだろう。
安全を確認した彼は白い鳥に変形し、ぐったりしている少女達を床に降ろしてやる。そこへ先程から接近を感知していた何者かが立ち止まって声をかけてきた。
「黄金時計の塔へようこそ。助けが必要ですか?」
男の声。けれどその頭は鷹を思わせる猛禽類のそれで首から下だけが人間のもの。いや、膝から下はやはり鳥のものだし、背中にスリットがある執事服からも一対の翼が飛び出している。なので比率は人間が四に鳥が六といったところ。
立ち止まったのは敵意が無いことを示すためらしい。少なくとも武装はしていない。手足の爪や鋭い嘴は十分に武器として使えるだろうが。
ニャーン達はまだ意識が朦朧としているため、彼女達の代わりに返答する。
【助けは必要です。彼女達は火傷を負っており、応急処置は施したものの、できる限り早急により高度な治療を施す必要があります】
キュートがそう答えると、鳥頭の執事は小さく頷いてから右手で自分が入って来た扉とその奥の通路を示した。
「では、我が主の元まで案内しましょう。この施設に治療設備はありませんが、あの御方の能力であれば容易く回復してもらえるはずです」
【彼女達を助けるのですか?】
「ええ、我が主は人間を愛しておられます。確実に救って下さるでしょう。ただし貴方がたが私の言葉を信用するならの話。信じられない場合そこで朽ち果てなさい、弔いは私が引き受けましょう。申し遅れましたが、私の名はイカロス。この塔の管理者です」
よく見ると、そんな彼の白い翼にはところどころに虹色の羽が混じっていた。
キュートは車に変形し、ニャーンとスワレの二人を乗せてイカロスに案内されるまま長い通路を進み続けた。ようやく意識のはっきりして来たニャーンは弱々しく微笑みながら感謝する。
「ありがとう、キュート……」
【喋らず体力を温存してください。試練がこれで終わりかはわかりません】
「うん……」
言われた通り口を閉ざすニャーン。代わりに彼がイカロスに訊ねる。
【この先に嵐神オクノケセラがいらっしゃるのですか?】
「はい、ここには私とあの御方しかいません。より正確に言うなら施設の制御を行っているAIも存在しますが」
『私はヘリオスと申します』
突如頭上から響く声。どうやら今イカロスに紹介されたAIが名乗ったようだ。
【はじめましてヘリオス。私はキュート、免疫システムの一部だった個体ですが気候制御施設の中は初めてです。この施設の制御は貴方だけで行っているのですか?】
『肯定しますキュート。この施設にあるのは第八世代型の気候制御装置なので多くの人員を必要としません。有機生命体用の治療設備を有しないのもそのためです。排泄用の設備や身体洗浄用設備、食料の類も備えていませんので、そちらの人間の方々は長居すべきでないことをあらかじめお伝えしておきます』
【了解しました。丁寧な説明に感謝します】
『どういたしまして』
納得しつつ、けれど呼吸可能な空気や人間にとって適度なレベルに調整された重力はあるという事実にキュートは違和感を覚えた。イカロスに必要なものなのだろうか? 彼はどう見ても人間に近い有機生命体である。
しかし食料は存在していないという。ならばこの背に乗った少女達のため、急遽空気で満たして重力を発生させたのかもしれない。だとするとこれらは歓迎の証だ。
――十分ほどかけて一行は目的地の前に辿り着く。歩いた距離はさほど長くないが、キュートのセンサーは現在の座標が最初の地点から十万キロ以上離れた場所だと認識した。通路の途中に転移装置があって何度か空間転移を行った結果だ。
あの空間転移装置もAIであるヘリオスに制御されているはず。そしてそのヘリオスに命令可能なのは、おそらく女神オクノケセラだけ。であればもう彼女の許し無くしてこの施設から脱出することは不可能と見ていい。
彼は『ただの機械』から逸脱した。だから今、恐怖を感じている。ニャーン達の命が脅かされる可能性に対し忌避感を覚えてしまう。
けれど今すぐ引き返してしまえという内なる声に屈する前に目の前の扉が開いた。
そして停止する。ヘリオスと同じAIに過ぎないはずの彼が目の前の存在に惹きつけられ思考を停止した。
わかりやすく言うなら、目を奪われたのだ。
衝撃と共に急加速し、これまでとは比較にならない速さで上昇を始めるキュート。全体を覆った光の壁で熱と高重力による圧力を遮断し、これまでそれらに抗するため費やしていた力を全て加速に注ぎ込んだ。
想像を絶するスピードに再び悲鳴を上げる二人。
「きゃあああああああああああああああああああああああああああああああっ!?」
「ああああああああああああああああああああああああああああっ!?」
骨と筋肉が軋んで悲鳴を上げる。人体が耐えられる限界を超えた加速のせいで今にも体が潰れてしまいそう。なのに何故か耐えられている。何かが体内で動いているのを感じる。
【少しだけ耐えてください。体内に侵入させた怪塵を操作して補助します】
魔力障壁で彼女達の肉体を保護することも考えたが、やはり上昇するほど外気の熱と圧力が強くなり続けている。これでもなお到達できるかは賭け。余裕など全く無い。
「うっ、うう……大丈夫……! 大丈夫!」
ニャーンも目を輝かせる。桜色の瞳に炎のような赤を宿して上を睨みつけた。太陽を肉眼で見てしまえば失明する。そのため周囲が見えないようにキュートの判断で光を遮られていたが、加速のおかげでどちらが進行方向かくらいはわかる。
キュートとスワレが何をする気かと訝った瞬間、彼女は赤い光を纏った。いつものように雷光として解き放つのでなく自分とスワレをそれで包んだのだ。
「あ、あれ? 苦しくなくなった!」
「やっぱり……これなら、いけます……!」
ニャーンは『破壊』の力で自分とスワレにのしかかる『圧力』だけを破壊してのけた。この能力にはこういう使い方もあるらしい。
「熱も壊せるかもしれないけど、まだ複数の対象を狙うと失敗しそうで……!」
「そっちは私に任せてください!」
スワレは引き続き冷気を放出し続ける。そしてまたニャーンの力の使い方を見て気付いた。放出するから駄目なのだと。怪塵で形成されているキュートはどんな高熱に晒されても壊れることなど無い。もっと絞り込んで自分とニャーンだけ守り抜けばいい。
彼女もまた自分達を雪のように濃密に凝縮した白い冷気で包み込む。赤と白、二つの膜に包まれ少女達はついにこの環境に完璧に適応した。それを確認したキュートは障壁に注ぎ込んでいた魔力の一部までもさらなる加速へと転用する。
【進行方向に障害物と高密度の魔力障壁を検知。あと少しです】
赤い炎の向こうに青白い輝きが見える。複数のセンサーがその光の壁との激突が数秒後に迫っていることを訴えていた。だが制動はかけない。神々によって生み出された彼の本能、製造時に刷り込まれていた情報が教えてくれる。このまま突っ込んで問題無いと。
すでに照合は始まっている。
――飛行物体が高速で接近中。免疫システムによって形成された『抗体』と認識。ただし管理者が書き換えられていることを確認。ゲートの開放には承認を要する。
『ワシが招いた、通してやれ』
了解。通行を許可。
キュートの予測通り魔力障壁の向こうの建造物に入口が開いた。障壁はこちらを透過対象に設定したはずである。
だから彼は迷わず、その壁に向かって突っ込んだ。
「う……」
塔の頂上部に突入した途端、眩い光に包まれたニャーンとスワレは意識を失ってしまった。
そんな彼女達に呼びかけるキュート。事態は今も留まることなく進行している。
【目を覚ましてください、何者かが近付いて来ます】
「う、く……」
「つっ……」
引きつるような皮膚の痛みで顔をしかめつつ、どうにか瞼を開ける二人。やはりあの熱気の中を突っ切ってきたダメージは大きく、両者共に全身に火傷を負っていた。重傷ではないが軽視できる状態でもない。
応急処置としてキュートは二人の体内の怪塵を操り、身体機能の正常な働きをサポートしてやる。火傷のせいで阻害されている発汗の促進や解熱。免疫機能の活性化による治癒力の向上。楽観視はできずとも、これで多少は楽になったはず。
同時にセンサーを用いて周囲の環境を測定した。照明に照らされたさして広くない空間。天井も壁も床も全て光沢の無い暗色の金属で作られていて冷たい。太陽の中だというのに室温も二十度と人間が活動するのに支障無いレベル。空気も呼吸可能なそれだ。地上の大気と違って混入物が極端に少ない。機械を使って人工的に生成されたものだろう。
安全を確認した彼は白い鳥に変形し、ぐったりしている少女達を床に降ろしてやる。そこへ先程から接近を感知していた何者かが立ち止まって声をかけてきた。
「黄金時計の塔へようこそ。助けが必要ですか?」
男の声。けれどその頭は鷹を思わせる猛禽類のそれで首から下だけが人間のもの。いや、膝から下はやはり鳥のものだし、背中にスリットがある執事服からも一対の翼が飛び出している。なので比率は人間が四に鳥が六といったところ。
立ち止まったのは敵意が無いことを示すためらしい。少なくとも武装はしていない。手足の爪や鋭い嘴は十分に武器として使えるだろうが。
ニャーン達はまだ意識が朦朧としているため、彼女達の代わりに返答する。
【助けは必要です。彼女達は火傷を負っており、応急処置は施したものの、できる限り早急により高度な治療を施す必要があります】
キュートがそう答えると、鳥頭の執事は小さく頷いてから右手で自分が入って来た扉とその奥の通路を示した。
「では、我が主の元まで案内しましょう。この施設に治療設備はありませんが、あの御方の能力であれば容易く回復してもらえるはずです」
【彼女達を助けるのですか?】
「ええ、我が主は人間を愛しておられます。確実に救って下さるでしょう。ただし貴方がたが私の言葉を信用するならの話。信じられない場合そこで朽ち果てなさい、弔いは私が引き受けましょう。申し遅れましたが、私の名はイカロス。この塔の管理者です」
よく見ると、そんな彼の白い翼にはところどころに虹色の羽が混じっていた。
キュートは車に変形し、ニャーンとスワレの二人を乗せてイカロスに案内されるまま長い通路を進み続けた。ようやく意識のはっきりして来たニャーンは弱々しく微笑みながら感謝する。
「ありがとう、キュート……」
【喋らず体力を温存してください。試練がこれで終わりかはわかりません】
「うん……」
言われた通り口を閉ざすニャーン。代わりに彼がイカロスに訊ねる。
【この先に嵐神オクノケセラがいらっしゃるのですか?】
「はい、ここには私とあの御方しかいません。より正確に言うなら施設の制御を行っているAIも存在しますが」
『私はヘリオスと申します』
突如頭上から響く声。どうやら今イカロスに紹介されたAIが名乗ったようだ。
【はじめましてヘリオス。私はキュート、免疫システムの一部だった個体ですが気候制御施設の中は初めてです。この施設の制御は貴方だけで行っているのですか?】
『肯定しますキュート。この施設にあるのは第八世代型の気候制御装置なので多くの人員を必要としません。有機生命体用の治療設備を有しないのもそのためです。排泄用の設備や身体洗浄用設備、食料の類も備えていませんので、そちらの人間の方々は長居すべきでないことをあらかじめお伝えしておきます』
【了解しました。丁寧な説明に感謝します】
『どういたしまして』
納得しつつ、けれど呼吸可能な空気や人間にとって適度なレベルに調整された重力はあるという事実にキュートは違和感を覚えた。イカロスに必要なものなのだろうか? 彼はどう見ても人間に近い有機生命体である。
しかし食料は存在していないという。ならばこの背に乗った少女達のため、急遽空気で満たして重力を発生させたのかもしれない。だとするとこれらは歓迎の証だ。
――十分ほどかけて一行は目的地の前に辿り着く。歩いた距離はさほど長くないが、キュートのセンサーは現在の座標が最初の地点から十万キロ以上離れた場所だと認識した。通路の途中に転移装置があって何度か空間転移を行った結果だ。
あの空間転移装置もAIであるヘリオスに制御されているはず。そしてそのヘリオスに命令可能なのは、おそらく女神オクノケセラだけ。であればもう彼女の許し無くしてこの施設から脱出することは不可能と見ていい。
彼は『ただの機械』から逸脱した。だから今、恐怖を感じている。ニャーン達の命が脅かされる可能性に対し忌避感を覚えてしまう。
けれど今すぐ引き返してしまえという内なる声に屈する前に目の前の扉が開いた。
そして停止する。ヘリオスと同じAIに過ぎないはずの彼が目の前の存在に惹きつけられ思考を停止した。
わかりやすく言うなら、目を奪われたのだ。
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