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四章【赤い波を越えて】
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「ニャーンさん!」
「あっ、皆さんお久しぶりです!」
第二大陸に着いた少女達を迎えてくれたのは回遊魚と呼ばれる一族の若者達だった。ニャーンが初めて怪物と戦った時、一緒にいた面々である。
彼女とスワレを乗せたままキュートはすぐに馬の姿に変形した。それを見てぎょっとする回遊魚一同。
「た、卵が馬になった!?」
「あっ、この子は怪塵なんです」
「相変わらずとんでもない能力ですね……」
水を操作できる彼等も大概だと思うのだが、ともかく今は一刻を急ぐのですぐに案内してもらう。いつもこの大陸の外周を巡回している彼等には動物の異変について心当たりがあるらしい。
「たまに動物達が変になるのは気付いてました」
「怪塵狂いの獣や怪物がいない時でも、妙に落ち着かない様子になるんです」
「オレ達一族は亡霊が彷徨ってるんじゃないかと疑ってましたが、まさか黄金時計の塔が通過した証だったとは」
道案内してくれる彼等。こちらは空中に水で流れを作り、その上を滑るような形で不思議な高速移動を行う。この能力も第二大陸の人々を守るのに必要なはずだが、こんなに何人も手伝いに来てくれて大丈夫なのだろうか?
「あの、第二大陸の人達は……」
「凶星の欠片が落ちて来たら津波が起こるかもしれないってんで大陸の真ん中にある大きな山の上に集まっています。戦力のことなら心配しないでください、一族のほとんどは向こうにいるし今回は流石にザンバも協力的ですから」
「減刑してもらえるチャンスだし、アイム様にも脅されてたもんな」
「そうそう」
「ザンバさんがいるなら安心……ですね」
多分と心の中で付け足すニャーン。ザンバとは祝福されし者ではないが、かつて名工と謳われた祝福されし者の遺作となる刀を持っており、その刀に宿った精霊の力で風を操ることができる凄腕の剣士だ。アイムやグレンが一目置くほどの実力者で彼等のように単独で怪物を撃破した実績こそ無いものの、やろうと思えばやれる男だと言われている。
ただ困ったことに彼が刀を手にした経緯は金に困って盗み出したからであり、第二大陸の社会の掟で盗人は死罪と決まっている。だから刑罰を恐れて船団から逃げ出し、陸地で暮らしているのだ。性格もいい加減で怠惰。刀を振るうのはだいたい我が身を守る時だけと決まっていて他人が困っていても滅多に手を貸そうとしない。何かしらの利益があるなら話は別だが。
そういうわけで剣の実力は認められていても、人間性は全く評価されていない。彼女や回遊魚達の表情を見たスワレも察する。
「問題児みたいですね」
自身も能力者なのでこう言いたくはないが、どうにも祝福されし者は人格に難のある人間が多い気がする。テアドラスを出て生活を始めた彼女は、最近そう気付き始めていた。精霊達は一癖ある人間の方が好きなのかもしれない。
同時刻、大陸中央の山にてボサボサの黒髪を適当に後ろで縛った男が大きなクシャミを放つ。
「ぶえっくし! ううっ、なんか寒気がしてきたな……風邪か? こんなんじゃチャンバラなんて到底できやしねえし、悪いが休ませてもらうぜ」
そんなことを言ってそそくさとテントの中に入ろうとしたところを、素早く青髪の少女が右袖を掴んで止める。
「どこ行くんだオッサン! アンタが守りの要だろうが、死ぬ気で戦え!」
「嫌だよお! 死にたかねえよ! 見ろよあの空、あんな数の凶星となんて戦えるかい! やっぱオレぁ逃げるっ!」
「逃がすか! そもそもどこに逃げるんだこのバカ! あれが落っこちてきたら、どのみち星ごと全滅するんだよ! アイムじいちゃんができるだけ小さく砕いてくれるから、オッサンはその残りカスをぶった斬ればいいの! それだけだろ勇気を出せ!」
「勇気なんかねえよ! そんなもんあったら真っ当に働いてるわ!」
「情けないことを堂々と言うな! ああもう、誰か酒! 酒持って来て飲ませて! 酔っ払ったら少しはマシになる! だから断酒なんてやめとけって言ったのに!」
「だってよお、珍しく人様に顔向けできる仕事だからシラフで真面目な顔してやらなきゃ駄目かもなんて思って」
「シラフでもダメダメだろうが! いいから飲んで気を大きくしろ! 今だけ許す!」
「あっ、じゃあヌールが酌をしてくれ。やっぱ可愛い子に注いでもらうと味が違うんだわ!」
「かっ……かわいいわけあるか! バカ言ってねえでさっさと飲め!」
「んぐっ!?」
とっくりを直接口に突っ込まれ目を白黒させる男。けれど中の強い酒が喉を通って胃に流れ込むほどに目が据わってきた。
そして今度は、ひっくひっくとしゃっくりしながら刀を抜く。目は青空を紫に染めつつある赤い星々を見上げた。
「よーし! やる気になって来た! なーにが凶星だバーロー! オレっちの大事なヌールに手を出すつもりなら、片っ端からぶった斬ってやるからかかって来い!」
「その調子だ!」
少女が拳を握り、鼻息荒く応援すると同時に男――ザンバはふらりと倒れてそのまま強かに顔を地面に打ち付ける。
「オッサン!?」
「……ぐがあ」
「しまった、飲ませ過ぎた!」
この男、酒が入っていないと気弱だが、飲ませ過ぎるとすぐに寝る。大して強くないので加減が非常に難しい。
ヌールは大人達の手を借りてザンバを仰向けにすると何度も頬をひっぱたいた。一切容赦無く頬が赤く腫れ上がっても叩き続ける。下手をしたら歯が折れるかもしれない。
「起きろ! もうすぐ敵が来るぞ!」
「ぐがー」
「ああもう、あの臆病なニャーンねえちゃんでさえ頑張ってるっていう時に。いいかげんにしろよ、このポンコツおやじ!」
こうなったらとザンバの頭に手を当てるヌール。実は彼女、最年少の回遊魚である。
「体中の水分を暴れさせてやる。一発で目が覚めるから覚悟しな!」
「あぎゃぎゃぎゃぎゃぎゃぎゃーーーーーーーーー!?」
ザンバは本当に跳び起きた。
【動物の異常行動、感知しました】
「向かって!」
ニャーンの指示に従って移動を再開する馬の姿のキュート。第二大陸の密林へ分け入った一行は彼を構成する怪塵の一部を散布して周辺の動物達の動きを探っていた。そして今ついに異常行動を捉えたのである。
「もう見つけたのか!」
「流石!」
彼の言葉を聞いた回遊魚達も空中を滑り、追従する。そんな彼等の視線の先で何匹かのヤマネコが慌てて逃げ出して行った。
キュートはさらに嗅覚センサーを最大感度に設定して伝承通り『匂い』を探る。するとほどなくしてそれらしき異臭を捉えられた。
【たしかに人間の鼻では判別不可能なレベルで微かに匂います。これは高密度の魔力障壁が大気の成分と反応して発する匂いに近い。魔力障壁を応用した高度な隠蔽魔法の痕跡と推測します】
「なるほど!」
頷いてはみたものの難しい用語だらけで実はさっぱりわかっていない。ニャーンが知りたい答えは一つだけ。
「入口はありますか?」
【私の性能では発見は困難。しかし一つだけ手段を思いつきました】
「言って!」
【私は貴女の能力によってリミッターを外されています。かつて創造主が与えてくれた能力を十全に発揮できる。だから皆さんが強く願ってくれれば、この身を使って入口を形成できるはずです】
「え? 願うだけでいいんですか?」
【アイム・ユニティがどうやって侵入したのかはわかりません。ですが私達の場合、それが最適解と考えます。ただし具体的に想像してください。イメージが具体的であればあるほど成功率が上昇します】
「わかりました、やってみます! 皆さん塔の入口を想像してください!」
「本当にそんなんで入れるのかよ!?」
「いいからやるわよ!」
塔は常に移動している。キュートが捉えたその気配を追いかけつつ森の中を走り、同時に入口をイメージし始める一同。すると動物達の行動を探るために周辺に散布されていた白い怪塵が目の前の空間に集合を始める。
だが、不定形の曖昧な像を結ぶだけで入口は開かない。複数人で想像しているせいだ。
【イメージを一致させてください。バラバラでは駄目です】
「そんなこと言われても!」
「この人数で同じ入口を想像しろってのが無理あるだろ!」
「一人だけの方がいいんじゃない?」
【それでは強度が足りません。少なくとも四人程度の演算力が必要です】
「じゃあ、それぞれの想像してる入口のイメージを話してすり合わせていったらどうです?」
スワレの提案に頷く回遊魚達。それしかなさそうだ。
すると彼等の中の一人がハッと思い付く。
「あの時の穴だ!」
「え?」
「ニャーンさんと一緒に怪物と戦った日、壁を突き破って敵が侵入して来た穴! スワレさん以外は全員あの場にいただろう! あれを思い出せばいい!」
「それだわ!」
まさに最適解。何故ならあの場にはキュートもいたのだ。この地上に拡散していた怪塵は全てが彼の一部だから。
「キュート、貴方も思い出して!」
【はい】
怪物である彼自身の想像力にはなんの効力も無い。怪塵は周囲の生物の思考を読み取ってそれを己の形態に反映させるだけ。
本来ならば、そうだった。けれど今の彼はリミッターを外されている。そしてニャーンとの接触により本来のフェイク・マナには備わっていなかった力も獲得していた。
彼にはまだ自覚が無い。けれど今ここで自覚できた。
――前方の空間に集まった怪塵が形を変え、入口を形成していく。ニャーンと回遊魚、そして彼自身の共通する記憶を再現して空間に石壁を崩したような穴を開く。
途端、凄まじい熱気がそこから噴き出してきた。
「ううっ!?」
「な、なんだよこの熱さ!」
【入口が開いた証拠です。太陽に繋がる軌道エレベーター内部は普通の人間が耐えられる温度ではありません】
そういえばと思い出す若者達。アイムが塔を昇った逸話でも塔の中は凄まじい熱が渦巻く地獄のような場所だったと語られている。
流石にすぐに突っ込むことはできなかった。それでも意を決して訊ねるニャーン。
「キュート、私達を守れますか?」
【スワレの協力があれば】
「もちろん、協力します」
キュートが熱を遮断する保護膜となり、その内部にスワレが冷気を満たしていれば、おそらくは生きて頂上まで到達できる。
【ただし、彼女の能力を借りても成功率は三割程度です】
つまり十回挑めば七回は死ぬ。それほどあの中の環境は過酷なものらしい。
だとしても選択肢は他に無い。今こうしている間にも滅亡の時は近付きつつあるのだから。先に宇宙に出て戦っているアイムとグレンをこれ以上待たせるわけにもいかない。
「行きましょう、ニャーンさん」
「……はい」
スワレに促されて覚悟を決めた。人の身で神の領域へ挑むのに三割も成功率があるなら、むしろ幸運だと言える。
入口の向こうに逆巻く炎が見えた。その姿が今も胸の中にいる親友の姿を思い起こさせる。内心まだ躊躇っているニャーンに、その親友の声が語りかけて来た。
【大丈夫よ、アンタならできる】
「絶対にお守りします」
「うん」
友達が二人もついて来てくれる。だからニャーンはキュートを卵型宇宙船に変えた。回遊魚達にここまででいいと告げる。
「皆さんは戻ってザンバさんと一緒に第二大陸の人達を守ってください!」
「了解しました! ご武運を!」
「信じています!」
自分達の力ではこの先について行けない。そう悟った回遊魚達は足を止めて見送った。ニャーンとスワレだけがキュートに守られて入口へ飛び込む。
途端、凄まじい熱波が襲いかかって来る。周囲は見渡す限り炎の海。それが渦巻きながら空の上へ昇り続けている。回転は時計回り。そして炎から放たれる光は塔の内壁に反射して壁面を黄金色に煌めかせる。
太陽に繋がる黄金時計の塔。二人はここがそう呼ばれる所以を知った。
「あっ、皆さんお久しぶりです!」
第二大陸に着いた少女達を迎えてくれたのは回遊魚と呼ばれる一族の若者達だった。ニャーンが初めて怪物と戦った時、一緒にいた面々である。
彼女とスワレを乗せたままキュートはすぐに馬の姿に変形した。それを見てぎょっとする回遊魚一同。
「た、卵が馬になった!?」
「あっ、この子は怪塵なんです」
「相変わらずとんでもない能力ですね……」
水を操作できる彼等も大概だと思うのだが、ともかく今は一刻を急ぐのですぐに案内してもらう。いつもこの大陸の外周を巡回している彼等には動物の異変について心当たりがあるらしい。
「たまに動物達が変になるのは気付いてました」
「怪塵狂いの獣や怪物がいない時でも、妙に落ち着かない様子になるんです」
「オレ達一族は亡霊が彷徨ってるんじゃないかと疑ってましたが、まさか黄金時計の塔が通過した証だったとは」
道案内してくれる彼等。こちらは空中に水で流れを作り、その上を滑るような形で不思議な高速移動を行う。この能力も第二大陸の人々を守るのに必要なはずだが、こんなに何人も手伝いに来てくれて大丈夫なのだろうか?
「あの、第二大陸の人達は……」
「凶星の欠片が落ちて来たら津波が起こるかもしれないってんで大陸の真ん中にある大きな山の上に集まっています。戦力のことなら心配しないでください、一族のほとんどは向こうにいるし今回は流石にザンバも協力的ですから」
「減刑してもらえるチャンスだし、アイム様にも脅されてたもんな」
「そうそう」
「ザンバさんがいるなら安心……ですね」
多分と心の中で付け足すニャーン。ザンバとは祝福されし者ではないが、かつて名工と謳われた祝福されし者の遺作となる刀を持っており、その刀に宿った精霊の力で風を操ることができる凄腕の剣士だ。アイムやグレンが一目置くほどの実力者で彼等のように単独で怪物を撃破した実績こそ無いものの、やろうと思えばやれる男だと言われている。
ただ困ったことに彼が刀を手にした経緯は金に困って盗み出したからであり、第二大陸の社会の掟で盗人は死罪と決まっている。だから刑罰を恐れて船団から逃げ出し、陸地で暮らしているのだ。性格もいい加減で怠惰。刀を振るうのはだいたい我が身を守る時だけと決まっていて他人が困っていても滅多に手を貸そうとしない。何かしらの利益があるなら話は別だが。
そういうわけで剣の実力は認められていても、人間性は全く評価されていない。彼女や回遊魚達の表情を見たスワレも察する。
「問題児みたいですね」
自身も能力者なのでこう言いたくはないが、どうにも祝福されし者は人格に難のある人間が多い気がする。テアドラスを出て生活を始めた彼女は、最近そう気付き始めていた。精霊達は一癖ある人間の方が好きなのかもしれない。
同時刻、大陸中央の山にてボサボサの黒髪を適当に後ろで縛った男が大きなクシャミを放つ。
「ぶえっくし! ううっ、なんか寒気がしてきたな……風邪か? こんなんじゃチャンバラなんて到底できやしねえし、悪いが休ませてもらうぜ」
そんなことを言ってそそくさとテントの中に入ろうとしたところを、素早く青髪の少女が右袖を掴んで止める。
「どこ行くんだオッサン! アンタが守りの要だろうが、死ぬ気で戦え!」
「嫌だよお! 死にたかねえよ! 見ろよあの空、あんな数の凶星となんて戦えるかい! やっぱオレぁ逃げるっ!」
「逃がすか! そもそもどこに逃げるんだこのバカ! あれが落っこちてきたら、どのみち星ごと全滅するんだよ! アイムじいちゃんができるだけ小さく砕いてくれるから、オッサンはその残りカスをぶった斬ればいいの! それだけだろ勇気を出せ!」
「勇気なんかねえよ! そんなもんあったら真っ当に働いてるわ!」
「情けないことを堂々と言うな! ああもう、誰か酒! 酒持って来て飲ませて! 酔っ払ったら少しはマシになる! だから断酒なんてやめとけって言ったのに!」
「だってよお、珍しく人様に顔向けできる仕事だからシラフで真面目な顔してやらなきゃ駄目かもなんて思って」
「シラフでもダメダメだろうが! いいから飲んで気を大きくしろ! 今だけ許す!」
「あっ、じゃあヌールが酌をしてくれ。やっぱ可愛い子に注いでもらうと味が違うんだわ!」
「かっ……かわいいわけあるか! バカ言ってねえでさっさと飲め!」
「んぐっ!?」
とっくりを直接口に突っ込まれ目を白黒させる男。けれど中の強い酒が喉を通って胃に流れ込むほどに目が据わってきた。
そして今度は、ひっくひっくとしゃっくりしながら刀を抜く。目は青空を紫に染めつつある赤い星々を見上げた。
「よーし! やる気になって来た! なーにが凶星だバーロー! オレっちの大事なヌールに手を出すつもりなら、片っ端からぶった斬ってやるからかかって来い!」
「その調子だ!」
少女が拳を握り、鼻息荒く応援すると同時に男――ザンバはふらりと倒れてそのまま強かに顔を地面に打ち付ける。
「オッサン!?」
「……ぐがあ」
「しまった、飲ませ過ぎた!」
この男、酒が入っていないと気弱だが、飲ませ過ぎるとすぐに寝る。大して強くないので加減が非常に難しい。
ヌールは大人達の手を借りてザンバを仰向けにすると何度も頬をひっぱたいた。一切容赦無く頬が赤く腫れ上がっても叩き続ける。下手をしたら歯が折れるかもしれない。
「起きろ! もうすぐ敵が来るぞ!」
「ぐがー」
「ああもう、あの臆病なニャーンねえちゃんでさえ頑張ってるっていう時に。いいかげんにしろよ、このポンコツおやじ!」
こうなったらとザンバの頭に手を当てるヌール。実は彼女、最年少の回遊魚である。
「体中の水分を暴れさせてやる。一発で目が覚めるから覚悟しな!」
「あぎゃぎゃぎゃぎゃぎゃぎゃーーーーーーーーー!?」
ザンバは本当に跳び起きた。
【動物の異常行動、感知しました】
「向かって!」
ニャーンの指示に従って移動を再開する馬の姿のキュート。第二大陸の密林へ分け入った一行は彼を構成する怪塵の一部を散布して周辺の動物達の動きを探っていた。そして今ついに異常行動を捉えたのである。
「もう見つけたのか!」
「流石!」
彼の言葉を聞いた回遊魚達も空中を滑り、追従する。そんな彼等の視線の先で何匹かのヤマネコが慌てて逃げ出して行った。
キュートはさらに嗅覚センサーを最大感度に設定して伝承通り『匂い』を探る。するとほどなくしてそれらしき異臭を捉えられた。
【たしかに人間の鼻では判別不可能なレベルで微かに匂います。これは高密度の魔力障壁が大気の成分と反応して発する匂いに近い。魔力障壁を応用した高度な隠蔽魔法の痕跡と推測します】
「なるほど!」
頷いてはみたものの難しい用語だらけで実はさっぱりわかっていない。ニャーンが知りたい答えは一つだけ。
「入口はありますか?」
【私の性能では発見は困難。しかし一つだけ手段を思いつきました】
「言って!」
【私は貴女の能力によってリミッターを外されています。かつて創造主が与えてくれた能力を十全に発揮できる。だから皆さんが強く願ってくれれば、この身を使って入口を形成できるはずです】
「え? 願うだけでいいんですか?」
【アイム・ユニティがどうやって侵入したのかはわかりません。ですが私達の場合、それが最適解と考えます。ただし具体的に想像してください。イメージが具体的であればあるほど成功率が上昇します】
「わかりました、やってみます! 皆さん塔の入口を想像してください!」
「本当にそんなんで入れるのかよ!?」
「いいからやるわよ!」
塔は常に移動している。キュートが捉えたその気配を追いかけつつ森の中を走り、同時に入口をイメージし始める一同。すると動物達の行動を探るために周辺に散布されていた白い怪塵が目の前の空間に集合を始める。
だが、不定形の曖昧な像を結ぶだけで入口は開かない。複数人で想像しているせいだ。
【イメージを一致させてください。バラバラでは駄目です】
「そんなこと言われても!」
「この人数で同じ入口を想像しろってのが無理あるだろ!」
「一人だけの方がいいんじゃない?」
【それでは強度が足りません。少なくとも四人程度の演算力が必要です】
「じゃあ、それぞれの想像してる入口のイメージを話してすり合わせていったらどうです?」
スワレの提案に頷く回遊魚達。それしかなさそうだ。
すると彼等の中の一人がハッと思い付く。
「あの時の穴だ!」
「え?」
「ニャーンさんと一緒に怪物と戦った日、壁を突き破って敵が侵入して来た穴! スワレさん以外は全員あの場にいただろう! あれを思い出せばいい!」
「それだわ!」
まさに最適解。何故ならあの場にはキュートもいたのだ。この地上に拡散していた怪塵は全てが彼の一部だから。
「キュート、貴方も思い出して!」
【はい】
怪物である彼自身の想像力にはなんの効力も無い。怪塵は周囲の生物の思考を読み取ってそれを己の形態に反映させるだけ。
本来ならば、そうだった。けれど今の彼はリミッターを外されている。そしてニャーンとの接触により本来のフェイク・マナには備わっていなかった力も獲得していた。
彼にはまだ自覚が無い。けれど今ここで自覚できた。
――前方の空間に集まった怪塵が形を変え、入口を形成していく。ニャーンと回遊魚、そして彼自身の共通する記憶を再現して空間に石壁を崩したような穴を開く。
途端、凄まじい熱気がそこから噴き出してきた。
「ううっ!?」
「な、なんだよこの熱さ!」
【入口が開いた証拠です。太陽に繋がる軌道エレベーター内部は普通の人間が耐えられる温度ではありません】
そういえばと思い出す若者達。アイムが塔を昇った逸話でも塔の中は凄まじい熱が渦巻く地獄のような場所だったと語られている。
流石にすぐに突っ込むことはできなかった。それでも意を決して訊ねるニャーン。
「キュート、私達を守れますか?」
【スワレの協力があれば】
「もちろん、協力します」
キュートが熱を遮断する保護膜となり、その内部にスワレが冷気を満たしていれば、おそらくは生きて頂上まで到達できる。
【ただし、彼女の能力を借りても成功率は三割程度です】
つまり十回挑めば七回は死ぬ。それほどあの中の環境は過酷なものらしい。
だとしても選択肢は他に無い。今こうしている間にも滅亡の時は近付きつつあるのだから。先に宇宙に出て戦っているアイムとグレンをこれ以上待たせるわけにもいかない。
「行きましょう、ニャーンさん」
「……はい」
スワレに促されて覚悟を決めた。人の身で神の領域へ挑むのに三割も成功率があるなら、むしろ幸運だと言える。
入口の向こうに逆巻く炎が見えた。その姿が今も胸の中にいる親友の姿を思い起こさせる。内心まだ躊躇っているニャーンに、その親友の声が語りかけて来た。
【大丈夫よ、アンタならできる】
「絶対にお守りします」
「うん」
友達が二人もついて来てくれる。だからニャーンはキュートを卵型宇宙船に変えた。回遊魚達にここまででいいと告げる。
「皆さんは戻ってザンバさんと一緒に第二大陸の人達を守ってください!」
「了解しました! ご武運を!」
「信じています!」
自分達の力ではこの先について行けない。そう悟った回遊魚達は足を止めて見送った。ニャーンとスワレだけがキュートに守られて入口へ飛び込む。
途端、凄まじい熱波が襲いかかって来る。周囲は見渡す限り炎の海。それが渦巻きながら空の上へ昇り続けている。回転は時計回り。そして炎から放たれる光は塔の内壁に反射して壁面を黄金色に煌めかせる。
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