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四章【赤い波を越えて】
人の叡智と獣の嗅覚
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【現在、各国の識者達から情報を収集しています! 少しだけお待ちを!】
宇宙船となったキュートから発せられたのは、彼がいつも発している中性的な声でなく明らかに女性の声質のそれだった。つまり第四大陸にいるナナサンの声。
彼女は波の精霊に祝福されし者。波とは海で見られるあれのことではなく、目に見えない波長を意味するらしい。彼女の力はその波を操って遠方にいる相手との会話を可能とする。
ちなみにキュートから声が出ているのは彼が受信用の装置を再現しているからだ。ゾテアーロの技術で作った受信用装置より彼の方が優秀らしい。中継用の分身を作り出して空中に浮かべておくことで通信可能な距離も飛躍的に延ばせる。
「ありがとうございます! こちらも飛びながら探すことにします」
皆が黄金時計の塔を捜してくれている。そう知ったニャーンも、すぐにまた動き出すことにした。ここには状況確認のため立ち止まっていただけである。
【急いでください! このままでは作戦が――】
どうもナナサンは母星の危機そのものより心血を注いで構築した作戦が瓦解することの方が嫌なようだ。色んな人がいるものだなと思いつつニャーンはまた宇宙船に乗り込む。
「スワレさん、キュート、行きましょう!」
【はい】
「もう大丈夫ですか、ニャーンさん?」
「ちょっとお尻が痛かっただけですから。キュートとスワレさんのおかげで、ほとんど怪我はしていません」
突然上空に出現した壁に激突した結果、この場所に墜落してしまった。ぶつかったのがただの壁でなく魔力障壁だからなのかキュートも一時的に機能不全に陥ったのである。それでも墜落寸前に回復して減速をかけてくれた。スワレも落下中に炎に包まれた船体を冷却してくれたし、ニャーン自身もまた怪塵でクッションを作り、自分とスワレを保護した。
ただ、結構な衝撃があったおかげでしばらく立てなくなるくらいには臀部にダメージを負ったのである。もう痛くなくなったが。
「骨折とかしてないといいですけど……」
心配するスワレに対し、キュートが気を利かせてくれた。
【透視した結果、骨に損傷はありません。軽い打撲です。スワレ、貴方も大きな怪我はしていないのでご安心を】
「あ、ありがとう」
そんなことまでできるのかと驚くスワレ。同時に宇宙船が浮かび上がった。見る間に上昇して森全体を見渡せる高度まで達する。魔力障壁と地上の間のちょうど中間の高さ。
「やっぱり、あの壁は通れませんか?」
【無理です。私の能力で突破できるものではありません】
「凶星の力でも無理だなんて、流石は神様……」
そもそも星全体を覆った時点で想像を絶している。これだけの力を持つ神があと六柱この宇宙のどこかに存在するらしい。そして、この星を滅ぼそうと決めた。なら、たしかに今回の攻撃を乗り切ったとしても安心できない。神々が直接出向いてきたら勝ち目は全く無いだろう。
そして、だとしても絶望はしない。その神々の一柱であるオクノケセラが言ったのだ、この試練の先になら可能性があると。彼女の慈悲によって今まで生かされてきた自分達は、またその言葉を信じて従うのみ。
「女神様は、私達にならできると思って試練を課したはずです。必ず突破口はあります」
「そうですね、アイム様も絶対に無理なことならさせない」
「はい、彼はそういう人です。だったら育て親の女神様も同じに違いありません」
考え込む少女達。やがてスワレが提案する。
「世界中に配備した防衛機構を怪塵に戻して拡散させたら、目に見えない塔だって見つけられるのでは?」
「できるかもしれませんけど、それをやっちゃうと戦力の少ない地域が……」
「怪塵が降り注ぐまでには、もうしばらく時間があるはずです。見つけ次第また防衛機構に戻してしまえばいいんですよ。悩んでる間にも時間は経ちますから急いだ方が」
「なるほど」
たしかにそうだ。できるかできないかはともかく可能性があるなら試してみるべきだと決意するニャーン。とはいえ、ここから惑星全土の怪塵に干渉するのは一朝一夕にはできない。まず手近な場所にある怪塵を意識下に置き、それを経由してさらに遠くまで力の効果範囲を拡げなければならないからだ。
「キュート、周りに怪塵を放出して」
三ヶ月かけて世界中の怪塵を支配下に置き、それぞれの地に配備した。だから今ここで感知可能な範囲内にあるのはキュートを構成している怪塵だけである。その一部を周囲に拡散させてさらに遠くにある怪塵に干渉するための中継器にする。
そう思って下したニャーンの命令を、けれど忠実なはずの怪物は断った。
【駄目です、その方法では見つけられません】
「え?」
【この星にも気象制御施設に繋がる『エレベーター』が存在していることは知っています。ですが、あれには私のセンサーでも感知できない高度な隠蔽機能が備わっており、さらに位相のずれた空間を移動しているため、どれだけ広範囲にフェイク・マナを散布したとしても見つけることはできません】
「そんな……」
流石に言葉を失う二人。この怪物にすら見つけられない塔なんて、どうやって探せば?
「いや、でも……」
ニャーンはすぐに思い出した。それでもアイムは塔に上ったのだと。見えない塔をどうにかして見つけ出し、かざすだけで雨を降らせる虹の尾羽根を持ち帰って干ばつで苦しむ第三大陸の人々を救った。だから今も感謝され続けている。
「アイムがどうやって塔を見つけたのか、誰か聞いたことがあるんじゃないですか?」
「それです!」
手を打つスワレ。直後にナナサンからの朗報が舞い込んだ。
【ニャーン殿、第三大陸の歴史研究家から情報が入りました! おそらく今、塔は第二大陸付近を通過中です!】
熱狂的なアイム信者ばかりの第三大陸には彼にまつわる歴史を研究している学者も多い。その中の数人が塔の探し方を知っていた。
「かつて我等の祖先がアイム様に対し直接伺ってみたことがあったのです。どのようにして我々を旱魃の危機からお救い下さったのかと。その記録が文献に残っておりました」
「アイム様は申されたそうです、獣の嗅覚を頼ったと。なんでも他の大陸で動物の生態調査をしている者から聞いたことがあったのだとか。定期的に動物が奇妙な行動を取ることがあると。人の目には何も起きていないように見えるのに、一斉に落ち着きを無くして走り回る。だから彼等は思いました、動物達は人にはわからない何かの気配を感じて怯えているのでは?」
「動物達の異変は東から西へと時間を追って移動している。そう、太陽の動きに追従するかの如くです。だからアイム様は気が付きました、それすなわち太陽に繋がる黄金時計の塔が描いた軌跡であると」
――そして実際に現地に出向いたアイムは見つけた。第四大陸から第一大陸、そして第二大陸へ西進を続ける見えない塔の気配を。
「匂い、だそうです」
【匂い?】
「人の嗅覚では感じ取れないほど微かな、けれど獣にとっては無視できぬ異臭。塔が通過した場所にはそれが漂っている。だから匂いを辿って移動してみたら入口を見つけられたと、あの方はそう語られました」
「なるほど、ありがとうございます」
手がかりを得たナナサンはすぐにそれをニャーン達に伝えた。信憑性の高い話に頷いたニャーンとスワレもやはり迷わず第二大陸へ向かって移動を始める。距離的に西より東へ向かった方が早い。夜の第四大陸からひたすら東の方角へ。飛び続けるうちに次第に空が明るくなってきた。日の出が近付きつつある。
改めて確認するスワレ。
「つまり、動物が普段とは異なる行動を取っている場所を見つけ、そこにある痕跡を辿って行けばいいと?」
【そのはずです。そういった異常行動を記録した資料も第四大陸に残されていまして、確かに異変は必ず東から西へ移動していると書かれています】
「わかりました」
頷くニャーン。アイム自身が鋭い嗅覚を持つ獣だ、進行ルートさえわかってしまえば見つけ出すのは簡単だったに違いない。
【あっ、第一大陸のビサック殿からも情報が入りました。やはり酒の席でアイム様から黄金時計の塔は匂いで探すと聞いたことがあるそうです】
「ビサックさんが」
彼も第一大陸の森で暮らす狩人、黄金時計の塔が通過した際の動物達の異変を感じ取っていたのかもしれない。それでアイムに訊ねたのではないだろうか?
ともかく、これだけ手がかりがあるなら探し方はこれで間違っていないはず。しかし、まだ一つ肝心なところが不明なまま。
「塔を見つけられたとして、簡単に入れるものでしょうか?」
「見えないんじゃ入口もわかりませんよね……」
キュート曰く、実際にはその塔はこの世界とはちょっと位相のズレた次元に存在しているらしい。だから触れることすらできない可能性があるという。
「あの、入り方に関する言い伝えは無いんですか?」
【もちろんそれも調べていますが望みは薄そうです。間違って誰かが入ったりしないよう入り方については絶対に語らなかったと第三大陸の資料に記載されているとか】
「そうですか……」
なら塔を見つけてから考えるしかない。とにかくニャーン達は急いで第二大陸を目指した。
宇宙船となったキュートから発せられたのは、彼がいつも発している中性的な声でなく明らかに女性の声質のそれだった。つまり第四大陸にいるナナサンの声。
彼女は波の精霊に祝福されし者。波とは海で見られるあれのことではなく、目に見えない波長を意味するらしい。彼女の力はその波を操って遠方にいる相手との会話を可能とする。
ちなみにキュートから声が出ているのは彼が受信用の装置を再現しているからだ。ゾテアーロの技術で作った受信用装置より彼の方が優秀らしい。中継用の分身を作り出して空中に浮かべておくことで通信可能な距離も飛躍的に延ばせる。
「ありがとうございます! こちらも飛びながら探すことにします」
皆が黄金時計の塔を捜してくれている。そう知ったニャーンも、すぐにまた動き出すことにした。ここには状況確認のため立ち止まっていただけである。
【急いでください! このままでは作戦が――】
どうもナナサンは母星の危機そのものより心血を注いで構築した作戦が瓦解することの方が嫌なようだ。色んな人がいるものだなと思いつつニャーンはまた宇宙船に乗り込む。
「スワレさん、キュート、行きましょう!」
【はい】
「もう大丈夫ですか、ニャーンさん?」
「ちょっとお尻が痛かっただけですから。キュートとスワレさんのおかげで、ほとんど怪我はしていません」
突然上空に出現した壁に激突した結果、この場所に墜落してしまった。ぶつかったのがただの壁でなく魔力障壁だからなのかキュートも一時的に機能不全に陥ったのである。それでも墜落寸前に回復して減速をかけてくれた。スワレも落下中に炎に包まれた船体を冷却してくれたし、ニャーン自身もまた怪塵でクッションを作り、自分とスワレを保護した。
ただ、結構な衝撃があったおかげでしばらく立てなくなるくらいには臀部にダメージを負ったのである。もう痛くなくなったが。
「骨折とかしてないといいですけど……」
心配するスワレに対し、キュートが気を利かせてくれた。
【透視した結果、骨に損傷はありません。軽い打撲です。スワレ、貴方も大きな怪我はしていないのでご安心を】
「あ、ありがとう」
そんなことまでできるのかと驚くスワレ。同時に宇宙船が浮かび上がった。見る間に上昇して森全体を見渡せる高度まで達する。魔力障壁と地上の間のちょうど中間の高さ。
「やっぱり、あの壁は通れませんか?」
【無理です。私の能力で突破できるものではありません】
「凶星の力でも無理だなんて、流石は神様……」
そもそも星全体を覆った時点で想像を絶している。これだけの力を持つ神があと六柱この宇宙のどこかに存在するらしい。そして、この星を滅ぼそうと決めた。なら、たしかに今回の攻撃を乗り切ったとしても安心できない。神々が直接出向いてきたら勝ち目は全く無いだろう。
そして、だとしても絶望はしない。その神々の一柱であるオクノケセラが言ったのだ、この試練の先になら可能性があると。彼女の慈悲によって今まで生かされてきた自分達は、またその言葉を信じて従うのみ。
「女神様は、私達にならできると思って試練を課したはずです。必ず突破口はあります」
「そうですね、アイム様も絶対に無理なことならさせない」
「はい、彼はそういう人です。だったら育て親の女神様も同じに違いありません」
考え込む少女達。やがてスワレが提案する。
「世界中に配備した防衛機構を怪塵に戻して拡散させたら、目に見えない塔だって見つけられるのでは?」
「できるかもしれませんけど、それをやっちゃうと戦力の少ない地域が……」
「怪塵が降り注ぐまでには、もうしばらく時間があるはずです。見つけ次第また防衛機構に戻してしまえばいいんですよ。悩んでる間にも時間は経ちますから急いだ方が」
「なるほど」
たしかにそうだ。できるかできないかはともかく可能性があるなら試してみるべきだと決意するニャーン。とはいえ、ここから惑星全土の怪塵に干渉するのは一朝一夕にはできない。まず手近な場所にある怪塵を意識下に置き、それを経由してさらに遠くまで力の効果範囲を拡げなければならないからだ。
「キュート、周りに怪塵を放出して」
三ヶ月かけて世界中の怪塵を支配下に置き、それぞれの地に配備した。だから今ここで感知可能な範囲内にあるのはキュートを構成している怪塵だけである。その一部を周囲に拡散させてさらに遠くにある怪塵に干渉するための中継器にする。
そう思って下したニャーンの命令を、けれど忠実なはずの怪物は断った。
【駄目です、その方法では見つけられません】
「え?」
【この星にも気象制御施設に繋がる『エレベーター』が存在していることは知っています。ですが、あれには私のセンサーでも感知できない高度な隠蔽機能が備わっており、さらに位相のずれた空間を移動しているため、どれだけ広範囲にフェイク・マナを散布したとしても見つけることはできません】
「そんな……」
流石に言葉を失う二人。この怪物にすら見つけられない塔なんて、どうやって探せば?
「いや、でも……」
ニャーンはすぐに思い出した。それでもアイムは塔に上ったのだと。見えない塔をどうにかして見つけ出し、かざすだけで雨を降らせる虹の尾羽根を持ち帰って干ばつで苦しむ第三大陸の人々を救った。だから今も感謝され続けている。
「アイムがどうやって塔を見つけたのか、誰か聞いたことがあるんじゃないですか?」
「それです!」
手を打つスワレ。直後にナナサンからの朗報が舞い込んだ。
【ニャーン殿、第三大陸の歴史研究家から情報が入りました! おそらく今、塔は第二大陸付近を通過中です!】
熱狂的なアイム信者ばかりの第三大陸には彼にまつわる歴史を研究している学者も多い。その中の数人が塔の探し方を知っていた。
「かつて我等の祖先がアイム様に対し直接伺ってみたことがあったのです。どのようにして我々を旱魃の危機からお救い下さったのかと。その記録が文献に残っておりました」
「アイム様は申されたそうです、獣の嗅覚を頼ったと。なんでも他の大陸で動物の生態調査をしている者から聞いたことがあったのだとか。定期的に動物が奇妙な行動を取ることがあると。人の目には何も起きていないように見えるのに、一斉に落ち着きを無くして走り回る。だから彼等は思いました、動物達は人にはわからない何かの気配を感じて怯えているのでは?」
「動物達の異変は東から西へと時間を追って移動している。そう、太陽の動きに追従するかの如くです。だからアイム様は気が付きました、それすなわち太陽に繋がる黄金時計の塔が描いた軌跡であると」
――そして実際に現地に出向いたアイムは見つけた。第四大陸から第一大陸、そして第二大陸へ西進を続ける見えない塔の気配を。
「匂い、だそうです」
【匂い?】
「人の嗅覚では感じ取れないほど微かな、けれど獣にとっては無視できぬ異臭。塔が通過した場所にはそれが漂っている。だから匂いを辿って移動してみたら入口を見つけられたと、あの方はそう語られました」
「なるほど、ありがとうございます」
手がかりを得たナナサンはすぐにそれをニャーン達に伝えた。信憑性の高い話に頷いたニャーンとスワレもやはり迷わず第二大陸へ向かって移動を始める。距離的に西より東へ向かった方が早い。夜の第四大陸からひたすら東の方角へ。飛び続けるうちに次第に空が明るくなってきた。日の出が近付きつつある。
改めて確認するスワレ。
「つまり、動物が普段とは異なる行動を取っている場所を見つけ、そこにある痕跡を辿って行けばいいと?」
【そのはずです。そういった異常行動を記録した資料も第四大陸に残されていまして、確かに異変は必ず東から西へ移動していると書かれています】
「わかりました」
頷くニャーン。アイム自身が鋭い嗅覚を持つ獣だ、進行ルートさえわかってしまえば見つけ出すのは簡単だったに違いない。
【あっ、第一大陸のビサック殿からも情報が入りました。やはり酒の席でアイム様から黄金時計の塔は匂いで探すと聞いたことがあるそうです】
「ビサックさんが」
彼も第一大陸の森で暮らす狩人、黄金時計の塔が通過した際の動物達の異変を感じ取っていたのかもしれない。それでアイムに訊ねたのではないだろうか?
ともかく、これだけ手がかりがあるなら探し方はこれで間違っていないはず。しかし、まだ一つ肝心なところが不明なまま。
「塔を見つけられたとして、簡単に入れるものでしょうか?」
「見えないんじゃ入口もわかりませんよね……」
キュート曰く、実際にはその塔はこの世界とはちょっと位相のズレた次元に存在しているらしい。だから触れることすらできない可能性があるという。
「あの、入り方に関する言い伝えは無いんですか?」
【もちろんそれも調べていますが望みは薄そうです。間違って誰かが入ったりしないよう入り方については絶対に語らなかったと第三大陸の資料に記載されているとか】
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