ワールド・スイーパー

秋谷イル

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三章【限りなき獣】

重なる牙

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「惜しかったね、アイム」
 空中から倒れた巨狼を見下ろし、その死を悼むユニ達。本当に惜しかった。あと少しで彼の望む境地まで辿り着けそうだったのに、結局はそこへ到る前に命尽きてしまった。
「星獣にしたのは失敗だったかな」
 最後の瞬間、アイムは勝利や復讐より星の生存を願った。だからこの星が限界を迎える前に一か八かの賭けに出てしまったのだ。己が身を強化してくれていた膨大な生命エネルギーを咆哮と共に解き放ち、残りのユニ・オーリをまとめて消し飛ばそうとした。
「ニャーン君をも消し飛ばそうとしたのは、やはり星獣の使命感か?」
 自分が失敗したとしても彼女の存在を消し去ってしまえばこちらの企みを邪魔することはできる。そう思ってあの位置から攻撃を放ったのだとしたら大したものだ。
 もっとも、ただ単にリュウライギの反動に耐え切れず、攻撃の瞬間にはすでに意識が飛んでいただけかもしれないが。
 なんにせよアイム・ユニティは死んだ。心臓が完全に止まっているし肉体は限界を超えた酷使の果てに早くも朽ち始めている。もう二度と立ち上がることは無い。
 本来の彼としては。
「その死体、有効活用させてもらうよ」
「死んだって君の価値は十分に高い。急いで防腐処理を施さないと」
「隅々まで調べ尽くして次の実験に活かしたいな」
「ありがとうアイム。君のおかげで研究はまた一歩前進する」

 口角を高く持ち上げるユニ達。どうせ不老でほぼ不死身なのだ、時間はいくらでもある。一度や二度の失敗など、どうということもない。

「おっと、グレン・ハイエンドはどこかな?」
「彼も回収しておかないとな。瓦礫の下敷きになったようだが原型を留めているだろうか?」
「ズウラ君は丁重に扱おう。彼はまだ生きているぞ」
「ああ、素晴らしい被験体になりそうだ」
「させません!」

 彼等の言葉に堪えかねて叫んだのはニャーン。空中で怪塵の結界を維持したまま睨みつけて来る。
 ユニ達は振り返って「もちろんさ」と笑顔で頷いた。

「君のことも忘れてはいない」
「むしろアイムが死んだ今、君こそが本命だからね」
「これからきっと長い付き合いになるだろう、仲良くしていきたいな」
「手始めに僕の子でも孕ませてみようか?」
「いや、いっそアイムの死体と交配させるのはどうだろう?」
「ああ、面白いね。とてもいい。ナデシコとゲルニカの因子が交わったなら、きっととんでもないことになるぞ」
「ふっ……ううっ……うううっ……!」
 ニャーンは悔し泣きをしている。こんな時でも、やはり彼女には彼等を攻撃することはできない。もう二度とそれをしてはならないと彼女自身が自分に言い聞かせてしまう。
 こんな醜くおぞましくい存在まで許さなければならないのか? そう自問自答しながら自分自身に腹を立てる。
「オレ……が……」
 そう言って、またよろよろと立ち上がるズウラ。彼はまだ体力を使い果たしただけ。力は使える。だから自分が代わりにユニを倒す。
 そう決意して、けれど無理だろうなと心の底では諦めてもいた。より大きな力を行使するコツは掴めた。だとしても、まだアイムには程遠い。そのアイムでさえ倒せなかった相手に今の自分では太刀打ちできるわけがないと。
 だが、一人だけ諦めていなかった者が声を上げる。
 倒れたアイム・ユニティを見上げ、自身を押し潰した瓦礫の下から必死に叫ぶ。
「地下、よ! 鉱山、を、壊して……!」
「なに?」
 再び笑みを消すユニ。なんという日か、彼をここまで驚愕させる奇跡がこうも立て続けに起きてしまうとは。
「アイム・ユニティ! お願い、今度こそ……今度こそ、その悪魔を……! 倒して!!」
「あの人……は……」
 ニャーンはその女性を直接知らない。そもそも彼女は、それが人間の言葉を話したから人間だと認識しただけで、そうでなければ人だと思えなかっただろう。それだけ元の姿からかけ離れた歪な肉の塊と化してしまっている。
 でも、それはたしかに人間だった。あの日、初めてアイム・ユニティが第七大陸を訪れてユニと戦った後、敗北して惨殺する姿を見せつけられた相手。彼に第七大陸の調査を頼んだ若き僧侶の姉。死した後も動く死体にされた挙句、体内に侵入した人工生物との融合を果たし、それを生む苗床として千年近く地下で飼われていた最古の被害者。
 いつの頃からか彼女は自我を取り戻していた。そして物言わぬ肉塊のふりをしながらユニの独白を聞き、少しずつ情報を集め、今この瞬間が訪れるのを待っていた。

「あいつの力の源は……鉱山に、ある! 鉱山を壊したら、弱くなる……!」

「何故それを? まさか聞いていたのか、あれからずっと! 強靭な意志で自我を保ったままその姿で! なんてこった!」
 己の弱点を周知されてもユニは焦らなかった。それどころかさらに喜ぶ。彼女が千年間味わった屈辱と怒りを想像して快感を得る。
 そして――



「おい、何をしておる? さっさと起き上がれ」
「……誰じゃ、お主は?」
 アイムはどことも知れぬ真っ白な世界で別の自分と向かい合っていた。自分と瓜二つなのに別人だと瞬時に理解できる誰か。彼と自分との間には、そういう決定的な違いが、見えない壁があると感じられた。
 その見えない壁、ガラスの板のような障壁の向こうから相手は構わず語りかけ続ける。
「このままでは奴の思うがままぞ。お主は死に、ニャーン達は実験に使われ地獄を見て、母なる星は免疫システムに破壊される。元凶のユニだけは平然と逃げおおせるだろうがな」
「わかっとる! じゃが、どうしろと言うのだ! ワシは限界まで力を絞り尽くした! この星の生命そのものを危険に晒してまで全力で挑んだんじゃ! それでも奴には負けた!」

 悔しいが、今さら立ち上がったところであれに勝てるとは思えない。いくつもの世界を渡り歩き、それら全てを地獄に変えて滅ぼしてきた悪魔だ。あんなものは星獣一体でどうにかできる相手ではない。

「なら二体ではどうだ?」
「何?」
「三体ならば?」
「!」
 頭上から巨大な影が彼を見下ろす。それは人間の視点から初めて見上げる狼の自分。
「足りないなら、ワシらの力も使え」
「我等とてあの男には煮え湯を飲まされている」
「諦めるな。諦めずにもがき、手を伸ばし続けろ」
「英雄とは無敵の存在ではない」
「けっして諦めず、挑み続ける挑戦者の別名」
「お主はニャーンにそうあれと教えて来たはずだ。ならば手本を示せ」
「名に込められた願いを思い出せ。オクノケセラの祈りを忘れるな」
「お主は一人ではない。奴と同じように、いや奴以上に」
「ワシらは存在する。並行する世界の数だけワシらは力を合わせられる」
「いくらでも手助けしてやる。代わりにこっちが窮地に陥った時に手伝ってくれりゃええ」
「だから立ち上がれ」

 限りなき獣よ。

「立ち上がれ、アイム・ユニティ」
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