ワールド・スイーパー

秋谷イル

文字の大きさ
上 下
62 / 136
三章【限りなき獣】

悲劇を越えて

しおりを挟む
「起きたか」
 アイムがズウラと共に入室すると、兄妹の家で休ませていたニャーンが目を覚ましていた。実に三日ぶりのことである。
「アイム……ズウラさん……」
「ニャーンさん! よかった……!」
 妹のスワレ同様、涙目で駆け寄って行くズウラ。彼等兄妹とニャーンは少し前にこの村へ挨拶に来た際に知り合い、友人になった。兄妹揃って『精霊に祝福されし者』であり、強力な加護を行使して怪塵から村を守り続けている。
 ニャーンは未だ状況を掴み切れないようで、ぼんやりしながら訊ねて来た。
「私……どうして……?」
 アイムはそんな彼女の横に立ち、額に手を当てて熱を計りつつ答える。
「覚えとらんか。まあ仕方あるまい、いきなり気を失ったからな」
「え?」
「能力こそとんでもないが、肉体的には普通の人間。やはりあのまま動き続けるのは無理があったのだ。とりあえずほれ、水を飲め。まだ少し熱っぽい」
「はい……」
 素直にコップを受け取り水分補給するニャーン。汗もかいたようだ、話は短めで済ませスワレに世話を頼むべきだろう。
(峠は越えたな)
 アイムもホッと一息つく。

 ――数日前、宇宙から落下して来た赤い凶星の欠片、大結晶との戦いがあった。その戦いで目の前の少女は心身共に大きな傷を負った。
 そして戦闘後しばらくして気を失ったのだ。修道院の仲間全員分の墓を作り終え、次の第七大陸へ向かおうと言って歩き出した直後に。

(ワシの落ち度だな……)
 もっと早く気付いてやるべきだった、人間は普通、これほどの傷を負って動き回ることなどできない。無理をしているのは明らかなのに気が回らず、十分に休ませてやれなかった。
 それにニャーン自身、自分の状態を正しく把握できていなかったようだ。おそらくは一種の逃避だろう。辛い現実から目を背けて目の前の作業や使命に没頭していた。
 それでも、人の気力や体力には限界がある。直近の目標を達成し、次に向かって歩き始めたことで緊張の糸が切れてしまった。
 だからここへ連れて来たのだ。故郷を失ったニャーンにとって最も安らかに過ごすことができる場所はテアドラスに違いない。そう思ったから。ここなら地上のどこより安全だし、似た境遇の友もいる。
 そのスワレが申し出た。
「ニャーンさん、事情はアイム様から伺いました。どうか、ここでゆっくりとお休みを。いつまでいてくださっても構いません」
 対するニャーンは考え込み、やがて小さく頷く。
「はい」
 意外な返答に、それを期待していた兄妹とアイムはかえって驚かされる。あんな悲劇と決意の後なのだから怪我を押してでも先を急ごうとすると予想していた。実際にはその逆。
「ちゃんと休みます……プラスタちゃんなら、そうしろって言うと思うから」
「そうじゃな」
 納得したアイムは頷く。たしかに、あの少女なら諫めるだろう。そしてニャーンは、その言葉に素直に耳を傾ける。今の彼女にならそれができる。他人を信じることが。
(初めて会った時にゃ、怯えて疑ってばかりだったお主がな……)
 ミーネラージス修道院を襲った災禍は大きな悲劇を生んだ。だが、それを乗り越えたニャーンの心に確かな成長をもたらしてくれたようだ。



 ニャーンにはスワレが付き添ってくれている。寝汗を拭くと言われ家の外へ出た男性陣は適当な場所に腰かけ、言葉を交わし始めた。この村の者達はあまり椅子を使わない。
「なんか、ニャーンさんの雰囲気変わりましたね。大人っぽくなったというか……」
「あれだけのことがあったからな」
「全滅、したんですよね……」
 想像し胸を痛めるズウラ。第六大陸で何があったかはすでに聞いている。もしも自分達の故郷が同じ目に遭ったなら、その時に感じる苦痛は今この瞬間のものより遥かに大きいだろう。全滅こそしなかったものの幼い頃に両親と多くの隣人を喪った身だから共感できる。
(立ち直るまでしばらくかかったな……)
 一年近く塞ぎ込んでいた気がする。スワレはもっと長く苦しんだ。なのにニャーンはもう事実を受け入れて前を向いている。改めて凄い人だと尊敬の念を抱いた。
 すると、そんな彼を見てアイムが「おい」と忠告してくる。
「なんです?」
「あやつに惚れとるならそんな目で見るな。一方的に憧れとるようじゃ恋なぞ実らんぞ」
 途端、ズウラの顔は真っ赤になったり青くなったり忙しく変色を繰り返した。ニャーンへの恋心は妹にしか知られていないと思っていたのに。
「どっ、どどどっ、どうして!?」
「そこまであからさまに態度に出してわからんわけがあるか。お主ら、ひょっとしてワシを朴念仁だとでも思っとるのか? あるいはケモノ扱いしとるじゃろ」
「滅相も無い。アイム様は我々の大恩人です」
 そこはきっぱり否定させてもらう。目の前の英雄を蔑んだことなど一度も無い。
「だったらわかろう、敬うってのは愛情からは程遠い感情じゃ。そっちに引っ張られてちゃ、何もせんまま諦めることになっちまうぞ」
「うっ……」
 再び図星を突かれて言葉に詰まる。たしかに前回アイムとニャーンの旅立ちを見送った時、そのものずばりな態度を取ってしまった。結局あの後、気持ちを打ち明けるべきだったのではないかと何度も思い返しては後悔の念に苛まれたのだ。
 それに妹のスワレも昔はアイムに恋心を抱いていた。なのに成長するにつれて彼への敬意の方が強くなっていき、今や完全に諦めてしまっている。
 なるほど、相手を尊び、下から見上げるようになってしまっては恋は叶わない。アイムの言葉は正しい。そう痛感させられた。
「駄目ですねオレは……」
「卑下するのもやめい。言っとくがワシゃ、自信の無い男にあやつを任せるつもりは無いからな」
「そんな父親みたいな」
「わかっとる。らしかないし、父親代わりになれるとも思わん。だが修道院の連中に任された以上、保護者としての責任は果たすわい」
「なるほど……」
 ニャーンは生まれ故郷と血の繋がった家族も喪っているというし、そういう事情を知っていればアイムが保護欲や責任感を抱く気持ちもわかる。
(って、駄目だ駄目だ)
 目を閉じて頭を振るズウラ。共感して自分まで父性に目覚めるところだった。それはそれで恋の成就を遠のかせてしまう。
「なんだ急に?」
「いえ、気にしないでください。それにしても意外でした、アイム様が恋愛について助言を下さるなんて」
 ケダモノ扱いするわけではないが、朴念仁だとは思っていた。つまり、そういう感情には興味を持っていないものだと。
 アイムはフンと鼻を鳴らした後、言い返してくる。
「ワシゃ、この星に一種一体しかおらん星獣じゃからな。お主らのように子孫を残したいという欲は無いし、人間同士の交わりにも大した関心は抱いておらん。とはいえ千年も見守って来たのだぞ、感情の機微くらいわかるわい」
 じゃあなんでスワレの気持ちには気付いてやれないのかと思ったが、しかしズウラはその一言を飲み込んだ。畏れ多いし、もしかしたら気付いていてあえて気付かないふりをしているのかもしれない。そう思ったから。
(アイム様は、本当は誰より人の心を知っているのかもしれない)
 そして人の身の儚さも。スワレが彼と結ばれたとて、いつかは妹だけが年老い、アイムは若い姿のまま残酷な別れの時を迎えることとなる。それでは双方にとってあまりに悲しい。
(ひょっとしたら過去にも同じことがあったんじゃないか?)
 だからスワレの気持ちに応えず、自分の背中は押してくれているのだ。人間同士なら何も問題は無いからと。
 もちろんこれは推察でしかなく、アイムの真意はわからない。だとしても彼に対する認識はある程度変わった。
 より強く尊敬する。彼が生きた千年の時の長さと経験の重み、その一端を垣間見ることができたから。ニャーンが惨劇を越えて強くなったように、この大英雄もまた数々の悲劇を乗り越えて来た経験者なのだ。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

間違い転生!!〜神様の加護をたくさん貰っても それでものんびり自由に生きたい〜

舞桜
ファンタジー
「初めまして!私の名前は 沙樹崎 咲子 35歳 自営業 独身です‼︎よろしくお願いします‼︎」  突然 神様の手違いにより死亡扱いになってしまったオタクアラサー女子、 手違いのお詫びにと色々な加護とチートスキルを貰って異世界に転生することに、 だが転生した先でまたもや神様の手違いが‼︎  神々から貰った加護とスキルで“転生チート無双“  瞳は希少なオッドアイで顔は超絶美人、でも性格は・・・  転生したオタクアラサー女子は意外と物知りで有能?  だが、死亡する原因には不可解な点が…  数々の事件が巻き起こる中、神様に貰った加護と前世での知識で乗り越えて、 神々と家族からの溺愛され前世での心の傷を癒していくハートフルなストーリー?  様々な思惑と神様達のやらかしで異世界ライフを楽しく過ごす主人公、 目指すは“のんびり自由な冒険者ライフ‼︎“  そんな主人公は無自覚に色々やらかすお茶目さん♪ *神様達は間違いをちょいちょいやらかします。これから咲子はどうなるのか?のんびりできるといいね!(希望的観測っw) *投稿周期は基本的には不定期です、3日に1度を目安にやりたいと思いますので生暖かく見守って下さい *この作品は“小説家になろう“にも掲載しています

追放されたお姫様はおとぎ話のごとく優しい少年に救われたので恩返しします。

進藤 樹
恋愛
「アーロドロップ・マメイド・マリーン。貴女から、乙姫第二王女の身分を剥奪します」  竜宮城で第二王女として生まれたアーロドロップ・マメイド・マリーンは、ちょっとしたミスで『玉手箱探しの刑』に処された。遥か昔の乙姫様が地上人に譲渡した『玉手箱』を、実質十日以内に見つけなければ二度と竜宮城には帰れない――要するに追放である。  一方、玉手箱を所有する一族の子孫・浦島慶汰は、姉の海来が植物状態になって落ち込んでいた。  二人は鎌倉の海で、運命的な出会いを果たす。  玉手箱には浦島太郎を老化させるほどの異質な力があり、それを応用すれば海来を救えるかもしれない。  竜宮城への帰還の可能性を見出したアーロドロップは、海来の治癒を条件に、玉手箱を譲ってもらうことを約束する。  しかし、玉手箱に秘められた力が暴走してしまったことで、アーロドロップが竜宮城に帰るためには慶汰も連れていかなければならなくなって……? (note様でも掲載しております)

転売屋(テンバイヤー)は相場スキルで財を成す

エルリア
ファンタジー
【祝!第17回ファンタジー小説大賞奨励賞受賞!】 転売屋(テンバイヤー)が異世界に飛ばされたらチートスキルを手にしていた! 元の世界では疎まれていても、こっちの世界なら問題なし。 相場スキルを駆使して目指せ夢のマイショップ! ふとしたことで異世界に飛ばされた中年が、青年となってお金儲けに走ります。 お金は全てを解決する、それはどの世界においても同じ事。 金金金の主人公が、授かった相場スキルで私利私欲の為に稼ぎまくります。

転生者、有名な辺境貴族の元に転生。筋肉こそ、力こそ正義な一家に生まれた良い意味な異端児……三世代ぶりに学園に放り込まれる。

Gai
ファンタジー
不慮の事故で亡くなった後、異世界に転生した高校生、鬼島迅。 そんな彼が生まれ落ちた家は、貴族。 しかし、その家の住人たちは国内でも随一、乱暴者というイメージが染みついている家。 世間のその様なイメージは……あながち間違ってはいない。 そんな一家でも、迅……イシュドはある意味で狂った存在。 そしてイシュドは先々代当主、イシュドにとってひい爺ちゃんにあたる人物に目を付けられ、立派な暴君戦士への道を歩み始める。 「イシュド、学園に通ってくれねぇか」 「へ?」 そんなある日、父親であるアルバから予想外の頼み事をされた。 ※主人公は一先ず五十後半の話で暴れます。

《書籍化》転生初日に妖精さんと双子のドラゴンと家族になりました

ひより のどか
ファンタジー
《アルファポリス・レジーナブックスより書籍化されました》 ただいま女神様に『行ってらっしゃ~い』と、突き落とされ空を落下中の幼女(2歳)です。お腹には可愛いピンクと水色の双子の赤ちゃんドラゴン抱えてます。どうしようと思っていたら妖精さんたちに助けてあげるから契約しようと誘われました。転生初日に一気に妖精さんと赤ちゃんドラゴンと家族になりました。これからまだまだ仲間を増やしてスローライフするぞー!もふもふとも仲良くなるぞー! 初めて小説書いてます。完全な見切り発進です。基本ほのぼのを目指してます。生暖かい目で見て貰えらると嬉しいです。 ※主人公、赤ちゃん言葉強めです。通訳役が少ない初めの数話ですが、少しルビを振りました。 ※なろう様と、ツギクル様でも投稿始めました。よろしくお願い致します。 ※カクヨム様と、ノベルアップ様とでも、投稿始めました。よろしくお願いしますm(_ _)m

常世のシャッテンシュピール ~自己否定王子とうそつき魔法少女~【前編】

KaTholi(カトリ)
ファンタジー
「そんなあなたが、人に愛されると思っているの?」 ナイアス・アキツィーズは、考古学の祖を祖父に持ち、トラウマを糧にする遺跡の魔物「シャッテンヴァンデ」を祓うことのできる、唯一の考古学者。 だが、周囲の尊敬や信頼とは裏腹に、ナイアスは深い孤独を抱えていた。 「一撃で敵を葬る魔法が使えたって、それが、だれかを傷つけるものだったら、なんの意味もない……!」 シャッテンヴァンデを祓うナイアスの魔法は、彼の仲間を傷つけるものでもあった。 影絵巻の主人公、勇敢で愛される凜々花と自分をくらべ、 常に自分を否定し、追い詰める「影」の声に苛まれ、 忌むべきシャッテンヴァンデに共感を抱き、罪悪感を募らせるナイアス。 ――もっと頑張らなきゃ……こんな『自分』、人に愛される価値なんかない―― 自分を許せない悲しみが、時空を超えて響きあう――。  ・・・ 『常世のシャッテンシュピール』は、Pixivにて気まぐれに更新しています。 (大体金曜日が多いです) また、この小説は現在執筆中につき、予告なく加筆修正することがあります。 ブラッシュアップの過程も含めて、楽しんでいただけたら幸いです!

処理中です...