ワールド・スイーパー

秋谷イル

文字の大きさ
上 下
60 / 136
二章【雨に打たれてなお歩み】

雨中の道

しおりを挟む
 包帯だらけの傷だらけ。今もまだ体のあちこちが痛い。それでもニャーンは悲劇の翌日、黙々と墓を建て続けた。アイムと共に、クレーターの中心に人数分の墓を。
 遺体は一つも埋めていない。その必要が無かった。舞い上げられた土砂と共に散乱したそれらは、そのまま地中に埋もれてしまった。全て掘り出し回収するのは難しい。
 そうする勇気も無い。無残な姿になった彼等をもう一度直視することは、彼女にとって酷すぎる。だから墓だけを建てて、それで許してもらうことにした。
 全員分の墓を建てた後、今度は一つ一つの前で祈りを捧げていく。
「ごめんね、みんな……ちゃんと弔ってあげられなくて……」
「できることはした。わかってくれるじゃろ」
「はい……」
【次のご命令を】

 白い怪物アンティもまだ一緒だ。墓作りを手伝わせた。そして今、やることが無くなり次の指示を欲している。

「どうするんじゃ、あれ?」
 アイムには未だに信じられない。散らして塵にした状態で封じるならばともかく怪物を味方に付けられるとは思ってなかった。怪塵ユビダスを支配下に置くニャーンの力も怪物にだけは通用しなかったから。
 だが、この怪物が言った言葉から理由を推察はできる。

 破壊、そう言っていた。

 ニャーンの力を指したものだろうが、しかし怪塵を操る能力とはどう考えても直接結び付かない。あれは壊す力ではない。
 ということは、おそらくこうではないだろうか? ニャーンには二つの特殊能力がある。片方は怪塵を支配下に置いて操る力。そして、もう一つが破壊の力。あの赤い雷光がそうだと思う。
 後者がどのような、そしてどれだけの力を発揮できるのか、具体的なことはわからない。それでも免疫システムが恐れるほどなのだから、よほど危険な能力だとは察せられる。
 しかし彼女は、それを敵を倒すことに使わなかった。壊したのは怪塵を支配する本能コードの一部。管理者と言っていたので、おそらくはそれに関する情報のみ。
 怪物を支配下に置く上で邪魔な情報のみを破壊し、新たな管理者となって、この惑星を破壊せよという命令を上書きした。
 もう、あの怪物は敵ではない。ニャーンの忠実な下僕であり心強い味方。無論、彼女が同行を許すならの話だが。
「連れて行きます。置いていくわけにはいかないし……」
「しかし、あの姿じゃ目立つぞ? 絶対に怪しまれる」
「なら……」

 ニャーンは怪物に姿を変えるよう命じた。白い鳥へと。すると命令通り真っ白な鳥へと変貌する。造形的に白鳥。ただし全身白一色で石膏像のような不気味さがある。とはいえ動いていると意外に違和感を覚えない。

「あれなら大丈夫じゃないですか?」
「まあ、パッと見はわからんかもな」
 少々でかいが、そういう種類の鳥だと説明すれば、おそらく納得されるだろう。色素を持たないアルビノだと言い張ることもできる。
 それにしても見事な造形だ。
「お主、鳥が好きなのか?」
「嫌いじゃないですよ」
 特別好きでもないらしい。それであれとは、突然想像力が向上したようだ。
(これも新たに覚醒した力の影響か……?)
 なんにせよ墓作りは終わった。全ての墓前で祈りもした。
 怪物の問題も、ひとまず解決したと言っていい。
 だが、ニャーンは動かなかった。プラスタの墓の前で座り続けている。
 家族で親友だったのだ、そう簡単に動けまい。気持ちを汲んだアイムも隣で無言のまま佇み続ける。

 そのうちにまた雨が降り始めた。第六大陸だから珍しくも無い。
 アイムは魔力障壁で傘を作ってやる。ニャーンのみそれで守る。
【濡れていますよ】
 怪物が指摘して来た。主の影響を受けているのか、ニャーンの従者になった途端、人間みたいなことをぬかす。
「ええんじゃ」
 雨に濡れたい時もある。
 彼もまた墓を見つめた。プラスタの墓、メリエラの墓、一つ一つを順々に見やって約束する。
(必ず、守るからな……)

 今回は我ながら不甲斐なかった。こんな失態は二度と犯すものか。どんなことがあれど、ニャーンは絶対に守り抜く。この場所で眠る者達のために。
 そう、たとえ彼女が「宇宙の脅威」だとしても。

(知ったことか。こいつにゃ守る価値がある。ワシがそう決めたんじゃ、なあ……オクノケセラ)
 やはり子は親に似るらしい。彼は今まさに、他の神々を敵に回してでもこの星に肩入れした育て親と同じ選択をした。
 やがて、雨音に混じり静かに続いていた嗚咽が止んだのに気が付き、暗い空を見上げたまま問いかける。
「行けるか?」
「行きます……」
 ズッと鼻をすすり、袖で目許を拭って立ち上がるニャーン。
 そして言った。
「プラスタちゃんには、夢がありました」
「ああ」
「あの子はすごく賢くて、私なんかじゃ、その夢を代わりに叶えることはできません」
「なら、どうする?」
「私にしか、できないことをします」

 二度と、誰も怪塵に苦しめられることが無い世界にする。
 新たに飛来する赤い凶星を食い止め、この星を守る。

「私には、それしかできません。それしか、してあげられません」
「それでええ。お主は、お主にやれることをやりゃいい」

 その先に彼女はいる。
 約束した場所で、きっとプラスタ達は待っている。

「あの娘の夢も、その道も途切れてはおらん。お主がおる。お主が前に進み続けることで、プラスタの夢も続く。お主が、あやつらの夢なんじゃ」
「……はい」

 さっき拭ったばかりなのに、また涙が溢れて、ニャーンはアイムを見つめた。

「ずるいですよ、自分だけ」
「何がじゃ」
「雨に濡れてます」
「濡れたいのか、アホウが。身体を冷やすなと言われただろう。しかも怪我人だ」
「そうですね……でも、濡れたい時もあります」
「お主にゃ必要無い」
「厳しいですね」
「まあな」
「……行きましょう」

 ニャーンは歩き出した。もう、別れは済ませていたのだろう。アイムも隣に並んで歩く。白鳥もとことこと後ろをついて来る。

「飛ばんのか?」
「せめて、見えなくなるまで……」
「そうか……」
「あの、ユニティ……一つ決めました」
「ん?」
「私、貴方を名前で呼ぼうと思います」
「なんじゃ急に」
「もう、後悔したくないんです。本当は大好きな人達に最後まできちんと心を開くことができなかった。そんなのは嫌ですから」
「そうか」

 雨はまだ降り続いている。
 次の大陸では、彼女はもっと辛い目に遭うかもしれない。
 そんな彼女の支えに、ほんの少しでもなれると言うなら、それでいい。

「好きに呼べ」
「そうします、アイム」

 二人は、ゆっくりと歩を進めて行く。
 約束の場所へ辿り着くために。
 約束を守り抜くために。










【では、私もアイムと】
「お主は許さん!」
「許してあげてください、もう仲間ですよ」

 ──この道の先に希望があるのか、それはまだ、どちらにもわからない。今はただ雨の中を進むだけ。
 新たな、旅の仲間と共に。

                              (三章に続く)
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

BL団地妻-恥じらい新妻、絶頂淫具の罠-

おととななな
BL
タイトル通りです。 楽しんでいただけたら幸いです。

ヤンデレエリートの執愛婚で懐妊させられます

沖田弥子
恋愛
職場の後輩に恋人を略奪された澪。終業後に堪えきれず泣いていたところを、営業部のエリート社員、天王寺明夜に見つかってしまう。彼に優しく慰められながら居酒屋で事の顛末を話していたが、なぜか明夜と一夜を過ごすことに――!? 明夜は傷心した自分を慰めてくれただけだ、と考える澪だったが、翌朝「責任をとってほしい」と明夜に迫られ、婚姻届にサインしてしまった。突如始まった新婚生活。明夜は澪の心と身体を幸せで満たしてくれていたが、徐々に明夜のヤンデレな一面が見えてきて――執着強めな旦那様との極上溺愛ラブストーリー!

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

【アルファポリスで稼ぐ】新社会人が1年間で会社を辞めるために収益UPを目指してみた。

紫蘭
エッセイ・ノンフィクション
アルファポリスでの収益報告、どうやったら収益を上げられるのかの試行錯誤を日々アップします。 アルファポリスのインセンティブの仕組み。 ど素人がどの程度のポイントを貰えるのか。 どの新人賞に応募すればいいのか、各新人賞の詳細と傾向。 実際に新人賞に応募していくまでの過程。 春から新社会人。それなりに希望を持って入社式に向かったはずなのに、そうそうに向いてないことを自覚しました。学生時代から書くことが好きだったこともあり、いつでも仕事を辞められるように、まずはインセンティブのあるアルファポリスで小説とエッセイの投稿を始めて見ました。(そんなに甘いわけが無い)

苦手な人と共に異世界に呼ばれたらしいです。……これ、大丈夫?

猪瀬
ファンタジー
終業式が終わったあと、気がつけば異世界に転移していた。 ドラゴン、魔方陣、不思議な生物。 唯一知ったものがあるとするならば、お互い苦手であり、特別な同級生。 苦手と特別は両立する。けれど互いに向ける特別という感情の名前はわからないけど……。 何も知らない人たちからすれば大なり小なり異質と思われてしまうような二人。 二人が互いの目的のために手を組み、元の世界に帰ることを目標に協力する。 本当に、利害だけで手を組んだのかは二人にすらわからない。 お互いに抱えるものを吐露する日はくるのか? 弱音を吐けるようになるのか? 苦手以外の、特別な感情とは? 凹凸コンビの異世界ファンタジー。はじまります。 恋愛要素とはあるものの、恋愛要素が出てくるのはもう少し後だと思います。 いいねとか、コメントとか、お気に入りとか気がるにしていってくれると、とても喜れしいです。ガッツポーズして喜びます。

子爵家の長男ですが魔法適性が皆無だったので孤児院に預けられました。変化魔法があれば魔法適性なんて無くても無問題!

八神
ファンタジー
主人公『リデック・ゼルハイト』は子爵家の長男として産まれたが、検査によって『魔法適性が一切無い』と判明したため父親である当主の判断で孤児院に預けられた。 『魔法適性』とは読んで字のごとく魔法を扱う適性である。 魔力を持つ人間には差はあれど基本的にみんな生まれつき様々な属性の魔法適性が備わっている。 しかし例外というのはどの世界にも存在し、魔力を持つ人間の中にもごく稀に魔法適性が全くない状態で産まれてくる人も… そんな主人公、リデックが5歳になったある日…ふと前世の記憶を思い出し、魔法適性に関係の無い変化魔法に目をつける。 しかしその魔法は『魔物に変身する』というもので人々からはあまり好意的に思われていない魔法だった。 …はたして主人公の運命やいかに…

処理中です...