ワールド・スイーパー

秋谷イル

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二章【雨に打たれてなお歩み】

双子の使命

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 その頃、地上では──
「ぶはあっ! くっそう、やっぱり強い!」
 溶岩石の甲冑を脱ぎ捨て空に叫ぶズウラ。久しぶりにアイムに手合わせてしてもらったものの、十本勝負で一本も取れぬまま終わってしまった。
 アイムの方も若干苛立つ。
「お主、ちゃんと言いつけを守っとるか?」
「もちろんです! 言われた通り、基礎体力の向上と祝福を使いこなすための訓練を両方こなしてますよ!」
「その割には成長が見られん……」
 ズウラだけでなくスワレもだ。昨日の戦いっぷりは酷かった。この二人の力ならもっと上手く立ち回れるはずなのに。
(やはり指導者がおらんのが災いしとる)
 たとえばグレンには優秀な師がいた。ワンガニの歴史上最高の剣士と謳われた男。彼はその剣さばきを学んだので光を刃と変える攻撃方法を好む。
 アイム自身、幼い頃はオクノケセラによる指導を受けた。というかあれは悪質なシゴキだったが、とにかくそれで強くなれたことは間違いない。
 双子にはそういう師がいない。アイム自身がその役を買って出たつもりだったが、常に傍にいてやれるわけではなく、ご覧の通りの有様。祝福を受けたばかりの頃よりはマシになったものの、まだまだ殻を被ったヒヨコ程度の腕前である。
 何が悪いのか? 二人ともグレンと同じで戦いに応用しやすい力。だから基礎能力さえ伸ばしてやれば十分だと思っていたのだが、それでは足りないのかもしれない。
 いや、明らかに足りていない。
「そうか……」
 先日久しぶりにグレンと戦い、そして間近でニャーンの成長を見守って来たことにより霧が晴れた。双子に足りないものの正体、それは──
「発想力だ」
「え?」
「お主らはこの狭い世界しか知らん。だから頭が固い。まずは、そこをどうにかしてやらねばならんかった」
 ちょうどいい人材がいる。ズウラにとっては別の意味でも喜ばしかろう。
「滞在期間を延ばす。お主らには、あやつこそが最適な師だ」



「テアドラスは百七十年前、初めて怪物に襲われました」
「えっと、それってつまり……」
 考え込むニャーン。算術は苦手。それでもどうにか暗算で答えを導き出す。
「八百年以上も平和だったんですか!?」
「いえ、祖先がこの場所に村を作ったのは五百年ほど前。だから正確には三百三十年ほどですね」
「はへー……」
 すごい話だ。もちろん三百年も十分に長い。そんなに長期間怪塵の被害を受けなかったなんて、他では聞いたことが無い。
 実はそれには理由がある。けれど、その説明をする前にスワレはまず百七十年前の惨劇を詳しく語った。
「この村は外界から隔離されています。だからずっと安全でした。でも、外との行き来が全く無かったわけじゃないんです。先ほどのお話で聞いたナジームさんという方のように、薬の材料を得るためだったり、食糧不足で採集に行ったり、他にも様々な理由で祖先は扉を開き、階段を上がって出入りしていました」

 その間、彼等の体にはほんの僅かずつ怪塵が付着していた。地下へ持ち込まないように細心の注意を払って落として来ても完全に払い切れるわけもない。
 そうして災厄と化す赤い塵は持ち帰られ、そして蓄積していった。この煌びやかな地下空洞に。

「そして百七十年前、ついに怪物を生み出せる量が一ヵ所に集積してしまった。外ばかり警戒していたら中で怪物が生まれたんです。当然大きな被害が出ました」

 当時の人口は千人以上いたらしい。その七割が瞬く間に犠牲となり、生き残った三割は扉を開けて外へ逃れ、そして扉を閉ざし怪物を地下に閉じ込めた。

「とはいえ、ただの鉄の扉です。怪物相手では長く保つはずが無い。もう駄目かと思ったところで偶然近くにいたアイム様が駆けつけてくれて九死に一生を得ました」
 ちなみに彼も、その時までテアドラスの存在を知らなかった。怪物の気配を察して駆け付けたらいきなり大勢が這い出して来たのでひどく驚いたという。
「えっ、じゃあ誰も知らない村だったんですか、ここ?」
「今もアイム様とニャーンさん以外は知らないと思います。万が一のため、ここの存在は秘密のままにしてあるので」
「万が一?」
「もしもまた赤い星が落ちて来て、阻止できなかったら」
「!」
 驚愕するニャーン。宇宙の免疫システムによる再攻撃。自分以外にもその事実を教えられた者がいるとは思わなかった。
「知ってたんですね……」
「ええ、ニャーンさんに話したことは昨夜、アイム様から伺いました。あの方はこの村を、次の攻撃を防ぎ切れなかった場合の最後の砦にするつもりです」
 凶星の落下を再度許せば、今度こそ地上は人の住めない環境になるかもしれない。だとしてもテアドラスの民だけは生き延びる。
 いわばシェルター。その機能を保つため彼はこの地を秘匿した。他に知られれば興味を持った人間が押し寄せる。怪塵の脅威から逃れられると移住を望む者も多く現れるだろう。だが、多少なら受け入れられてもやがて限界を迎える。その限界を超えてしまったら先に待つのは崩壊だけ。
「いつになるかはわかりませんが、その時が来るまでここを守り続けるのが私と兄の使命なんです。最初の襲撃以来、数ヶ月ごとにこの村も怪物に襲われるようになってしまった。周期は定まっておらず、もっと短い時間で現れることもあります。だから私達はこの地を離れられません」
「なるほど……」
 テアドラスの役割については予想外。でも、双子がここを離れられない理由はおおむね思った通り。
 そして、直後に違和感を覚える。
「あれ?」
「どうしました?」
「最初は三百年以上も怪物が現れず平和だったんですよね? でも、その後は頻繁に来るようになったんですか?」
 訊ねると、スワレもまた意外そうな顔をする。
「ご存じないんですか?」
「え?」
「ああ、そっか、第六大陸では怪物は珍しいんですね。力に目覚めたのも一年ほど前なら知らなくてもおかしくないか……」
「あの、それって……」
「あっ、すいません一人で勝手に納得して。怪塵使いのニャーンさんならご存知のことと勝手に思い込んでいました。怪物は人を見つけると、その場所を記憶するんです。あれは怪塵の集合体で倒しても塵に戻るだけ。だからまた怪物化した時にも前回人間を見た地点を覚えています」
「ああっ……」
 ようやく、どういうことか理解出来た。つまり一度でも怪物に見つかってしまえばおしまい。どこに隠れていても、そこは安全ではなくなる。
「そうだったんですね……やっぱり怖い……」
「ニャーンさんでも怖いんですか?」
「それは、そうですよ……」
 怪塵を操れると言っても自身は怪物ではない。人を殺すことしか考えないあの無機質な殺戮者に恐怖を抱くのは当然のこと。
 失言に気付き、スワレは謝罪する。
「すみません、失礼でした」
「いえ……」

 気まずい沈黙。お互い、それ以上何を言えばいいかわからず黙り込んでしまう。
 早く帰って来てくれないかな。アイムの顔を思い浮かべ、カップの中の山羊の乳を飲む。そしてさっきの水にまつわる話を思い出した。雨水が地面に染み、土や砂利に濾過されてこの村へ到達する。そのためか怪塵をあまり含んでいない。三百年以上平和が続いたのは、きっとそのおかげでも──

「……あっ」
 重大な見落としに気付いた。今しがた怪物の話をしたこともヒントに。背中に冷たい汗が噴き出す。今この瞬間にもそれが起こるかもしれない。
「ニャーンさん?」
「そ、外へ出ましょう! 私、なんとかできると思います! 急がないと、この村が危険です!」
「なんですって?」

 突然の警告。意味が分からずスワレも動揺する。
 直後、待っていたかのようなタイミングで扉が開く。アイムとズウラが家に入って来て、そして前者だけニヤリと笑った。

「なんじゃ、言われる前に気付きよったか。だったらスワレ、ついて来い。主ら二人にも良い経験になるじゃろう」
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