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二章【雨に打たれてなお歩み】
第三大陸(1)
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「アイム様の像?」
隣に座ったスワレが驚いたので、ニャーンも驚かされる。
「あれ? ご存知なかったですか?」
「まったく」
「アイム様、本当ですか?」
ズウラに問われ、酒を煽りながら頷くアイム。不機嫌な表情。
「本当じゃ。たく、ベラベラ喋りおって」
「すいません……」
話さない方が良かったらしい。ズウラとスワレの間で申し訳なさげに縮こまるニャーン。気の毒に思ったズウラは妹を叱る。
「お前が訊くから!」
「兄だって一緒に聞いてたろ!」
これまでどんな旅をして来たか、そう最初に訊ねたのは二人のどちらでもなく彼等より年下の子供である。その二人はなおも目を輝かせながら続きを促す。
「ねえねえ、それでどうなったの?」
「アイムさまのゾウはなんのためにそこにならんでたの?」
「あっ、ええと……」
困り顔でアイムを見つめるニャーン。子供達も同様に彼を見る。
ジトッと半眼を向けて来たが、やがて嘆息と共に返答。
「話してやりゃあええじゃろ」
「でも……」
「構わん。針のむしろよりマシじゃ」
「ああ……」
子供達だけでなく村人達もじっと彼を見つめていた。続きを聞きたいのはテアドラスの民全員らしい。二人は輪の中心に座っているため全方向から視線が突き刺さる。
「じゃあ、あの……話します」
「やった!」
無邪気に喜ぶ子供達。他の人々も笑顔になる。ここテアドラスは外界から隔絶された村。だからたまに聞ける外の話を楽しみにしているのだそうな。
ちなみにニャーンとアイムは今、村人達と共に食事中。怪物退治の礼にと歓迎を兼ねた宴が開かれている。それぞれの家から絨毯とクッション、料理と酒が持ち寄られ村長の家の前に並べられた。そして主賓の二人と双子を中心に輪を描いて座っている。
最初は椅子を使わず絨毯の上に直に座るスタイルに驚いたものの、地熱のおかげかポカポカ暖かく気持ち良い。椅子を使ってはこの素晴らしさを知らずに終わっただろう。何事も経験してみなければわからない。少なくともニャーンはこうして地べたでくつろぐことを気に入った。
「えーと、海岸に並べられたユニティ像ですけど、あれは魔除けらしいです。悪いものが近付かないように並べてあるって教わりました」
「あー、なるほど」
「実際に怪塵をどうこうできるわけじゃないだろうが、たしかにそう聞くとやってみたくなるな」
感心する村人達。村長が代表して訊ねる。
「アイム様、うちの村でも像を設置していいですか?」
「あーもう、好きにせい」
諦め顔で酒を飲むアイム。第三大陸にだけ許してここでは禁じるというのも不公平な話だろう。仕方ないと自分に言い聞かせる。
「お許しが出た。頼むぞズウラ」
「任せとけ」
「おねえさん、そのゾウはどのくらいあればいいの?」
「えっ? う~ん……海辺だけでなく色んなところにあったから、たくさんかな? 他のものに興味が無いのかなって思うくらいユニティ像ばかり彫っていて……」
「本当にアイム様を慕っておるのですな」
「はい。だから彼がいる間は毎日……」
「毎日?」
急にまた声をすぼめるニャーン。こころなしか疲れたような表情。いや、明らかに疲労している。思い出すだけでげっそりしてしまうことがあったらしい。
それは何か? テアドラスの人々は話の続きを待った。
しばらくして、ようやく語られる事実。
それは──
「毎日、お祭りが続くんです……」
ドンドコドンドコ、ドコドコドコドコ。
ドンドコドンドコ、ドコドコドコドコ。
ドットットットッ、パゥーーーーワッ。
ヒーーーッ!
──そんな素っ頓狂な音色で意識が覚醒し、ベッドの上で身を起こすニャーン。寝不足なため何度も指で目を擦る。
ここは第三大陸。広大な砂漠に小さな集落が点在し、アイムを熱狂的に信奉する人々が暮らす大地。
「今日もお祭りなんですね……」
「ワシがおる間は常にこうじゃ、そこは諦めい」
アイムも今しがた目覚めた。あくびをしながら体を伸ばす。相変わらず着替えることをせず、いつもの格好のまま寝ていたようだ。寝苦しくないのかなと毎朝思う。
「着替えます」
ニャーンが言うと、
「おう」
そう言って歩き出すアイム。人間は着替えを見られるのを嫌う。特に若い娘は。十八の少女との旅が続くうち、彼も多少の気遣いを覚えた。
外へ出ると歓声。いつものこと。何故飽きないのかと不思議ではある。
「アイム様のお目覚めじゃ!」
杖を振り上げる長老。
「おはようございます、アイム様! ハッ! ハッ! ハッ! ハッ!」
歌い、踊りながら挨拶する巫女達。今日もキレが良い。
「野郎共、女衆に負けるな!」
「プワーッ!」
太鼓を打ち鳴らし、笛を吹く男衆。皆、ものすごく晴れやかな笑顔。
逆にアイムの表情は優れない。彼はこの大陸の民が苦手なのだ。
「相変わらずやかましい……」
「アイム様、あれを! あれをお見せください!」
長老にせがまれた彼は渋々ながらもカバンに手を突っ込む。見せるまでは何度でも頼み込まれるのでさっさと済ませてしまった方がいい。
そんなわけで虹の尾羽根を掲げた。大昔、黄金時計の塔という場所を登って手に入れて来たもの。
歓声はさらに大きくなる。昨日も一昨日も同じことをしたし、ここを訪れるたびに毎日繰り返しているのに日増しに熱狂は高まるばかり。
「虹の尾羽根じゃああああああああああああああああああああああああっ!」
「アイム様あっ!!」
「我等が英雄! 第三大陸の救い主!」
「きゃー! こっち向いてー!!」
「ありがたやー!」
「拝むな」
本当にここは苦手だ。とはいえ彼等に悪意は無く、単純に慕われてしまった結果なので是正は求め辛い。
第三大陸はどこへ行っても同じである。普段は慎ましやかに暮らしているそうなのだが、そんな姿は一度も見たことが無い。
直後、ぽつぽつと雨が降り出した。虹の尾羽根の効果だ。これを天に向かって掲げると周辺一帯に雨が降る。気象調整装置とやらに命令が入力されているらしい。羽根をくれた相手がそう言っていた。
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!」
「ああああああああああああああああああああああああああっ!!」
「奇跡の再現じゃあああああああああああああああああっ!」
感動にむせび泣く民衆。七百年前、この第三大陸は怪塵被害でなく大旱魃によって滅びかけた。それを救ったのがアイムであり虹の尾羽根。だから彼等は熱狂的なアイム信者と化したのである。
(まさか七百年経っても熱が冷めんとは……)
最初の頃、いつかは飽きて忘れるだろうと考え放置してしまった。今では後悔している。あの当時に諫めておけば良かった。
「まあ、話が早いから今回はええか……」
ニャーンの紹介は済んでいる。彼女の能力についても説明したのだが、村の者達は簡単に受け入れてくれた。アイム・ユニティが味方だと言っている。それで彼等には必要十分だったのだ。
では何故まだ滞在しているのかと言うと、理由は二つある。
一つは彼等の気性。第三大陸の民はとにかく自分をもてなさないと気が済まないらしい。最低でも一昼夜は滞在してくれと毎度せがまれる。もちろんどこかで怪物が発生して処理に向かわなければならない時は断って行くが、幸か不幸か今はどこにも怪物の気配を感じない。ゆっくりしていていいわけだ。
もう一つは、もちろんニャーンを鍛えるため。第三大陸は七百年前の旱魃以来全体的に砂漠化しており、そのおかげで怪物の発生率は低い。第一大陸の荒野、第二大陸の海原と同じで塵を留める障害物が少なく、絶えず吹く風により怪塵が洗い流される。反面、自然環境の過酷さでは七大陸で一・二を争う。
あの娘が怪物と対峙しても身を守れることは第二大陸で証明された。もちろんまだまだ危なっかしいが、今後どう戦っていくべきかという方向性は定まった。あとはそれに沿う形で能力を伸ばしていけばいい。砂漠という環境は彼女の成長に対し著しい影響を与えるはずである。
「お待たせしました」
ようやく着替えて出て来るニャーン。今日これからすることを憂いているらしく陰鬱な表情。あるいは単に疲れているか。昨日も一日中村人達に引っ張り回されていた。白い肌の娘は珍しく、男達からもよく話しかけられる。
ここは砂漠に点在するオアシスの一つ。第三大陸の民はこういう貴重な水場の周囲に村や街を築く。人口四百人ほどのこの集落にはおとといの夜に辿り着き、昨日一日滞在した。村民達は名残惜しそうだが、自分達のわがままでアイムを長く引き留めることも良しとはしない。
現在進行形で続いている踊りと演奏は別れの儀式。最後に朝食を共にしたら次の目的地へ向けて出発する。
ただし、別々に。
「さ~て、今日は何時間かかるかの」
「ううっ、お手柔らかにお願いします……」
隣に座ったスワレが驚いたので、ニャーンも驚かされる。
「あれ? ご存知なかったですか?」
「まったく」
「アイム様、本当ですか?」
ズウラに問われ、酒を煽りながら頷くアイム。不機嫌な表情。
「本当じゃ。たく、ベラベラ喋りおって」
「すいません……」
話さない方が良かったらしい。ズウラとスワレの間で申し訳なさげに縮こまるニャーン。気の毒に思ったズウラは妹を叱る。
「お前が訊くから!」
「兄だって一緒に聞いてたろ!」
これまでどんな旅をして来たか、そう最初に訊ねたのは二人のどちらでもなく彼等より年下の子供である。その二人はなおも目を輝かせながら続きを促す。
「ねえねえ、それでどうなったの?」
「アイムさまのゾウはなんのためにそこにならんでたの?」
「あっ、ええと……」
困り顔でアイムを見つめるニャーン。子供達も同様に彼を見る。
ジトッと半眼を向けて来たが、やがて嘆息と共に返答。
「話してやりゃあええじゃろ」
「でも……」
「構わん。針のむしろよりマシじゃ」
「ああ……」
子供達だけでなく村人達もじっと彼を見つめていた。続きを聞きたいのはテアドラスの民全員らしい。二人は輪の中心に座っているため全方向から視線が突き刺さる。
「じゃあ、あの……話します」
「やった!」
無邪気に喜ぶ子供達。他の人々も笑顔になる。ここテアドラスは外界から隔絶された村。だからたまに聞ける外の話を楽しみにしているのだそうな。
ちなみにニャーンとアイムは今、村人達と共に食事中。怪物退治の礼にと歓迎を兼ねた宴が開かれている。それぞれの家から絨毯とクッション、料理と酒が持ち寄られ村長の家の前に並べられた。そして主賓の二人と双子を中心に輪を描いて座っている。
最初は椅子を使わず絨毯の上に直に座るスタイルに驚いたものの、地熱のおかげかポカポカ暖かく気持ち良い。椅子を使ってはこの素晴らしさを知らずに終わっただろう。何事も経験してみなければわからない。少なくともニャーンはこうして地べたでくつろぐことを気に入った。
「えーと、海岸に並べられたユニティ像ですけど、あれは魔除けらしいです。悪いものが近付かないように並べてあるって教わりました」
「あー、なるほど」
「実際に怪塵をどうこうできるわけじゃないだろうが、たしかにそう聞くとやってみたくなるな」
感心する村人達。村長が代表して訊ねる。
「アイム様、うちの村でも像を設置していいですか?」
「あーもう、好きにせい」
諦め顔で酒を飲むアイム。第三大陸にだけ許してここでは禁じるというのも不公平な話だろう。仕方ないと自分に言い聞かせる。
「お許しが出た。頼むぞズウラ」
「任せとけ」
「おねえさん、そのゾウはどのくらいあればいいの?」
「えっ? う~ん……海辺だけでなく色んなところにあったから、たくさんかな? 他のものに興味が無いのかなって思うくらいユニティ像ばかり彫っていて……」
「本当にアイム様を慕っておるのですな」
「はい。だから彼がいる間は毎日……」
「毎日?」
急にまた声をすぼめるニャーン。こころなしか疲れたような表情。いや、明らかに疲労している。思い出すだけでげっそりしてしまうことがあったらしい。
それは何か? テアドラスの人々は話の続きを待った。
しばらくして、ようやく語られる事実。
それは──
「毎日、お祭りが続くんです……」
ドンドコドンドコ、ドコドコドコドコ。
ドンドコドンドコ、ドコドコドコドコ。
ドットットットッ、パゥーーーーワッ。
ヒーーーッ!
──そんな素っ頓狂な音色で意識が覚醒し、ベッドの上で身を起こすニャーン。寝不足なため何度も指で目を擦る。
ここは第三大陸。広大な砂漠に小さな集落が点在し、アイムを熱狂的に信奉する人々が暮らす大地。
「今日もお祭りなんですね……」
「ワシがおる間は常にこうじゃ、そこは諦めい」
アイムも今しがた目覚めた。あくびをしながら体を伸ばす。相変わらず着替えることをせず、いつもの格好のまま寝ていたようだ。寝苦しくないのかなと毎朝思う。
「着替えます」
ニャーンが言うと、
「おう」
そう言って歩き出すアイム。人間は着替えを見られるのを嫌う。特に若い娘は。十八の少女との旅が続くうち、彼も多少の気遣いを覚えた。
外へ出ると歓声。いつものこと。何故飽きないのかと不思議ではある。
「アイム様のお目覚めじゃ!」
杖を振り上げる長老。
「おはようございます、アイム様! ハッ! ハッ! ハッ! ハッ!」
歌い、踊りながら挨拶する巫女達。今日もキレが良い。
「野郎共、女衆に負けるな!」
「プワーッ!」
太鼓を打ち鳴らし、笛を吹く男衆。皆、ものすごく晴れやかな笑顔。
逆にアイムの表情は優れない。彼はこの大陸の民が苦手なのだ。
「相変わらずやかましい……」
「アイム様、あれを! あれをお見せください!」
長老にせがまれた彼は渋々ながらもカバンに手を突っ込む。見せるまでは何度でも頼み込まれるのでさっさと済ませてしまった方がいい。
そんなわけで虹の尾羽根を掲げた。大昔、黄金時計の塔という場所を登って手に入れて来たもの。
歓声はさらに大きくなる。昨日も一昨日も同じことをしたし、ここを訪れるたびに毎日繰り返しているのに日増しに熱狂は高まるばかり。
「虹の尾羽根じゃああああああああああああああああああああああああっ!」
「アイム様あっ!!」
「我等が英雄! 第三大陸の救い主!」
「きゃー! こっち向いてー!!」
「ありがたやー!」
「拝むな」
本当にここは苦手だ。とはいえ彼等に悪意は無く、単純に慕われてしまった結果なので是正は求め辛い。
第三大陸はどこへ行っても同じである。普段は慎ましやかに暮らしているそうなのだが、そんな姿は一度も見たことが無い。
直後、ぽつぽつと雨が降り出した。虹の尾羽根の効果だ。これを天に向かって掲げると周辺一帯に雨が降る。気象調整装置とやらに命令が入力されているらしい。羽根をくれた相手がそう言っていた。
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!」
「ああああああああああああああああああああああああああっ!!」
「奇跡の再現じゃあああああああああああああああああっ!」
感動にむせび泣く民衆。七百年前、この第三大陸は怪塵被害でなく大旱魃によって滅びかけた。それを救ったのがアイムであり虹の尾羽根。だから彼等は熱狂的なアイム信者と化したのである。
(まさか七百年経っても熱が冷めんとは……)
最初の頃、いつかは飽きて忘れるだろうと考え放置してしまった。今では後悔している。あの当時に諫めておけば良かった。
「まあ、話が早いから今回はええか……」
ニャーンの紹介は済んでいる。彼女の能力についても説明したのだが、村の者達は簡単に受け入れてくれた。アイム・ユニティが味方だと言っている。それで彼等には必要十分だったのだ。
では何故まだ滞在しているのかと言うと、理由は二つある。
一つは彼等の気性。第三大陸の民はとにかく自分をもてなさないと気が済まないらしい。最低でも一昼夜は滞在してくれと毎度せがまれる。もちろんどこかで怪物が発生して処理に向かわなければならない時は断って行くが、幸か不幸か今はどこにも怪物の気配を感じない。ゆっくりしていていいわけだ。
もう一つは、もちろんニャーンを鍛えるため。第三大陸は七百年前の旱魃以来全体的に砂漠化しており、そのおかげで怪物の発生率は低い。第一大陸の荒野、第二大陸の海原と同じで塵を留める障害物が少なく、絶えず吹く風により怪塵が洗い流される。反面、自然環境の過酷さでは七大陸で一・二を争う。
あの娘が怪物と対峙しても身を守れることは第二大陸で証明された。もちろんまだまだ危なっかしいが、今後どう戦っていくべきかという方向性は定まった。あとはそれに沿う形で能力を伸ばしていけばいい。砂漠という環境は彼女の成長に対し著しい影響を与えるはずである。
「お待たせしました」
ようやく着替えて出て来るニャーン。今日これからすることを憂いているらしく陰鬱な表情。あるいは単に疲れているか。昨日も一日中村人達に引っ張り回されていた。白い肌の娘は珍しく、男達からもよく話しかけられる。
ここは砂漠に点在するオアシスの一つ。第三大陸の民はこういう貴重な水場の周囲に村や街を築く。人口四百人ほどのこの集落にはおとといの夜に辿り着き、昨日一日滞在した。村民達は名残惜しそうだが、自分達のわがままでアイムを長く引き留めることも良しとはしない。
現在進行形で続いている踊りと演奏は別れの儀式。最後に朝食を共にしたら次の目的地へ向けて出発する。
ただし、別々に。
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