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二章【雨に打たれてなお歩み】
暗雲の向こう側
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世界には七つの大陸があり、それぞれに異なる特色を持つと言う。凍えるような寒さの第七大陸。岩と砂ばかりの第三大陸。中央で二つに割れ、巨大な崖により東西が別たれた第一大陸。
ここ第六大陸は別名「雨の大陸」とも呼ばれる。遠い昔に生まれた「祝福されし者」が今も生きていて、雨雲を制御し定期的に各地へ雨を降らせるから。その降雨が怪塵を洗い流すことから被害は他のどの大陸よりも少ないそうだ。
もっとも、真偽は不明。本当は他の地域より酷いのかもしれない。知りたくとも真実を知る術は無い。
この大陸では教会が頂点。誰も神の威光には逆らえない。各国の王達でさえ同じ。神を敬うことを強制され、その代弁者を名乗る教主の言葉に従わなければならない。
戦争を繰り返すのは鬱屈しているから。しかも教会はそれを止めない。手軽な人口調整だとでも思っているのかもしれない。
(くだらないわ)
赤い髪。寝起きでまだ櫛も通していないそれの間から、明るい茶色の瞳が空を見上げる。外は今日も雨。これで五日連続、憂鬱な気分。外へ出なくていいことだけは救い。日課の掃き掃除も雨が降ったら必要無くなる。
掃除、洗濯、炊事、勉強、お祈り。毎日同じことの繰り返し。苦痛ではない、ルールは好きだ。社会を維持するため、ある程度の規範は必要。
ただし、人という生き物はがんじがらめにされるべきではない。自由を完全に奪われてしまったら、生きる意味さえ失われる。人は奴隷になるために生まれて来るわけじゃない。誰も歯を食いしばって耐え続けるために生きていたりはしない。
忍耐は大切、寛容さは美徳。
そして、楽しむことも重要。
矛盾だ。でも、それが人間。
雨は降り止まない。ここ二十年ほど天気がおかしいと大人達は言う。きっと、この雨を降らせている祝福されし者が老いておかしくなってしまったのだ。雨が全く降らず枯れてしまう畑があれば、その逆に水没した村もある。
なのに教会は言う。全て神の思し召し。そうなる運命だったのだと。試練と思って耐え続けなさい。いつか必ず、その忍耐は報われます。
(本当にくだらない)
泣きそうになる。弱者にばかり忍従を強いる仕組みなどいらない。けれど自分にはまだそれを変える力が無い。何故よりにもよって「アイツ」にそれが与えられた? どうして欲する者でなく、あの臆病者に?
(駄目ね、心がささくれ立ってる)
悪い癖。人を見下し攻撃的になる。矯正したいとは思ってるけれど、生来の性分なのでそう簡単には治らない。
ベッドを見る。二つ並んだその片方は今も空いたまま。アイツが逃げてしまってから隣に誰もやって来ない。
まあ、いいことか。だって、ここは──
「あっ」
唐突に雨が止んだ。雲の切れ間から一筋の光が差し込む。荘厳な光景に魅入っていると、雨宿りしていた鳥がすぐそこの庇の下から羽ばたき、光の向こうへ飛び去って行った。
その姿にまた、かつてのルームメイトを思い出す。
「元気にしてる?」
無事だろうか? ひもじい思いはしていないか? 悪人に捕まったり騙されてしまってはいないか? 四歳も年上なのに危なっかしくて目を離せなかった。誰か良い人が彼女を見つけて保護してくれているよう切に願う。
もちろん難しい話だとはわかる。世の中は善人ばかりではないし、彼女自身あんな力に目覚めてしまったのだから。きっともう死んでいる。いや、死ぬより酷い目に遭っているのかもしれない。
(アタシなら良かったのに……)
力が欲しい。社会に変革を起こすことのできる大きな力。弱者が虐げられず、理不尽に対し忍従せず、誰しもが平等に幸せになる権利を持つ。そんな世界を作りたい。
不可能に近い夢物語だとしても、誰かがその夢を追いかけなければ、永久に叶うことは無い。
「生きて……生きてなさいよ、馬鹿」
いつか世界が変わるまで、自分が社会を変えるまで。何年先、何十年先になるかはまだわからない。けれど、その時が来たらきっと彼女も幸せになれる。元々そのために始めたこと。叶わぬうちに終わらせないで欲しい。
「まあ、いつだって能天気だったし、今も案外そうかもだけど」
ふっと笑った彼女は、いつものように僧服に着替え始めた。今日もまた勤めを果たさなければならない。自分と仲間達のために。
第六大陸は最も怪塵被害の少ない土地だと言われている。真偽は知らない。他の大陸は本当にもっと危険な場所ばかりなのかもしれない。自分達は恵まれているのかも。
だとしても、やはりここにだって余裕は無い。皆で力を合わせなければ生き残ることは難しい。
(強くならなきゃ……)
もっと賢く、もっと逞しく、もっと自分に厳しくなりたい。理想を実現するには大きな力がいる。彼女のように偶然手に入れられるなんて、そんな甘い考えは持たない。期待を募らせるより努力を重ねた方が良い。確実だから。仮に運に恵まれたとして、体力や知識が無駄になるわけじゃない。
部屋から出る直前、ドアを飾るリースを見つめた。元は花冠だった物。乾燥させて転用した。
これをくれた友の顔を思い浮かべ、そっと触れる。やはりいつもの日課だから。
「帰って来なさい、ニャーン」
恐れなくていい。自分達はいつだって、あなたの帰りを待っている。
ここ第六大陸は別名「雨の大陸」とも呼ばれる。遠い昔に生まれた「祝福されし者」が今も生きていて、雨雲を制御し定期的に各地へ雨を降らせるから。その降雨が怪塵を洗い流すことから被害は他のどの大陸よりも少ないそうだ。
もっとも、真偽は不明。本当は他の地域より酷いのかもしれない。知りたくとも真実を知る術は無い。
この大陸では教会が頂点。誰も神の威光には逆らえない。各国の王達でさえ同じ。神を敬うことを強制され、その代弁者を名乗る教主の言葉に従わなければならない。
戦争を繰り返すのは鬱屈しているから。しかも教会はそれを止めない。手軽な人口調整だとでも思っているのかもしれない。
(くだらないわ)
赤い髪。寝起きでまだ櫛も通していないそれの間から、明るい茶色の瞳が空を見上げる。外は今日も雨。これで五日連続、憂鬱な気分。外へ出なくていいことだけは救い。日課の掃き掃除も雨が降ったら必要無くなる。
掃除、洗濯、炊事、勉強、お祈り。毎日同じことの繰り返し。苦痛ではない、ルールは好きだ。社会を維持するため、ある程度の規範は必要。
ただし、人という生き物はがんじがらめにされるべきではない。自由を完全に奪われてしまったら、生きる意味さえ失われる。人は奴隷になるために生まれて来るわけじゃない。誰も歯を食いしばって耐え続けるために生きていたりはしない。
忍耐は大切、寛容さは美徳。
そして、楽しむことも重要。
矛盾だ。でも、それが人間。
雨は降り止まない。ここ二十年ほど天気がおかしいと大人達は言う。きっと、この雨を降らせている祝福されし者が老いておかしくなってしまったのだ。雨が全く降らず枯れてしまう畑があれば、その逆に水没した村もある。
なのに教会は言う。全て神の思し召し。そうなる運命だったのだと。試練と思って耐え続けなさい。いつか必ず、その忍耐は報われます。
(本当にくだらない)
泣きそうになる。弱者にばかり忍従を強いる仕組みなどいらない。けれど自分にはまだそれを変える力が無い。何故よりにもよって「アイツ」にそれが与えられた? どうして欲する者でなく、あの臆病者に?
(駄目ね、心がささくれ立ってる)
悪い癖。人を見下し攻撃的になる。矯正したいとは思ってるけれど、生来の性分なのでそう簡単には治らない。
ベッドを見る。二つ並んだその片方は今も空いたまま。アイツが逃げてしまってから隣に誰もやって来ない。
まあ、いいことか。だって、ここは──
「あっ」
唐突に雨が止んだ。雲の切れ間から一筋の光が差し込む。荘厳な光景に魅入っていると、雨宿りしていた鳥がすぐそこの庇の下から羽ばたき、光の向こうへ飛び去って行った。
その姿にまた、かつてのルームメイトを思い出す。
「元気にしてる?」
無事だろうか? ひもじい思いはしていないか? 悪人に捕まったり騙されてしまってはいないか? 四歳も年上なのに危なっかしくて目を離せなかった。誰か良い人が彼女を見つけて保護してくれているよう切に願う。
もちろん難しい話だとはわかる。世の中は善人ばかりではないし、彼女自身あんな力に目覚めてしまったのだから。きっともう死んでいる。いや、死ぬより酷い目に遭っているのかもしれない。
(アタシなら良かったのに……)
力が欲しい。社会に変革を起こすことのできる大きな力。弱者が虐げられず、理不尽に対し忍従せず、誰しもが平等に幸せになる権利を持つ。そんな世界を作りたい。
不可能に近い夢物語だとしても、誰かがその夢を追いかけなければ、永久に叶うことは無い。
「生きて……生きてなさいよ、馬鹿」
いつか世界が変わるまで、自分が社会を変えるまで。何年先、何十年先になるかはまだわからない。けれど、その時が来たらきっと彼女も幸せになれる。元々そのために始めたこと。叶わぬうちに終わらせないで欲しい。
「まあ、いつだって能天気だったし、今も案外そうかもだけど」
ふっと笑った彼女は、いつものように僧服に着替え始めた。今日もまた勤めを果たさなければならない。自分と仲間達のために。
第六大陸は最も怪塵被害の少ない土地だと言われている。真偽は知らない。他の大陸は本当にもっと危険な場所ばかりなのかもしれない。自分達は恵まれているのかも。
だとしても、やはりここにだって余裕は無い。皆で力を合わせなければ生き残ることは難しい。
(強くならなきゃ……)
もっと賢く、もっと逞しく、もっと自分に厳しくなりたい。理想を実現するには大きな力がいる。彼女のように偶然手に入れられるなんて、そんな甘い考えは持たない。期待を募らせるより努力を重ねた方が良い。確実だから。仮に運に恵まれたとして、体力や知識が無駄になるわけじゃない。
部屋から出る直前、ドアを飾るリースを見つめた。元は花冠だった物。乾燥させて転用した。
これをくれた友の顔を思い浮かべ、そっと触れる。やはりいつもの日課だから。
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