ワールド・スイーパー

秋谷イル

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一章【災禍操るポンコツ娘】

力と力(2)

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 グレンもまた闘争の日々により培った直感で危険を感じ取る。
「遅いっ!!」
 アイムが何をするつもりだとしても何もさせなければいい。動き出す前に先んじて攻撃を仕掛ける彼。無数の光線が多方向からアイムとその背後のニャーンを襲う。

 ところが全て弾かれてしまう、漆黒の獣毛に。

「なっ──」
 突然、巨大な狼の頭が現れた。頭だけ。その付け根、本来首があるはずの位置には少年の姿のままのアイム。
 それは三十年前、グレンと引き分けた彼が次を想定して開発を進めた新たな技。一枚の紙の裏表、両立することなどできないはずの己の二つの肉体を一瞬一部に限り同時にこの世界へ顕現させ大小一体で繰り出す第四の武技。

「対神・重牙アイメル!」

 光線を弾き散らした後、右腕が変化していた巨狼の頭は瞬時に消えた。代わりに今度は左足が変貌を遂げて大地を蹴る。
「ぎゃあっ!?」
 爆風で大量の粉塵と共に吹き飛ぶニャーン。大地を爪によって抉りつつ、アイムは想像を絶する速度でグレンとの間合いを詰めた。巨狼の脚力に加えて物理的にリーチが増したことによる超高速移動。短距離であらばグレンの全力にすら拮抗しうる。
「切り裂け!」
 再び旋回する光の刃で迎え撃つグレン。ところがアイムは強引に突っ切った。かわしたわけではない。全身に無数の切り傷が生まれたものの致命傷は一つも無し。瞬間的に獣毛で全身を覆って防御した。今の彼は人の姿のまま巨狼の耐久力を併せ持つ。
 そして、ついにその右腕がグレンの左肘を掴んだ。
 しばし、その姿勢のまま睨み合う両雄。
「ようやく……ようやくじゃ。ようやく、この状態へ持ち込めたぞ」
「……」
 グレンは覚悟を決める。この先で何が起こるかは承知済み。これが三十年前、彼を最も苦しめた技だから。

 蛇咬。

「さあ、本番じゃ!」
「ぐうっ!?」
 激痛で歪む表情。人間離れした握力が一瞬で肘を破壊した。なのに、それでもアイムは手を離さない。掴んだままグレンを引き寄せ、あるいは自分をグレンに引きつけ密着するような至近距離から打撃を見舞う。
 これが蛇咬。相手の肉体の一部を超握力で掴み、敵を逃がさず、超至近距離で捨て身の肉弾戦を行う。強敵相手にしか用いないアイムの切り札。
「くっ!?」
 無論グレンとて反撃する。このために長年努力してきた。剣の達人や野生の獣を相手に白兵戦の訓練を積み重ねたのだ。
 まずは肘を掴んでいる右手へ攻撃。ところがアイムはそれを先読みして獣毛で防御した。そして強引に引き寄せられ、右膝を蹴り砕かれる。
「ッ!?」
 この脚ではたとえ腕を振り解いても逃げられない。そう悟ると同時に、それでも多方向から光の刃を走らせるグレン。ところがアイムは全身に目があるかのごとく刃と刃の間をすり抜けてしまう。まさに蛇を思わせる柔軟な動き。
 やはり、たかが三十年で千年に並ぶことは難しい。前回の戦いでは一度も見せたことのない技を立て続けに見舞って一時だけ差を埋め合わせた。今回もそうしようと思っていた。そもそもここまで接近させてはいけない、それが三十年前の戦いで得た教訓。
 だが──
(当たらん!)
 動きがあの時と違い過ぎる。三十年前には向こうにもぎこちなさがあった。まだ新しい技に慣れていなかったのだ。しかしやはり、向こうもこの三十年で習熟して来た。どんな攻撃を繰り出しても引き剥がせない。
 経験豊かなアイムは油断もしない。無駄に力んで動きを淀ませたりもしない。次の瞬間、グレンは大蛇に絡まれる己の姿を幻視した。
「フンッ!!」
「ぐうっ!?」

 鳩尾に拳がめり込む。触れ合うほど近い距離からなのに、なんという重い一撃。
 けれどもグレンは意地で体を動かし、なおも反撃。

「ッ!?」
 頬を切り裂かれ、驚きながらも自然にカウンターを繰り出し、掌底でアゴをかち上げるアイム。意識が飛びかけたところへさらに足払い。グレンの体が宙に浮く。
「死ぬなよ」
 胸に肘をぶつけ、そのまま全身の捻りを加えながら加速し地面に叩きつけた。
「がっ……は……!?」
 血を吐くグレン。精霊と同化した状態の彼は人間離れした速度で動ける。しかし肉体が頑強になるわけではない。致命傷を受ければ即死もありうる。
 けれど、これで敗北かと思われた瞬間、彼は予想外の行動に出た。なんと光の刃を振り下ろしたのだ、自分めがけて。
「むっ!?」
 寸前でかわすアイム。中間にある彼の首も危うく刈られかけた。読み逃した一手だったため首筋に浅く鋭利な傷が走る。
 外した。だが問題無い。グレンの狙いはもう一つ。
「しまっ──」
 彼は自分の腕を切断した。そうしてアイムの手から逃れた途端、凄まじい速度で後退し距離を取る。ここまで引き離されるとまた迂闊には飛び込めない。
 油断はしていなかったが、それでも一手グレンが読み勝った。やはり彼も英雄。形勢は再び逆転する。
(しくじった……この間合い、奴は一瞬で詰めて来るが、ニャーンの方を狙われた場合にこれ以上踏み込んでおると、ワシは戻るのが間に合わぬ。重牙も三度見せた、次は確実に対策を講じて来る)
 蛇咬への対処法もあらかじめ決めてあったのだろう。だから迷いが無かった。殴られたのは油断させて隙を突くため。追い込んだつもりが罠に誘い込まれていた。
 考えている間にも、星獣たるアイムの首の傷は完全に治癒する。
 そしてグレンも──

「う、腕が……」
「切り落とした腕が光になって、グレン様の元に戻った……」
「完全に戻っちまったぞ」

 驚く民衆。グレンがダメージを受ける姿自体、多くは見たことがない。だから再生力についても知らなかったのだろう。
「本当に厄介な能力じゃ」
 精霊と同化している間もグレンの肉体の強度は常人並。だが耐久力は異なる。あの状態の彼は致命傷を与えない限り瞬く間に再生してしまう。人の身でありながらアイムと同等の力を持つと言われるのは、それが理由でもあるのだ。
(オマケに昔より速い。三十年分積み増した戦闘経験のおかげで限界速度が上がっておる。今のあやつは考えず無意識に身体が動くのだろう。肉体が最適解を覚えたことで思考せず能力を使用できるのだ。先読みの力も上がっとる)
 昔のままなら初手で決められていた。檻に閉じ込め動きを制限した状態で一気に決着をつける。そういう作戦で、そして失敗した。ニャーンの責任ではない。彼女は何一つしくじっていない。あれは自分の判断ミス。
(さて、どうする?)
 なかなか動き出そうとしないグレン。アイムの方も迂闊に動けない状況。予想される次の一手は──

(やはり!)

 次の瞬間グレンは空高く飛翔した。太陽を背負った彼の姿が、その太陽以上に眩い光輝を放つ。
「そう来るわな!」
 急いでニャーンの元に戻るアイム。いよいよ本気になった。グレンも最初に判断ミスをしたのだ。アイム・ユニティを相手に格闘戦を挑むなど愚の骨頂。そもそも彼の真骨頂はそこに無い。
「身を守れ、全力でだ!」
「は、はいっ!!」
 グレンの能力を知るアイムは事前に入念に打ち合わせしておいた。おかげで瞬時に何が起こるか悟ったニャーンは素早く自身を翼で包み、さらに数枚の壁を形成する。アイムもその壁の裏へ逃げ込んだ。

「まとめて消えろ」

 生半可な火力ではアイムの守りを突破できない。ニャーンの翼も堅い。しかし最大火力、しかも数秒間継続する攻撃ならどうだ? おそらく「重牙」は瞬間的にしか発動できないはず。
 これなら倒せる。そう確信して全力の一撃を放つグレン。爆発的に膨れ上がる光。空中から極太の光線が放たれる。まっすぐニャーン達の立つ場所へ突き刺さるそれ。次の瞬間には視界の全てが真っ白に塗り潰され、荒野に第二の太陽が出現した。
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