ワールド・スイーパー

秋谷イル

文字の大きさ
上 下
16 / 136
一章【災禍操るポンコツ娘】

心の翼(2)

しおりを挟む
『ほう』
「おぉっ!」
 瞠目する男二人。ドームを形成していた怪塵が形を変えて翼になった。すぐさま大きく羽ばたき、少女を宙に持ち上げ飛翔させる。
「うううううううううううっ!」
 開けた場所ではない。当然狭い隙間を強引に突っ切ることで枝葉が顔に当たった。腕を交差させてガードしつつ、なんとか木々よりも上へ舞い上がるニャーン。剥き出しの顔は小さな傷だらけ。涙ぐんだが泣くのは我慢する。
 すかさず下から矢が飛んで来た。感動しつつもビサックはしっかり試験官としての役割を果たそうとしている。彼女は彼に尊敬の念を抱いた。彼は本当にすごい。神の祝福だけじゃなく、自分の持つ全ての能力を使って本気で相手をしてくれた。こちらは完全に翻弄されるばかり。これが命の奪い合いならすでに何度も殺されている。
 でも勝利条件は彼の捕獲。だからニャーンは閃いた。とても単純で馬鹿馬鹿しい、でも彼女にしかできない方法を。

「うああああああああああああああああああああああああああああああああっ!」

 吠える。別に力の発動に必要な行為ではない。けれど腹の底から湧き出して来た感情をそのまま声に変えて迸らせた。
 途端、下から飛んで来た矢が空中で破裂する。ニャーンには届かない。
 盾を作った? 違う。
 ドームを作った? その通り。
 けれど規模が桁違い。これには流石のアイムも度肝を抜かれた。

「なん、じゃと……」

 ニャーンはたしかにビサックを捕まえた。彼の周囲、半径三十mほどの空間ごと怪塵のドームでフタをして。

「はぁ……はぁ……」

 ニャーン自身も驚いた。まさか、こんなに大量の怪塵を同時に操れるとは自分でも想像していなかった。そして、世界にはこんなにもこの赤い塵が散在しているのだという事実に再び身体が震えた。
 ぽつぽつと、また思っていることが自然に口をついて出る。

「わた、わたし、は……呪われているのかも、しれない……しれません……」

 でも、

「生きたい! 生きていたいです! 今はまだ何も無いけど、夢とか目標を持って、努力して叶えて! 他の皆がしているみたいに、ちゃんと生きたい!」

 貧しいからって、親が子を捨てるなんて間違ってる。一番正しいのかもしれないけれど、一度も会ったことが無い神様に何もかも従わなければいけないのは何故?
 そんなの嫌。自由に生きたい。自分以外の誰かに選択を委ねたくない。
 その上で、誰にでも胸を張って生きられるようになりたい。こんな呪われた力を負い目に感じなくて済むようなことがしたい。
 たとえばそう、世界を救うとか。

「ユニティ、だめですか!? これでも私、だめですか? やっぱり、相手をやっつけられなくちゃ不合格なんですかっ!?」
 昨日ビサックを捕え損ねた時の彼の失望した表情を思い出し、不安に下唇を噛みながら答えを待つ。
 すると彼女の作り出したドームを小さな影が強引に突破してきた。いとも容易く風穴を空けてさらに上昇し、どういうわけか眼前で空中に立つ。どころか椅子に座るような姿でくつろぎ始めた。
「えっ!? ど、どうやって……」
「やはりな。向こうが透けて見える時点でそうだと思ったが、薄く大きく広げ過ぎて強度が足りん。それに怪塵で作ったものの硬さには、お主の思い描いたイメージも反映されているようだ。こないだバイシャネイルの連中に翼を射抜かれていただろう。あれは鳥の羽は柔らかいものという固定観念のせい。逆に盾は具体的に硬さを想像できる。だからこそ獣の爪も防げる。なら話は簡単だ、もっと想像力を磨け。知識も身に着けろ。そうすればこの壁も頑丈にできる。ワシでも突破できんほどに」
「は、はい……」
 怒涛の勢いで駄目出しされ、しゅんと落ち込むニャーン。翼はそれでもバサバサ力強く羽ばたいており、若干シュールな光景。
 でも、少し間を置いてから気付く。
「あれ……? それって……まだ、チャンスはあるってことですか……?」
「これで終いだなどとは最初から言うとらん。まあ、初めてにしては悪くない。問題点を見つけたなら、これから一つ一つ克服していけばええんじゃ。
 合格ということにしといてやる、特別にな。脆いとはいえビサックの力でこの壁を破るのは至難の業じゃろうし、条件は一応満たしておる。わかったら風呂にでも──」
「ありがとうございます!」
 喜びのあまり、思わず抱き着いてしまうニャーン。アイムは見る間に青ざめ、さらには目を白黒させる羽目になった。
「くっ、くっさあっ!?」
「あっ!? そういえば私、泥だらけでしたっ」
「離れろ! ワシは人間より遥かに鼻が利くんじゃ! 正直この訓練中ずっと辛かったんだぞ! 殺す気か悪臭娘!」
「あっ、あくしゅう……!? 乙女に向かってなんて言い草です! そもそも私が臭いのは貴方がやらせたその訓練のせいでしょう! 訂正してください!」
「いいから離れい! げっ、ワシの服にまで泥が!? ビ、ビサック! こやつをどうにかしてくれ!」
 アイムが呼びかけると、いつの間にか近くの木のてっぺんまで登って来ていたビサックは愉快そうに笑う。
「やあ、今のはアイム様が悪い。オイラ言っただろ、アンタも年頃の子との付き合い方を学ぶべきだってな。いい機会だから一緒に風呂でも入ったらどうだ?」
「こ、混浴なんて嫌です! はしたない!」
「そうじゃ! そもそもワシは一人でゆっくり浸かりたい派じゃ!」
「初めて聞いたぞ。いつもオイラや動物達と一緒に入っとるじゃないか?」
「んなこた今はどうでもええわい! ともかく、この鼻の曲がるニオイの元凶をどうにかせい! 臭すぎて敵わん!!」
「またっ!? いいかげんにしてください、そんなに言うんだったら貴方も悪臭男になればいいんですよ、このっ!」
 ニャーンは服についた泥を手ですくいとり、アイムの顔に近付けた。

「ちょ、おま、顔はやめっ──ギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!?」
「あははははははははっ!」

 森に木霊する英雄の悲鳴。泥まみれ悪臭まみれの少女はそんな彼を見つめ、心の底から楽しそうに笑った。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

神様に嫌われた神官でしたが、高位神に愛されました

土広真丘
ファンタジー
神と交信する力を持つ者が生まれる国、ミレニアム帝国。 神官としての力が弱いアマーリエは、両親から疎まれていた。 追い討ちをかけるように神にも拒絶され、両親は妹のみを溺愛し、妹の婚約者には無能と罵倒される日々。 居場所も立場もない中、アマーリエが出会ったのは、紅蓮の炎を操る青年だった。 小説家になろうでも公開しています。 2025年1月18日、内容を一部修正しました。

当て馬悪役令息のツッコミ属性が強すぎて、物語の仕事を全くしないんですが?!

犬丸大福
ファンタジー
ユーディリア・エアトルは母親からの折檻を受け、そのまま意識を失った。 そして夢をみた。 日本で暮らし、平々凡々な日々の中、友人が命を捧げるんじゃないかと思うほどハマっている漫画の推しの顔。 その顔を見て目が覚めた。 なんと自分はこのまま行けば破滅まっしぐらな友人の最推し、当て馬悪役令息であるエミリオ・エアトルの双子の妹ユーディリア・エアトルである事に気がついたのだった。 数ある作品の中から、読んでいただきありがとうございます。 幼少期、最初はツラい状況が続きます。 作者都合のゆるふわご都合設定です。 1日1話更新目指してます。 エール、お気に入り登録、いいね、コメント、しおり、とても励みになります。 お楽しみ頂けたら幸いです。 *************** 2024年6月25日 お気に入り登録100人達成 ありがとうございます! 100人になるまで見捨てずに居て下さった99人の皆様にも感謝を!! 2024年9月9日  お気に入り登録200人達成 感謝感謝でございます! 200人になるまで見捨てずに居て下さった皆様にもこれからも見守っていただける物語を!! 2025年1月6日  お気に入り登録300人達成 感涙に咽び泣いております! ここまで見捨てずに読んで下さった皆様、頑張って書ききる所存でございます!これからもどうぞよろしくお願いいたします!

ボッチの少女は、精霊の加護をもらいました

星名 七緒
ファンタジー
身寄りのない少女が、異世界に飛ばされてしまいます。異世界でいろいろな人と出会い、料理を通して交流していくお話です。異世界で幸せを探して、がんばって生きていきます。

無職で何が悪い!

アタラクシア
ファンタジー
今いるこの世界の隣に『ネリオミア』という世界がある。魔法が一般的に使え、魔物と呼ばれる人間に仇をなす生物がそこら辺を歩いているような世界。これはそんな世界でのお話――。 消えた父親を追って世界を旅している少女「ヘキオン」は、いつものように魔物の素材を売ってお金を貯めていた。 ある日普通ならいないはずのウルフロードにヘキオンは襲われてしまう。そこに現れたのは木の棒を持った謎の男。熟練の冒険者でも倒すのに一苦労するほど強いウルフロードを一撃で倒したその男の名は「カエデ」という。 ひょんなことから一緒に冒険することになったヘキオンとカエデは、様々な所を冒険することになる。そしてヘキオンの父親への真相も徐々に明らかになってゆく――。 毎日8時半更新中!

聖女の妹は無能ですが、幸せなので今更代われと言われても困ります!

ユウ
ファンタジー
侯爵令嬢のサーシャは平凡な令嬢だった。 姉は国一番の美女で、才色兼備で聖女と謡われる存在。 対する妹のサーシャは姉とは月スッポンだった。 能力も乏しく、学問の才能もない無能。 侯爵家の出来損ないで社交界でも馬鹿にされ憐れみの視線を向けられ完璧を望む姉にも叱られる日々だった。 人は皆何の才能もない哀れな令嬢と言われるのだが、領地で自由に育ち優しい婚約者とも仲睦まじく過ごしていた。 姉や他人が勝手に憐れんでいるだけでサーシャは実に自由だった。 そんな折姉のジャネットがサーシャを妬むようになり、聖女を変われと言い出すのだが――。

召喚勇者の餌として転生させられました

猫野美羽
ファンタジー
学生時代最後のゴールデンウィークを楽しむため、伊達冬馬(21)は高校生の従弟たち三人とキャンプ場へ向かっていた。 途中の山道で唐突に眩い光に包まれ、運転していた車が制御を失い、そのまま崖の下に転落して、冬馬は死んでしまう。 だが、魂のみの存在となった冬馬は異世界に転生させられることに。 「俺が死んだのはアイツらを勇者召喚した結果の巻き添えだった?」 しかも、冬馬の死を知った従弟や従妹たちが立腹し、勇者として働くことを拒否しているらしい。 「勇者を働かせるための餌として、俺を異世界に転生させるだと? ふざけんな!」 異世界の事情を聞き出して、あまりの不穏さと不便な生活状況を知り、ごねる冬馬に異世界の創造神は様々なスキルや特典を与えてくれた。 日本と同程度は難しいが、努力すれば快適に暮らせるだけのスキルを貰う。 「召喚魔法? いや、これネット通販だろ」 発動条件の等価交換は、大森林の素材をポイントに換えて異世界から物を召喚するーーいや、だからコレはネット通販! 日本製の便利な品物を通販で購入するため、冬馬はせっせと採取や狩猟に励む。 便利な魔法やスキルを駆使して、大森林と呼ばれる魔境暮らしを送ることになった冬馬がゆるいサバイバルありのスローライフを楽しむ、異世界転生ファンタジー。 ※カクヨムにも掲載中です

【完結】魔王様、溺愛しすぎです!

綾雅(ヤンデレ攻略対象、電子書籍化)
ファンタジー
「パパと結婚する!」  8万年近い長きにわたり、最強の名を冠する魔王。勇者を退け続ける彼の居城である『魔王城』の城門に、人族と思われる赤子が捨てられた。その子を拾った魔王は自ら育てると言い出し!? しかも溺愛しすぎて、周囲が大混乱!  拾われた子は幼女となり、やがて育て親を喜ばせる最強の一言を放った。魔王は素直にその言葉を受け止め、嫁にすると宣言する。  シリアスなようでコメディな軽いドタバタ喜劇(?)です。 【同時掲載】アルファポリス、カクヨム、エブリスタ、小説家になろう 【表紙イラスト】しょうが様(https://www.pixiv.net/users/291264) 挿絵★あり 【完結】2021/12/02 ※2022/08/16 第3回HJ小説大賞前期「小説家になろう」部門 一次審査通過 ※2021/12/16 第1回 一二三書房WEB小説大賞、一次審査通過 ※2021/12/03 「小説家になろう」ハイファンタジー日間94位 ※2021/08/16、「HJ小説大賞2021前期『小説家になろう』部門」一次選考通過作品 ※2020年8月「エブリスタ」ファンタジーカテゴリー1位(8/20〜24) ※2019年11月「ツギクル」第4回ツギクル大賞、最終選考作品 ※2019年10月「ノベルアップ+」第1回小説大賞、一次選考通過作品 ※2019年9月「マグネット」ヤンデレ特集掲載作品

処理中です...