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四章・愚者の悲喜劇
待ち伏せ
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アイズ達一行は砂漠を抜け、岩山を登り始めた。とはいえ、さほど高くまで上がる必要は無く、すぐにそれを見つけ出す。
金属の箱だ。一辺がリリティアの背丈より少し長いくらいの正方形。岩と岩の間に挟めてしっかり固定してある。
その箱に近付いて行くマジシャン。正面の扉に手をかけ、ふうと息を吐いた。
「ようやく本領発揮です」
「謙遜するな、砂漠で迷わずに済んだのもお前のおかげだ」
肩を叩くノウブル。マジシャンには自身の力で作り出した箱の位置がわかるのだ。
しかし当人は肩をすくめる。
「アイズ様がいれば平気でしたよ」
「行きの話だ。帰り道がわかるという安心感があった」
「そうそう、アイズ様が見つからなきゃ結局お前頼みだったんだし」
インパクトもバシバシ背中を叩く。マジシャンは悪い気はしないという風に照れ笑いを浮かべ、扉を開けた。
「では次の目的地へご案内しましょう。どうぞ、ここからお進み下さい」
◇
「わあっ……ぜんぜん違うところだ」
最初に箱をくぐったリリティアは、さっきまでいた場所と全く異なる冷たい湿気に驚かされた。山の中なのは変わらないが、今度のここは鬱蒼と木の茂る林の中。鳥や虫の声も聞こえる。
天士マジシャンの作り出す箱は内部の空間が繋がっており、大陸各地に設置しておけば距離を無視した移動が可能となる。
とはいえ制限もある。同時に出現させられる箱は十二個まで。さらに一度の転移で移動できる距離も無限ではない。だから彼は聖都から砂漠までの道中に六つの箱を設置せざるをえなかった。昨日の戦いで少数の箱しか使えなかった理由もそれ。
だが、この六つの箱をくぐり抜けてしまえば、そこはもう聖都。彼の能力があれば大陸南端から中央まで僅かな時間で辿り着ける。
「不思議だなあ……」
初めての体験に感動していると、背後から馬の嘶きが聞こえた。ウルジンが狭い出入口をくぐり抜けようと頑張っている。彼の尻を押しているインパクト達の声も聞こえた。
「こいつ、置いて行っちゃ駄目なんですか!?」
「可哀相だろう」
とはアイズの発言。彼女は先に箱から出て手綱を引いている。
「しかし、聖都では戦闘になる可能性が高い。彼だけでもどこかに預けておくのはありだと思います」
もっともらしい理由を捻り出すフルイド。
それでもアイズは頭を振る。
「リリティアが寂しがる」
「そうですか……」
「ブヒヒンッ」
自分を置いて行こうとする天士達に対し抗議の声を上げるウルジン。後ろ肢も跳ね上げて彼等を蹴ろうとした。
「あ、あぶなっ!?」
「相変わらず足癖悪いなこいつ!」
「ウルジン、やめろ。大丈夫だ、お前のことも連れて行く」
「ブルル……」
アイズに宥められると途端に大人しくなった。男女で態度の違いに差がありすぎる。
「クソ、なんか前より腹が立つな……」
「アイズ様とあの子に大事にされて調子に乗ってるね……」
「余計なことは言うな。また蹴られるぞ」
嘆息しつつ、ようやくウルジンを箱の向こうまで押し出すノウブル。黒馬は早速リリティアに駆け寄って行く。
「ウルジン、出られたね!」
「ヒヒンッ」
喜びの抱擁とそれを受け入れる黒馬。
一方、アイズはノウブルを見つめた。こちらも心配である。
「お前こそ通れるのか?」
「なんとかなる」
「すみません、これ以上大きい箱は出せなくて……」
謝るマジシャンと他の皆の前で、まず片足から突っ込む彼。驚くことにこの大男は巨体に見合わぬ柔軟性を駆使して、あっさり箱を通り抜けてしまった。
全員が通過したところで改めて周囲を見渡すアイズ。
「ここは、クシャニブラか」
「知ってるところ?」
耳ざといリリティアの問いかけには頷く。
「以前来たことがある。あの時はライトレイル隊と一緒だった」
天士ライトレイル――戦闘においては彼女やノウブルに次ぐ実力者。南部でアイリスの追跡を行っていた頃、彼女と共に行動していた。
「奴等とも聖都で合流する。先に向かっているだろう」
ノウブルは聖都から発った後、伝令を走らせて全ての天士に対し招集命令を出した。ここにいる五名と監禁中のブレイブを除いて二十三名。全員無事辿り着けているといいが。
「まあ、これで襲撃の心配は無くなりましたね」
「油断するな。連中の仲間が砂漠にしかいないとは限らん」
「あっ、そりゃそうか……」
少なくとも砂漠の追手は撒けたはず。アイズは、あの後も何者かに遠巻きに見られていることに気付いていた。手を出して来る素振りこそ無かったものの、間違いなく奴等の仲間は他にも存在する。
それにユニが背後にいるとすれば、こちらのように空間転移を活用していてもおかしくない。奴は異なる世界の間すら渡って来た放浪者だ。それを可能とする高度な知識や技術を有しているはず。
「大陸のどこにいても安心は出来んぞ」
「ああ、今この瞬間に捕捉されていてもおかしくない。今のところ周囲に気配は感じないが」
「さっさと移動しちまいましょう。あと四回箱をくぐれば――」
言いかけて顔を引きつらせるインパクト。フルイドも「考えないようにしていたのに……」と天を仰ぐ。
「が、がんばって」
「ヒヒン」
苦笑するリリティアの隣で、ウルジンも「仕方ねえなあ」とでも言いたげな表情で首を振った。
天士達はさらに四回、彼の尻を押したのである。
◇
そしてようやく、思わぬ苦労を経て一行は聖都オルトランドの前に到着した。最後の箱が設置されていた場所は郊外の森。周囲には発見されないよう草木を集めて作ったカモフラージュ。かつて天遣騎士団が降臨した丘も、この近くにある。
「あそこか……」
アイズは聖都を見た。彼女にとって周囲の木々など障害にならず、ここからでも全体像を見渡せる。
すると奇妙な感覚を覚えた。
クラリオと同様に高い壁で囲まれた都市。ノーラはあの街で育ち、アルトルも聖都で復活。アイズという存在が生まれた場所でもある。つまり故郷。にもかかわらず初めての場所としか思えない。
おそらく、自分の短い人生の大半があの壁の外にあったからだろう。なのに最後はまた壁の中へ戻るのだと思うと、なんとなく皮肉なものを感じた。
それとも生命は、必ず生まれた場所へ還るものなのだろうか?
「すっごい大きい……」
リリティアも木々の合間から都市の威容を確認し、息を呑む。クラリオ以上の大都市を前に田舎育ちの彼女は委縮させられた。
そんな彼女に説明するフルイド。
「ここは宗教上の聖地であると同時に大陸有数の都市なので、住民だけでなく巡礼者など常に多くの人間が出入りしています。位置的に重要な交易拠点でもあるんですよ」
隣で聞いていたアイズは、厄介な話だと解釈する。
「敵が待ち構えているとしたら、あの中だな……」
天士には共通の弱点がある。討つべき邪悪と判断するか、明確に敵対しない限りは人間を攻撃できない。逆に守らなければと考える。アルトルがそう刷り込んだからだ。彼女は自身の中の憎悪が人を脅かすことを恐れた。だから力を分け与えた彼等に対しても制限を設けたのである。
つまり、あの街で暮らす罪無き人々は足枷だ。心情的にも巻き込みたくない。その意識が確実にこちらの剣を鈍らせる。
何より――リリティアを見つめる彼女。少女は意図がわからず首を傾げたが、アリスの方は察したはずだ。あの大都市で彼女の殺意が暴走したら、またナルガルやクラリオの二の舞になる。
「どうしたの?」
「……いや」
頭を振って考えを改めた。アリスは以前にもあの街に潜入している。半年前の戦いまではクラリオでも理性を保ち続けていた。なら、きっと自分を保てる。そう信じよう。
そんなアイズの信頼を感じたのか、アリスも否定するため入れ替わったりはしなかった。
「なんにせよ、聖都を戦場にすることはまずい。基本的には隠密作戦でいこう。少数で潜入してブレイブの居場所を突き止め、発見次第即座に救出。極力戦闘を避けて脱出する」
聖都の外、ある程度離れた場所でなら戦闘に突入しても問題無い。言い方は悪いがブレイブは餌だ。無論、自分も。救出ついでに敵をあの街から引き離すために一役買ってもらう。
「ならば夜を待つか」
「ああ」
ノウブルの提案に同意する。自分達は目立つ。聖都に侵入して気付かれずに行動することは難しい。せめて夜になるのを待つべきだ。
「空から行ったら?」
と、提案したのはリリティア。彼女自身の発案か、それともアリスが当人にそうだと思わせず助言したのかわからないが、なるほど名案である。
「私なら闇夜に紛れられる」
「うん、それにアルバトロスさんの加護がある」
少女のその一言でインパクト達も手を打った。
「あっ、そうか。アルバトロス」
「彼の力なら目立たない」
アイズに宿った複数の加護の中で自在な飛行を可能とするものは二つ。天士クラウドキッカーの『靴』と天士アルバトロスの『翼』だ。
前者は地面の上で戦うのに近い感覚で空中戦が可能。そのため戦闘時に重宝している。しかし使用中に靴が発光する欠点があり、かなり目立つ。逆に後者は発光を伴わず静かに飛べる。闇に紛れて上空から降下すれば、まず人間には気付かれまい。
「なるほど、そこでマジシャンの箱も持って行けば」
「ああ、他の仲間も街の中へ引き入れられる。脱出時にも同じ箱を潜り抜けるだけでいい」
考え得る限りの最善策だ。ここからではまだブレイブの位置は特定できないものの、中に入ればわかるかもしれない。姿を見つけられずとも眼神の視線を遮る場所があればその中のどこかだと絞り込むことは可能だ。
インパクト達も頷く。
「いいと思います。街の連中を巻き込まずに済みそうだし」
「ええ」
「お役に立てそうで光栄です」
「名案だ、リリティア。ありがとう」
「へへ」
照れ笑いする少女。もちろんこの先で待つライトレイル達にも意見を求めるつもりだ。ひょっとしたらこちらがまだ掴んでいない情報を持っている可能性もある。それ次第では作戦の変更や調整が必要になるだろう。
ただ、おそらくこれで決定だと思う。生存している全天士の能力を考慮してなお、これより成功率の高い作戦は思いつかない。
「よし、行こう」
合流地点へと歩き出すノウブル。アイズ達もその背中に続く。
――しかし次の瞬間、彼とアイズは同時に振り返った。視線の先にいるのはマジシャン。
「避けろ!」
「え?」
驚いた表情のまま回転する彼。首だけが虚空をくるくると舞う。一瞬で何者かに斬首され、目が生気を失い始めた。
マジシャンを殺めた凶器は、さらにインパクトの首にも絡まる。そして肌を浅く切り裂いた瞬間、アイズの剣に断ち切られた。
「つうッ!?」
「伏せろ!」
腕を横薙ぎに振るノウブル。それだけで突風が生じ、敵の凶器を舞い上がらせた。空中に描かれる無数の光の軌跡。
細い桜色の糸――
「アイズ! ルインティの複製!」
アリスがリリティアと代わって警告する。アイズは目を見開き、最悪の事態に陥ったことを知った。
「馬鹿な……!」
「あら、やはり殿下にはわかってしまうのですね」
「失礼だよルイン。今の彼女は陛下だろ?」
今の今まで誰もいなかったはずの空間、少し離れた位置の楢の樹上に人影が二つ出現する。片方はアリスが良く知る少女で、もう片方はアイズ達のかつての同胞。
「アクター!」
「お久しぶりですアイズ副長。ノウブル副長と皆も、ようやく会えたね」
整った容姿だが、表情のせいでどこか人を食ったような雰囲気のその青年の名はアクター。六人目のアイリスと相打ちになり死んだと思わせ逃亡していた、天遣騎士団初の離反者。
そして裏切り者。
金属の箱だ。一辺がリリティアの背丈より少し長いくらいの正方形。岩と岩の間に挟めてしっかり固定してある。
その箱に近付いて行くマジシャン。正面の扉に手をかけ、ふうと息を吐いた。
「ようやく本領発揮です」
「謙遜するな、砂漠で迷わずに済んだのもお前のおかげだ」
肩を叩くノウブル。マジシャンには自身の力で作り出した箱の位置がわかるのだ。
しかし当人は肩をすくめる。
「アイズ様がいれば平気でしたよ」
「行きの話だ。帰り道がわかるという安心感があった」
「そうそう、アイズ様が見つからなきゃ結局お前頼みだったんだし」
インパクトもバシバシ背中を叩く。マジシャンは悪い気はしないという風に照れ笑いを浮かべ、扉を開けた。
「では次の目的地へご案内しましょう。どうぞ、ここからお進み下さい」
◇
「わあっ……ぜんぜん違うところだ」
最初に箱をくぐったリリティアは、さっきまでいた場所と全く異なる冷たい湿気に驚かされた。山の中なのは変わらないが、今度のここは鬱蒼と木の茂る林の中。鳥や虫の声も聞こえる。
天士マジシャンの作り出す箱は内部の空間が繋がっており、大陸各地に設置しておけば距離を無視した移動が可能となる。
とはいえ制限もある。同時に出現させられる箱は十二個まで。さらに一度の転移で移動できる距離も無限ではない。だから彼は聖都から砂漠までの道中に六つの箱を設置せざるをえなかった。昨日の戦いで少数の箱しか使えなかった理由もそれ。
だが、この六つの箱をくぐり抜けてしまえば、そこはもう聖都。彼の能力があれば大陸南端から中央まで僅かな時間で辿り着ける。
「不思議だなあ……」
初めての体験に感動していると、背後から馬の嘶きが聞こえた。ウルジンが狭い出入口をくぐり抜けようと頑張っている。彼の尻を押しているインパクト達の声も聞こえた。
「こいつ、置いて行っちゃ駄目なんですか!?」
「可哀相だろう」
とはアイズの発言。彼女は先に箱から出て手綱を引いている。
「しかし、聖都では戦闘になる可能性が高い。彼だけでもどこかに預けておくのはありだと思います」
もっともらしい理由を捻り出すフルイド。
それでもアイズは頭を振る。
「リリティアが寂しがる」
「そうですか……」
「ブヒヒンッ」
自分を置いて行こうとする天士達に対し抗議の声を上げるウルジン。後ろ肢も跳ね上げて彼等を蹴ろうとした。
「あ、あぶなっ!?」
「相変わらず足癖悪いなこいつ!」
「ウルジン、やめろ。大丈夫だ、お前のことも連れて行く」
「ブルル……」
アイズに宥められると途端に大人しくなった。男女で態度の違いに差がありすぎる。
「クソ、なんか前より腹が立つな……」
「アイズ様とあの子に大事にされて調子に乗ってるね……」
「余計なことは言うな。また蹴られるぞ」
嘆息しつつ、ようやくウルジンを箱の向こうまで押し出すノウブル。黒馬は早速リリティアに駆け寄って行く。
「ウルジン、出られたね!」
「ヒヒンッ」
喜びの抱擁とそれを受け入れる黒馬。
一方、アイズはノウブルを見つめた。こちらも心配である。
「お前こそ通れるのか?」
「なんとかなる」
「すみません、これ以上大きい箱は出せなくて……」
謝るマジシャンと他の皆の前で、まず片足から突っ込む彼。驚くことにこの大男は巨体に見合わぬ柔軟性を駆使して、あっさり箱を通り抜けてしまった。
全員が通過したところで改めて周囲を見渡すアイズ。
「ここは、クシャニブラか」
「知ってるところ?」
耳ざといリリティアの問いかけには頷く。
「以前来たことがある。あの時はライトレイル隊と一緒だった」
天士ライトレイル――戦闘においては彼女やノウブルに次ぐ実力者。南部でアイリスの追跡を行っていた頃、彼女と共に行動していた。
「奴等とも聖都で合流する。先に向かっているだろう」
ノウブルは聖都から発った後、伝令を走らせて全ての天士に対し招集命令を出した。ここにいる五名と監禁中のブレイブを除いて二十三名。全員無事辿り着けているといいが。
「まあ、これで襲撃の心配は無くなりましたね」
「油断するな。連中の仲間が砂漠にしかいないとは限らん」
「あっ、そりゃそうか……」
少なくとも砂漠の追手は撒けたはず。アイズは、あの後も何者かに遠巻きに見られていることに気付いていた。手を出して来る素振りこそ無かったものの、間違いなく奴等の仲間は他にも存在する。
それにユニが背後にいるとすれば、こちらのように空間転移を活用していてもおかしくない。奴は異なる世界の間すら渡って来た放浪者だ。それを可能とする高度な知識や技術を有しているはず。
「大陸のどこにいても安心は出来んぞ」
「ああ、今この瞬間に捕捉されていてもおかしくない。今のところ周囲に気配は感じないが」
「さっさと移動しちまいましょう。あと四回箱をくぐれば――」
言いかけて顔を引きつらせるインパクト。フルイドも「考えないようにしていたのに……」と天を仰ぐ。
「が、がんばって」
「ヒヒン」
苦笑するリリティアの隣で、ウルジンも「仕方ねえなあ」とでも言いたげな表情で首を振った。
天士達はさらに四回、彼の尻を押したのである。
◇
そしてようやく、思わぬ苦労を経て一行は聖都オルトランドの前に到着した。最後の箱が設置されていた場所は郊外の森。周囲には発見されないよう草木を集めて作ったカモフラージュ。かつて天遣騎士団が降臨した丘も、この近くにある。
「あそこか……」
アイズは聖都を見た。彼女にとって周囲の木々など障害にならず、ここからでも全体像を見渡せる。
すると奇妙な感覚を覚えた。
クラリオと同様に高い壁で囲まれた都市。ノーラはあの街で育ち、アルトルも聖都で復活。アイズという存在が生まれた場所でもある。つまり故郷。にもかかわらず初めての場所としか思えない。
おそらく、自分の短い人生の大半があの壁の外にあったからだろう。なのに最後はまた壁の中へ戻るのだと思うと、なんとなく皮肉なものを感じた。
それとも生命は、必ず生まれた場所へ還るものなのだろうか?
「すっごい大きい……」
リリティアも木々の合間から都市の威容を確認し、息を呑む。クラリオ以上の大都市を前に田舎育ちの彼女は委縮させられた。
そんな彼女に説明するフルイド。
「ここは宗教上の聖地であると同時に大陸有数の都市なので、住民だけでなく巡礼者など常に多くの人間が出入りしています。位置的に重要な交易拠点でもあるんですよ」
隣で聞いていたアイズは、厄介な話だと解釈する。
「敵が待ち構えているとしたら、あの中だな……」
天士には共通の弱点がある。討つべき邪悪と判断するか、明確に敵対しない限りは人間を攻撃できない。逆に守らなければと考える。アルトルがそう刷り込んだからだ。彼女は自身の中の憎悪が人を脅かすことを恐れた。だから力を分け与えた彼等に対しても制限を設けたのである。
つまり、あの街で暮らす罪無き人々は足枷だ。心情的にも巻き込みたくない。その意識が確実にこちらの剣を鈍らせる。
何より――リリティアを見つめる彼女。少女は意図がわからず首を傾げたが、アリスの方は察したはずだ。あの大都市で彼女の殺意が暴走したら、またナルガルやクラリオの二の舞になる。
「どうしたの?」
「……いや」
頭を振って考えを改めた。アリスは以前にもあの街に潜入している。半年前の戦いまではクラリオでも理性を保ち続けていた。なら、きっと自分を保てる。そう信じよう。
そんなアイズの信頼を感じたのか、アリスも否定するため入れ替わったりはしなかった。
「なんにせよ、聖都を戦場にすることはまずい。基本的には隠密作戦でいこう。少数で潜入してブレイブの居場所を突き止め、発見次第即座に救出。極力戦闘を避けて脱出する」
聖都の外、ある程度離れた場所でなら戦闘に突入しても問題無い。言い方は悪いがブレイブは餌だ。無論、自分も。救出ついでに敵をあの街から引き離すために一役買ってもらう。
「ならば夜を待つか」
「ああ」
ノウブルの提案に同意する。自分達は目立つ。聖都に侵入して気付かれずに行動することは難しい。せめて夜になるのを待つべきだ。
「空から行ったら?」
と、提案したのはリリティア。彼女自身の発案か、それともアリスが当人にそうだと思わせず助言したのかわからないが、なるほど名案である。
「私なら闇夜に紛れられる」
「うん、それにアルバトロスさんの加護がある」
少女のその一言でインパクト達も手を打った。
「あっ、そうか。アルバトロス」
「彼の力なら目立たない」
アイズに宿った複数の加護の中で自在な飛行を可能とするものは二つ。天士クラウドキッカーの『靴』と天士アルバトロスの『翼』だ。
前者は地面の上で戦うのに近い感覚で空中戦が可能。そのため戦闘時に重宝している。しかし使用中に靴が発光する欠点があり、かなり目立つ。逆に後者は発光を伴わず静かに飛べる。闇に紛れて上空から降下すれば、まず人間には気付かれまい。
「なるほど、そこでマジシャンの箱も持って行けば」
「ああ、他の仲間も街の中へ引き入れられる。脱出時にも同じ箱を潜り抜けるだけでいい」
考え得る限りの最善策だ。ここからではまだブレイブの位置は特定できないものの、中に入ればわかるかもしれない。姿を見つけられずとも眼神の視線を遮る場所があればその中のどこかだと絞り込むことは可能だ。
インパクト達も頷く。
「いいと思います。街の連中を巻き込まずに済みそうだし」
「ええ」
「お役に立てそうで光栄です」
「名案だ、リリティア。ありがとう」
「へへ」
照れ笑いする少女。もちろんこの先で待つライトレイル達にも意見を求めるつもりだ。ひょっとしたらこちらがまだ掴んでいない情報を持っている可能性もある。それ次第では作戦の変更や調整が必要になるだろう。
ただ、おそらくこれで決定だと思う。生存している全天士の能力を考慮してなお、これより成功率の高い作戦は思いつかない。
「よし、行こう」
合流地点へと歩き出すノウブル。アイズ達もその背中に続く。
――しかし次の瞬間、彼とアイズは同時に振り返った。視線の先にいるのはマジシャン。
「避けろ!」
「え?」
驚いた表情のまま回転する彼。首だけが虚空をくるくると舞う。一瞬で何者かに斬首され、目が生気を失い始めた。
マジシャンを殺めた凶器は、さらにインパクトの首にも絡まる。そして肌を浅く切り裂いた瞬間、アイズの剣に断ち切られた。
「つうッ!?」
「伏せろ!」
腕を横薙ぎに振るノウブル。それだけで突風が生じ、敵の凶器を舞い上がらせた。空中に描かれる無数の光の軌跡。
細い桜色の糸――
「アイズ! ルインティの複製!」
アリスがリリティアと代わって警告する。アイズは目を見開き、最悪の事態に陥ったことを知った。
「馬鹿な……!」
「あら、やはり殿下にはわかってしまうのですね」
「失礼だよルイン。今の彼女は陛下だろ?」
今の今まで誰もいなかったはずの空間、少し離れた位置の楢の樹上に人影が二つ出現する。片方はアリスが良く知る少女で、もう片方はアイズ達のかつての同胞。
「アクター!」
「お久しぶりですアイズ副長。ノウブル副長と皆も、ようやく会えたね」
整った容姿だが、表情のせいでどこか人を食ったような雰囲気のその青年の名はアクター。六人目のアイリスと相打ちになり死んだと思わせ逃亡していた、天遣騎士団初の離反者。
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しかしそれをお城の窓から妹は見ていて不満を抱く。
妹は騒いだ。
「お姉さまズルい!!」
そう言って姉の着ていたドレスや宝石を奪う。
しかし…………
末娘のお願いがこのままでは叶えられないと気付いた母親はやっと重い腰を上げた。愛する末娘の為に母親は無い頭を振り絞って素晴らしい方法を見つけた。
それは『悪魔召喚』
悪魔に願い、
妹は『姉の全てを手に入れる』……──
※作中は[姉視点]です。
※一話が短くブツブツ進みます
◇ふんわり世界観。ゆるふわ設定。
◇ご都合展開。矛盾もあるかも。
◇なろうにも上げました。
お兄ちゃんの装備でダンジョン配信
高瀬ユキカズ
ファンタジー
レベル1なのに、ダンジョンの最下層へ。脱出できるのか!?
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