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三章・長い夜へ
死闘(1)
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城の上に立つアリスと、それを包囲した天士達。かつてこの場所でシエナが暴れた時と瓜二つの構図。
だが守るべき民はもういない。そして、あの時にいた仲間のうち数人もまた欠けてしまっている。同じようでいて、やはり全く同じではない。対峙する相手もシエナ以上の脅威。
「あれが、最後の……」
「アイリス……」
姿が違うため彼等にはまだ彼女が『リリティア』だとはわかっていない。同じ服装であることに疑問を抱いた者はいるだろうが、今の精神状態で冷静な考察は難しかろう。クラリオを滅亡させた元凶とだけ認識し、怒りと殺意に満ちた眼差しを少女一人へ集中させる。
(まさか、こんなに早く全滅させられるなんて)
彼等がなかなか動かないので眼下の街並みを見渡し、改めて感服するアリス。街にはもう魔獣は一匹も残っていない。天士一人一人の能力に合わせ弱点を突ける相手をぶつけてやったのに、それでもこの結果。流石はあの戦争を終わらせた兵器。深度の差が無ければ自分にも勝ち目は無かっただろう。
でも、その差は厳然と存在しており、だからこそ逆にこちらが優位な状況。アリスは傷だらけの彼等を眺め、改めてそう確信する。そして余裕たっぷりに名乗りを上げた。
「アイリス……たしかに私はそう呼ばれている。そう呼ばれることになってしまった七人のうちの一人。けれど、どうせなら本当の名で呼んでもらいたいもの。そこで、団長殿にはすでにご挨拶を済ませておきましたが改めて名乗らせていただきます。我が国へようこそ皆様、私はアリス・ノーデルヒア・カーネライズ。亡き父に代わって皇位を継ぎし者です」
「ッ!」
「ジニヤの……娘……?」
流石に驚愕する彼等。七人のアイリスは全員帝国出身の少女である可能性が高い。アイズがサラジェで遭遇したアイリスの証言を受け、そう推測されていたことは知っている。だが、まさか皇女までも被害者に含まれていたとは。
そうとも、アリスも胸中で頷く。誰もそんなことは想像していなかった。民も、軍も、重臣達も、あの狂気に走った父でさえも。
皇帝の愛娘。かつての栄華を失い凋落した国に咲いた一輪の花。まだ幼くも母譲りの美貌を誇る彼女は北方随一の美姫と称えられ、蔑まれる立場だった帝国の中にあり唯一他国の者達からも羨望と嫉妬の念を抱かれていた。彼女を差し出すなら向こう百年は帝国に援助を行うと申し出た国まである。
それを魔獣にされるなど、本当に誰が想像しえただろう?
「あの男……イリアムがいつから私を狙っていたかはわからない。でも、あの日、連合軍が帝都を包囲した直後、私はこんな体にされた」
――彼は待っていた。敵に囲まれ、どこにも逃げ場が無くなってしまう時を。皇帝陛下がなおも敗北を認められず、最強の魔獣を解き放てと命じる瞬間を。
復讐したかったのだ。家族を人質に取り、自分の夢を汚した者達へ最大限の苦痛と絶望を与えてから殺すと決めた。そのためにイリアム・ハーベストは、父にとって最も大切な存在を彼が望んだそれへと変えてしまった。先に実験に使った六人の少女を犠牲にして。
「ありがとう、天遣騎士団。貴方達の頑張りのおかげで、私は全てを失った」
もちろん先に仕掛けたのが自分達だとは理解している。どんな酷いことをされても仕方無い所業を他国に対して行ったのだとも。
わかっていても、納得できない。人の心はそう簡単に割り切れたりしない。父の行いを止められなかったことは、怪物に変えられなければならないほど重い罪なのか? 父親の罪の対価を十四の少女に支払わせることが本当に正しいことだと言うのか?
わからない、わからない、わからない。わからないからもう、こうするしかない。どんなに考えても答えの出ない問いかけなら、そんなことはもうしない。ただ、この胸に溜まった鬱憤を晴らすためだけに暴れてやる。
今度はこちらが奪う番。イリアムが大切にしていたものを壊し、天士達にも苦痛を与える。もちろん感情の無い人形から玩具を取り上げたって意味が無い。先に人間らしい心を取り戻してもらう必要があった。そうしなければ、この身を化け物に変えられた復讐は成り立たない。
それに――
「もうすぐアイズが戻って来る。彼女には貴方達とは別の理由で真実を知ってもらわなければならない。私と同じ絶望、私達二人の共通点を」
「なんの話だ?」
「どうでもいい。副長を待つ必要も無い」
「ああ、決着をつけてやる」
獲物を構える天士達。アリスもまた一身に殺意を浴びて艶やかに笑う。
今は、この怒りこそが心地良い。もっと憎み、もっと呪え。
「ええ、終わらせましょう」
地獄はすでに見せてやった。彼等の出番はそろそろ終わり。ここにいる天士を全滅させて計画を次の段階に進める。
そう、彼女がもうすぐ帰って来るから。
「……皆、信じろ」
突然、指示を出すブレイブ。アリスはまた感心させられる。やはり彼は理解が早い。
「団長?」
「奴には普通に攻撃しても通じない。奴自身の言葉を借りるなら、強く確信を抱くことこそ重要だ。女神アルトルから授けられた力を信じろ。神の力なら必ず奴に届くと信じて戦え。そうしなければ勝てない」
「正解よ」
流石だ、流石は天遣騎士団の長。そう、それもまた深化を進める手段の一つ。強い確信をもって行われた攻撃は、より深い領域まで届く。
もちろん、それだけで勝てると思ってもらっては困る。アイリスは成長する魔獣。アリス自身にさえ今の自分がどれだけ恐るべき怪物と化したか把握しきれてはいない。
「せいぜい頑張って。万に一つも勝ち目は無いけれど、勝てるとしたら今が最後」
「ああ、勝つさ。そのために先手を譲ってもらっていいか?」
「どうぞ。何をしてくれるの?」
「それは――」
言葉の途中で足を動かし、爪先で屋根を三回叩くブレイブ。合図だ。
受け取ったのはクラッシュ。彼は無機物の分子結合を解く『崩』の力を持つ天士。事前に決めてあった通り作戦を実行する。クラリオ市民が全滅した今、もうこの城は必要無い。
「落ちろ!」
怒りのまま能力を発動。彼の力を対象に及ぼす条件は能力で生成した釘を刺すこと。だが崩壊のタイミングは任意で決められる。
ブレイブはかつて彼に命じた、いつか必要になるかもしれないと。だから、その時に備えて各所に仕込んでおいたのだ。いつでもこの巨大な構造物を崩壊させられるように。
次の瞬間、屋根が抜け落ちる。
「!?」
流石にこれは予想外。虚を突かれ反応が遅れるアリス。空中に立つと言っても髪を使って自分を持ち上げていただけ。その髪が足場にしていた建物を崩され、あっさり崩落に巻き込まれた。
天士達もやはり落下する。だがアリスとは違い、彼等はそうなることを知っていた。ブレイブの合図の意味は全団員に通達済み。その分だけ反応が早くなり少女が呆気に取られている間に攻撃を開始する。
「くたばれッ!」
崩れ落ちる建材を巨大な岩の拳に変え、叩き付けるロックハンマー。高速で落下していく少女へハイランサーが追撃を仕掛ける。アルバトロスの力で空中に留まりつつサウザンドが複製した槍を次々に投げ落とした。
「おおおおおおおおおおおおおおおおおっ!」
鯨でさえ見る間に肉片と化すほどの猛攻。それでも彼等は攻撃の手を緩めない。全身に突撃槍が突き刺さり床に縫い留められたアリスをめがけ、今度はウッドペッカーがまっすぐ突っ込む。逆手に握った剣が狙うは少女の心臓。
彼の能力は手にした武器を『矛』に変える。切っ先に集束する白い光。それは超高熱かつ極小の力場。この世にこれを防げる盾は存在しない。
「貫く!」
誰に言われるまでもなく彼は絶対的確信を抱いている。ブレイブのように広域を破壊する力こそ無いものの、一点を貫くことにかけては己が最強だと自負している。
その究極の刺突が触れることなく無数の槍を蒸発させ、直後にアリスの心臓に深々と突き立った。それどころか彼女の下にある硬い石床さえ易々と貫通し赤熱させる。
ところが次の瞬間、何かが彼の足に絡まり、恐るべき力で投げ飛ばす。
「ガッ!? アッ、ぐあっ!?」
いや、投げてはいない。極細の髪が彼を振り回し、周囲の壁や柱を打ち砕いた。
「残念、まだ足りない」
平然と言い放ち、今度こそ投げ飛ばすアリス。ウッドペッカーはさらに数枚の壁を砕いて城の外まで飛び出し気絶した。全身の骨が粉々に砕けてしまい、右腕も千切れかけている。しばらく戦線復帰はできまい。
直後、アリスは立ち上がる。全身に刺さっていた槍はすり抜け、服の切れ端だけが引っかかった。そして露になった白い肌は、すぐさま再生した服で覆い隠される。髪を使って元の服装を再現しただけ。色は魔素を使って変色させた。
自分の髪ながら肌触りがいい。けれど、それ以上に胸の痛みが心地良い。
(思ったより効いたわ)
ウッドペッカーの攻撃は流石の威力と深度だった。立て続けに同等の追撃を受けていたら流石に危なかったかもしれない。
どうしようかな? 迷う彼女に、降り注ぐ瓦礫を避けつつ再度天士達が仕掛ける。自分達の手で倒せたら良し。このまま足止めして瓦礫で生き埋めにしても多少は時間を稼げるだろう。アイズ達分隊が合流してくれれば戦況は優位に傾く。
「休ませるな! 回復の暇を与えず削り続けろ!」
「了解!」
フューリーが足下と髪を凍結させ、動きを封じる。ほとんど同時、複数人の剣がアリスの肉体を切り裂いた。
(速い!)
加速している。動きが彼女の知るそれより段違いに速く、認識してからでは防ぎ切れない。
(アクセルライブの力ね)
幾度も斬撃を浴びながら冷静に考察するアリス。アクセルライブは血流を操る力を持ち、それを加速させることで一時的に身体能力を飛躍的に向上させる。さらに彼は心音を聴いたことのある者にも同様の効果を及ぼす。
(しかもライジングサンとミストムーンの能力も重ね掛け。これは手強いかも)
ライジングサンは太陽に似た輝きを放ち、それを浴びた者の疲れと怯えを取り除く。つまりアクセルライブの力と併用することで普段より素早く力強く、なおかつ長時間継続して動き続けられるわけだ。恐怖心が減衰したことにより『確信』が強くなって深化も進んでいる。
ミストムーンは霧を発生させ、吸い込んだ者の集中力を高める。普段の倍以上の速度での動きに彼等の意識が追従できているのはそのおかげ。そしてやはり集中力向上も深化の促進に一役買っている。
「よくも皆を!」
斬撃の合間を縫い、岩の手足で打撃を打ち込んで来るロックハンマー。市民の成れの果てをその手で殺させたことに怒り心頭。彼にはあまりミストムーンの力が効いていないなとアリスは小さく笑った。
「チクショウ! 副長の話を聞いて同情してたのに! もっと、もっと早く見つけて殺しておけば良かった!」
左からの強烈なフック。予想以上の衝撃に今度は表情が歪む。
「うぐっ!」
まただ、また痛みを感じた。怪物にされて以来、こんなにも痛覚を刺激されたことは無い。
痛みは生を実感させ、同時に死を予感させる。その両方に喜びを感じた彼女へ次の瞬間、大量の瓦礫が降り注いだ。ロックハンマー達は素早く離脱している。そのタイミングでクラッシュが能力を使用し、一気に城の崩壊を進めたらしい。
彼等の拠点はうず高く積もる残骸の山となった。しばらく、その光景をじっと見つめる天士達。
だが、さほど時を置かずに一部が弾け、アリスが姿を現す。同時にハイドアウトの作った空間の穴を潜り抜け、四人の天士が四方向から攻撃を仕掛けた。
そして、まとめて薙ぎ払われる。
「なっ!?」
驚愕するブレイブ。アクセルライブによる強化は継続中。加速された彼等のあのタイミングでの奇襲を凌ぐなどアイズでも難しいはずだ。なのに、あの少女はこともなげにやってみせた。
「まだ、本気を出していなかったのか……」
「ええ、ここからがそうよ」
アリスの桜色の髪が発光する。いや、その光は全身に広がって徐々に白に近付いて行く。彼女の周辺の雪が蒸発を始めた。
「思ったより手強いもの、貴方達を強敵と認めましょう。だから全力でお相手するわ」
だが守るべき民はもういない。そして、あの時にいた仲間のうち数人もまた欠けてしまっている。同じようでいて、やはり全く同じではない。対峙する相手もシエナ以上の脅威。
「あれが、最後の……」
「アイリス……」
姿が違うため彼等にはまだ彼女が『リリティア』だとはわかっていない。同じ服装であることに疑問を抱いた者はいるだろうが、今の精神状態で冷静な考察は難しかろう。クラリオを滅亡させた元凶とだけ認識し、怒りと殺意に満ちた眼差しを少女一人へ集中させる。
(まさか、こんなに早く全滅させられるなんて)
彼等がなかなか動かないので眼下の街並みを見渡し、改めて感服するアリス。街にはもう魔獣は一匹も残っていない。天士一人一人の能力に合わせ弱点を突ける相手をぶつけてやったのに、それでもこの結果。流石はあの戦争を終わらせた兵器。深度の差が無ければ自分にも勝ち目は無かっただろう。
でも、その差は厳然と存在しており、だからこそ逆にこちらが優位な状況。アリスは傷だらけの彼等を眺め、改めてそう確信する。そして余裕たっぷりに名乗りを上げた。
「アイリス……たしかに私はそう呼ばれている。そう呼ばれることになってしまった七人のうちの一人。けれど、どうせなら本当の名で呼んでもらいたいもの。そこで、団長殿にはすでにご挨拶を済ませておきましたが改めて名乗らせていただきます。我が国へようこそ皆様、私はアリス・ノーデルヒア・カーネライズ。亡き父に代わって皇位を継ぎし者です」
「ッ!」
「ジニヤの……娘……?」
流石に驚愕する彼等。七人のアイリスは全員帝国出身の少女である可能性が高い。アイズがサラジェで遭遇したアイリスの証言を受け、そう推測されていたことは知っている。だが、まさか皇女までも被害者に含まれていたとは。
そうとも、アリスも胸中で頷く。誰もそんなことは想像していなかった。民も、軍も、重臣達も、あの狂気に走った父でさえも。
皇帝の愛娘。かつての栄華を失い凋落した国に咲いた一輪の花。まだ幼くも母譲りの美貌を誇る彼女は北方随一の美姫と称えられ、蔑まれる立場だった帝国の中にあり唯一他国の者達からも羨望と嫉妬の念を抱かれていた。彼女を差し出すなら向こう百年は帝国に援助を行うと申し出た国まである。
それを魔獣にされるなど、本当に誰が想像しえただろう?
「あの男……イリアムがいつから私を狙っていたかはわからない。でも、あの日、連合軍が帝都を包囲した直後、私はこんな体にされた」
――彼は待っていた。敵に囲まれ、どこにも逃げ場が無くなってしまう時を。皇帝陛下がなおも敗北を認められず、最強の魔獣を解き放てと命じる瞬間を。
復讐したかったのだ。家族を人質に取り、自分の夢を汚した者達へ最大限の苦痛と絶望を与えてから殺すと決めた。そのためにイリアム・ハーベストは、父にとって最も大切な存在を彼が望んだそれへと変えてしまった。先に実験に使った六人の少女を犠牲にして。
「ありがとう、天遣騎士団。貴方達の頑張りのおかげで、私は全てを失った」
もちろん先に仕掛けたのが自分達だとは理解している。どんな酷いことをされても仕方無い所業を他国に対して行ったのだとも。
わかっていても、納得できない。人の心はそう簡単に割り切れたりしない。父の行いを止められなかったことは、怪物に変えられなければならないほど重い罪なのか? 父親の罪の対価を十四の少女に支払わせることが本当に正しいことだと言うのか?
わからない、わからない、わからない。わからないからもう、こうするしかない。どんなに考えても答えの出ない問いかけなら、そんなことはもうしない。ただ、この胸に溜まった鬱憤を晴らすためだけに暴れてやる。
今度はこちらが奪う番。イリアムが大切にしていたものを壊し、天士達にも苦痛を与える。もちろん感情の無い人形から玩具を取り上げたって意味が無い。先に人間らしい心を取り戻してもらう必要があった。そうしなければ、この身を化け物に変えられた復讐は成り立たない。
それに――
「もうすぐアイズが戻って来る。彼女には貴方達とは別の理由で真実を知ってもらわなければならない。私と同じ絶望、私達二人の共通点を」
「なんの話だ?」
「どうでもいい。副長を待つ必要も無い」
「ああ、決着をつけてやる」
獲物を構える天士達。アリスもまた一身に殺意を浴びて艶やかに笑う。
今は、この怒りこそが心地良い。もっと憎み、もっと呪え。
「ええ、終わらせましょう」
地獄はすでに見せてやった。彼等の出番はそろそろ終わり。ここにいる天士を全滅させて計画を次の段階に進める。
そう、彼女がもうすぐ帰って来るから。
「……皆、信じろ」
突然、指示を出すブレイブ。アリスはまた感心させられる。やはり彼は理解が早い。
「団長?」
「奴には普通に攻撃しても通じない。奴自身の言葉を借りるなら、強く確信を抱くことこそ重要だ。女神アルトルから授けられた力を信じろ。神の力なら必ず奴に届くと信じて戦え。そうしなければ勝てない」
「正解よ」
流石だ、流石は天遣騎士団の長。そう、それもまた深化を進める手段の一つ。強い確信をもって行われた攻撃は、より深い領域まで届く。
もちろん、それだけで勝てると思ってもらっては困る。アイリスは成長する魔獣。アリス自身にさえ今の自分がどれだけ恐るべき怪物と化したか把握しきれてはいない。
「せいぜい頑張って。万に一つも勝ち目は無いけれど、勝てるとしたら今が最後」
「ああ、勝つさ。そのために先手を譲ってもらっていいか?」
「どうぞ。何をしてくれるの?」
「それは――」
言葉の途中で足を動かし、爪先で屋根を三回叩くブレイブ。合図だ。
受け取ったのはクラッシュ。彼は無機物の分子結合を解く『崩』の力を持つ天士。事前に決めてあった通り作戦を実行する。クラリオ市民が全滅した今、もうこの城は必要無い。
「落ちろ!」
怒りのまま能力を発動。彼の力を対象に及ぼす条件は能力で生成した釘を刺すこと。だが崩壊のタイミングは任意で決められる。
ブレイブはかつて彼に命じた、いつか必要になるかもしれないと。だから、その時に備えて各所に仕込んでおいたのだ。いつでもこの巨大な構造物を崩壊させられるように。
次の瞬間、屋根が抜け落ちる。
「!?」
流石にこれは予想外。虚を突かれ反応が遅れるアリス。空中に立つと言っても髪を使って自分を持ち上げていただけ。その髪が足場にしていた建物を崩され、あっさり崩落に巻き込まれた。
天士達もやはり落下する。だがアリスとは違い、彼等はそうなることを知っていた。ブレイブの合図の意味は全団員に通達済み。その分だけ反応が早くなり少女が呆気に取られている間に攻撃を開始する。
「くたばれッ!」
崩れ落ちる建材を巨大な岩の拳に変え、叩き付けるロックハンマー。高速で落下していく少女へハイランサーが追撃を仕掛ける。アルバトロスの力で空中に留まりつつサウザンドが複製した槍を次々に投げ落とした。
「おおおおおおおおおおおおおおおおおっ!」
鯨でさえ見る間に肉片と化すほどの猛攻。それでも彼等は攻撃の手を緩めない。全身に突撃槍が突き刺さり床に縫い留められたアリスをめがけ、今度はウッドペッカーがまっすぐ突っ込む。逆手に握った剣が狙うは少女の心臓。
彼の能力は手にした武器を『矛』に変える。切っ先に集束する白い光。それは超高熱かつ極小の力場。この世にこれを防げる盾は存在しない。
「貫く!」
誰に言われるまでもなく彼は絶対的確信を抱いている。ブレイブのように広域を破壊する力こそ無いものの、一点を貫くことにかけては己が最強だと自負している。
その究極の刺突が触れることなく無数の槍を蒸発させ、直後にアリスの心臓に深々と突き立った。それどころか彼女の下にある硬い石床さえ易々と貫通し赤熱させる。
ところが次の瞬間、何かが彼の足に絡まり、恐るべき力で投げ飛ばす。
「ガッ!? アッ、ぐあっ!?」
いや、投げてはいない。極細の髪が彼を振り回し、周囲の壁や柱を打ち砕いた。
「残念、まだ足りない」
平然と言い放ち、今度こそ投げ飛ばすアリス。ウッドペッカーはさらに数枚の壁を砕いて城の外まで飛び出し気絶した。全身の骨が粉々に砕けてしまい、右腕も千切れかけている。しばらく戦線復帰はできまい。
直後、アリスは立ち上がる。全身に刺さっていた槍はすり抜け、服の切れ端だけが引っかかった。そして露になった白い肌は、すぐさま再生した服で覆い隠される。髪を使って元の服装を再現しただけ。色は魔素を使って変色させた。
自分の髪ながら肌触りがいい。けれど、それ以上に胸の痛みが心地良い。
(思ったより効いたわ)
ウッドペッカーの攻撃は流石の威力と深度だった。立て続けに同等の追撃を受けていたら流石に危なかったかもしれない。
どうしようかな? 迷う彼女に、降り注ぐ瓦礫を避けつつ再度天士達が仕掛ける。自分達の手で倒せたら良し。このまま足止めして瓦礫で生き埋めにしても多少は時間を稼げるだろう。アイズ達分隊が合流してくれれば戦況は優位に傾く。
「休ませるな! 回復の暇を与えず削り続けろ!」
「了解!」
フューリーが足下と髪を凍結させ、動きを封じる。ほとんど同時、複数人の剣がアリスの肉体を切り裂いた。
(速い!)
加速している。動きが彼女の知るそれより段違いに速く、認識してからでは防ぎ切れない。
(アクセルライブの力ね)
幾度も斬撃を浴びながら冷静に考察するアリス。アクセルライブは血流を操る力を持ち、それを加速させることで一時的に身体能力を飛躍的に向上させる。さらに彼は心音を聴いたことのある者にも同様の効果を及ぼす。
(しかもライジングサンとミストムーンの能力も重ね掛け。これは手強いかも)
ライジングサンは太陽に似た輝きを放ち、それを浴びた者の疲れと怯えを取り除く。つまりアクセルライブの力と併用することで普段より素早く力強く、なおかつ長時間継続して動き続けられるわけだ。恐怖心が減衰したことにより『確信』が強くなって深化も進んでいる。
ミストムーンは霧を発生させ、吸い込んだ者の集中力を高める。普段の倍以上の速度での動きに彼等の意識が追従できているのはそのおかげ。そしてやはり集中力向上も深化の促進に一役買っている。
「よくも皆を!」
斬撃の合間を縫い、岩の手足で打撃を打ち込んで来るロックハンマー。市民の成れの果てをその手で殺させたことに怒り心頭。彼にはあまりミストムーンの力が効いていないなとアリスは小さく笑った。
「チクショウ! 副長の話を聞いて同情してたのに! もっと、もっと早く見つけて殺しておけば良かった!」
左からの強烈なフック。予想以上の衝撃に今度は表情が歪む。
「うぐっ!」
まただ、また痛みを感じた。怪物にされて以来、こんなにも痛覚を刺激されたことは無い。
痛みは生を実感させ、同時に死を予感させる。その両方に喜びを感じた彼女へ次の瞬間、大量の瓦礫が降り注いだ。ロックハンマー達は素早く離脱している。そのタイミングでクラッシュが能力を使用し、一気に城の崩壊を進めたらしい。
彼等の拠点はうず高く積もる残骸の山となった。しばらく、その光景をじっと見つめる天士達。
だが、さほど時を置かずに一部が弾け、アリスが姿を現す。同時にハイドアウトの作った空間の穴を潜り抜け、四人の天士が四方向から攻撃を仕掛けた。
そして、まとめて薙ぎ払われる。
「なっ!?」
驚愕するブレイブ。アクセルライブによる強化は継続中。加速された彼等のあのタイミングでの奇襲を凌ぐなどアイズでも難しいはずだ。なのに、あの少女はこともなげにやってみせた。
「まだ、本気を出していなかったのか……」
「ええ、ここからがそうよ」
アリスの桜色の髪が発光する。いや、その光は全身に広がって徐々に白に近付いて行く。彼女の周辺の雪が蒸発を始めた。
「思ったより手強いもの、貴方達を強敵と認めましょう。だから全力でお相手するわ」
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特権を持つ名家はそれぞれに異能を持ち、特に帝に仕える四つの家は『四家』と称され畏怖されていた。
名家の一つ・玖瑶家。
長女でありながら異能を持たない為に、不遇のうちに暮らしていた紗依。
異母妹やその母親に虐げられながらも、自分の為に全てを失った母を守り、必死に耐えていた。
かつて小さな不思議な友と交わした約束を密かな支えと思い暮らしていた紗依の日々を変えたのは、突然の縁談だった。
『神無し』と忌まれる名家・北家の当主から、ご長女を『神嫁』として貰い受けたい、という申し出。
父達の思惑により、表向き長女としていた異母妹の代わりに紗依が嫁ぐこととなる。
一人向かった北家にて、紗依は彼女の運命と『再会』することになる……。
復讐完遂者は吸収スキルを駆使して成り上がる 〜さあ、自分を裏切った初恋の相手へ復讐を始めよう〜
サイダーボウイ
ファンタジー
「気安く私の名前を呼ばないで! そうやってこれまでも私に付きまとって……ずっと鬱陶しかったのよ!」
孤児院出身のナードは、初恋の相手セシリアからそう吐き捨てられ、パーティーを追放されてしまう。
淡い恋心を粉々に打ち砕かれたナードは失意のどん底に。
だが、ナードには、病弱な妹ノエルの生活費を稼ぐために、冒険者を続けなければならないという理由があった。
1人決死の覚悟でダンジョンに挑むナード。
スライム相手に死にかけるも、その最中、ユニークスキル【アブソープション】が覚醒する。
それは、敵のLPを吸収できるという世界の掟すらも変えてしまうスキルだった。
それからナードは毎日ダンジョンへ入り、敵のLPを吸収し続けた。
増やしたLPを消費して、魔法やスキルを習得しつつ、ナードはどんどん強くなっていく。
一方その頃、セシリアのパーティーでは仲間割れが起こっていた。
冒険者ギルドでの評判も地に落ち、セシリアは徐々に追いつめられていくことに……。
これは、やがて勇者と呼ばれる青年が、チートスキルを駆使して最強へと成り上がり、自分を裏切った初恋の相手に復讐を果たすまでの物語である。
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