gimmick-天遣騎士団-

秋谷イル

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三章・長い夜へ

もういいよ(1)

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 ノウブルが異なる目標の追跡に入り、アイズが新たな分隊長となってからの『七人目』の追跡は順調に進んだ。むしろ順調すぎるほどに。
 今もまた森の中を進みつつ、新たな手がかりを見つけたところである。
 ただし、これが本当に有効な情報かはわからない。
「明らかに我々を誘ってますね」
「ああ……」
 エアーズの言葉に頷く。痕跡がわかりやすすぎる。しかも見慣れたものばかり。
 草木に付着した魔素。細いロープか何かを引っ掛け、地面に足をつけずに移動したことで生じた木々の枝の擦過傷。かと思えば、これ見よがしの足跡まで。
「あいつだ、最初に私達が追っていたのはシエナじゃなかった」
 シエナだけが『アイリス』だと思い込み、きちんと足を見て照合しなかったことを今さらながらに悔やむ。この足の形、そしてぬかるんだ泥に残された指紋、間違いない。これはクラリオへ呼び戻されるまでの半年間さんざん自分達を翻弄した相手のもの。つまりナルガルの隠し通路に足跡を残した人物。最初に追っていた少女。
「今まで潜んでいたのか? 何故だ……」
 こんな挑発行為を行う相手が臆病な性格だとは思えない。ならば六人目との戦いの場から去った理由も戦意の有無とは無関係だろう。ノウブル達との戦い自体が挑発行為ないし、この後の企みのための布石だったのではないか?
 シエナや五人目の少女のように、最後に人間だった頃の夢を叶えようとしているのかもしれない。それとも単に好戦的な性格なだけか。しかし、それにしては魔獣を生み出して人間にけしかけるといった行動をしばらく取っていない。
 不可解な状況だが、明白な事実もいくつかある。敵はエアーズの言うように自分達を誘っており、なおかつどんどん北へ向かっているということだ。それも、すでに旧カーネライズ領の手前にまで進行している。
「まさかクラリオへ……?」
「ありうる」
 もしくは帝都ナルガル。どちらにせよ考えられなくはない。おそらくアイリス達は全員が帝国の出身。故郷には思うところがあるだろう。
「だとするなら、先回りしてクラリオの周辺に網を張りませんか? 向こうにいる戦力と合流した上で万全の態勢で迎撃できます」
「……」
 クラウドキッカーの提案に黙考し、やがて頭を振るアイズ。
「そう思わせて、こちらを振り切る隙を作ろうとしているのかもしれん」
「なるほど、たしかに」
「とはいえ警告は必要だ、お前とエアーズは伝令として先に戻ってくれ。クラリオが狙われている可能性が高いと団長に報告を。私達はこのまま目標の追跡を続ける」
 敵は今回も様々な偽装を用いてこちらを欺き、翻弄しようとしているはず。しかし前回の経験やクラリオでシエナと知恵比べをした時の経験が役立った。今のところはしっかり相手の尻尾を掴み、離していない。距離も徐々に縮まっている。
 この状態で相手を捕捉しつつクラリオとの連絡も密に取っておけば、街を攻撃される前に自分達とブレイブ達とで挟撃することも可能なはず。防壁の外での戦いなら前回のような被害も出さずに済む。
「わかりました、では行ってきます」
「お気をつけて」
「お前達もな」
「はい」
 見送られ空中に駆け上がって行くエアーズとキッカー。彼等が去った後、早速振り返って残りの分隊員達に指示を出す。
「行くぞ、引き続き北西へ移動。私の眼にだけ頼るな、些細な痕跡も逃さず報告しろ」
「了解です」
 行軍を再開する。暦の上ではすでに春だが、大陸中部と北部の境に位置するこの山にはまだ多くの雪が積もっていた。数日前までは人間の兵士達も同行していたのだが、標的がここを登ったのを確認した時点で別行動することにした。彼等は安全なルートで山を迂回しつつ移動中。ウルジンと他の馬も預けたのでしばらくは会えない。大人しくしてくれているといいが。相変わらずあの馬は、自分とリリティア以外には気を許さない。
 腰の高さまである深い雪をかきわけて進むうち、雪遊びという言葉を思い出した。リリティアが手紙で教えてくれたこと。彼女が今も無事だと良い。あの場所で自分を待っていてくれたらと願う。今年は無理でも来年には共に雪遊びをしたい。
「絶対に……」
 クラリオにだけは行かせない。七人目の思惑がなんであれ、あの街に辿り着かせず決着をつける。
 必ず追いついてみせる。大切な者達を守るために。リリティアと、あの地で生きる人々は傷付けさせない。
 天士にとってこの程度の障害、どうということもない。白い息を吐き出しつつ、彼女達は黙々と前進を続けた。



 三日後、ついに彼女達は追いついた。目標の背が目の前にある。それはクラリオまで続く山道の入口、かつてリリティアと共に来た道を見上げた場所。
(焦るな)
(はい)
 足音を殺しつつ慎重に夕暮れ時の森を進む。万が一にも逃がしてはならない、だから自分以外の七人を先行させて敵を包囲する形に陣形を組む。それから徐々に輪を狭めていった。
「……」
 立ち止まる少女。気付かれたとこちらも悟り、ようやく声をかける。
「アイリス!」
 本当にクラリオの手前、ギリギリにまで迫られてしまったが、どうにか間に合った。この距離でなら絶対に逃がさない。先にエアーズとキッカーを伝令に出したので、今頃はクラリオからも増援が向かって来ているはずだ。ここで必ず決着は付く。
 少女は何故か一糸まとわぬ生まれたままの姿である。立ち止まりはしたが、まだそれ以上の反応は示さない。
「裸……?」
「あれが最後のアイリスなのか……」
 分隊の仲間達も木々の陰から姿を現す。アイズを含め八人の天士。アイリスと言えど無視できる戦力ではないはず。なのに全く微動だにしない。怯えているのか、それとも笑っているのか。長い髪が顔を隠していて表情すらも窺えない。

 そして、その髪の色がアイズの心をざわつかせる。
 少女の髪は『桜色』だった。

(違う!)
 そんなはずはない。あれがリリティアのはずあるものか。だが髪の色だけでなく背格好も瓜二つ。恐ろしいほど似ている。
 違ってくれ、そうではないと確信させてくれ。必死に願った彼女の前で、ゆっくりとその少女が顔を上げた。表情を隠していた前髪がはらりと左右に分かれ、素顔を晒す。
 瞬間、天士達は息を飲んで凍り付く。
「なっ……」
「なんだ、こいつ」

 リリティアではない。ただしアイリスかどうかも疑わしい。
 少女の顔には口も鼻も無く、目だけが七つも存在した。歪な配置で。
 その七つの瞳が一斉に笑みの形に歪む。

『もういいよ』
 口など無い。そのはずなのに声を発してどろりと溶けた。形を失って全身が赤黒い粘液と化したそれは、さらに複数の触手となって周囲の木々に突き刺さる。
「しまった――構えろ!」
 罠だ、警戒していたのにかかってしまった。クラリオでシエナがやったのと同じ仕掛け。触手の刺さった部分から大量の魔素と因子が木々に対して注入される。そして変質が始まった。その一部始終をアイズの眼だけが明確に捉える。
 木々が、つまり生物が変質して次々に魔獣を吐き出し始めた。あの戦争で戦った種類だけでなく見たことの無い怪物まで大量に生まれ、一斉にアイズ達に襲いかかって来る。
「マジシャン!」
「くっ!?」
 天士マジシャンが指を鳴らす。すると無数の箱が出現して小型の魔獣を飲み込んだ。さらに天士マグネットが磁力操作によってそれらを一ヵ所に集める。敵の一部を封じると同時に即席の防壁を構築。二人の得意なコンビネーション。
 ところが、巨大なムカデがなんなく壁を乗り越えて来る。その鋭い顎を開くと正面からアイズに襲いかかった。
「副長!」
 徒手空拳を得意とする天士インパクト。懐へ飛び込み、ムカデの腹を叩く。凄まじい衝撃が全身に伝播して噴出する体液。
 浴びるのは危険――そう予感した天士フルイドは咄嗟の判断で能力を使い、アイズとインパクトに降りかかろうとしていたそれを操って回避させた。彼は液体を操る能力。生物の体内にある水分には干渉できないが、体外へ放出されてしまえば武器にも防具にもできる。
 二人を避けて地面に落ちた体液は、下草を一瞬で溶かした上に地面を沸騰させて異臭を放つ煙を上げた。触れれば天士とて無事では済みそうにない。
「気を付けろ!」
 インパクトの考え無しの行動を叱りつつ、倒れた巨大ムカデから流れ出す体液を散弾に変えて他の敵を牽制するフルイド。しかし魔獣達は全く数を減らす気配が無い。
「私を守る必要は無い! 敵への対処に専念しろ!」
 指示を出しつつ、あらゆる魔獣の弱点を即座に見抜き、長剣一つでいとも容易く斬り伏せていくアイズ。夥しい数の魔獣達も彼女にだけは全く触れることが出来ずにいる。
「そうでした」
「申し訳ございません!」
 彼女は天遣騎士団が誇る三大戦力の一人。自分達ごときが守る必要の無い相手だったとようやく思い出し、謝罪するインパクトとフルイド。数の差はあるが、それでも戦況は彼等が優勢。
 なのにアイズは焦っていた。
(どこにいる!?)
 アイリスがいない。まさか、あの粘液と化したものが本体だったとは思えない。あれはおそらくただの囮。ここに自分達を足止めしておくための人形。
 だとすると、やはり狙いはクラリオ?
「させるか……!」
 多少無理をしてでも進むしかない。そう考えた彼女が先陣を切って踏み出そうとした時、地中を凄まじい速度で銀光が駆け抜けた。
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