gimmick-天遣騎士団-

秋谷イル

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一章・天士と少女

新天地にて

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 リリティア・ナストラージェは東西に長く伸びるカーネライズ帝国の西部出身。祖父は陽光石ソルジェという希少な鉱石を掘る仕事に携わっていた。だが、父が大きくなった頃には掘り尽くしてしまっており鉱山は閉鎖。多くの鉱夫が別の土地へ移るか新しい職を求めた。
 幸いにも父エメルは近所の家具職人に弟子入りさせてもらえた。師と祖父とは友人同士、師の娘と父も幼馴染でなおかつ覚えが良く、娘をやるからうちを継げと誘われ承諾した形らしい。
 そうして数年後、若い二人の間にリリティアが生まれた。
 彼女は今年十二歳。周囲からは明るく楽しい子だとよく言われる。父方の祖母は十五年前に亡くなっており、会ったことは無い。祖父は可愛がってくれていたが、彼女が三歳の時に肺の病で死んだ。鉱夫にはよくあることだと父が言った。
 母方の祖父母とは少し前まで一緒に暮らしていた。でも帝都にいる叔父に会いに行ったまま帰って来ない。顔を合わせるたびにお土産をくれてたくさん遊んでもらった叔父さんとも戦争が始まって以来、会えていない。

 ──一年と少し前、祖国が戦争を始めたことは知っている。でも、それがどういうことなのかは理解しきれなかった。彼女が暮らすサラジェという名の小さな街はずっと平和なままだったから。戦争に関する様々な噂が流れて来ても、全て遠い世界の出来事で自分達には関わりの無い話だとしか思えなかった。少なくともリリティアにはそう。
 けれど四月半ばのあの日、長い冬が終わると同時に見たことのない鎧を着た兵隊さん達が街を訪れ、怖い顔で市民を広場に集めたかと思うと、おもむろに言い放った。

「サラジェの帝国市民に告ぐ! 狂帝ジニヤ・カーネライズと錬金術師イリアムはすでに亡く、諸君の国も解体され今回の戦争で被害を受けた国々に対し補償の一部として国土を割譲することが決まった! また諸君らには、これから別の土地へ転居してもらうことになる! 行き先はすでに決まっており、我々はこの通達と諸君らの護送のためにここまで来た!」

 突然、生まれ育った街から出て行けと言われた。しかもどこかへ連れて行かれるらしい。父は「強制連行だ」と呟いた。皆は当然、抗議の声を上げる。故郷を出て行ってたまるか。勝手に決めるな。どうしてそんな目に遭わなければならないのかと。

「ここは我々の街だ! そんな無法が許されるものか!!」
「そうだ、お前達こそ出て行け!」
「黙れ! 先に無法を働いたのは貴様等帝国だろう! 帝国軍の暴虐でいったいどれだけ犠牲者が出たと思っている!? 亡んだ国とて一つや二つではないぞ!」

 連合軍の兵士達はものすごく腹を立てた。彼等の怒りに圧倒されサラジェの市民は逆に声を小さくした。大人達はうすうす外の世界で起きていることを知っていて後ろめたさを感じていたのかもしれない。
 けれど、それでも抗議を続ける者達もいた。そのせいで連合の兵士達も苛立ちを増していった。

「いいかげんにしろクズども! 本来なら皆殺しにしてやりたいのに慈悲をもって接してやれば、どこまでも調子に乗りおって!」
「何が慈悲だ! いきなり生まれ育った街を奪われる身になってみろ!? まだ小さい子供だっているんだぞ!」
 兵士に食ってかかる一団の一人が遠巻きに眺めていたリリティアを指す。視線が彼女に集中して父が慌てて前に出た。
「おい、うちの子を巻き込むな!」
「なんだと!? おい腰抜け、我が身可愛さで侵略者に屈するつもりか! 家族が大事なら、それこそ武器を取って立ち向かえ! おい皆、こいつらを追い出すぞ! 幸い大した数はいないようだ、団結すりゃ十分に勝てる!」
 周囲を扇動し始める男。大半は何を馬鹿なと醒めた表情で見ているが、逆に瞳に狂的な熱を帯びる者もいた。今は少数でも、彼等が実際に兵士に攻撃を始めたら周りも流されてしまうかもしれない。そうなったらもう収拾は付かない。暴動が起こってサラジェは血の海と化す。
 リリティアは怯えて母に抱き着いた。
「お母さん……」
「リリィ、母さんの手を離しちゃだめよ。あなた!」
「ああ、ここにいちゃまずい。ゆっくり後ろへ下がるんだ」
 一触即発の空気の中、徐々に人の輪の外へ後退していく三人。他にも危険を感じた者達が動き始めている。
 なのに抗戦を望む者達がそれを遮った。肩を掴まれるリリティア。母の腕も強面の男に掴まれた。気付いた父が怒鳴りつける。
「おい離せ!」
「うるせえ、誰も逃がすか! 死ぬ気になって戦え!」
「いたい!?」
 肩を強く握られ顔をしかめるリリティア。悲鳴が響き渡り、反射的にその場にいた人間が動き出そうとした瞬間──

「拘束しろ」
「はい」

 ──突如、電光が走って人々の間を駆け抜けた。それはそのまま彼等を閉じ込める檻と化して身動きを封じる。
「なっ……?」
 呆然とした抗戦派の男の頭上から冷淡な声。
「触れても死にはしない。しかし意識を失うほどの衝撃を受ける。嫌ならじっとしていることだ」
 声の発せられた方向を見上げる人々。いつの間にか広場に面した建物の上に白い甲冑の偉丈夫が立っている。
 彼の他にも数人、やはり純白の甲冑を身に着けた騎士達が民衆と連合の兵士達をじっと見下ろしていた。肌の色は異なるのに全員金髪で青い瞳。
「ノ、ノウブル様……」
「頭を冷やせ」
 連合軍の指揮官を睨み、黙らせた上で最初の偉丈夫が名乗る。

「我等は天遣てんけん騎士団。女神アルトルに仕えし者。我は副長ノウブル。この名において再度通達する。退去せよ。必要最低限の物だけを持って東門から馬車に乗れ。帝国市民は全員旧帝都クラリオへ移送する」

 無慈悲な命令。けれど今度は誰も抗議の声を上げない。電光に取り囲まれ、あの天士てんしを一目見た瞬間に理解出来てしまった。人間が勝てる相手ではないと。
 そうしてサラジェの人々は故郷を追われた。



 二ヶ月後、彼等の姿はクラリオにあった。焼け落ちた帝都ナルガルと同じで周囲を山々に囲まれた盆地。そこに築かれたナルガルよりも大きな都市。千年前まで繁栄を謳歌していた頃の帝国の首都である。
 遷都以来手付かずだったこの場所は今や完全な廃墟。古代の遺跡。だが強制連行されて来た人々が見たのは意外にも最低限の生活が可能な程度に整えられた環境だった。
 伸び放題だった草木は刈られ、石造りの建物に蔓延っていた苔や蔓も根こそぎ落としてあり、道も均されている。それでもあくまで野宿よりマシという程度の状態でしかないのだが、大人達がクラリオと聞いて想像した惨状に比べればなり良い。
 そして二ヶ月経ち、クラリオでは今なお急速な再開発が進んでいる。天遣騎士団が復興作業にも力を貸してくれるおかげ。

 今日も彼等は忙しく動き回る。

「アクス様! 今度はこっちを手伝っていただけますか!」
「わかった」
 力自慢の天士ウォールアクスは通常なら数人がかりでないと動かせない代物でも一人で軽々と動かしてしまう。今回は倒壊した建物の撤去作業。千年前の帝国の建築技術は現代より高度だったらしく、大半は簡単な補修だけで居住に耐える状態になった。しかし当然全ての建築物がそうではない。中にはここのように一から建て直すべき場所もある。
 アクスは人の力では運びにくい大きな瓦礫だけを次々に別の場所へ運んでいく。すると、そこには別の天士が待っていた。
「クラッシュ」
「ああ」
 アクスが持って来た瓦礫に次々釘を刺す天士クラッシュ。軽く押し込んでいるだけなのに鉄の釘がいとも易々と石を穿つ。それだけでも凄いのだが彼の本領はここから。
 パチン。指を鳴らした瞬間、釘の刺さった瓦礫が全て白く変色して粉に変わりその場で崩壊した。
 助手の人間達がスコップですくい上げ、大きなバケツに放り込み、鉛色の液体を混ぜてよく練る。すると粉は粘土になった。彼等はそれをそのままバケツごと瓦礫の撤去作業が進む現場へ持ち帰る。
 やがて全ての瓦礫と残っていた残骸まで撤去され、何も無くなった空き地に二人の男が訪れる。片方は人間、もう片方は天士。
「スカルプター様、このようにお願いします」
「了解」
 天士スカルプターは設計士の持ち上げた図面を覗き込みつつ、空き地の端に寄せられてあった無数のバケツに手をかざす。すると中身の粘土が生命を与えられたかのように動き出し図面通りの家を造形した。
 あっという間に新しい家が建つ。とはいっても、もちろんこれで終わりではない。まだ仕上げが残っている。
「フューリー」
「ああ」
 またしても別の天士が粘土の家に手を当てた。すると家全体が猛烈な勢いで蒸気を立ち昇らせ始める。もろにそれを浴びている彼は眉一つ動かさない。
「あの、では、お任せします」
 何度も頭を下げる設計士。アクスら他のメンバーも次の現場へ移動を始める。その場に残ったのはフューリーだけ。
 彼の能力は熱。熱を自在に操作する力。それを使ってこの粘土の家を陶器のように焼き上げようとしている。この作業にはだいたい三時間ほどかかる。急ぐと砕けてしまうため仕方がない。
 古い家も表面に粘土を塗って焼き上げ、次々に補修を行っている。とはいえ焼き上げる作業に時間が必要なので一日に直せる数はせいぜい五軒。クラリオの全ての家屋を補修し終わるまでには数年を要するだろう。
 もちろん人間自身の手で普通に修繕を続けているところもある。しかし、それだけでは間に合わない。まだ住民の数に対し住宅が足りていない。今も半数近くはテント暮らしを続けている。
 再び冬が訪れるまでに全員が屋根の下で暮らせるようにする。それが今の天遣騎士団の目標である。
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