人竜千季

秋谷イル

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第一部

幕間・英雄

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 二〇五〇年七月一四日、一三時〇八分。
「急いで建物の中へ!」
 東京から逃げてきた人々が安全な地を求め、北へ北へと移動している最中、再び怪物が襲いかかって来た。
「ぎゃああああああああっ!?」
「いやだやだやだやだやだ、やめてえっ!」
 翼長八mはありそうな巨大な怪鳥の群れが急降下をかけ、次々に人間をさらっていく。
「チクショウ!」
 どこから調達した物なのか銃を持っている男達は次々に空に向かって発砲した。しかし怪物の群れは全く怯む様子が見えない。当たっているのに効かないのだ。
「アイツら、やっぱり銃じゃ倒せナイ!」
「わかってる!」
 ある程度避難を促した後、旭は一人空中へ駆け上がる。彼の周囲に銀色の光の渦が現れ、その肉体に吸い込まれた。一部を逆に外へ噴射することで加速し、弾丸のように空を飛ぶ。銃撃を続けていた者達も彼の雄姿を見た途端、手近な建物へ逃げ込み始めた。
「ママああああああああああああああああッ!?」
「放せ!」
 怪鳥の脚にしがみつき、強引に開かせて囚われていた子供を助け出す。怒った敵は反転して襲いかかって来たが、彼は容赦無くクチバシに蹴りを叩き込んでやった。脚から噴出させた銀色の光によって攻撃が加速され、尋常でない破壊力を生み出す。
「ギャッ!?」
 クチバシを粉砕された巨大な鳥はバランスを崩して地面に落ちる。一足先に着地した旭は駆け寄ってきた赤毛の女性に子供を託し、再び空を睨みつけた。
「その子と一緒に建物へ!」
「ウン!」
 生き残った人々は次々に周囲の建物へ隠れる。都市部まで来ていたことは不幸中の幸いだった。隠れる場所の無いところで襲われていたら、被害はもっと大きくなってしまっていただろう。
 もちろん、今回受けた被害だって小さくは無い。この借りは絶対に返してやる。
 渦はさらに大きくなり、回転の速度を上げた。

「来い! 俺はここだぞ、バケモノども!!」

 彼がそう叫ぶと、上空で旋回していた、あるいは高い建築物の上で“食事”を楽しんでいた怪鳥達が一斉にこちらを見た。そうだそれでいい。
 まだ多くの者達には秘密にしていることだが、あの銀色の霧から生まれる怪物達は自分を見つけると何故か我を忘れたように凶暴化し、他には目もくれずに襲いかかって来る。
 最低の体質だが、今は好都合だ。あれらと対等以上に渡り合える人間は今のところ自分だけ。だったら戦うついでに囮になって味方から引き離してしまえばいい。
 旭は再び空中へ駆け上がった。そして皆が隠れた建物から離れた場所に向かって飛んで行く。

「来いよ! 俺を喰いたきゃ追って来い!」

 案の定、敵は全てが一斉に彼を追跡し始めた。数秒後、ある程度の距離を稼げたことを確認して反転するアサヒ。
 だが一瞬、握った自身の拳に恐怖を抱く。

(もう、あんなことはしちゃ駄目だ……!)

 東京の街の一部は彼が消滅させた。家族と親しい者達を殺されて激昂してしまっていたとはいえ、あの一撃のせいで命を落とした人々もいただろう。今ここで同じことをすれば一緒に東京を脱出してきた人々まで巻き込むことになる。
 だからコントロールしろ。もう絶対に間違うな。
 今度こそ、守るべきものを守り抜け!
「ケアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!」
「……行くぞ」
 決意を固め、迷いを振り切り、もう一度強く拳を握り締める。全身から銀色の光を噴射して空を飛ぶ。細く鋭く、力を研ぎ澄ませと自分自身に念じながら。
 まるでその思念に応えたかのように、次の瞬間、彼の肉体は刃と化して殺到する怪鳥達の間を駆け抜けた。
 怪物の群れはその一撃によって無数の肉片と化し、地上に落ちるなり銀色の霧となって消失した。


「アサヒ! オカエリ!」
 自分より少し年上の女性が手を振っている。赤毛に茶の瞳。彫りが深くて整った顔立ち。明らかに日本人でない彼女の名前はドロシー。奇しくも地球に落ちて来るはずだったあの彗星と同じだ。
 アメリカ人なのだが、お父さんのコネで日本政府と交渉し東京の地下都市で生活させてもらっていたらしい。無類の漫画好きだからだそうだが、そんな理由であのご時世にワガママを通してもらえたとは、いったい何者なんだろうか?
 ともあれ、彼女とは都心が壊滅した直後に出会った。何故か妙に気に入られてしまったらしく、あれ以来ずっと自分から離れようとしない。
 無事な姿で戻ってきた彼を笑顔で迎えたドロシーは、念のために確認すると言って全身をペタペタ触りつつ訊ねてきた。
「あのロックチョウ達は? 全部ヤッつけた?」
「ロッ……何? あの鳥達のことなら倒したけど……」
「エッ、知らナイノ? ファンタジー系のゲームならおなじみデショ? JRPGの方が出演率高いと思うんだケド?」
「俺、ゲームとかあんまりしたことないから……」
「Oh……ホントに日本人ナノ? そういえば、なんか変な超能力まで使えルシ。前から訊きたカッタケド、ソレなんなんデスカ?」
「なんなんですか、って言われてもな……」
 旭自身、どうして自分にこんな力があるのか理由は全く知らなかった。母を喪った瞬間に突然目覚めたのだ。
(──いや、本当にそうか?)

 よく考えると、自分は昔から人並外れた身体能力を有していた。もしかしたら、あれもこの奇妙な力の一端だったのかもしれない。

 でも、だとすると、まさか──彼がある可能性に気が付いた時、しかしその思考はドロシーの呼びかけによって中断させられる。
「旭、ソロソロ行きマショ」
「あ、そうだね」
 脅威が去ったことを知り、再び外に出て来た人々が、犠牲者の死を悼みつつも前に進む意志を見せ、彼が先導してくれる時を待っていた。
 彼等は今、東京を脱出し、国道四号線を北上して宇都宮を目指している最中だ。宇都宮にも地下都市があるので、もし無事なら避難させてもらうつもりなのだ。
 東京は完全に壊滅した。さいたま市の地下都市も……地上からの呼びかけにどうしても答えてくれなかったので旭が強引に入口を作り侵入してみたところ、中にいた人々は全滅してしまっていた。いったい何が起きたのかわからないほどの惨状で、ほとんどの遺体は原形を留めていなかった。
 宇都宮も同じようなことになっているかもしれない。そしたら次はどこへ行けばいいのだろう? もっと北へ──茨城や栃木、あるいは東北地方を目指すことになるのかもしれない。
 ここまでの道中で何度か生き残った人々と合流した。けれど、突然怪物が発生する度にそれ以上の人数があっさりと消えていく。

「原発は大丈夫だろうか……」
「茨城方面には行かない方がいいかもしれんな……」

 そんな会話が聴こえて来た。
 そういえば日本でも何ヵ所かはまだ原発が稼働していたのだ。彗星が衝突した時に破壊されてしまった場合、確実に周辺地域を汚染することになるから、大半はこの一七年間で廃炉になっていたはずだが。
 不安は他にもたくさんある。希望は未だ見えない。本当に自分達はこの未曽有の大災害を生き延びることができるのだろうか? 誰もが疑問に思いながら歩いている。
 それでも足は止めない。疲れても恐ろしくても、喪った者達に後ろ髪を引かれても振り返らず、ただただ前へ歩み続ける。
「キット大丈夫デス」
 隣を歩くドロシーが、力強く笑いながらそう言った。
 彼女の視線の先にはさっき助けた子供の姿。無事母親と再会して手を繋いで歩いている。小さな足で一歩一歩、見通しの利かない明日へ向かって進んで行く。
「うん」
 旭もそう信じることにした。自分達はきっと大丈夫。この手で必ず守り抜いてみせる。
 それが家族も友人達も、誰一人守れなかった自分に今できる、精一杯のことだから。


 彼等はやがて遠く東北にまで到り、ようやく安住の地を見つけた。
 そしてその道中、多くの人々を守り導いた旭は、彼等からこう呼ばれるようになった。
“英雄”と。
 その物語は現代にまで語り継がれている。子供達が眠る時、親にせがんで話してもらうおとぎ話の一つとして──
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