第七魔眼の契約者

文月ヒロ

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第二章:光と叡智交錯する魔の祭典

第55話修祓不能の悪魔

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魔術で加速した悟の体が、学院の広々とした敷地内を駆け抜ける。
 そんな彼の頭に魔眼の思念が届く。

 ――それにしても、奇妙だね。悟、君もそう思わないかい?

 ――悪魔連中の動きか?まぁ確かに変だわな。学院ってのは【魔術師】がウヨウヨいる場所なんだ。こそこそ隠れて裏工作くらいしないと、大した事も出来ないまま祓われて終わりだろ、普通はよ。なのに、蓋を開けてみりゃあ、真正面からの殴り込み。まるで……。

 ――

 ――考え過ぎ、だったらいいんだけどよ。

 悪魔は狡猾だ、そう習った。故に、疑念が晴れない。
 もしそれが正しかった場合、事態は悪魔の単なる襲撃ではなくなるかもしれない。それが気がかりだった。

「ッ!?東条」

「分かっている」

 疾走の途中の体を唐突に反転させ、靴裏で地面を擦って勢いを殺しつつ、悟は叫ぶ。
 しかし、流石と言うべきか、並走中だった東条も既に気付いていたようだ。同じようにして止まった。

 視線を空へ向ける。悟が感じたのは、食堂付近まで辿り着いていた自分達に、急速に接近しようとする者の気配。そう、悪魔だ。

 数体と、数は少ない。しかし、その中に先程【天眼】で確認しなかった悪魔の姿があった。

 ――援軍か?

 たった一体だが、他の敵と比べて保有する魔力量が異常に高い。
 それに、容姿も他とは異なっている。

 何だこの悪魔は。
 そう疑問を感じつつ、悟は敵に鋭い視線を送り、両の拳を前方に構える。

 一方、東条は敵の姿を確認した途端、心底不快そうな表情を浮かべ口を開いた。

「あぁ、今日はとことん厄日だな。まったく……」

「どうした?あの悪魔、何かあるのかよ」

 その言葉の真意が気になり、尋ねた悟。
 すると、東条は呆れたような声で返事を返した。

「人のような四肢と胴体に、山羊の如き頭、漆黒の翼。ふんっ、ここまで聞いて、この悪魔の正体が分からない【魔術師】なんて普通いないんだけどね。まぁ、この名前を言えば流石に分かるか。タロットカード、大アルカナの十五番――「悪魔」のバフォメット。人間の恐怖より存在が確立された、あの悪魔さ」

「……名前付きの悪魔。しかも、バフォメットって」





「序列は中位。だが、実質的には他の上位悪魔以上の存在。何故なら、完全に祓う事が出来ないから」

「「?」」

 不意に聞こえた声に、そちらへ振り向くと、そこには見覚えのある少年の姿があった。
 城谷白。彼が悠然とした歩みでこちらに向かって進んで来る。

「少し前に祓ったばかりなのに、【転生】が早いな。それで、また俺に用か?」

「ナニ、暇潰シダ。トハイエ、貴様ト再ビタワムレルノモ悪クナイゾ、第一魔眼ノ【適合者】」

「俺との殺し合いが戯れか、ふざけた奴め」

「フンッ、ナラバ我ヲ真ノ意味デ祓ッテミルカ?今度ハ蘇ラヌヨウニ。……無論、ダガ」

「何だとッ……?」

 バフォメットの嘲るような台詞に、城谷の目付きが刃物のように鋭利なものとなる。

「カカ、ソウ怒ルナ。戯レノ中デノ戯言デ」

 ――そこまで言って、途端、悪魔は吹き飛んだ。



「ナ、何ガッ……!」

 起こったのだ。

 地上に叩き付けられたバフォメットは、混乱の中、立ち上がろうとして――眼前に尋常でない魔力を纏った拳を見た。
 強い衝撃によって、激しく地面を転がりながら悟る。

 自分は殴られたのだ、二度も。

 黒い翼の羽ばたきでその勢いを殺し、後ろを振り向く。
 拳を作り、振り被った悪魔が視界に捉えたのは、和灘悟の姿。

 狙うのは、こちらに三度目の打撃を繰り出そうとしている隙。
 同じ様に右の手に魔力を纏わせ、その矮小な頭蓋を叩き割ってや

「ガ――ハァッ……!」


 重く、速い、避けようのない一撃。そのはずだった。
 しかし、まるで自分の動きを予測していたかのように、目の前の少年はそれを回避し、バフォメットの腹に拳を沈め込んだ。

「コノ、小童ガッ!」

 怒気を露わにしつつも、少し強めに小突いてやれば容易く潰れる、そう思って暴れるように力を振るった。だというのに、何だこれは。

 殴打の為に放った一撃は、紙一重の所で虚空を殴り、代わりに敵の拳が飛んで来る。
 蹴りを当てたと思えば腕で完璧にいなされ、それによって生まれた隙を狙われる。
 鬱陶しくて振り上げた爪が、後ろに跳ばれ回避されたと思えば、気付いた時には少年の姿が眼前にあって、顔面に膝蹴りを食らったッ。

 後退り、バフォメットは忌々し気な眼差しを悟に向けた。

「スバシッコイ、奴メ。何者カ、知ラヌガ、貴様、本気デ我ヲ祓エルトデモ……?クハハッ、無駄ナ事ヲ。仮ニコノ身ガ滅ビヨウト、何度モ蘇ッテ――」

「だったら、捻じ曲げてやるよ。そのふざけたことわりって奴を」

 悟は、凍て付くような眼差しと共に言葉を放った。
 そうして握った拳、強く踏み締める地面。




 悟が飛び出すその直前、悪魔は一瞬、醜悪な笑み浮かべ呟いた。


「【拘束セヨ】――ナッ?」

 虚空より複数現れた漆黒の魔手。それが悟を襲い、けれど――

「……」

 もう直ぐ、魔法祭が始まる。【魔術師】の下らない勢力争いが絡んだ、半ば鬱陶しくなりつつある催しが。されど決して無視する事の出来ない祭典が。
 そんな時期に、「暇潰し」に学院襲撃だと?
 なるほど、ならばコイツは。

 ――コイツは、今ここで……ッ。

 完全に祓わなければならない。

「クッ、【堕落セヨ】」

 バフォメットの二つ目に放った魔術が悟の動きを阻害する。
 全身に感じる強い脱力感と、あらゆる動作が鈍くなる感覚。

 その間隙を縫うように、魔力を集束させた悪魔の掌が眼前に迫って来た。
 至近距離からの魔力放出。
 単純。故に、素早く放てる効果的な反撃の一手。しかしッ、

「【加速】」

 悟の魔術が、バフォメットの攻撃を正反対の方向に加速させた。
 自身の魔力が生んだ衝撃に怯んだ悪魔を、悟の拳が捉える。
 魔力を纏わせ、魔術で加速を仕掛けようとする。












 城谷白の存在を悟の【天眼】が感知したのは、直後の事だった。
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