第七魔眼の契約者

文月ヒロ

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第二章:光と叡智交錯する魔の祭典

第46話第一魔眼の【適合者】(2)

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 食堂の入り口近く。悟の【天眼】に、白い髪の少年の姿が映った。眼差しは鋭く、けれど、どこか気迫に欠ける少年だ。そして、何より。
 ――神気……?
 以前、【名無し】からも感じた事のある気配。通常、人間が有するはずのない神の気配。
 仮に神気を持つ人間が存在するならば、それは、神に近しき力を持つ
 悟の中にある【魔術師】としての知識が、そう告げている。
 英雄が死に絶えたこの世界で、それに至る素質を身に宿した者。いるはずがない。
 だって、それでは幼き日、自分が【魔術師】に、只人ただびとの運命に抗うと決めた意味がな








 ――忘れて。

「ぅ、ぐッ………………!!」

 刹那、悟の頭に強烈な頭痛が走った。
 無意識に右手がこめかみを押さえ付ける。
 直前まで何を考えていたのかなど、最早記憶にはない。思い出せもしないだろう。
 ――何故なら、それは神が悟にだけ定めた禁忌タブーだから。

「「えッ!?」」

「和灘君!?」

「ど、どうしたの……!」

「いや、瞳、お前らも、何もねぇよ」

 脂汗を額に浮かべながら悟は答えた。

 ――【神呪】の発動か。大丈夫かい、悟?

 ――おう、ノウズ。もう、治、まった……。っそ、今ので【天眼】切れ





「お前か」

「ッ!?」

 気が付けば、あの白髪の少年の鋭利な眼差しが、背後で悟を睨んでいた。
 その様子を、悟は【天眼】によって見た。
 冷や汗を背中に感じつつ、おもむろに少年の方へ向き、立ち上がる。

「さっき、お前から神気を感じた。いや、今も少量漏れ出ているな。……まぁ、それはいい――ところで、お前が第七魔眼の【契約者】か?」

「……は、はは、人違いじゃないっすか?」

 咄嗟に、悟は嘘を付いた。

「なら、何故俺達の魔眼が反応し合っている?」

「……」

 それは魔眼の【適合者】、あるいは【契約者】だけが眼に感じていた熱。否、それと錯覚する程に己の中で高まった魔力。
 原因は、十中八九、互いの魔眼より発せられるだ。
 無論、それが何なのかは悟自身も分からない。ノウズは、眼前の少年が現れた瞬間に悟の中に姿を隠した。
【思考超加速】。叡智の魔眼の力が、悟の思考速度を飛躍的に引き上げる。
 時の流れが緩やかになったような感覚を覚えつつ、この眼の魔力の高まりをどうにかして止めて欲しいと思って、警戒はそのままに意識を僅かにノウズへ向けたのだが……。

 ――悟、悪いが難しそうだ、これは。向こうの魔眼が、こちらに呼びかけて来ている。向こうの声自体は聞こえないが、恐らく、欲しているのはボクの知識だ。

 ――知識……?

 ――魔眼の奥義と呼ぶべきものの知識さ。【名無し】との戦いで、最後に君も使っただろう?神々はボクだけでなく、それらに関する情報の一切をあの【迷宮】に封じていたんだ。

 そういえば、あの【迷宮】の中で、封印されているのはノウズだけではないと聞いた気もする。

 ――そして……最悪な事に、ボクらの本来の使命すら、他の魔眼達は忘れている。

 ――神殺し、か。

 ――下手な発言での情報流出は、避けないと危険だろう。本来は協力関係にあるのだけれどね。……けれど、今代こんだいの魔眼の【適合者】は、味方か判別がつかない。

「おい」

 加速した思考の中、白髪の少年の声が聞こえ、悟は魔眼の力の行使を止めた。

「第七魔眼の【契約者】・和灘悟だ」

「認めるのか?」

「まぁ、バレたしな。そっちは?」

「第一魔眼の【適合者】・城谷白。学院長が言っていた、神を殺したらしいな?神殺しの実力を知りたい、俺と闘ってくれ」

 悟の表情が硬直した。城谷白の鋭い視線は自分に向けられたまま。
 先程よりも、彼の覇気が増した気がして、悟は小さくのけ反った。それを誤魔化すようにして、悟は苦笑いを浮かべた。

「……第一位階の最弱者ワーストとか?」

「協会の耄碌もうろくじいさん達の物差しで測った序列は、今はどうでもいい。重要なのは、お前が英雄と呼ばれるにふさわしい力を持っているかどうかだ」

 その次の瞬間だった。
 城谷から独特の圧力が放たれた。この感覚を悟は知っている――神気だ。
 異変が起こったのはその直後。

「――ッ!?」

 突如として周囲の生徒達が崩れるように倒れた。
 気を失ったわけではない。腰が抜けたように床へ座り込み、城谷白の方を向いていたのだ。しかし、視線だけは何故か合わせようとしない。顔を背ける者や、瞼をキュッと思い切り閉じるもいた。
 椅子に座ったままの生徒も同様の反応で、それは徹や操紗、小雪も例外ではなかった。
 そして、悟の【天眼】はもう一つの異変を捉えていた。
 ――全員が、恐怖に染まったような表情をしている。
 一体何が起こっているのか、まるで分らなかった。

「思ってた通りだ、お前は神気の影響を受けないんだな」

 城谷白の声が悟の耳に届いた。

「神気の影響……?まぁ、それよりも、だ。俺は闘わねぇよ。理由がない」

「なら、【決闘】だ。勝てば、お前は俺から何でも奪える、何でも命令出来る。どうだ?」

「……そりゃちょっと、後先考えなさ過ぎだろ。俺が「死ね」って命令すれば、お前、死ぬぞ」

「それならそれで構わない。俺がその程度の人間だったという話で終わる」

 零か百か……選択肢がそれだけしかないのだろうか、この少年には。だとすれば、いささか覚悟が決まり過ぎだ。硬い表情のまま、悟は好転しない状況に微かな焦燥感を胸に抱いた。

「――ねぇ、、皆に迷惑がかかってるんだけど」

 その台詞が聞こえたのは、そんな時だった。
 声のした方へ視線を向けると、赤眼瞳がいた。

「今日は、神気が効かない奴によく会うな」

「あのね……悟がおかしいだけで、私にもちゃんと効いてるに決まってるでしょ?ほら」

 言って、瞳は右の手を胸の高さまで挙げた。
 ――その手は小刻みに震えていた。

「……そうか、神気に耐えているのか。まるで学院長みたいだな」

「貴方、学院長にも同じ事やったの?」

「【決闘】も受けてくれた。闘って、殺したと思ったら何故か死んでいなくて、それで負けて学院ここに来た。けど……なるほどな、来てよかった」

「そう、でもこんな事頻繁にしてたら、減点食らって退学になるかもね。そこに立ってるのみたいに」

 瞳の視線を受け、悟は溜息を吐くように答えた。

「……だな、城谷だっけ、別にんなことしなくても俺と闘う機会くらいあるしな」

「城谷白だ、フルネームで呼べ」

「何でだよ、めんどくせぇ。兎に角、そういう訳だから、今日は諦めてくれや」

「…………分かった」

 渋々、といった表情だったが、城谷白から放たれていた神気の圧力が消える。
 それから直ぐ、踵を返し、彼は去って行く。言い知れない危うさを纏いながら。
 その背中を悟はしばらくの間見つめていた――。
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