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第二章:光と叡智交錯する魔の祭典
第40話第七魔眼と訪問者
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世界には現在、魔眼と呼ばれる眼を持つ【魔術師】が七人存在する。
一種の災害とされる序列上位の悪魔が支配する【迷宮】を、単独で攻略し得る能力を持つ【魔術師】。序列第八位階――大魔術師。
実力で言えば、それと同等以上の力を有する魔眼持ちが二人。
将来その二人と並ぶとされている魔眼持ちが四人。
いずれも【適合者】だ。
だが、約半月前、唯一例外となる存在が突如として現れた。
詳細不明、能力不明、実力不明。
ただ、とある者は彼を最弱者と呼ぶ。
また、とある者は彼を【契約者】と呼んだ。
そして、ごく一部の者は彼をこう呼ぶのだ――神殺し、と。
そんな少年は今、
「ありがとうございましたぁー」
――何故か、コンビニで短期バイトに勤しんでいた……。
少年、否、和灘悟は客が去って行ったのを確認すると「ふぅ」と息を吐き脱力する。
そうして、店内に流れるBGMを聞き流しながら、この仕事にもそこそこ慣れて来たと妙な達成感を覚える。
「しっかし、こんな事になるとか……マジで馬鹿したなぁ…」
「ふふっ、仕方がないさ。君の妹との約束なんだろう?」
愚痴を零していると、何時ものように頭上から少年のような、あるいは少女のような中性的な声が降って来た。
見上げてみれば白銀の髪を腰まで伸ばした魔眼の顔がこちらに微笑を浮かべている。
「……ったく、ノウズお前、どうせ他人事だと思って面白がってんだろ」
「そうでもない。ここだと自由に姿を出して君と会話が出来ないからね」
「はっ、どうだか…」
自分に近付きつつ言うノウズに、悟は疑うような視線を向けて言葉を返す。
――事の発端は、半月近く前。
そう、丁度悟が第六魔法学院で落第の危機に陥っていた時だ。両親に落第の事実が露見する事を恐れ、妹である和灘遥七に学院からの連絡が親に届かないよう工作したのだ。結局、それは自身の努力の甲斐あって無用な行動に終わった。
……のだが、予防線を張った対価として遥七にブランド物のバッグを買う約束をしてしまった。
恐ろしい妹である。【名無し】消滅後、病院で入院中すっかりその事を忘れていた自分に、見舞いのついでに彼女はこう言い残して病室を去って行った。
『それでお兄ちゃん、ルリヴィトンのバッグは何時くれるの?』
屈託のない笑顔で妹が放った闇金業者染みた台詞に、悟が顔を蒼褪めさせたのは言うまでもない。
「まぁ幸い……ってぇのかどうかはあんま考えたくねぇけど、あの狂った履歴書見せて採用されたんだから良しとすべきかね?」
悟も含め大抵の【魔術師】の学歴には、魔法学院の名が載る。
三日程前に面接を終え、その日の内に仕事を始める事となったのだが、よくそんな胡散臭い経歴の人間が受かるなと感心した。
学院の近くのコンビニだから、というのが関係しているのかもしれない。
と、ぼんやりと思考していた時だった。
不意に店内のドアが開き、反射的に悟が来店した客に声をかけようとして――
「いらっしゃいま――げっ…」
「……チッ」
ここでの関係性で言えばアルバイトと客。
それにも関わらず、視線が合った途端、互いに苦虫を噛み潰したような表情をして口をつぐむ。一方はバツが悪そうに目を逸らし、もう一方は嫌々ながらも相手の挙動が気になって目線を客に貼り付けたまま。
悟の瞳に映ったのはウェーブのかかった少し長い黒髪の少年。着ているのが私服というのもあり、以前見た時とは違って一般人然とした印象を受ける。
しかし、悟は知っている――この少年は【魔術師】だと。
東条陽流真。それが来店客の正体であり、少し前に悟が学院での実践演習にて打ち負かした相手だった。
「あぁ、君の記憶にもあった【魔術師】か。確か位階は――」
「第四位階、あの年でな。所謂天才って奴」
「けれど、一度勝ったんだろう?」
「だから逆恨みが怖いんだろうが。それでここで暴れられでもしたら、目も当てられねぇよ。いや、どこでされても困るけどさぁ……」
恐らく、きっと、十中八九、コンビニに入った時に悟に襲い掛からなかった時点でその可能性は低いと思われるが。
不発弾を両手に抱えているような感覚を覚え、気疲れが尋常ではない。
ノウズと小声で言葉を交わしつつ、もう何も買わなくていいから早く帰ってくれないだろうか、と悟は凡そ客に向ける物ではない感情を東条に向ける。
その本人は店内の棚の影に隠れて肉眼では見えないが、そこは魔眼の力【天眼】を使って補っている。
「それが噂の第七魔眼か」
と、悟が意識を僅かに明後日の方へ向けた隙を埋めるかのようにして、不意に東条から声がかけられた。
そうして、そのままレジへと近付いて来る。
反応に困っている悟を置き去りにノウズが「ご名答、気軽にノウズと呼んでくれたまえ」と代わりに返答した。
もっとも、
「ふんっ……」
言葉を受け取った本人は相変わらず仏頂面を貫いている。どうやら、その姿勢は崩す気がないらしい。
内心で溜息を付きながらも、悟は東条がレジの前に出した商品のバーコードを機械で読み取っていく。
冷房の効いた店内に、夏らしいBGMの音だけが流れる。
最初に沈黙を破ったのは東条だった。
「おい」
「?」
「入院していると聞いた」
「十日くらいな。まぁ、怪我自体は重傷って程でもなかったし、見ての通りちょっと前に退院したよ」
「意味が分からないな。重傷でなかったなら、何故入院なんか」
「ぁあ、いや、複雑な事情がな……」
そう言って悟は言葉を濁す。
東条の指摘した通り、傷だけなら治癒魔術で直ぐに完治した。
しかし、【名無し】との戦闘中、悟は自らの体に宿る呪いを駆使し、膨大な量の魔力を何度も生み出して危機を乗り切った。
その対価として、一気に約半月分の寿命を削った反動だろう。過度に魔眼の力を行使したのもあり、悟は十日以上意識を失っていた。
話せない、というよりは、家族にすら隠している呪いの話を面識の薄い他人にしたくなかった。
「あぁそう……まぁ、君の事情なんてどうでもいい。――だが、あまり迂闊に外を彷徨くな。特に学院近くは」
「は?」
一種の災害とされる序列上位の悪魔が支配する【迷宮】を、単独で攻略し得る能力を持つ【魔術師】。序列第八位階――大魔術師。
実力で言えば、それと同等以上の力を有する魔眼持ちが二人。
将来その二人と並ぶとされている魔眼持ちが四人。
いずれも【適合者】だ。
だが、約半月前、唯一例外となる存在が突如として現れた。
詳細不明、能力不明、実力不明。
ただ、とある者は彼を最弱者と呼ぶ。
また、とある者は彼を【契約者】と呼んだ。
そして、ごく一部の者は彼をこう呼ぶのだ――神殺し、と。
そんな少年は今、
「ありがとうございましたぁー」
――何故か、コンビニで短期バイトに勤しんでいた……。
少年、否、和灘悟は客が去って行ったのを確認すると「ふぅ」と息を吐き脱力する。
そうして、店内に流れるBGMを聞き流しながら、この仕事にもそこそこ慣れて来たと妙な達成感を覚える。
「しっかし、こんな事になるとか……マジで馬鹿したなぁ…」
「ふふっ、仕方がないさ。君の妹との約束なんだろう?」
愚痴を零していると、何時ものように頭上から少年のような、あるいは少女のような中性的な声が降って来た。
見上げてみれば白銀の髪を腰まで伸ばした魔眼の顔がこちらに微笑を浮かべている。
「……ったく、ノウズお前、どうせ他人事だと思って面白がってんだろ」
「そうでもない。ここだと自由に姿を出して君と会話が出来ないからね」
「はっ、どうだか…」
自分に近付きつつ言うノウズに、悟は疑うような視線を向けて言葉を返す。
――事の発端は、半月近く前。
そう、丁度悟が第六魔法学院で落第の危機に陥っていた時だ。両親に落第の事実が露見する事を恐れ、妹である和灘遥七に学院からの連絡が親に届かないよう工作したのだ。結局、それは自身の努力の甲斐あって無用な行動に終わった。
……のだが、予防線を張った対価として遥七にブランド物のバッグを買う約束をしてしまった。
恐ろしい妹である。【名無し】消滅後、病院で入院中すっかりその事を忘れていた自分に、見舞いのついでに彼女はこう言い残して病室を去って行った。
『それでお兄ちゃん、ルリヴィトンのバッグは何時くれるの?』
屈託のない笑顔で妹が放った闇金業者染みた台詞に、悟が顔を蒼褪めさせたのは言うまでもない。
「まぁ幸い……ってぇのかどうかはあんま考えたくねぇけど、あの狂った履歴書見せて採用されたんだから良しとすべきかね?」
悟も含め大抵の【魔術師】の学歴には、魔法学院の名が載る。
三日程前に面接を終え、その日の内に仕事を始める事となったのだが、よくそんな胡散臭い経歴の人間が受かるなと感心した。
学院の近くのコンビニだから、というのが関係しているのかもしれない。
と、ぼんやりと思考していた時だった。
不意に店内のドアが開き、反射的に悟が来店した客に声をかけようとして――
「いらっしゃいま――げっ…」
「……チッ」
ここでの関係性で言えばアルバイトと客。
それにも関わらず、視線が合った途端、互いに苦虫を噛み潰したような表情をして口をつぐむ。一方はバツが悪そうに目を逸らし、もう一方は嫌々ながらも相手の挙動が気になって目線を客に貼り付けたまま。
悟の瞳に映ったのはウェーブのかかった少し長い黒髪の少年。着ているのが私服というのもあり、以前見た時とは違って一般人然とした印象を受ける。
しかし、悟は知っている――この少年は【魔術師】だと。
東条陽流真。それが来店客の正体であり、少し前に悟が学院での実践演習にて打ち負かした相手だった。
「あぁ、君の記憶にもあった【魔術師】か。確か位階は――」
「第四位階、あの年でな。所謂天才って奴」
「けれど、一度勝ったんだろう?」
「だから逆恨みが怖いんだろうが。それでここで暴れられでもしたら、目も当てられねぇよ。いや、どこでされても困るけどさぁ……」
恐らく、きっと、十中八九、コンビニに入った時に悟に襲い掛からなかった時点でその可能性は低いと思われるが。
不発弾を両手に抱えているような感覚を覚え、気疲れが尋常ではない。
ノウズと小声で言葉を交わしつつ、もう何も買わなくていいから早く帰ってくれないだろうか、と悟は凡そ客に向ける物ではない感情を東条に向ける。
その本人は店内の棚の影に隠れて肉眼では見えないが、そこは魔眼の力【天眼】を使って補っている。
「それが噂の第七魔眼か」
と、悟が意識を僅かに明後日の方へ向けた隙を埋めるかのようにして、不意に東条から声がかけられた。
そうして、そのままレジへと近付いて来る。
反応に困っている悟を置き去りにノウズが「ご名答、気軽にノウズと呼んでくれたまえ」と代わりに返答した。
もっとも、
「ふんっ……」
言葉を受け取った本人は相変わらず仏頂面を貫いている。どうやら、その姿勢は崩す気がないらしい。
内心で溜息を付きながらも、悟は東条がレジの前に出した商品のバーコードを機械で読み取っていく。
冷房の効いた店内に、夏らしいBGMの音だけが流れる。
最初に沈黙を破ったのは東条だった。
「おい」
「?」
「入院していると聞いた」
「十日くらいな。まぁ、怪我自体は重傷って程でもなかったし、見ての通りちょっと前に退院したよ」
「意味が分からないな。重傷でなかったなら、何故入院なんか」
「ぁあ、いや、複雑な事情がな……」
そう言って悟は言葉を濁す。
東条の指摘した通り、傷だけなら治癒魔術で直ぐに完治した。
しかし、【名無し】との戦闘中、悟は自らの体に宿る呪いを駆使し、膨大な量の魔力を何度も生み出して危機を乗り切った。
その対価として、一気に約半月分の寿命を削った反動だろう。過度に魔眼の力を行使したのもあり、悟は十日以上意識を失っていた。
話せない、というよりは、家族にすら隠している呪いの話を面識の薄い他人にしたくなかった。
「あぁそう……まぁ、君の事情なんてどうでもいい。――だが、あまり迂闊に外を彷徨くな。特に学院近くは」
「は?」
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