第七魔眼の契約者

文月ヒロ

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第一章:始まりの契約

第37話神殺しの一手(2)

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「さて、見せてやろうじゃないか悟。という物を」

 ノウズが発したその台詞が合図となった。
 固有魔術・【加速】で即座に駆け出した悟は、爆発的な初動を見せる。駆ける軌跡は一直線。
 今度は注意が初めから悟へ集中しているのだ、瞳が狙われる心配は無用。
 ならば悟は小細工なしにただ前へ進むのみ。
 恐れる事など何もない。力を得た、敵なら背を三度地に着けさせた、そして何より隣には魔眼がいる。
 だから――。

「――来るよ」

「あぁ……ッ」

 悟の足元に【名無し】が魔術で生み出した火柱が、魔法陣より瞬時に顕現した。
 しかし、【加速】によって何度も急激な速度上昇を果たす悟には届かない。
 寧ろ、眼前の敵へ目掛け一気に肉薄する。

「ん?――にゃろッ……!」

 そうして拳に薄く纏った魔力を熾し叩き付けようとするも、突如【名無し】の体が崩れた。
 火の大精霊・サラマンダーと見間違うような火炎の巨体がただの炎と化したのだ。
 半神だった火の塊が渦を形取り、周囲に炎を撒き散らした事で悟の足が止まる。

 そして、跳ぶようにして後ろに下がって【名無し】を観察し始めた直後だった。【名無し】は数秒の間に上へ上へと上昇し、周りに魔法陣を展開。悟へ魔術の雨を降らせたッ。

 だが、それを黙って見ている程悟は甘くない。

 己の中にある叡智の魔眼の力が、彼自身の意思に呼応し解放され――次の瞬間、世界が一変した。
【天眼】が悟の周囲の光景を映し出す。
【思考超加速】によって思考が知覚速度すら容易く追い越した。
 全てが止まって見える世界。

 ざっと見ただけで三十以上の火炎の球やらがこちらに迫って来ている。無論、あの【名無し】の攻撃は後から更に続いて生まれて来るだろう。
 が、その多くが狙いが定まっていない。

【思考超加速】の効果を緩め、悟の中で再び世界の時間が鼓動を始める。
 被弾しそうな攻撃だけ、その軌道を【加速】でずらす。
 とはいえ、悟自身はどこまで行こうと最弱者ワースト。魔術の多重発動が下手で、流しきれない物は回避していく。

 ――探って来てるな、俺の弱点。

 ――あぁ。しかもあの高さだ、今の【名無し】なら、仮にこちらが反撃しても容易く躱せる。

 ――見たとこ、あの蛇みてぇな状態になった途端、機動力上がりまくったってのも影響してるな……ありゃあ。

 ――だからと言って欠点がない訳ではないさ。ほら、彼が放つ魔術の威力が数段落ちているだろう?わざと自分が持つ魔力の制御を乱して姿を変えているから、機動力以外の力は幾らか低下するんだ。だから……。

 ――分かってるっての、勝つぜノウズ。

 踊るように【名無し】の猛攻を避ける悟は、加速した思考の中でノウズと意思を交わす。
 この炎の化身の如き怪物はやはり強い。
 並みの攻撃は通用せず、瀕死のダメージを負っても神の加護で回復し、膨大な魔力とそれを駆使した大魔術の連発を簡単に実行出来る英雄級の肉体を持っている。

 

「――【加速】!」

 炎の弾幕に生まれた微かな隙間を見逃さず、悟はそこから一気に抜け出した。
 悟の動きはそれで終わらない。魔術で更なる速度上昇を図り駆け抜ける。

【名無し】は戦い方を今も学習し続けているが、戦闘経験ではまだ悟よりも未熟。自分が圧倒的強者の資質を有していると自覚している所為もある。
 戦法は単調な上に隙だらけ、挙句慢心し、悟が動いた本当の意味をまるで理解していない。
 だから、悟が加速して壁を走り出し高所にいるこちらに迫ろうとしている事に気付いた時、【名無し】は完全に後手に回っていた。

「逃げられないよ?」

 ノウズが鋭い笑みを浮かべて呟いた。
【加速】。その魔術を発動させた悟の姿が消える。否、彼の急激な速度変化に対応出来ず、【名無し】が見失ったのだ。
 それが決め手だった。
 姿が変わろうと【名無し】が巨体である事に変わりはない。不意を突かれでもして懐に忍び込まれれば、それだけでこの半神の優位は崩れ去る。

 巨大故に繊細を欠く動きの怪物の頭上、敵の意識の埒外に潜んだ和灘悟が右の拳に魔力を纏い――

「だッ……るぁぁあ!!」

「―――――――――!?」

 膨大な魔力の塊で【名無し】を殴り付けた。

 地面に叩き付けられ、激痛に呻き声を上げる【名無し】。同時、燃える体とは裏腹に身が冷えるような危機感に襲われる。

 逃げ場など存在しない。
 故に様子見に意味などない。
 逃げるよりも、守るよりも、何よりも攻めねばならない。

 だから、その為に、それを為す為に【名無し】は――

「「力を得るには、戻るしかねぇよな(ないだろう)?」」

 愚かな半神は、火炎の肉体をサンショウウオに似た元の姿へすぐさま形を変えた。
 それが悟達の手によって導かれた状態であると知りもせずに。

「さて、行こうか悟」

「あぁ!」

【名無し】とは何か。
 悪魔であり、精霊であり、神である混沌とした存在である。
 型の違う血液のように、本来であれば混ぜた後に必ず拒否反応が起きる。しかし、【名無し】に宿る神の加護がそれを是としなかった。

『寧ろ、神の加護はその為にある。能力向上や自己再生はその副産物。だが……もしそれが崩れれば?』

 空中、悟が脳裏に浮かべたのは契約空間でノウズが口にした半神【名無し】を殺す為の一手。
 しかし、束の間の回想は刹那の内に掻き消える。

 その直後の話だった。魔眼をその身に宿す少年の掌が、魔眼の手と共に真っ直ぐ伸び、地べたに這いつくばる神へ向けられたのは。

「――ッ?」

 理解で出来ずにいる敵を置き去りに、を解放する。
 それは魔眼が神々に対して持つ、唯一の対抗手段。
 それは神が定めた絶対のことわりを破壊し、新たなる理へと変える力。

 故に彼らは叫んだッ。

「「叡智の魔眼・ノウズと、その契約者・和灘悟が、森羅万象に命ず!」」

 二つの声が混ざり合うのに呼応して、魔眼と少年の前に白銀の魔法陣が構築されていく。その幾何学模様に宿る白銀の光が同時に輝きを増していく。

 今この瞬間、この空間において、世界の支配者は神ではない。
 世界の真理一つをその眼で見て、読み解き、おのが叡智の一部とした悟達だ。
 知識を得た時点で、魔眼の力が全ての法則を支配する。最早、神すら彼等を止められない。

 そして、二人は既に知っていた。

「「叡智を以て、その理を――捻じ曲げろ」」






 神の加護が邪魔ならば、加護に込められた力を改変してしまえばいいと。















 次の瞬間、【名無し】に備わっていた加護の効果が
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