第七魔眼の契約者

文月ヒロ

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第一章:始まりの契約

第29話【迷宮】の主

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 崖の中への入り口、そこから一メートルもない所に、悟は転がって着地した。
 十数分以上の逃走劇を繰り広げ、その上で更に危機的状況を全力で乗り切った後だ。流石に、両足で綺麗に着地する余力はなかった。
 しかし、

「は、はは……やってやったぞ、どーだってんだノウズ…」

 おもむろに立ち上がりながら、悟は囁くような声で言った。

「――ぐッ」

 魔力に変換したのは、一日分の寿命。
 だが、それでも魂の欠損は体への負担が大きい。
 魔術発動後の悟を、眩暈が襲った。

 倒れる体を四つん這いになって支えると、自分が丁度、瞳に覆いかぶさるような体勢である事に気付いた。
 瞳が未だに気絶しているのをいい事に、悟は彼女をじっと見つめる。
 ――しっかし…何時見ても可愛いなコイツ……。
 稀に魔力の質が髪や瞳にまで影響する者がいるが、瞳は赤い長髪が似合い過ぎだ。おまけに、スタイルもいい。
 容姿だけならば、人気のアイドルやモデルなど目ではない。

「……」

 それはそうと、服の胸元部分が少しはだけているのが気になる。
 いや、他意はない、他意はないとも。他意はないが、しかし、どうしてもそこから目が離せない…ッ。
 ゴクリ、と生唾を飲む。

『悟、自分を助けに来てくれた少女を襲うというのは、あまり褒められた事じゃないよ』

「しねぇよ。そもそも、これ以上はしばらく動けねぇよ!」

「けれど、一瞬考えただろう?」

「……か、考えました…」

 ノウズの指摘に悟は観念した。他人の思考を見る事の出来るこの魔眼に、嘘は通用しないのだ。
 とはいえ、反論くらいはしたいもの。

「ちょっと待て、聞けノウズ。魔眼にゃ分からんかもしれんが、俺達人間ってのはこういう危機的状況になると本能が働きやがる。子孫繁栄の本能って奴がな!そう、つまり何が言いたいかと言うとだな……」

 ……さて、突然だが、もし仮にこの状況で赤眼瞳が目覚めたとしよう。果たして、一体どうなるのだろうか。

「…………ぅ、ん?」

「理性では抗いたい性欲が襲って来る訳で、これは俺じゃどうしようもない生理現象なん――」

 無防備な少女が目を覚ますと、クラスメイトの男子が馬乗りの状態で自分の上にいる状態だ――当然こうなる。

「いぃやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁァァァァアアッ!!」

「ふごッ……!?」

 直後、強烈な右ストレートが悟の顔面を直撃した。

「な、ななな、何しようとしてたのよアンタは!?」

 上体をサッと起こした瞳は、赤面しながら、両手で胸元を守るような構えを取って叫ぶ。

「……ち、違う瞳、これは、ご、誤解だ…ッ」

『ぷっ…ははは……!』

「おいノウズてめぇ…こうなるって絶対知ってたよな、そうだよな!?」

 声を荒げて問い詰める悟を他所にノウズは笑う。
 魔眼に顔や体があるのかどうかは知らないが、もし存在するのなら腹を抱えて必死に笑いを堪えているような笑い声だ。

「ふふ、いや…ボクはあらゆる物を見通す力を持っているだけで、見ようとしなければ何も見えないよ。今みたいにね」

「嘘付け」

『本当さ。君も魔眼の能力を使ってみれば分かる。……もっとも、君はボクの【適合者】ではないけれど』

「じゃあ駄目じゃねぇか…」

 魔眼の【適合者】は現在既に六人が確認されている。そして、残りの一枠には入れないと今言われた。だとすれば、どう足掻いても意味がない。

『だね、ボクも残念だ。君がボクの【適合者】ならきっと退屈しない気がしたし、この【迷宮】からも出られたのだが……まったく、現実とは残酷なものだよ』

「…あぁ、そっか。確かお前、ここに閉じ込められてたっけか」

「えっと…悟、コイツ本当に魔眼だったの?」

「ん?おぉ、らしいぜ瞳。つっても、本当かどうかは知らねぇけどな」

 会話に入って来た瞳が尋ねて来た為、悟はそう返事を返した。
 瞳は周囲を見渡した。数十センチ先には道がなく、崖の真下にはきっと、あの底の見えない闇が広がっているのだろう。

「はぁ……それにしても、助けに来たつもりが、まさか助けられるとはね…」

「いや、そっちが助けてくれなきゃ流石に終わってた。あんがとな瞳」

「――ッ。えっ、えぇ…こっちこそ、その」

「ありがとう」と小さく続けた瞳は、恐らく悟が初めて見る微笑を一瞬浮かべた。

「おう。っと、んじゃ、一段落した所で、こっからどうすっかね……」

 未だ疲れの取れぬまま、悟は思考を回す。
 とはいえ、【迷宮】など初めて来た上に、今回は完全に学院すら想定していなかった事態だろう。
 悟では知識も知恵も足りない。ここは瞳にアドバイスを訊くのも手だが……。

「ノウズ」

『あぁ、しばらくは休んでおくといい。瞳はともかく、悟の方の疲労は相当な物だ。それに、君が動くとまた【トラップ】が発動して大騒ぎだ』

「最後のは余計だっつーの。いや、俺としちゃ、今はその方が嬉しいけどさ」

 言いながら壁にもたれた悟は、そこで休憩に入った。

 時間にすれば、たった十数分の疾走だった。走った距離も、数十キロという訳でもない。しかし、マラソンなどとは違い、ペース配分など考えないでの全力疾走だ。体力など一気に消えてしまう。
 おまけに、魔力を併用しながらであった所為か、別の疲労が重なって今はあまり動きたくなかった所だ。

 瞳も異論はなかったようで、悟やノウズに何か意見を言う事はなかった。

「で、この先に何が待ってんだ?この十階層からは出られない、つってたよなノウズ」

『よく覚えているね悟。あぁ、その通りだ。何度か話題に上がったけれど、それはボクがここに封印されている理由が関係していてね』

「封印されてる理由?」

『この際だ、二人とも知っておくといい。少なくとも君達には、その権利くらいは――ん?』

 そこで、ノウズは言葉を止めた。
 どうしたのか。そう思った悟と瞳だったが、直後、【迷宮】が大きく揺れ始めた。

「何だ!?」

「分かんない。取り敢えず、悟もっと道の中に!早――」




『くっ、はは…なるほど、道理で……』

 悟達が動揺を見せる中、不意に、ノウズの声が二人の頭に届いた。

「何だ、何が起こってる」

『あぁ悟、先程崖で魔力の分解速度が上昇しただろう?理由が今更分かったよ…今更ね』

「は?こんな時に何言ってやがん――」

『【迷宮】が活性化し出したんだ』

 その聞き慣れない台詞に、悟の頭に疑問符が浮かぶ。
 ただ、あまりいい言葉ではないだろう事は、言われずとも直ぐ分かった。
 だというのに、ノウズは悠長に言葉を続けるのだ。

 まるで全てを諦めたような、そんな態度を取っている風に感じられるのだ。

『赤眼瞳、君なら知っているだろう?【迷宮】の主が侵入者を感知した時、敵を排除しようと【迷宮】を活性化させようとする。そして、ここにもいるんだ、飛び切りの化け物が』

「おいノウズ、まさか」

『君が今想像した通りだよ、悟。ずっと眠っていた癖に、侵入者達だってまだ十層の深部にすら足を踏み入れていないというのに。まったく…つくづくはボクの邪魔をするのが得意らしい』

 声の調子はおどけた物で、けれど、それは次の瞬間に重々しく真剣みを帯びた物へと変わった。















『――この【迷宮】の主が、目覚めてしまった…………ッ』
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