第七魔眼の契約者

文月ヒロ

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第一章:始まりの契約

第25話赤眼瞳の秘密

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◆◇◆◇◆◇◆

 四年前の、十二歳で初めて潜った【迷宮】でのあの出来事を、今でもたまに夢で見る。

 赤眼瞳もその時まではまだ、【魔術師】として大成するのだと信じて疑っていなかった。
 ――彼女は、よわい五にして第四位階級の魔術を成功させた、天才の中でもなお突出した天才だった。
 赤眼家では四百年前に第五魔眼の【適合者】が一人生まれたきり、それ以降魔眼に魅入られる者は現れなかった家だ。だが反面、魔術の才に関しては秀でた者が生まれやすい家系でもあった。

 しかし、そんな歴史の中で、近年、赤眼家の術師の実力は衰えを見せ始めていた。子どもは皆、魔術の資質がある者同士から生まれていたというのに、だ……。

 落ち目。赤眼が生まれたのは、彼女の家が周りからそう認識されだしてからしばらくの事。
 まるで、この数十年間に生まれた赤眼家の術師が持つはずであった才能を、全て吸収したかのように彼女の力は凄まじく、特に魔力量は異常なまでに高かった。

 そして、そう、十二歳の時だ。当時が人生初の【迷宮】攻略の為の探索だった。
 異空間で人知れず魔物や悪魔達と戦う地味な仕事。おまけに高リスクの割りに儲からない。
 将来なるとするなら【魔術師】を取り締まる裁定官あたりか。

 兎に角、今回の探索は【魔術師】なら誰でも一度は通る道なのだ、同行する大人達より活躍して今後に役立てればいい。

 そう思って探索中、魔物を発見すればすぐさま魔術の炎で焼き尽くし、仲間が敵に囲まれていれば片手間に援護へ回った。
 攻略難易度もそこまで高くない事もあり、瞳は活躍に活躍を重ねた。

 ――だから、陰でその尋常でない才能を妬まれた。

 事態が急変したのは、探索開始から数時間が経過した頃だったか。
 百を超える魔物の大群が瞳達の方へと押し寄せて来たのだ。それも戦闘中に。
 きっと、偶然だった。

 無論、対処が出来ない訳ではなかったはずだ。味方全員で固まって、それから周囲にいる魔物の包囲を一点突破し逃走する。そうして、殿しんがりは余力のある者が務める。そう、逃げるだけなら上手くいくはずだったのだ。

 だが、パニックが起こった。

 今までに経験して来なかった危機に、周囲の大人達は統率などお構いなしに我先にと逃げていく。
 周囲を見渡すが、誰もが冷静な思考を失っている事に瞳は気付いた。

『これッ……!』

 不味い、と思った彼女も逃走を選択。こうなっては個人の力で逃げ切る他ない。

 幸い動けない人間はいない。
 ギリギリ無事に生還出来るか。そんな思考が過った時だった、不意に、前方を走る大人の【魔術師】が顔を少し振り向かせ瞳を見た。

 ニタリと、その【魔術師】が醜悪な笑みを浮かべた気がした。

 一瞬にして全身に走る怖気。
 そして、次の瞬間、瞳の足元が急速に大きく隆起した。

『……………………………えっ?』

 ――土、魔術……!?前の人、何で、私に…?

 勢いよく盛り上がった地面に吹き飛ばされ、地面を転がった。
 立たなければ、逃げなければ。そうでなければここで死ぬ事になる。

 故に、地に伏した状態で眼前を見上げて――絶望した。

 目の前に出来た巨大な壁。
 見た目に反してそこまで硬くない壁だ、第四位階級の魔術で壊せば前へ進める。けれど、その間に魔物に追い付かれてしまう。
 地に体を叩き付けられて、上手く動けない。
 どうして、誰も助けてくれない。今のを見ていた者もいたはずだ。

 駄目だ、死ぬ、死ぬ、死ぬ、死ぬ駄目駄目ダメ、死――。











 そうして恐らく、三時間後。


『…はぁ……はぁ……はぁ…………着い、た…』

 赤眼瞳はボロボロの状態で【迷宮】から脱出した。
 体のあちこちに傷を負い、方足を引き摺って、血塗れになりながらも生還した。襲って来た魔物の約半数を倒し、死に物狂いで逃げて来た。
 だがこれは、あの魔術を放った【魔術師】と、周りの大人達から謝罪を貰うだけでは済まされない話。裁定官が黙っていないはず。

 だというのに、【迷宮】の中から出て来た彼女に対し、
 おまけに、この事件についてどれだけ説明しても、裁定官は動いてくれなかった。

『…………ッ』

 言葉が出なかった。

 死に、かけたのだ。
 怖かった、のだ。
 もう、何度も、助からないと思う程の経験をしたのだ……ッ。
 それを、それを…なかった事にされたのだ。

 ……涙が出た。

『あぁ、そういう…そういう事ね……』

 この時、瞳は悟った。
 出る杭は打たれる。落ち目と言われた家系の【魔術師】が出しゃばった真似をしたが故に消されかけた、これはそういう事。

 ――秘密に、秘密にしよう…この、力を。でないと、でないと、次は殺される……ッ。

 強烈な死の恐怖が心に刻まれた。
 なるべく目立たないように、全力を出して位階など上げてしまわないように。
 潜るのだ、【迷宮】に。誰も信じられないから、独りで、慎ましく。
 それが【魔術師】として生き残っていく方法だ。

 ……けれど、あの言葉が脳裏に蘇る。

『ち、ち違うんです、あんなやり方しか思いつかなかっただけです!ので、うん、仕方ないよなさっきのは。あ、いやッ。け、けどアレだ、今度は――って、んな機会ある気しねぇけど――もっとマシな庇い方するから……な?ほ、ほら、あんま怒んなって。それに、一応俺等パートナーな訳で、助けないってのはちょっと問題があるような気が……ねぇ?てか、普通助けるじゃんよ』

 それが普通だから、なんて理由で命懸けの行動に出られる人間が、この世界にどれ程存在するだろうか。
 きっとあの時、自分の中で一番されたい事を和灘悟にされた。過去にしてもらえなかった事を。
 同時に、そんな悟が眩しく映った。四年前のトラウマに怯えて何も出来なくなった自分とは、まるで違うのだと思ったのだ。
 そして、また悟と共に【迷宮】へ潜るのも悪くないと思い始めていた。

「……て、ない…」

 だというのに、【迷宮】の特例最下層で彼は消えた。
 眼前の別空間への穴はで閉じかけている。

「まだ…って、ないッ……」

 ……ふざ、けるな。

 ――悟を、私のパートナーを返せッ。

 それはまだ、恋心ではない。けれど、和灘悟との間に生まれた確かな絆だ。

 それが叶わないなら、それを阻止するというのなら、

「まだ、終わってないッ!」

 もういい。この別空間への穴を抉じ開けるッ。

「――ッ!!」

 赤眼瞳の全身から、膨大な量の赤黒い魔力が迸る。直後、それは漆黒のほのおと化す。
 幻獣魔術・火――【竜焔ドラゴン・フレイム】。
 彼女が天才たる所以の固有魔術。
 四年もの間、人前では隠し続けて来た力。

 圧倒的な破壊力を持つ竜のほのおが、瞳が持つ大量の魔力を糧に、今、世界に解き放たれた。

 自重などしない、和灘悟にこの力を見られようとどうでもいい。
 ただ、目の前の理不尽を捻じ曲げたい。
 だから、

「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁああッッ!」

 黒き焔が、収束し消えようとする別空間への入り口を、その力で無理矢理に抉じ開けようとする。
 徐々に、徐々に、入り口が広がっていく。

 ――今ッ……!

 今ならばあの中へと入って行ける。
 転移先への入り口のある転移魔術。一体どこに繋がっているかは分からない。
 だが、瞳はその先へと飛び込んだ――。

 ◆◇◆◇◆◇◆

「ここ、は……」

 気が付けば、見知らぬ場所で倒れていた。
 辺りを見渡す。しかし、悟の姿が見当たらない。
 一体どこにいるのだろうか。

 そう思っていた時だった。

『おや、まさか一日に二人も客人が来るとはね。もしかして、悟の仲間かな?……ふむ、どうやら当たりのようだ』

 ――誰?頭に、声が直接……ッ。

 そんな疑問が瞬時に脳裏を過った。
 だが、

『あまり時間もない。単刀直入に言おう、赤眼瞳、和灘悟の命が危ない。今直ぐ手を貸して欲しい』

 謎の声の唐突な言葉に、瞳の思考は一瞬にして切り替わった。
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