第七魔眼の契約者

文月ヒロ

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第一章:始まりの契約

第23話和灘悟の逃走劇(2)

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「ッ!?テメっ……今は、話し掛けんなって、言ってんだろが…!」

 声の主は、無論、この世界における七つ目の魔眼――ノウズだった。
 悟にとっては、巨大な鉄球に、文字通りすり潰されそうになっている現状。しかし、この魔眼からすれば、それは所詮他人事。

 とはいえ、無駄話をしている余裕は今の悟にはないのだ。

『なら、ボクの声は無視すればいいじゃないか。君が声に反応しているのは君自身が悪い。まったく……悟、言いがかりは良くないな』

「何故か説教されたんですけど、説教する側は俺なんですけど!?ヤベェー、こいつ超殴りたくなってきたぁ……ッ」

『とは言いつつも、律儀に返事は返すんだから、君の優しさ度合いの高さが窺えるというものだね。そういう所、イジリ甲斐があってボクは結構好きだよ、悟』



 ――う、うぜぇぇぇぇぇ……!

 闇を駆ける悟は心の中で激しく叫ぶ。
 気を抜いてはいけないこの状況で、非常に危険なこの状況で、明らかに悟を煽るような発言をしたのだ。
 本当に、本当の本当に、この魔眼、どうにかならないだろうか。

『ふふ、そう言うなよ悟。君は――そうだな、君の持つ知識で分かりやすく言えば――マルチタスクな人間だろう?これくらい、訳もないと思うけれど』

「あぁそう、凄いねお前の能力。ホント何でもお見通しですねッ。ついでに、俺が本気で切羽詰まってるって事も察してくれると嬉しいですけどねぇ!!」

『ふふふ、安心したまえ、無論それも承知の上さ。現状、君が打つ手なしだというのもね』

 バレていた。いや、隠していたつもりはない。
 しかし、やはりノウズは『見えている』のだ、悟の頭の中にある情報が。





『あぁ、見えているよ?例えばそう、君が呪いの事を極力誰にも言わないようにしている理由とか。

「ぅぐッ…!」


 それは、悟にとって唐突な話で…けれど、図星だった。
 たった一人で大型【迷宮】に挑み、攻略する事で、この身に掛けられた死の呪いを解く。
 それを実現させる為に必須な『奥の手』はあるのだ。確かに、アレを使えば、あるいは何とかなるかもしれない。そう言い切れるほどの秘策が。

 それでも、解呪成功の可能性は未知数だ。しかも、アレは……。

『まぁ、それはいいさ。諦めていると言っても、君は絶対に呪いが解けないと思っている訳ではないようだからね』

「……」

『――けれど、今この状況の打破については、君は本格的に諦めようとしている。そうだろう?』

 一瞬脳裏に過った思考を振り払うように、ノウズは悟へ語り掛けた。
 この魔眼の言っている事は、またしても正しかった。
 無論悟も、本当はまだ諦めたくはないのだ。まだまだやり残した事がたくさんある。こんな所でつまづいてなんていられないッ。
 だが……、

「あぁ、そう……だよッ。だけど、んな事言ったって、仕方ねぇ、だろうが!打開策の『打』の字も見つかってねぇんだぞ。それについちゃ、お前も言ってたよなノウズ」

 走っている所為で上手く喋る事が出来なかったが、相手は他人の思考すら見透かす魔眼、言いたい事は伝わっているはずだろう。




『確かに、今は為す術なしといった状況だね――少なくとも君はそう思っている』


 しかし、次の瞬間、その瞬間ッ、


『ふふふふッ!君の言う通り、死は目前だッ。逃れられはしない。頭部はもちろん、四肢や臓腑が潰され骨が砕かれる雑音と共に、君の肉体は見事終焉を迎えるだろうさ!!』

「……ッ!?」

 ここに来て、魔眼は嘲け笑うが如く少年にそう宣告した。
 語気が強まった。空気が変わった。
 何だ、いきなりどうした?分からないッ……。

 だがしかし、魔眼は予言を呈した。
 貴様ごときではどうにもならないのだと。和灘悟は死ぬのだと。
 そう、諦めろと言っている。そのはずだ。

 ――されど魔眼は、歓喜にも似たで、少年へ激励を述べる。

『だが、希望を捨てるな人の子よ!君が見ているのはまやかしだ!君は、そう君は、一番近くに存在する可能性だけを見て、絶望しているに過ぎないのだ。故に見ろ、視ろ、すべてを覗いて見つけ出すのだ!!活路を、希望を。絶望的な【運命】を君自身が捻じ曲げるのだ!さすれば生還は叶おう…。ふふふ、ははははははは!さぁ、さぁ、さぁ、見せてくれたまえ!君の奥の奥の奥底を』

 困惑が止まらない。
 ノウズの台詞に、豹変ぷりに。
 反面、この魔眼の真意は理解した。

「はッ……この状況でまだ打つ手があるってか!?こんな状況で…」

『あるとも悟。とはいえ、君では分からないだろう、見つけられないだろう。だから、代わりにボクが君の眼となろう。そうすれば見える、起死回生の一手、という物がね』

「俺の……眼に?」

『あぁ、そうさ、先程も言ったはずだよ悟。君はボクにとって、本当に久しぶりの客人なんだ。どうせここから出られないにしても、君が死ぬのはあまりに早過ぎる。死ぬなら、ボクが君の全てを知ってからさ。そうでないとつまらないだろう?クフフッ』

 迫り来る鉄球が徐々にではあるが、確実に悟との距離と縮めている。そんな中、こちらの様子など一切気にした様子もなく、ノウズは心底楽しそうに言った。

 悟がこの魔眼と話した時間は十分とない。
 しかし、それは実にノウズらしいと思える答えだった。

 質が悪いのは、その言葉が魔眼の物だという事と、本気で言っているようにしか聞こえないという事。

 そして、

『――悟、生き延びたいならば、あと一キロ走り切ってみるといい』

 ノウズは一呼吸置いた後、そんな助言を零した。

「一キロ……って、このギリッギリの状態でか!?冗談じゃねぇぞッ」

『加えて、一本道とはいえ、道はここから更に険しくなるしね。そりゃあ大変なんてものじゃないさ。けれど、無理な話じゃないだろう?どうだい、あくまで可能性の話だが、成功すれば君は助かるかもしれないよ?』

「つっても……」

『ハハハハハッ。おっと、まさか出来ないだなんて言わないだろうね?よりにもよって、それを理由になんてするつもりじゃないだろうね?大型【迷宮】を攻略するだ何だと吠えておいて、この程度も出来ないなんて……まったく、君の底は知れているな。フッ…』

「何だとテメッ――」

 言いかけて、悟は一瞬冷静になった。

 全てを見透かした上で、敢えてこちらを試すような発言。
 魔眼・ノウズは知っているのだろう、次に和灘悟が口にするであろう言葉を。
 それが自分でも分かって、掌の上で踊らされているような感覚を覚えて、このまま言われた通り動くのはそれなりに癪だ。

「ハハッ……なるほどよぉ…」

 けれど、少年は鋭い犬歯を剝き出しにして顔に笑みを浮かべた。
 何故、って当然の話だろう。

 ――まんまとコイツにお膳立てされた訳かよ、この糞ったれな状況を打破する道を。

 だから、だからこそ…ッ。


「あぁ、乗ってやるよノウズ――お前の策に」

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