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第一章:始まりの契約
第17話特例最下層の【不可知の門】(1)
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【迷宮】には必ず、それを成り立たせている【核】がある。
【核】は【迷宮】の最下層あるいは最上階にて、番人たる主が護っている。
そして、現在悟達が向かっているのは最下層だ。
追試の合格条件は、【迷宮】の攻略。
もっとも、主を倒す事でもなければ、【核】を破壊する事でもない。
「特例最下層に辿り着け、か……変なのっ。それで言えば、ここも相当変だけど」
瞳が足元の仕掛けに気付かず、危うく重傷を負いかけてから、そろそろ二時間が経とうとしていた頃。
薄暗い、石造りの一本道。意外と広い道幅のその中央で歩みを止めると、彼女は周囲の様子を観察して呟いた。
油断はなく、程よく試験に集中出来ていた。とはいえ、半時間以上も【罠】に掛からなければ多少気が抜けてしまうという物。
先程の二の舞はご免な為、辺りの警戒は怠らずにいたのだが……。
そういえば、と追試開始前に起こった疑問がふと脳裏に再浮上し、それがポロっと声に出てしまっていた。
「へぇ、やっぱここってそんなおかしいのか?」
「え?あ、あぁ、えぇっと……そうね。私が今まで潜った【迷宮】の中で、一番くらいには」
独り言が聞こえていたとは思わなかったのだろう。瞳は少し驚いたような表情になった後、眼前でこちらを振り向き訊ねて来た悟にそう返事をした。
「ふーん」と、今一ピンと来ていない様子で悟は相槌を打つ。
無論、知識としては、ここが相当奇妙な所だというのは分かっている。
しかし、悟が本物の【迷宮】に入るのはこれが初めて。比較対象がない為、瞳のように実体験から来る違和感を感じる事が出来ないのだ。
「まぁでも、戦うって思ってた魔物が全く出て来ねぇのは、ちょっと変だよな。お陰で、コイツの出番がなくなったぞ……」
そう言って、悟は腰に差していた短剣を、ポンポンっと右手で軽く叩く。
「?それ魔力剣?」
「そっ。人間相手ならまだしも、バケモン相手取るってなると流石に素手だとキツイからな、俺は」
瞳が言った通り、悟が所持しているのは魔力剣。
一見何の変哲もない短剣だが、刀身に魔力を流す事によって強度と切れ味が格段に増す。
魔術が使えない悟の頼れる武器だが、その実、【魔術師】の魔道具専門店で購入した最も安い代物だったりする。
「まさか、一番安いのですら一万円超えるとか思わなかったけどな。高過ぎだっつーの、魔道具……」
例によって、この【迷宮】には魔物がいない。存在しないのだ。
奇妙だとは思う。しかし、そもそもの話、ここに潜る前から既に奇妙だった。
「まぁ、それは一旦置いておくとして、だ。琴梨先生から聞いたけど、ここ最下層が見つかってねぇんだったよな。それも、もう何百年も」
「えぇ。その癖、中から外に魔物が溢れ出して来る気配がない。だから、現在発見されている階層を特例最下層としている。……そんなのがあるなんて、この試験を手伝う前は知らなかったけど」
何時の間にか立ち止まり話し込んでしまっているが、試験時間は設定されていない。
時間は寧ろ有り余っているのだから、この程度の会話など問題にはならないはずだ。
そう思っていたからだろう。
興味本位で彼女は訊いて来た。
「そういえば、アンタ元一般人よね。何で【魔術師】やってる訳?」
「え?」
「ほら、アンタ魔術の才能だけで言えばほとんどないでしょ。なら、魔術なんて使えても、普通に暮らす方が安全で楽な生活が送れた。そうしなかった理由を聞いてんのよ」
無論、悟は自分より上の位階の人間が相手でも倒す事が出来る。
しかし、【魔術師】が主に戦う敵は、悪魔や魔物。
一体や二体などではない時もあるし、休みなく戦い続けなければならない時もあるだろう。
それをよりにもよって、弱点である罠や仕掛けといった類が存在する【迷宮】の中で行うのだ。
何か理由がない限り、悟がわざわざ【魔術師】になり、続けるなど有り得ない。
少なくとも瞳はそう考えているし、だからこそ、その動機が気になった。
「……」
「だ、黙ってないで何か言いなさいよ」
「えっと、じゃあ『ナニカ』」
「言葉を額面通りに受けってんじゃないッ!」
駄目だ。眼前の悟には、いつも乱暴な物言いになってしまう。
出会い方が悪かったからなのか、それともこの少年の軽薄な態度が悪いからなのか……。
それに、悟は何故か話をしたがっていない様子だ。
いや、こちらの方は何とかなるかもしれない。あまり使いたくない手だが、仕方ない。
「はぁ、一応私はアンタの恩人よね。意地の悪い事してないで、教えてくれたっていいんじゃない?」
「あ、いや、別に意地悪してる訳じゃねぇんだけど……」
少しの間沈黙しながら、何かを考えるような仕草を悟はした。
そして、
「赤眼――てかお互い、名字だと呼びにくいから名前で呼んでいいか?」
「まぁ私も前から思ってたし、いいけど……」
呼び名など、今このタイミングでする話ではないだろうに。
この男には呆れてばかりな気がする。
いや、今はどうでもいい事だ。そう思考を切り替え、瞳は悟に尋ねた。
「で、何言いかけ――」
「【魔術師】辞める為にやってんだよ、【魔術師】は」
悟は、彼女の声を遮ってそう言った。
【核】は【迷宮】の最下層あるいは最上階にて、番人たる主が護っている。
そして、現在悟達が向かっているのは最下層だ。
追試の合格条件は、【迷宮】の攻略。
もっとも、主を倒す事でもなければ、【核】を破壊する事でもない。
「特例最下層に辿り着け、か……変なのっ。それで言えば、ここも相当変だけど」
瞳が足元の仕掛けに気付かず、危うく重傷を負いかけてから、そろそろ二時間が経とうとしていた頃。
薄暗い、石造りの一本道。意外と広い道幅のその中央で歩みを止めると、彼女は周囲の様子を観察して呟いた。
油断はなく、程よく試験に集中出来ていた。とはいえ、半時間以上も【罠】に掛からなければ多少気が抜けてしまうという物。
先程の二の舞はご免な為、辺りの警戒は怠らずにいたのだが……。
そういえば、と追試開始前に起こった疑問がふと脳裏に再浮上し、それがポロっと声に出てしまっていた。
「へぇ、やっぱここってそんなおかしいのか?」
「え?あ、あぁ、えぇっと……そうね。私が今まで潜った【迷宮】の中で、一番くらいには」
独り言が聞こえていたとは思わなかったのだろう。瞳は少し驚いたような表情になった後、眼前でこちらを振り向き訊ねて来た悟にそう返事をした。
「ふーん」と、今一ピンと来ていない様子で悟は相槌を打つ。
無論、知識としては、ここが相当奇妙な所だというのは分かっている。
しかし、悟が本物の【迷宮】に入るのはこれが初めて。比較対象がない為、瞳のように実体験から来る違和感を感じる事が出来ないのだ。
「まぁでも、戦うって思ってた魔物が全く出て来ねぇのは、ちょっと変だよな。お陰で、コイツの出番がなくなったぞ……」
そう言って、悟は腰に差していた短剣を、ポンポンっと右手で軽く叩く。
「?それ魔力剣?」
「そっ。人間相手ならまだしも、バケモン相手取るってなると流石に素手だとキツイからな、俺は」
瞳が言った通り、悟が所持しているのは魔力剣。
一見何の変哲もない短剣だが、刀身に魔力を流す事によって強度と切れ味が格段に増す。
魔術が使えない悟の頼れる武器だが、その実、【魔術師】の魔道具専門店で購入した最も安い代物だったりする。
「まさか、一番安いのですら一万円超えるとか思わなかったけどな。高過ぎだっつーの、魔道具……」
例によって、この【迷宮】には魔物がいない。存在しないのだ。
奇妙だとは思う。しかし、そもそもの話、ここに潜る前から既に奇妙だった。
「まぁ、それは一旦置いておくとして、だ。琴梨先生から聞いたけど、ここ最下層が見つかってねぇんだったよな。それも、もう何百年も」
「えぇ。その癖、中から外に魔物が溢れ出して来る気配がない。だから、現在発見されている階層を特例最下層としている。……そんなのがあるなんて、この試験を手伝う前は知らなかったけど」
何時の間にか立ち止まり話し込んでしまっているが、試験時間は設定されていない。
時間は寧ろ有り余っているのだから、この程度の会話など問題にはならないはずだ。
そう思っていたからだろう。
興味本位で彼女は訊いて来た。
「そういえば、アンタ元一般人よね。何で【魔術師】やってる訳?」
「え?」
「ほら、アンタ魔術の才能だけで言えばほとんどないでしょ。なら、魔術なんて使えても、普通に暮らす方が安全で楽な生活が送れた。そうしなかった理由を聞いてんのよ」
無論、悟は自分より上の位階の人間が相手でも倒す事が出来る。
しかし、【魔術師】が主に戦う敵は、悪魔や魔物。
一体や二体などではない時もあるし、休みなく戦い続けなければならない時もあるだろう。
それをよりにもよって、弱点である罠や仕掛けといった類が存在する【迷宮】の中で行うのだ。
何か理由がない限り、悟がわざわざ【魔術師】になり、続けるなど有り得ない。
少なくとも瞳はそう考えているし、だからこそ、その動機が気になった。
「……」
「だ、黙ってないで何か言いなさいよ」
「えっと、じゃあ『ナニカ』」
「言葉を額面通りに受けってんじゃないッ!」
駄目だ。眼前の悟には、いつも乱暴な物言いになってしまう。
出会い方が悪かったからなのか、それともこの少年の軽薄な態度が悪いからなのか……。
それに、悟は何故か話をしたがっていない様子だ。
いや、こちらの方は何とかなるかもしれない。あまり使いたくない手だが、仕方ない。
「はぁ、一応私はアンタの恩人よね。意地の悪い事してないで、教えてくれたっていいんじゃない?」
「あ、いや、別に意地悪してる訳じゃねぇんだけど……」
少しの間沈黙しながら、何かを考えるような仕草を悟はした。
そして、
「赤眼――てかお互い、名字だと呼びにくいから名前で呼んでいいか?」
「まぁ私も前から思ってたし、いいけど……」
呼び名など、今このタイミングでする話ではないだろうに。
この男には呆れてばかりな気がする。
いや、今はどうでもいい事だ。そう思考を切り替え、瞳は悟に尋ねた。
「で、何言いかけ――」
「【魔術師】辞める為にやってんだよ、【魔術師】は」
悟は、彼女の声を遮ってそう言った。
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