第七魔眼の契約者

文月ヒロ

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第一章:始まりの契約

第8話授業後の騒動(2)

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 「ん?」

 不意に正面から聞こえたその声に、悟が視線を向けると納得した。
 覚えがあるのも当然、声の主は悟のクラスメイトだったのだから。

 肩に届く程長いウェーブの掛かった黒髪と、表情から滲み出る高慢な態度が印象的な少年だ。
 中肉中背なその少年【魔術師】の名は、先程聞こえた通り東条陽流真。当然友人関係にある訳ではないが、悟は彼の事を名前以上に知っている。
 何せ、東条は二年生にして第四位階となった所謂魔術の天才なのだから。

「同じクラスでも、第四位階以上の生徒は僕を含めて二人しかいない。そう、君の事だ。そこで、だ……実力が近い者同士僕と組まないか、赤眼さん。二年に上がってからずっと見ていたが、君なら僕に相応しい」

「一応聞くけど、組むって?」

「共に行動し、共に【迷宮】に潜り、そして共に成り上がっていく、そういう意味さ。もちろん、学院卒業後もね。どうだい、素晴らしい提案だろう」

 歯の浮くような言葉を並べ立てる東条。
 しかし、対する赤眼瞳は溜め息を零した後、

「残念だけど、私は誰とも組まないし、私とあなたじゃ実力がまるで釣り合わないわ」

 そう返事をすると、彼女はその場から立ち去ろうとした。
 が――

「『実力がまるで釣り合わない』、ね。君の後ろに突っ立ている最弱者ワーストになら似合う言葉だけど、僕には似合わないな。けど、それを証明するには……うん、次の実戦演習で僕と【決闘】するのはどうかな?」

「な、何でそうなるのよ」

「おやまさか、第五位階ともあろう者が挑まれた【決闘】から逃げる真似はしないよねぇ?分かっていると思うけど、それは【魔術師】の仕来りに反する行いだよ」

 東条の発言が会話の終焉に待ったをかけた。
【決闘】を受けない、それは圧倒的不利な立場であれば可能だ。
 しかし、赤眼瞳と東条では明らかに前者の方が有利であり、逃げてしまえば大恥を掻く事となる。

 それだけならばまだいい。敵前逃亡をした者は最悪の場合、弱者と腰抜けのレッテルを貼られる上、その所為で【魔術師】としての業務に支障が出る。
 有体に言って、その【魔術師】は前途多難だ。

 故に、赤眼瞳に逃げの一手は通常あり得ない。

「逃げるつもりはないけれど、一瞬でかたが付く勝負に興味はないわね」

「なッ……!?」

 しかし、東条のそんな思惑を他所に、赤眼瞳は上手い切り返しで彼の誘導を回避。
 また、それと同時に、場の雰囲気が一気に険悪な物へと変貌したのは言うまでもなかった。

「あっ、そんじゃ、お、俺はこの辺で失礼して……」

 未だ話が終わらない二人の様子を眺めつつ、こんな厄介事に付き合ってられるか、と悟は逃げの一手を選択。
 臆病者だと笑わば笑え。笑った馬鹿には全力のラリアットをかました後、この危険地帯に放り込んでやろう。故に、少年に迷いは皆無。

 気配を殺しつつ、悟は二人を横目に通り過ぎようとし――

「おい最弱者ワースト、話はまだ終わっていないだろう」

「ぁ、はい、すんませんした」

 いつの間にか自分も会話に混ざっていた事に驚きだが、それを言うのは野暮だろう。悟は大人しく数歩下がった。
 横には丁度紅蓮の美少女、赤眼瞳の姿がある。
 目の前には東条が立っており、目が合うと彼は含み笑いを浮かべた。
 それが何故なのか――悟はもう少し早く気付くべきだった。

「いい事を思い付いた、君の代わりに最弱者ワーストが僕の相手になればいい」

「「はぁッ!?」」

 唐突な提案に、悟も赤眼瞳も同様の反応を示した。

「何言ってるの!?最弱者ワーストは関係ないでしょッ」

「そうでもないさ。ほら、さっき君と何やら交渉していたようじゃないか。僕が勝てば赤眼さんは僕のパートナーに、その代わりに負ければ最弱者ワーストの要望に応える。もっとも……いや、これを言うのは野暮だね。ふっ、何でもない」

 視線を悟の足元から頭の天辺まで値踏みするように彷徨わせながら、東条は最後にそう言った。
 どうせ、悟では自分に勝てないと言いたいのだろう。
 思わずムッとするその発言に、悟は何か言ってやりたくなったが寸前の所でそれをこらえる。
 東条が持ち掛けた話に食い付いても旨味は全くない、それどころか損ばかりだろう。

 悟は鈍感系主人公でもなければ難聴系主人公でもない、寧ろ主人公ですらない。そんな自覚があるからこそ聞こえていたし、分かっていた。

 隣に立つこの紅蓮髪の少女は、どういう訳か【迷宮】攻略に限って単独行動を望んでいる。
 しかも、東条の提案には彼女の意思が含まれていない。
 それを無視して話に乗ってしまえば、第五位階の【魔術師】を敵に回す事になる。
 いや、赤眼瞳の件を抜きにしても、第四位階の東条と闘うなどゴメンだ。

 ここは冷静に、奴の思惑を回避するべきだ。

 ――と、そこで溜め息交じりの声が聞こえた。

「分かったわ、私が闘えばいいのね?」

 声の主は赤眼瞳だった。
 意図せず彼女に視線を向けてしまう。

「ふふ、やはり最弱者ワーストに任せるのは嫌か。ああ、当然ハンデはつけてくれるよねぇ?何せ、君曰く、普通にやったんじゃになってしまうらしいじゃないか」

「……えぇ、構わないわ」

 悟が介入する間もなく話はどんどん進んでいく。
 不意に、赤眼瞳の視線がこちらへ向き、彼女と目が合ってしまった。
 そして、顔だけ少し悟に近付けると紅蓮髪の少女は小声で囁いた。

「悪かったわね、巻き込んで。初めからこうしておけば良かったわ」

「えっ……」

 確かに、最善手だと言える。
 だが、それはあくまで悟にとってであり、赤眼瞳には悪手だろう。
 理由は言わずもがな、ハンデを付けられては流石の第五位階でも敗北はあり得る。いや、確実かもしれない。
 自分が東条であれば、ハンデは相手が確実に負けるような内容にする。しかも、今はそれが可能な状態だ。

 ……いいの、だろうか?
 本当にこのままその予想を見て見ぬフリをして、いいのだろうか?

 ダメだ、ダメだったはずだ、だからこそ悟は【魔術師】に――

「ッ……!」

 ――ズキィッ!
 そこまで考えて、激しい頭痛が悟を襲った。

「んの、ヤロッ…!」

 痛い痛い痛い、だが、直ぐに治まった。
 ――が。

「?おい、何のつもりだ最弱者ワースト

「はぇ?」

 あまりの痛みに、悟はいつの間にか数歩前に出て何かに掴まっていた。
 俯いたままの顔を上げる。
 視線の先、そこには自分の右手と、その手が掴む東条の肩があった。

 瞬く間に顔を蒼褪めさせていく悟。

「で、この手は一体、何のつもりだ。それに、この野郎だと?」

「え、え~っと…」

 後退りながら、馬鹿な事をしてしまった、と後悔する。
 というか、何でこんな事になったのだろう。

 ……いや、今はそれよりも重要な事がある。

「おっと無視か?第四位階の、この僕に。ふん、序列最下位ごときに、僕も随分と舐められたものだ。……なぁ、躾が必要なのか君は?」

 冷えた東条の言葉に、冷や汗が全身から一気に噴き出して来た。
 悟の直感が囁いている、最早誤解が解ける事はない。

 ――ヤ、ヤバい、ヤバいヤバいヤバい超ヤバい…ッ。

 何がヤバいって命がヤバいのだ。

「は、はは…いや、ほら次の授業もう直ぐ始まる…ますし……」

「授業なんて遅れても構わないだろう」

 強引な逃げの口実は通じなかった。故に、構いまくりますぅッ、と全身全霊で否定したかった悟。
 当然、そんな事を宣 のたまえば、病院送りの未来がすぐそこで待っている。
 その為、反抗はしなかった。

 そんな、これはいよいよ、本当の本当に神か邪神にでも祈る必要があるかもな、と悟が悟りを開き始めた時だった。

「へぇ、授業に遅れていいの?」

「ふん、さっきから構わないと言っているだろう?別に鞭野先生みたいなペナルティがある訳で、も……。――ッ!」

 そこまで言って東条陽流真は気付いた、自分が途中から誰と会話していたのかを。
 怯えながら視線を下げる。

 案の定、そこには鞭野琴梨サディストがいた。

「へぇ、じゃあもし次の授業遅れたら――お・仕・置・きッ♪うふっ」

 言い終わり、次の瞬間――琴梨の表情が、妖艶さを纏った嗜虐的な暗い笑みへと変貌した。
 急激に冷める周囲の空気。

「ひぃいッ!!…ぐッ…あ、後で覚えていろよ最弱者ワーストぉッ……」

 東条は情けない声を上げ仰け反ると、悟を指差しながら捨て台詞を吐いた後に疾風の如く去っていった。

「あら、冗談で言っただけなのにっ。あんなに怯えなくたって……なの」

 東条の後ろ姿を一瞥し、何故か納得がいかないみたいにそう口にした琴梨。
 あれが冗談に聞こえた生徒は少ないだろう、というのが悟の意見。
 もちろん口には出さない、言った後の『お仕置き』の恐怖故に…。

「あ、そうだ先生、どもっす。今回ばっかは死ぬかと思――」

「あらあら、それは自意識過剰なの悟君。一歩遅かったけれど、先生は瞳ちゃんの事を想って動いただけだし、君を助けたのはそのオマケ。いわば戯れなの。だ・か・ら、君ごときを救う価値はな~いのっ♪」

「俺今まで生きてきて、こんな息するみたいに毒吐く人を見たことねぇんですけど。もう一周回って凄いの一言だよッ……」

「まぁ悟君ったら、そんな事言われたら照れちゃうの」

 一ミリたりとも誉めていないのだが……もう何も言うまい。今回は『面倒臭い』という理由で、だ。
 ともあれ、琴梨のお陰で助かったのは確かである。
 気がかりなのは、東条陽流真が去り際吐いた台詞だが……多分、大丈夫だろう。そう思う事にした悟。

 そして。





「うふっ、頑張るの――悟君?」

 少年のそんな様子を見ながら、琴梨がそう呟いた事には誰も気が付かなかった。
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