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第一章:始まりの契約
第5話賢者の試練
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それは昼が終わり、午後から始まった授業の中での事だった。
「参ったなぁ……」
授業内容は『魔術の媒体となる魔導具について、その仕組みと素材に関する知識』。担当は、文字の頭に超が付く程の嗜虐趣味者・鞭野琴梨という事もあり、和灘悟は前方に座る生徒の影に隠れて静かに授業を受けていた。
とはいえ、それは形だけであり、内容はほとんど頭に入って来ていない。
頬杖を突きながら、無意識に右手に持ったシャーペンでノートの白地を叩く作業が続いている。
挙句、うっかり独り言を漏らしてしまう始末。
ノートに幾つも付けられた極小の黒い斑点をぼんやり眺めながら、悟は頭を無理矢理に働かせ続ける。
『残念だが、お主に【迷宮】攻略試験は受けさせられん』
学院長室から退出して既に半時間以上が過ぎている。だというのに、あの老人口調の少女――メルキ=レグルスが口にした言葉が悟の耳に未だ残り続けていた。
最悪だ、有体に言って詰んでいる気がする。そして、その所為か、頭を回しても回しても行き止まりの壁にぶち当たったように思考が止まってしまう。
何故なら、学院長の言葉が意味する事は――
「えっと……和灘君、どうかしたの?」
と、そこで不意に隣から声を掛けられる。
「ん?」
そちらを向くと、悟の瞳に少女の姿が映った。
小柄な少女だ。体格で言えば、後輩である猫真緋嶺とほとんど変わらない。
だが、左側頭部で結ばれた短い漆黒の髪、それと同色の瞳を宿した目は目尻が少し垂れており、おっとりとした印象を受ける。更に、同い年にしてはやや幼さを感じさせる顔立ちもあいまって、儚さすら感じる。
その点は、どこか華やかで芯の強そうな緋嶺とは正反対と言っていい。
数秒程か、そんな少女の疑問顔を見つめどう答えようか悟が迷っていると、騒がしい声達が水を差して来た。
「ハハハッ、大丈夫っすよ如月さん!どうせコイツの事だ、新しく買ったエロ本の隠し場所に悩んでるんだって」
「そうよ小雪、こんな童貞馬鹿の事心配したって百害あって一利なしよ?」
悟に声を掛けた少女――如月小雪に対し、そう言ったのは鳴神徹と小萌蛇操沙だ。
悟と同じく短髪ではあるものの、黒と白の入り混じっている方が鳴神徹。漆黒の瞳を持つ彼は身長こそ悟とあまり変わらないが、体は針金のように細く色白で「ひ弱そう」が第一印象に来る男だ。
これで病気をした事がないなどと、誰が信じるだろうか。
そして、勝気な黒い目を持ち、長い茶髪をポニーテールにした少女が小萌蛇操沙である。
小柄な如月小雪に対し、彼女は百七十八センチ程の長身だ。堂々とした態度が身長以上に彼女を大きく感じさせている。
なお、くびれた腹の上に鎮座する中々に立派な双丘をエロい目でガン見し過ぎると、後で魔術を行使し食事に何らかの毒を盛って来るので注意が必要である。
ともあれ、この三人こそが学院内での数少ない友人だ。
――が、
「果てしなく失礼だなお前ら、もうちょっと如月さんを見習えっての……」
そう言って、悟は嘆息した。何時もならば悟も軽口を織り交ぜつつ言い返した所だが、生憎と今は余裕が彼にはなかった。
その普段とは様子が違う悟に、操沙は顎に手を当てつつ口の端をニヤリと吊り上げる。
「へぇ?悟にしては珍しく真面目な悩みでもあるみたいじゃん。この操沙様が聞いてあげてもいいわよ?」
「あ、俺も俺も~。講義が終わるまでの暇潰しにゃあなるしな」
操沙の発言に便乗し、徹も話に入って来た。
それにしても、珍しくだとか暇潰しだとか……随分と酷い理由だ。そう思うことはきっと間違っていない。
寧ろ怒っていいくらいだ。
そんな操沙達の様子を見て、如月小雪はクスリと微笑んでいた。出来れば、そんなこと言っちゃ駄目ですよ、と多少なり庇って欲しいのが悟の本音である。
「んで、どんな悩みなんだ悟?ほれ、早よ言ってみろ」
「あぁ、それなんだけどよ………」
悟はそこで数舜、思案顔になった。
悟の脳裏を過ったのは数十分前の会話内容、つまり学院長室での会話内容だった。
『受けさせられない、って。え?何で!』
『まぁ聞け。協会の定めた規定により、【魔術師】は挑戦する【魔術師】の平均位階が四未満の場合【迷宮】へは入れん。それは知っておろう?少々越権行為にはなるが、儂は学院長の権限でその制限を三にまでは下げられるのだ。……しかし、そこまでしても尚お主の位階では受けることが許されん。序列最下位ではなぁ…』
全く……あの学院長は余程人を試したいらしい。
初めの違和感は、悟を序列最下位と聞いたメルキの反応を見た時だった。
何かを考えるような仕草の後のあの無表情。
まるで自らの意図を悟らせない為の行為だった。
それが確信へと変わったのは、メルキが悟に言ったあの言葉を聞いた時だ。
悟が【迷宮】へ挑戦出来ない理由は、位階が低いから――おかしな話だと思った。
ならば何故、猫真緋嶺は悟に契約書を持たせた?
そもそも悟は学院の規制により【迷宮】への立ち入りは不可能。つまり、追試制度があろうとなかろうと悟の落第は決定事項だったのだ。
緋嶺は頭が切れる方だ。
果たして、そんな彼女が少し考えれば分かるような点に気付かなかっただろうか?いいや、あり得ない。
知っていて、緋嶺は行動したのだ。いかにあの小悪魔な猫耳娘と言えど、あの場面で悟を騙すような真似はしまい。
ならば、答えは一つ。
試験は受けられる。しかし、琴梨の言っていたように、悟は試されている。学院長の提示した条件に気付き、満たせるかどうかを。
――あのロリっ子学院長の言葉通り、平均位階を三以上にすれば多分問題はねぇ。
【迷宮】挑戦に必要な条件であるその第三位階の実力。それを悟が持っていれば落第はあり得ないのだから、メルキの協会の規制云々の話には矛盾が生じる。
しかし、悟のある推測を当て嵌めれば矛盾は掻き消える。
――一人で受けろとは言われてねぇ。つまり、位階の高い奴同伴でなら試験は受けられる……まぁ、そんな所か?
もっとも、それでもハードルは高いのが現状だ。
平均位階三ということは、つまり、最低でも第四位階二人もしくは第五位階一人に協力を仰ぐ必要があるということである。
悟と面識のある第四位階の生徒など、緋嶺くらいしかいない。
隣の如月は第二位階、後ろの操沙と徹はそれぞれ第三位階と第二位階――どちらも魔術師見習い。
この三人では条件を満たせない。それに、だ。
「んだよ、黙りこくって…」
「いや、お前等ん中で、知り合いに第四位階の生徒とかいねぇかなぁ。いねぇよなぁ…って自己完結してたんだよ」
「おいおい、初めから諦めてどうすんだよ…」
「そうよ、悟の癖に失礼じゃない」
「はは…。で、でも、いないのは確かだよね…」
「「まぁな(ね)……」」
困った笑みの小雪の言葉に徹と操沙の声がハモる。
そんな二人を半眼で見る悟。
真面目な話は、上げて落とす何時ものノリで台無しに。相変わらずと言うべきか、空気が読めないと言うべきか…。
「つーか、第四位階の奴に何の用だよ悟?ついに目覚めちゃったか、ドМに」
「まだМですらねぇよ!」
「な、違ったのか!?琴梨ちゃんの“お仕置き補習”毎日受けてんのに?」
「そこで驚くお前に驚きだよ俺はッ」
徹の偏見交じりの発言に悟が激しく抗議する。
救い難いところは、徹が本気でそれを言っている事か……。
もっとも、彼の言う事全てが間違っている訳ではない。
【魔術師】全てに共通して与えられるのは位階と称号。
第四位階の称号は魔術師。一人前であり中堅所、故にその称号名が与えられる。
学院内で既にその実力があるのだ。当然、その位階にいるだけで彼等は増長する。
「【火焔】」
「「「「ひ、ひぃッ…」」」」
悟達の眼前に、小さな焔が生まれ瞬時に消えた。
しかし、緊張までは消え去らない。
不意に声が聞こえた。
「授業中よ、静かにしなさい」
声の主に、しかし、四人は何も言葉を返せない。
赤い艶やかな長髪に、大きな深紅の瞳。
すらりと伸びた長い四肢。整ったその顔立ちは年齢以上の色気を漂わせる。
赤眼瞳、それが彼女の名前。第五位階――魔術師である。
「は~い、という訳で悪魔には魔導具の素材をぶつけるだけでも有効なの。……?どうかしたの、瞳ちゃん」
「いえ先生、少し虫の羽音が煩くて魔術で静かにさせただけです。もっとも、結果的に私の方が授業の邪魔をしてしまった訳ですが…」
「あら、そんなことはないの。羽音なら先生にも聞こえていたわ。お仕置きは必要なの――ね?悟君」
琴梨の含みのある言葉と嗜虐的な笑みが悟に向けられた。
「…じ、慈悲って大事だと思うんすよ……」
学院長から期限は聞いていない。
と言うことは、制限時間は落第通知書が、悟の家に届くまでだと考えるべきだ。そうでなければ、追試があるにもかかわらず、学院側が落第決定の通知書を送る意味が分からない。
故に、琴梨のお仕置きなどに捕まっている暇はない。
「ふむふむ、確かに慈悲はあって然るべきなの。今日は不問、代わりに、明日のお仕置きを二倍にしてあ・げ・るっ♪」
「に、二倍ッ……」
認めた慈悲は何処へやら、実質罰は下っている現状。ついでに、明日のお仕置きがこの時点で既に決定している事に納得がいかない。
もっとも、今日だけ助かりはするのだが…。
「ぶははっ、悟お前モっテモテぇー!」
「おい待て徹、そういや何で俺だけ怒られてんだよコンチクショー!」
理不尽ここに極まれり。しかし、それを受け入れるしかないのもまた事実。
世知辛い世の中である。
「馬鹿ねぇ、あたし達だってお叱りを受けたわよ?第五位階様に…ぷっ、ごめん笑いが。くふふふっ…」
「ちっげぇよ!そっちじゃねぇよ!」
操沙も乗ってくるが笑えない。
如月小雪はと言えば、やはり困った笑みをこちらに向けるだけ。
今日はやけに溜息が多いな、と思いつつも悟は嘆息せずにはいられなかった。
――が、しかし、そこで彼の脳裏に何かが引っ掛かる。
「ん?」
第五位階の【魔術師】。
引っ掛かったのは、それについて。
そして、次の瞬間だった。
「第五位階、第五位階って――あ!」
――いるじゃねぇか……!
救世主がそこにいる事に和灘悟は気付いた。
「参ったなぁ……」
授業内容は『魔術の媒体となる魔導具について、その仕組みと素材に関する知識』。担当は、文字の頭に超が付く程の嗜虐趣味者・鞭野琴梨という事もあり、和灘悟は前方に座る生徒の影に隠れて静かに授業を受けていた。
とはいえ、それは形だけであり、内容はほとんど頭に入って来ていない。
頬杖を突きながら、無意識に右手に持ったシャーペンでノートの白地を叩く作業が続いている。
挙句、うっかり独り言を漏らしてしまう始末。
ノートに幾つも付けられた極小の黒い斑点をぼんやり眺めながら、悟は頭を無理矢理に働かせ続ける。
『残念だが、お主に【迷宮】攻略試験は受けさせられん』
学院長室から退出して既に半時間以上が過ぎている。だというのに、あの老人口調の少女――メルキ=レグルスが口にした言葉が悟の耳に未だ残り続けていた。
最悪だ、有体に言って詰んでいる気がする。そして、その所為か、頭を回しても回しても行き止まりの壁にぶち当たったように思考が止まってしまう。
何故なら、学院長の言葉が意味する事は――
「えっと……和灘君、どうかしたの?」
と、そこで不意に隣から声を掛けられる。
「ん?」
そちらを向くと、悟の瞳に少女の姿が映った。
小柄な少女だ。体格で言えば、後輩である猫真緋嶺とほとんど変わらない。
だが、左側頭部で結ばれた短い漆黒の髪、それと同色の瞳を宿した目は目尻が少し垂れており、おっとりとした印象を受ける。更に、同い年にしてはやや幼さを感じさせる顔立ちもあいまって、儚さすら感じる。
その点は、どこか華やかで芯の強そうな緋嶺とは正反対と言っていい。
数秒程か、そんな少女の疑問顔を見つめどう答えようか悟が迷っていると、騒がしい声達が水を差して来た。
「ハハハッ、大丈夫っすよ如月さん!どうせコイツの事だ、新しく買ったエロ本の隠し場所に悩んでるんだって」
「そうよ小雪、こんな童貞馬鹿の事心配したって百害あって一利なしよ?」
悟に声を掛けた少女――如月小雪に対し、そう言ったのは鳴神徹と小萌蛇操沙だ。
悟と同じく短髪ではあるものの、黒と白の入り混じっている方が鳴神徹。漆黒の瞳を持つ彼は身長こそ悟とあまり変わらないが、体は針金のように細く色白で「ひ弱そう」が第一印象に来る男だ。
これで病気をした事がないなどと、誰が信じるだろうか。
そして、勝気な黒い目を持ち、長い茶髪をポニーテールにした少女が小萌蛇操沙である。
小柄な如月小雪に対し、彼女は百七十八センチ程の長身だ。堂々とした態度が身長以上に彼女を大きく感じさせている。
なお、くびれた腹の上に鎮座する中々に立派な双丘をエロい目でガン見し過ぎると、後で魔術を行使し食事に何らかの毒を盛って来るので注意が必要である。
ともあれ、この三人こそが学院内での数少ない友人だ。
――が、
「果てしなく失礼だなお前ら、もうちょっと如月さんを見習えっての……」
そう言って、悟は嘆息した。何時もならば悟も軽口を織り交ぜつつ言い返した所だが、生憎と今は余裕が彼にはなかった。
その普段とは様子が違う悟に、操沙は顎に手を当てつつ口の端をニヤリと吊り上げる。
「へぇ?悟にしては珍しく真面目な悩みでもあるみたいじゃん。この操沙様が聞いてあげてもいいわよ?」
「あ、俺も俺も~。講義が終わるまでの暇潰しにゃあなるしな」
操沙の発言に便乗し、徹も話に入って来た。
それにしても、珍しくだとか暇潰しだとか……随分と酷い理由だ。そう思うことはきっと間違っていない。
寧ろ怒っていいくらいだ。
そんな操沙達の様子を見て、如月小雪はクスリと微笑んでいた。出来れば、そんなこと言っちゃ駄目ですよ、と多少なり庇って欲しいのが悟の本音である。
「んで、どんな悩みなんだ悟?ほれ、早よ言ってみろ」
「あぁ、それなんだけどよ………」
悟はそこで数舜、思案顔になった。
悟の脳裏を過ったのは数十分前の会話内容、つまり学院長室での会話内容だった。
『受けさせられない、って。え?何で!』
『まぁ聞け。協会の定めた規定により、【魔術師】は挑戦する【魔術師】の平均位階が四未満の場合【迷宮】へは入れん。それは知っておろう?少々越権行為にはなるが、儂は学院長の権限でその制限を三にまでは下げられるのだ。……しかし、そこまでしても尚お主の位階では受けることが許されん。序列最下位ではなぁ…』
全く……あの学院長は余程人を試したいらしい。
初めの違和感は、悟を序列最下位と聞いたメルキの反応を見た時だった。
何かを考えるような仕草の後のあの無表情。
まるで自らの意図を悟らせない為の行為だった。
それが確信へと変わったのは、メルキが悟に言ったあの言葉を聞いた時だ。
悟が【迷宮】へ挑戦出来ない理由は、位階が低いから――おかしな話だと思った。
ならば何故、猫真緋嶺は悟に契約書を持たせた?
そもそも悟は学院の規制により【迷宮】への立ち入りは不可能。つまり、追試制度があろうとなかろうと悟の落第は決定事項だったのだ。
緋嶺は頭が切れる方だ。
果たして、そんな彼女が少し考えれば分かるような点に気付かなかっただろうか?いいや、あり得ない。
知っていて、緋嶺は行動したのだ。いかにあの小悪魔な猫耳娘と言えど、あの場面で悟を騙すような真似はしまい。
ならば、答えは一つ。
試験は受けられる。しかし、琴梨の言っていたように、悟は試されている。学院長の提示した条件に気付き、満たせるかどうかを。
――あのロリっ子学院長の言葉通り、平均位階を三以上にすれば多分問題はねぇ。
【迷宮】挑戦に必要な条件であるその第三位階の実力。それを悟が持っていれば落第はあり得ないのだから、メルキの協会の規制云々の話には矛盾が生じる。
しかし、悟のある推測を当て嵌めれば矛盾は掻き消える。
――一人で受けろとは言われてねぇ。つまり、位階の高い奴同伴でなら試験は受けられる……まぁ、そんな所か?
もっとも、それでもハードルは高いのが現状だ。
平均位階三ということは、つまり、最低でも第四位階二人もしくは第五位階一人に協力を仰ぐ必要があるということである。
悟と面識のある第四位階の生徒など、緋嶺くらいしかいない。
隣の如月は第二位階、後ろの操沙と徹はそれぞれ第三位階と第二位階――どちらも魔術師見習い。
この三人では条件を満たせない。それに、だ。
「んだよ、黙りこくって…」
「いや、お前等ん中で、知り合いに第四位階の生徒とかいねぇかなぁ。いねぇよなぁ…って自己完結してたんだよ」
「おいおい、初めから諦めてどうすんだよ…」
「そうよ、悟の癖に失礼じゃない」
「はは…。で、でも、いないのは確かだよね…」
「「まぁな(ね)……」」
困った笑みの小雪の言葉に徹と操沙の声がハモる。
そんな二人を半眼で見る悟。
真面目な話は、上げて落とす何時ものノリで台無しに。相変わらずと言うべきか、空気が読めないと言うべきか…。
「つーか、第四位階の奴に何の用だよ悟?ついに目覚めちゃったか、ドМに」
「まだМですらねぇよ!」
「な、違ったのか!?琴梨ちゃんの“お仕置き補習”毎日受けてんのに?」
「そこで驚くお前に驚きだよ俺はッ」
徹の偏見交じりの発言に悟が激しく抗議する。
救い難いところは、徹が本気でそれを言っている事か……。
もっとも、彼の言う事全てが間違っている訳ではない。
【魔術師】全てに共通して与えられるのは位階と称号。
第四位階の称号は魔術師。一人前であり中堅所、故にその称号名が与えられる。
学院内で既にその実力があるのだ。当然、その位階にいるだけで彼等は増長する。
「【火焔】」
「「「「ひ、ひぃッ…」」」」
悟達の眼前に、小さな焔が生まれ瞬時に消えた。
しかし、緊張までは消え去らない。
不意に声が聞こえた。
「授業中よ、静かにしなさい」
声の主に、しかし、四人は何も言葉を返せない。
赤い艶やかな長髪に、大きな深紅の瞳。
すらりと伸びた長い四肢。整ったその顔立ちは年齢以上の色気を漂わせる。
赤眼瞳、それが彼女の名前。第五位階――魔術師である。
「は~い、という訳で悪魔には魔導具の素材をぶつけるだけでも有効なの。……?どうかしたの、瞳ちゃん」
「いえ先生、少し虫の羽音が煩くて魔術で静かにさせただけです。もっとも、結果的に私の方が授業の邪魔をしてしまった訳ですが…」
「あら、そんなことはないの。羽音なら先生にも聞こえていたわ。お仕置きは必要なの――ね?悟君」
琴梨の含みのある言葉と嗜虐的な笑みが悟に向けられた。
「…じ、慈悲って大事だと思うんすよ……」
学院長から期限は聞いていない。
と言うことは、制限時間は落第通知書が、悟の家に届くまでだと考えるべきだ。そうでなければ、追試があるにもかかわらず、学院側が落第決定の通知書を送る意味が分からない。
故に、琴梨のお仕置きなどに捕まっている暇はない。
「ふむふむ、確かに慈悲はあって然るべきなの。今日は不問、代わりに、明日のお仕置きを二倍にしてあ・げ・るっ♪」
「に、二倍ッ……」
認めた慈悲は何処へやら、実質罰は下っている現状。ついでに、明日のお仕置きがこの時点で既に決定している事に納得がいかない。
もっとも、今日だけ助かりはするのだが…。
「ぶははっ、悟お前モっテモテぇー!」
「おい待て徹、そういや何で俺だけ怒られてんだよコンチクショー!」
理不尽ここに極まれり。しかし、それを受け入れるしかないのもまた事実。
世知辛い世の中である。
「馬鹿ねぇ、あたし達だってお叱りを受けたわよ?第五位階様に…ぷっ、ごめん笑いが。くふふふっ…」
「ちっげぇよ!そっちじゃねぇよ!」
操沙も乗ってくるが笑えない。
如月小雪はと言えば、やはり困った笑みをこちらに向けるだけ。
今日はやけに溜息が多いな、と思いつつも悟は嘆息せずにはいられなかった。
――が、しかし、そこで彼の脳裏に何かが引っ掛かる。
「ん?」
第五位階の【魔術師】。
引っ掛かったのは、それについて。
そして、次の瞬間だった。
「第五位階、第五位階って――あ!」
――いるじゃねぇか……!
救世主がそこにいる事に和灘悟は気付いた。
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