第七魔眼の契約者

文月ヒロ

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第一章:始まりの契約

第4話【第一位階】の落第決定!?

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 ――第六魔法学院、四階。

「え、えぇっと……マジで行くんすか…?」

 廊下に敷かれた赤い絨毯の上を琴梨に続いて歩きながら、悟は彼女に尋ねた。
 もっとも、学院長室へは、この鮮やかな紅を敷き詰めた通路を踏んでしか行けないのだから確認の必要はないのだが。

 それでも敢えて聞いたのは、別の場所へと続く隠し通路の存在に一縷いちるの望みに賭けたからだ。

 とはいえ、やはり世の中それほど甘くはないようで――

「当然。先生が行くと言ったら例え魔界だろうと絶対行くのっ。悪魔どもを縛りなぶって罵る旅にレッツゴーなの~♪」

「本気で言ってるように聞こえるから笑えねぇ……」

「?先生は何時だって本気マジなの」

「だったらもっと笑えねぇよ!」

 振り向きとんでもないことをのまた琴梨サディストへ、右の拳を顔の高さまで突き上げ悟は猛抗議。

 対する琴梨は何処吹く風。耳に届く直前で魔術によって声が遮られているかのようだ。

「ま、兎に角、学院長室に向かってるのは確かなの」

 琴梨がこちらを一瞥しそう告げると、悟は遂に現実逃避を止め肩を落とす。
 同時に漏れた小さな嘆息は、これから訪れる不穏な未来に対してか、はたまた、こんな時でも平常運転なテンションの琴梨に対してか。いずれにせよ、良い気分から出た物ではない。

 例によって、悟の認識下では【魔術師】の中には大抵ろくな人間がいない。
 傲慢の極みに至ったような性格だったり、暴力的だったり、稀に魔術研究の為ならば神すら敵に回すような馬鹿がいて【魔術師協会】に目を付けられている。

 さらに経験上、位階が高くなればなるほど変人度は増し、また得体の知れなさも増すオマケ付きだ。

 そして、学院長の位階は確か……。

「けどまさか、悟君がこんな手を使ってくるなんて思ってもみなかったの。正直、追試の話を何処かから仕入れてくるくらいはするとは思ってたけどね?」

 と、不意に琴梨が悟へ水を向ける。

「はい?こんな手?」

 要領を得ない台詞に対し悟は小首を傾げた。

「ん?あぁ、なるほどなの…。前言撤回、縁に恵まれたというべきなの」

 琴梨が納得顔で言い、そんな言葉を続けた。
 だが、それすらも悟には理解出来ず彼の眉が八の字に歪んだ。
 すると、その様子から悟の心情を察した琴梨が口を開く。

「悟君、【魔術師】の仕事って何だったかしら?」

「えっと、主に魔物・悪魔関係の問題処理ですけど…」

「うんうん、偉い偉い。じゃあ、【迷宮】の攻略はどうしてするかも当然知ってるの」

「そりゃあ、まぁ…」

 そもそも、【魔術師】の存在意義に大きく関係しているのだから、それを知らずして【魔術師】は名乗れない。そんなレベルの話だ。

 魔界に住まう魔物、悪魔は本来現世には現れることはない。
 しかし、魔界より漏れ出した魔力により生まれた空間である【迷宮】は、魔界へと繋がるトンネルに成り得るのだ。そこにそれらの存在達が溜まり、稀に溢れ、現世へと現れる。

「それを防ぐ為に【迷宮】の主を倒して攻略、つまり【迷宮】を消滅させる…って感じでしたっけ?」

「大正解。じゃあ、そこで悟君に問題なの。一度目の攻略挑戦で【魔術師】が【迷宮】を攻略する確率は?」

「?えぇっと、確か、二十%くらい」

 だったような……、と心の中で付け足す記憶が曖昧な悟。
 そんな彼に、琴梨は首だけ振り向き人差し指を立てて答え合わせに移る。

「概ね正解、正確には二十三%なの」

 悟は内心で呟き顎に右手を当ててる。

 ――あれ、授業で習った時も思ったけど、なんかそれだと……。

「今、それだとちょっとつたないなぁ、って思った?」

 立ち止まり、心を読んだかのような琴梨の発言に、悟は一瞬驚きを顔に浮かべた。
 その後ろ姿に隠れた彼女の顔はきっと、我が意を得たりとでも言いたげな微笑に彩られている。

「現世には【迷宮】が一定の周期で生み出されるの。その度に【魔術師】が攻略を目指して動くの。けど、初回で達成する確率は三割にも満たない。じゃあ、後の八割以上の【魔術師】はどうなるか?無傷、軽傷、重傷、たまに行方不明になったり死んじゃったり……まぁ、色々あるの」

 こちらを向き、琴梨は神妙な態度でそう言った。

「でもでも、そうなると次の攻略に挑戦する【魔術師】は少なくなっちゃうの。だって、【迷宮】攻略を仕事にする【魔術師】って少ないんだもの」

 声の調子を戻して琴梨は言葉を続けた。しかし、その内容は決して笑いながら聞き逃して良い物ではなかった。

 悟は顎に右手を当て、思案顔になりながら口を開く。

「た、確かに。そういや考えたことなかった。けど、それじゃあ何で問題が起きねぇんだ?」

 悟の疑問は、それこそもっともな物だった。

【魔術師】は元々、母体数が多くないのが現状なのだから、琴梨の言葉の意味は想像以上だ。
 幾ら魔術で傷や呪いを治せるからと言って、それにも限度という物がある。

 それに、過去にいたとされる英雄は死に絶え、今この現世には【魔術師】しかいない。
 英雄がどれ程の存在かは知らないが、少なくとも噂に聞くと同等レベルならば、人材の損失はかなりの物だろう。

 と、悟が思考を巡らせ始め矢先、その疑問に琴梨が答える。

「答えは簡単、人手の足りなくなった地域に人を送り込めばいいの。それも、飛びきり優秀な人材を、なの」

 悪戯っぽい微笑を浮かべる担任を前に、悟はハッとし納得顔になる。

 そんな中、再び歩き始めた琴梨に気付き、悟は置いて行かれまいと彼女の後ろを追いつつ尋ねる。

「もしかして、その人材ってのが」

「えぇ、猫真家は優秀な【魔術師】が多くてね。そして今まさに、少し人手が足りなくなっちゃて、協会が先方に書状を送ったの」

「で、今返事待ちと。んでこれが……」

「そう、その返事。悟君に渡した本人が契約書って言っていた辺り、恐らく良い返事なの」

「なるほど」

 歩きつつ、言葉を漏らす悟は、自身の右手に持った封筒を見つめた。
 縁に恵まれた、とはまさにこのことだろう。
 もっとも、今の今まで気付きもしなかったものだが。

 あの小悪魔な後輩はきっと今頃、悪戯っぽい笑みを浮かべていることだろう。察しが悪いですね先輩?とでも呟きながら。

「学院長は協会の関係者、だから」

「こっちに連絡を寄越す予定があって、俺はそのお使い役に選ばれたと……。いや、って言葉入れた方が自然っすかね?」

「えぇ、追試の内容が内容なの、学院長に許可を貰いにいかなきゃ試験は受けさせられないの」

 つまりは、どうにかして学院長と面会する機会を作らなければ、追試すら受けられないという訳だ。確かに、琴梨が言うように落第する程の学生が本物の【迷宮】に潜るのだから、形だけの物だろうと許可はいるだろう。
 だからこそ、その機会を悟に作らせようと、緋嶺はこの封筒を渡したのだ。

 ……なんというか、この一連の流れはまるで。

「振るいに掛けられてるみたいな、意地悪な話っすね」

 ここは【魔術師】の学校だ。余程の事がない限り、学院長と会うなんてあり得ない。
 寧ろ、取り合ってくれはしないだろう。
 それも最弱者ワーストとなれば尚更だ。会う価値すらない、なんて言われそうな予感がしてならない。

「事実、それが目的だし否定はしないの。でも、あとちょっとで悟君は落第確定していたから―――はぁ、

「身も蓋もない先生にこの学院の婉曲さを学ばせたいですよ俺は……」

 悟の指摘に対する、琴梨からの返答。そこに余計すぎる一言さえなければ大人らしい回答だというのに、本当の本当にこの教師はもう駄目なのかもしれない。

 琴梨をジト目で見つめつつ、呆れた声で言う悟であった。

「っと、話に夢中で気付かなかった。もう直ぐ側まで来ていたの」

「あぁ、そういえば…」

 ふと立ち止まる琴梨の言葉に、悟も部屋の前まで着いていたことに気が付き、その足を止めた。

「あら?――うふっ♪悟君、動いちゃ駄目なの」

「…はい?」

 要領を得ない彼女の発言を咀嚼しようとするも、次の瞬間。



「――暴風の弾丸ストーム・バレット!」

「どわぁぁぁァァァァァァァァッッ!!」


 二つの叫び声と共に部屋に通じる重厚感漂う木の扉が、容易く爆ぜこちらに吹っ飛んで来た。

「はいぃぃぃぃッ?」

 驚く悟君を置き去りに、琴梨は自身の前に身の丈程の防御魔法陣を浮かび上がらせる。
 凄まじい勢いで向かってくる両手扉は、緑の光を帯びた幾何学模様の盾に激突し、絨毯の上に落ちる。

「ぅぐッ、な、なんて酷い仕打ちなんだ……」

 呆気に取られていると、落ちた扉の下から男の声が聞こえてきた。と、同時に琴梨が扉の上を何事もなかったかのように歩いて向こうへ渡り、声の主は呻き声を上げた。挙げ句の果てには。

「むぅ――、メルちゃん」

 恐らく部屋の奥にいるであろう人物にとんでもない発言をする始末。
 呆気に取られたまま言葉を失っていた悟は、ようやく意思の息を吹き返した。それと共に復活した思考の中、この状況を作り出した張本人の登場を悟は固唾を呑んで見守る。
 すると、吹き抜けになった入口より、一人の見目麗しい少女が悠然と姿を現した。

「ほう、お前が来るなんて珍しいのだぞ琴梨。うむ、入ってくるのだ、歓迎するぞ。……ああ、そうそう、そこの塵屑ごみくずのように転がっておるたわけは気にせんでいいのだぞ」

 身に纏ったローブの色は金色の刺繍が所々に施された純白。腰まで伸びた艶やかな金色の髪、宝石のような紫紺の瞳を宿す目は勝ち気で大きい。外見は中学生程度、しかし喋り方は見た目にそぐわない――まるで老人のような少女だった。

「あら、メルちゃんってば塵屑は捨てなきゃなの」

「うむ、一理あるのだぞ。社会の塵は排除せねばなぁ」

「ふ、二人とも…相変わらず酷いねぇ。……僕は少し泣きそうだよ」

 バタンッ、と重い物が絨毯の上に落ちる音と共に琴梨と少女に向かって話かける声。

 悟の視界の下。見ると、そこには先程の強烈な風の魔術によって破壊され倒れた扉、そしてその隣で服に着いた汚れを手で払う青年が立っていた。

 髪は少女より少し薄い金色で、青い瞳を宿したその青年は、黒いローブに身を包んでいた。


 ◆◇◆◇◆◇◆

「な、なるほど…」

 あの後、琴梨達と共に学院長室に入室した悟は、目の前に座る少女と青年を見て呟いた。
 と言うのも、原因はさっきの二人にある。

 例の金髪の少女の名は、メルキ=レグルス。この学院の学院長である。
 そして、彼女に吹き飛ばされた青年はアレスト=クロフォード。いや、【魔術師】の中の【魔術師】にして唯一の第九位階――称号名・魔法帝キングというべきか。

 予想だにしなかった驚愕の事実に、悟は寧ろ呆れを覚えていた。

「ふむ、何か言いたそうだな小僧。言ってみるのだぞ」

「い、いえ…な、なにもぉ?」

 学院長の鋭い視線の混じった言葉に、顔を背けて上ずった声で返す悟。
 こんなロリっ子が学院長だなんてネタでしかない、とは口が裂けても言えない。言えば十中八九殺される。何故ならば、彼女は――。

 と、少年のそんな思考を遮るようにして、アレスト=クロフォードの笑いが学院長室に響き渡った。

「ハハハハハハッ、何を言っているんだい君は。メルキ殿の姿を見て何も思わないなんてあるもんか!大方、その幼い姿に内心大爆しょ――」

暴風のストーム…」

「い、いえ、きっとメルキ殿の魅力に呆けているのでしょう…は、ははは……」

 目を瞑るメルキの隣に浮かび上がる緑色の魔法陣。その延長線上には、数秒前とは打って変わって顔を盛大に蒼褪めさせ冷や汗を垂れ流すアレスト。
 ……人の発言を一瞬にして訂正させるメルキの実行力と言葉の力を前に悟は誓った。この脅迫系ロリ、もとい学院長の前では軽率な発言は控えようと。

「まったく…アレスト貴様。さっきも、この学院の女子生徒を応接室に連れ込む許可を貰いに来たなどとほざいていたが、お主はいつも粗相が多いのだぞ」

 なるほど、それでメルキの怒りを買って吹き飛ばされた…と。

「何も怒ることなかったじゃないか。メルキ殿に迷惑を掛けさせない布石として、僕はちょっと不純異性交遊を見逃してくれって事前に言っただけだよ?」

「それでオーケーするのは余程の阿呆あほうのすることなのだそ…」

 もしかするとこの天才青年【魔術師】の性欲は、自身をも超えているのかもしれない。そんなことを考える悟だった。


「で、何の用だったのだ琴梨?」

 メルキが問い掛けると、琴梨は隣にいた悟へ目配せした。封筒を出せ、という事だろう。

 テンポ良くそれに従う。

「ほう…これは?」

「あらメルちゃん、例の件の返事、なの」

「あぁ、あれかぁ。うむうむ、分かったのだぞ」

 そう言うと、メルキは悟へ怪訝けげんな目を向けた。

「…それで、お主は何者なのだ?猫真の手の者にしては弱そうなのだぞ」

「?あ、俺っすか。第一位階―――最弱者ワーストの和灘悟です。にゃんこな後輩から契約書を渡しに行って欲しいと頼まれて来ました。あと、このままいくと落第するんで追試させて下さいッ。以上です。………ありッ?」

 自身の目的もはっきり伝えた、多少礼儀作法がなっていないのを除けば完璧な自己紹介であるはず。…なのだが、どうにも様子がおかしい。

「へぇ…君が……」

「は、はは」

 興味深げにこちらを見るアレスト。
 しかし、それはどうでもいい。その反応にはもう慣れた。

 問題はメルキである。

 悟の自己紹介を聞くと、腕と足を組み、考え込むように暫く目を閉じた。そして、瞼をおもむろに持ち上げると感情の読めない顔をしたのだ。

 見たことのない反応だ。
 だが、分かったことが一つだけあった。


「残念だが、お主に【迷宮】攻略試験は受けさせられん」

 どうにもこの学院長は性格が悪いらしい。


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