第七魔眼の契約者

文月ヒロ

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第一章:始まりの契約

第3話 第六魔法学院の職員室

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  後輩である猫耳少女、猫真緋嶺の助言に従った悟は職員室へと赴いていた。

「はず、だよな……はは」

 脱力感に塗れた笑声の後に少年の口から続いて出たのは、その笑い声と同質の深海のように深い溜め息だった。
 とはいえ、部屋に入った瞬間に、『丁度いいの』などという少しばかり理不尽な台詞により琴梨に書類の整理を頼まれたのだから、悟の不満にも納得がいく。

「ったく、パソコンねぇなら事務員雇えよなぁ……」

 愚痴を言いつつ種類別に分けたそれらを棚へ収納しながら、悟が後ろを振り向くと、視界に入ってきたのは教員達の姿。
 昼時とあって昼食に出掛けている者も多く、人数は少ないが、その場にいる全員が書類と終わりの見えない睨めっこをしていた。
 見慣れた光景だな、と思いつつ視線を人以外へと移す。
 意外と言うべきか、ここ第六魔法学院の職員室は、内装も雰囲気も有体に言って普通の学校と変わらない。

 いや、機械類が一切存在しない点は普通とは言い難いだろう。

 この学院で扱っている物は魔術に関する情報だ。
 魔術は【魔術師】にとって有用な力であっても、常人には毒でしかない。

 その為、一般人への魔術に関する情報は流れないようになっている。パソコンなどがないのも、ウイルスによる情報の奪取を防止する為で、それらのものに関する情報は全て書類に記載されており、盗難や紛失防止用の魔術が施されている程だ。

 数秒で一通り視線を巡らせ終わった悟は、代り映えしないこの部屋の現状を内心で呪う。
 何せ、事務員が一人増えれば、悟はこんな仕事を琴梨に押し付けられずに済むのだから。

「まぁ、事務なんて進んでやる【魔術師】がいたら今頃苦労してねぇか……主に俺が」

 現実逃避を止め、両肩を落として悟は呟いた。

 人間とは見栄を張りたがるもの。教師としてならまだしも、そうでないなら紙の束と戯れるより魔物の群れと戯れる方が【魔術師】としては余程興が乗るだろう。

 更に悪いのは、例えその外部的要因を除いたとしても、悟の運命は変わらないという事だ。

 あまりに成績が悪い所為か、あるいは他の理由による物か、いずれにせよ一年の頃より琴梨はよく悟に面倒事を押し付けるのだ。もっとも、彼女から変に気に入られている、という理由も否定出来ないが……。

 兎も角それらの事情を踏まえれば、職員室の約三割を紙が占めているのも、悟がその整理のためにこき使われているのも、ある程度仕方がないと言えた。

「こらっ、悟君、ちゃんと仕事するの!」

 不意に、琴梨からの叱咤を受けた悟。
 顔を右に向けると、椅子に座った琴梨が片手に持った棒アイスでこちらを指し――

「おいおいおいおいおいッ!人手が足りないって言うから手伝ってるってのに、何でそれ言った本人がアイス片手にくつろいでくれてやがんですか!?」

「?えぇ、足りないの悟君。人手が」

「畜生、どうして俺の担任はここまで勤労意欲に欠けてんだよ……」

 言った後、目元を右手で覆いながら「いや、そもそも義務感とかそこら辺の意識が欠けてんのか」と悟は呟く。

「むぅ、いちいちそんな些細な事でグチグチ言ってると立派な【魔術師】になれないの」

「多少の不満呑み込むだけでそんなんに成れんなら、俺だって黙って作業してますっての…」

 口を尖らせ言う琴梨に対し、俯いた額に右の掌を当て呆れたように返す悟。
 彼女の言う『立派な』とは、第四位階以上を指す。中堅どころだが、悟から見れば十分に人間を辞めた部類に入っている位階だ。

「まぁ、確かに悟君は元一般人だし、凡人なの。初めの頃なんて、君、この学院に入る前に身に付けとかなきゃいけない魔術の常識と、ついでに【魔術師】の常識すら知らなかったもの」

「懐かしいっすね」

「おまけに、属性適正もっ」

「あぁ、それも懐かし――」

「正直、悟君が立派な【魔術師】になるには百年は掛かっちゃうの~。絶・望・的っ♪」

「あの……そろそろ泣きますよ?」

 やはり琴梨サディストはこんな時でも容赦なく嗜虐趣味者サディストである。いや、追加の言葉で心を抉って来るからこそ、彼女が彼女足り得るのかもしれない。

「はぁ……」

 嘆息し、そして――

「あっ、それは良いとして。これ、琴梨先生に出したら分かるって渡されたモンなんすけど……何か分かります?」

 悟は自分がこの場にいる理由を思い出し、そう言って、懐から例の契約書なる物の入った封筒を取り出した。

「うん?どれどれなの」

 言いながら、わざわざ転移魔術を使って悟の手にあった封筒を自身の元へ転移させる琴梨。
 琴梨にとってはこれが当たり前なのだ。
 だが、毎度こう思わざるを得ない。

 ――うわ、さっすが第七位階の超越者トランセンダー、相変わらず魔術の使い方無駄過ぎだろッ…。

 内心で悟がそんな失礼な事を考えている間に、琴梨は左手を顎に当て、空いた手で持った封筒を見つめ始めた。
 だが、返事は何時まで経っても返ってこない。

「ん?琴梨先生?」

 もしかして封筒の正体が分からないのでは、という思考が悟の脳裏をよぎる。
 焦りの表情で担任を見るも、どうやら杞憂だったようで、

「なるほどなるほど……。じゃっ、悟君、学院長室に行くの」

 そんな意味不明な回答が帰って来た。
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