アキラの攻略法

とりあえず、

文字の大きさ
上 下
4 / 11

しおりを挟む
 アキラは走った。学生時代でもこんなに必死になったことがないぐらい。
 アパートの大家さんに聞いた翠の母親が好きだという店の数量限定菓子を買い求めて。
 走って、走って。周りが振り返り、撮影かしら?と言っているのも本人は知らない。

 洋菓子店は既に列が出来ていた。田舎の名店というやつだ。
 最後尾に並んで、息を整えていると財布を確認して残金で買えるだろうかと不安になる。

「あの、ここのお店のお菓子の詰め合わせがいくらか知ってますか?」

 思わず前に並んでいたマダムに声をかけると、サイズを聞かれて、戸惑う。

「Sはこれくらい。Mはこれくらい。Lはこのサイズよ。誰に持って行くの?」
「好きな人の実家に挨拶に行きます。お義母さんが好きだそうで」

 お前はいつ婿入りしたんだ、と翠がいたらツッコむだろうがここに居るのは真面目で親切なマダムと本気のアキラだけの世界に入っていた。

「それなら無難にMかしら。先ほどお金を気にしていたけど、予算はいくらかしら?」
「一万円までなら…」
「それならLにしなさい。家族はお母様だけではないでしょう?ならば、Lが五千円で買えますからそれにしたらいいわ」
「ありがとうございます。実はお義姉さんがいて、子供もいるんです。その子達も食べると思うので大きいのでも喜ばれると思います」
「そう。大人だけではなく子供も好きですから。それに男性にも評判がいいんですわよ」

 列が進みつつ、マダムが必要なことだけを言うとそれ以上喋ることはなく、アキラはお礼を言って売り切れないことを願った。
 店に入ることができて、エアコンの風が気持ちいい。

「お菓子の詰め合わせLください」
「五千円になります。Lラストになりました!」

 並んでいた人数的にギリギリ買えるかどうかだと思ったが、無事に買えてよかった。

「あら。珍しい。詰め合わせじゃないんですの?」

 先ほどのマダムが知り合いに話かけられていて、曖昧に頷いている。
 二言、三言話して知り合いが去ったのでアキラはマダムに話しかけた。

「これ、本当はあなたが買うはずだったんですよね?」
「いいの。私はまた明日買いに来れますから。あなたは今日、大事な用事でしょう?」
「少し待っててください」

 近くでやっていたキッチンカフェ。アキラは何度か利用したことがあり、味には自信があった。すぐに買ってマダムの元にもどり、飲み物を渡す。

「ストロベリーラテです。たぶん、そのシフォンケーキと合うはずです。好きな人が言ってました。あそこの公園の側で定期的にワゴン来ますから気に入ったらまた買ってください」
「ありがとう。いただくわ」

 マダムは一口飲むと「うん、美味しい」と笑って頭を下げると帰って行った。



 アキラがマダムに救われていた頃。
 翠はアキラが中々来ないので、まさかどこかへ菓子折を買いに行っているのではないかと予感的中のことを考えながら仕事をしてはアキラが来るのを待っていた。

 収穫に一区切りができた頃、今朝に教えた場所で待っていたアキラを手に降って呼び寄せる。わんわん!と言って走ってくるアキラを抱きしめてしまう。

「翠さん。会いたかった」
「うん、今朝も会ってるけどな」

 思わず抱きしめてしまったが、離そうとすると子供みたいに嫌々と駄々をこねる。
 その手には菓子折が握られ、しかも母親が好きな洋菓子店ではないか。

「まあ、翠くんの恋人?」

 祖母が男同士だとわかっているのに冗談でもなく、からかっているでもなく、純粋に聞いていて、アキラがぽかんと口を開けて固まってしまった。
 力が抜けたアキラから離れて、祖父母に紹介する。

「後輩のアキラ。恋人ではないけど、仲はいいよ」
「朝言ってた子ね。アキラ君、翠のことよろしくね」
「翠は幼馴染みの英二くんしか家に遊びに来たことがないよな、ばあさん」
「そうね。英二くんは幼稚園からの付き合いだから家も知ってたけど。お手伝いも沢山してくれたし、私達に気を使ってたのかしらね」

 図星の翠は目線を反らすことで知らない顔をする。家で一生懸命働いている祖父母と両親の手を煩わせたくなかったのだ。
 家に帰ってきては手伝うことも多かったし、遊ぶときは外か誰かの家だと決めていた。

「翠さんは優しいです。俺、そういう翠さんが好きなんです」
「あら。そうなの?将来のお婿さん?」
「いや、だから」
「婿さんなら頼もしいじゃないか。翠も恥ずかしがらずに恋人じゃないって、もう結婚を決めていたんだな」
「えええ?ちが」
「違いません。そうです!」
「アキラ!お前!!」
「んふふ、仲良しさんね」

 祖父母の世代は男と女がって固定概念があるものではないのか?翠は婿が来たと喜ぶ二人に困惑しながら、祖父母に受け入れられたアキラは昨日とは打って変わって嬉しい表情でにこにこしていた。

「アキラが菓子折にこだわってたのはこういうことか」

 つまり菓子折を持って友達は遊びに来ない。世話になるからという意味が込められている。それもアキラの菓子折には翠の生涯を受け入れるというメッセージ付きなのだ。

 昼の時間になり、祖父母と母屋に帰り、縁側から居間に入る。そこでは母親と姉がアキラを待ち構えていた。

「アキラ君、想像以上にイケメン」

 姉の一言にアキラがにこりと微笑む。

「やばい、やば、眩しすぎて…」
「お義母さん、こちらお好きと聞いたのでよかったら」

 母親が差し出された菓子折を受け取ってお礼を言う。

「うちの翠のことよろしくお願いします」
「え?結婚する流れなの?」

 アキラは翠の家族に出迎えられて、受け入れられた。




しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

 旦那様は獣 〜比喩でなく〜

BL / 完結 24h.ポイント:291pt お気に入り:27

浮気な彼と恋したい

BL / 完結 24h.ポイント:149pt お気に入り:25

青春なんて要らないのに

BL / 連載中 24h.ポイント:377pt お気に入り:2

その身柄、拘束します。

恋愛 / 完結 24h.ポイント:0pt お気に入り:199

世話焼き男の物作りスローライフ

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:35pt お気に入り:5,810

この心が満ちるまで、そばにいて

Sai
BL / 完結 24h.ポイント:14pt お気に入り:0

処理中です...