1 / 11
1
しおりを挟む
枝から実を鋏でパチンと切り離すと果実の匂いがあふれ出る気がして、翠は好きだった。
この農園で働くのは祖父母と翠で、隣に農場もあり、そちらは両親と姉家族が毎日手入れをしている。
実家に就職をして二年。子供の頃から手伝っていたので全くの素人ではないが、それでも細やかな気配りがいることや、傷が出来てしまっただけで売れない商品が出てくることがあるというのが悲しいとこの年で思うようになった。
「翠、夕飯は大好物の唐揚げだよ」
「本当?タルタルは?」
「勿論つけるに決まってるじゃない」
祖母が揚げる唐揚げは店で食べるのより美味しいと思っている。定期的に祖母が作ってくれる揚げ物。母親はあまり得意ではないらしく、揚げ物担当は祖母だと勝手に決めてしまっている。
翠は実家暮らしではない。姉が結婚するときに同居するとなったので、翠が一人暮らしすると決めた。一人暮らしのタイミングを伺っていた翠にとってはラッキーなことで、ナイスタイミングだった。
それでも料理は朝食ぐらいしか作れない翠に、母親が昼と夜は食べてから帰ればいいじゃないと軽い感じで言うので、貰った給料から食費と言って三万を渡している。前に五万渡したら二万返されたので三万でいいとのことらしい。
アパートは実家からも駅からもちょうど真ん中。遠からず近からずの距離。自転車で行けば早いだろうが、歩きでも行けるので翠は歩きで通っている。
夕飯を食べて歩いてアパートに帰ると大家さんが困った顔でウロウロしていた。大家さんは祖母のカラオケ仲間で、祖父とも仲がいい。よく三人で買い物に行ったりもする。たまに差し入れと言って甘い物をくれる優しい人だ。
「大家さん、こんばんは」
「翠くん!あ、あの」
「どうしましたか?落ち着いて」
「さっきからずっと翠くんの家の前に座って動かない人がいるのよ」
「え?誰だろう?」
待ち合わせした覚えはないし、このアパートの場所を知っているのは幼馴染みの英二ぐらいだったはずではなかっただろうかと首を捻る。
二階建てのメゾネットアパートの四番。縁起が悪い数字と言われて空いてたらしいのだが、翠から言わせれば、幸せの四番ともいえるではないかと思っている。
翠が不審人物の前に立つと、顔を上げたのは男。よーーーく知っている男。
「お前なぁ」
「翠さん、お話があります」
忘れていたわけじゃない。こいつには先週もあった。そういえば一人暮らしをしていると言った時に一緒に着いてきたのは忘れていた。だって入居五日目に着いてきて場所を確認したら帰っていたという出来事だったため。
ほぼ二年ぐらい訪れてなかったアパートを忘れずに覚えているこの男、アキラは翠の学生時代の後輩で毎週一回は会っている男だった。
「大家さん、大丈夫。後輩だった」
「そ、そう?翠くんの知り合い?」
「はい。おら、フード脱げ」
被っていたフードを脱がせると、パリコレモデルかと思う綺麗で男らしい顔が現れる。
「まあ、イケメンっていうのかしら。綺麗な顔の人ね」
大家さんの警戒心も解けたところで、アキラを部屋に押し込み二人でリビングに入る。
「座れば?」
「すいません、勝手に来て」
「連絡してから来てくれればよかったけど、まあ、座れって」
怒られてると思ってるのか、犬なら尻尾を振りながら飛びつきたいのを我慢していてプルプル震えている状態。
「俺を拾ってください!!大好きです!!!」
「うん、まあ、いいけど」
「え!!本当ですか?」
「寝室とか一緒になるけどよければいいよ。言いたくない事情があるみたいだし、服とかも着たいのあれば聞いて。貸せるやつは貸すわ」
「俺、俺、翠さんのそういうところが好きです」
「はいはい。困ったことがあったら言ってな?」
アキラは学生時代、魔王と呼ばれていた。
あの美貌だから女性が放っておくわけがなく、何人もの人が告白をして必ず「好きな人がいるから無理です」の一言で終わらす。
翠の友人の好きな子もその中におり、あいつは悪魔だ、いや魔王だ。と言ってから、翠以外から魔王呼ばわりされたが、肝心の翠がアキラと呼んでいたのでどうでもよかったらしい。
モデルで活躍している女性、芸能界で働く美男子。そんな顔の綺麗な人達がアキラに告白したが惨敗。アキラが好きな人とは誰だと躍起になって探していたが、わからなかった。
それは翠とアキラが仲良くても飼い主と犬の関係だと思われており、誰もが本気でアキラが好きで相手にされてないなんて思わなかったのだ。
好きだと言われても翠には好かれる理由がわからないので断っていた。
卒業したら終わるだろうと思ったその好きですアピールは止まることなく、週に一回は会うという幼馴染みや友人より一番に会っている人間になった。
「アキラ、パンツ持ってる?」
「持ってないです」
「これ、使う?未使用だよ」
見せたのは子供に人気の某アニメキャラクターだった。姪の亜実が買ってくれた物で履くのが恥ずかしくてしまい込んでいた物。
眉間にしわをよせたアキラは渋々ながら、それを受け取ってお礼を言った。
「ぶはは、嘘だよ。コンビニ行って買いに行こ」
「歯ブラシとかも買っていいですか?」
「あ、だったらドラッグストア行くか」
「そっちの方が揃いますね。栄養食品とかも買おう」
「そっか。ご飯考えないとな」
二人は仲良く夕暮れの中、手を伸ばせば届く距離で歩いていた。
この農園で働くのは祖父母と翠で、隣に農場もあり、そちらは両親と姉家族が毎日手入れをしている。
実家に就職をして二年。子供の頃から手伝っていたので全くの素人ではないが、それでも細やかな気配りがいることや、傷が出来てしまっただけで売れない商品が出てくることがあるというのが悲しいとこの年で思うようになった。
「翠、夕飯は大好物の唐揚げだよ」
「本当?タルタルは?」
「勿論つけるに決まってるじゃない」
祖母が揚げる唐揚げは店で食べるのより美味しいと思っている。定期的に祖母が作ってくれる揚げ物。母親はあまり得意ではないらしく、揚げ物担当は祖母だと勝手に決めてしまっている。
翠は実家暮らしではない。姉が結婚するときに同居するとなったので、翠が一人暮らしすると決めた。一人暮らしのタイミングを伺っていた翠にとってはラッキーなことで、ナイスタイミングだった。
それでも料理は朝食ぐらいしか作れない翠に、母親が昼と夜は食べてから帰ればいいじゃないと軽い感じで言うので、貰った給料から食費と言って三万を渡している。前に五万渡したら二万返されたので三万でいいとのことらしい。
アパートは実家からも駅からもちょうど真ん中。遠からず近からずの距離。自転車で行けば早いだろうが、歩きでも行けるので翠は歩きで通っている。
夕飯を食べて歩いてアパートに帰ると大家さんが困った顔でウロウロしていた。大家さんは祖母のカラオケ仲間で、祖父とも仲がいい。よく三人で買い物に行ったりもする。たまに差し入れと言って甘い物をくれる優しい人だ。
「大家さん、こんばんは」
「翠くん!あ、あの」
「どうしましたか?落ち着いて」
「さっきからずっと翠くんの家の前に座って動かない人がいるのよ」
「え?誰だろう?」
待ち合わせした覚えはないし、このアパートの場所を知っているのは幼馴染みの英二ぐらいだったはずではなかっただろうかと首を捻る。
二階建てのメゾネットアパートの四番。縁起が悪い数字と言われて空いてたらしいのだが、翠から言わせれば、幸せの四番ともいえるではないかと思っている。
翠が不審人物の前に立つと、顔を上げたのは男。よーーーく知っている男。
「お前なぁ」
「翠さん、お話があります」
忘れていたわけじゃない。こいつには先週もあった。そういえば一人暮らしをしていると言った時に一緒に着いてきたのは忘れていた。だって入居五日目に着いてきて場所を確認したら帰っていたという出来事だったため。
ほぼ二年ぐらい訪れてなかったアパートを忘れずに覚えているこの男、アキラは翠の学生時代の後輩で毎週一回は会っている男だった。
「大家さん、大丈夫。後輩だった」
「そ、そう?翠くんの知り合い?」
「はい。おら、フード脱げ」
被っていたフードを脱がせると、パリコレモデルかと思う綺麗で男らしい顔が現れる。
「まあ、イケメンっていうのかしら。綺麗な顔の人ね」
大家さんの警戒心も解けたところで、アキラを部屋に押し込み二人でリビングに入る。
「座れば?」
「すいません、勝手に来て」
「連絡してから来てくれればよかったけど、まあ、座れって」
怒られてると思ってるのか、犬なら尻尾を振りながら飛びつきたいのを我慢していてプルプル震えている状態。
「俺を拾ってください!!大好きです!!!」
「うん、まあ、いいけど」
「え!!本当ですか?」
「寝室とか一緒になるけどよければいいよ。言いたくない事情があるみたいだし、服とかも着たいのあれば聞いて。貸せるやつは貸すわ」
「俺、俺、翠さんのそういうところが好きです」
「はいはい。困ったことがあったら言ってな?」
アキラは学生時代、魔王と呼ばれていた。
あの美貌だから女性が放っておくわけがなく、何人もの人が告白をして必ず「好きな人がいるから無理です」の一言で終わらす。
翠の友人の好きな子もその中におり、あいつは悪魔だ、いや魔王だ。と言ってから、翠以外から魔王呼ばわりされたが、肝心の翠がアキラと呼んでいたのでどうでもよかったらしい。
モデルで活躍している女性、芸能界で働く美男子。そんな顔の綺麗な人達がアキラに告白したが惨敗。アキラが好きな人とは誰だと躍起になって探していたが、わからなかった。
それは翠とアキラが仲良くても飼い主と犬の関係だと思われており、誰もが本気でアキラが好きで相手にされてないなんて思わなかったのだ。
好きだと言われても翠には好かれる理由がわからないので断っていた。
卒業したら終わるだろうと思ったその好きですアピールは止まることなく、週に一回は会うという幼馴染みや友人より一番に会っている人間になった。
「アキラ、パンツ持ってる?」
「持ってないです」
「これ、使う?未使用だよ」
見せたのは子供に人気の某アニメキャラクターだった。姪の亜実が買ってくれた物で履くのが恥ずかしくてしまい込んでいた物。
眉間にしわをよせたアキラは渋々ながら、それを受け取ってお礼を言った。
「ぶはは、嘘だよ。コンビニ行って買いに行こ」
「歯ブラシとかも買っていいですか?」
「あ、だったらドラッグストア行くか」
「そっちの方が揃いますね。栄養食品とかも買おう」
「そっか。ご飯考えないとな」
二人は仲良く夕暮れの中、手を伸ばせば届く距離で歩いていた。
応援ありがとうございます!
10
お気に入りに追加
19
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる