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課題7:僕とボクの日常攻略
2:残る問題とその答え
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話が一段落し、リビングは静かになった。
テオとノイスちゃんの目的も分かった。それらについての話も一通り終わった。後はご自由にご歓談ください、という状態だ。何を話題にしたら良いか分からないけど。
するならば百年分の世間話とかだろうか。適当に考えながらソファに背を沈める。
あと残ってる問題は――僕の中に残っている奴だ。
今現在、少なくとも三人が僕の中で存在を保っている。
ノイスちゃんの話だと、僕が目を覚ました時点でほぼ失敗らしく、大きな影響を与える可能性は低いという。
となると、あと一人。
血が減って薄れたとはいえ、あいつは僕の中にまだ残っている。
姿は影のようになっていたけど、僕の感情が落ち着いた気配がない。
残された影響が大きすぎる。これはどうしたらいいのだろう……。
ぼんやり考えていたら、テオの首が傾いた。
「何か悩みごと?」
「まあ、うん。色々頭の痛いことが続いててね」
話してどうにかなることではないし、しきちゃんに承諾を得ないまま話すのもよくない。
が。
「多分、ボクのせい、なんです……」
彼女が静かに口にした。
「……?」
テオが不思議そうな顔をする。
「ねえ、ウィル」
「むつき」
「ムツキ」
「良し」
「で。どうして彼女のせいなんだい?」
「それは……」
と、しきちゃんに視線を向ける。彼女は「話していいです」と答えるように頷いた。
だから僕は、二人に軽く説明をする。
柿原に話した時のように、順を追って。
夜の公園のこと。しきちゃんがこの家に住むようになった経緯。
彼女の過去と、その血の呪いの事。
それで。
「それで、感情が不安定になっててね。色々八つ当たりじみたことして……」
「それは血のせい、なんだろう?」
「多分ね」
「ああ。で、今はノイスが刺したからその呪いが薄れてる?」
「ついでに君らの魂も混ざったけどね。でも、そういうこと」
話が早い、と僕は頷いて台所に置いてるペットボトルに視線を向ける。
「今、呪いの気配が薄いのは、物理的に血の量が減ったからだろうね。人間なら出血多量で死んでたところだよ」
「ウィルが吸血鬼で良かったね、ノイス」
訂正は諦めた。
「……そうね」
テオの言葉にノイスちゃんが少し残念そうに頷く。
「僕の身体は誰にも渡さないよ」
僕はテオと向き合って、しきちゃんに言葉を向ける。
「うん。分かってる。俺もこの身体は不便だけど……進んで捨てる気はないんだ」
テオも僕と向き合い、ノイスちゃんに言い聞かせるように頷いた。
「でも。お兄さ――」
「でも、テオ――」
二人の言葉が重なって、ぴたりと止まった。
「うん?」
僕とテオ、二人一緒に隣を向く。
「……先に言いなさいよ」
「いえ、先に、どうぞ」
ぎこちなく先を譲り合う二人を、しばらく見守る。
「……分かったわよ。私が先に言うわ」
根負けしたのはノイスちゃんだった。
「テオ。貴方、日本に来て何回その身体付け直したと思ってるの? そのままだと長く保たないわよ?」
「はは……そうだね。その時は。まあ。受け入れるよ」
「……っ! 馬鹿!? 馬鹿なの!? もう一度言うわ! 馬鹿なの、テオ!?」
彼女は勢いよく立ち上がり、テオに向けて捲し立てた。胸ぐらを掴みそうな勢いだ。
「ノイス、落ち着い……」
「私は、わたしは……! テオに、一緒に居て欲しいから、一緒に居て嬉しかったから、身体を縫い合わせて、一緒に居て、ここまで着いて来てるのよ!? それなのに身体が朽ちてもいいですって? そうしたら……私――っ!」
彼女の剣幕に思わずテオが黙る。
僕としきちゃんも、彼女から視線を離せずにいた。
その視線に気付いたのか、ノイスちゃんは「あ」と言うなり、不機嫌そうな顔でぽすんとソファに座り直す。が、その顔は真っ赤だ。色白だから、バラ色の頬という方が似合うかもしれない。
テオに視線を向けると、彼は頷いた。
「ノイスはこんな感じで一緒に居てくれるんだ。俺は大した事できてないのに」
彼女の顔が赤い理由を察しているのかいないのか。肩を竦めて笑った。
テオは昔からこう言うヤツだ。
人への気遣いはできるくせに、察しも良いくせに。
こういう所は途端に鈍いから、誰にでも優しい。
僕もそれに助けられてた側だから、気持ちは分かる。
「だって、テオは……私を見ても怖がらなかった、初めての人だもの」
「なるほど。そっか」
テオが笑って彼女の頭をくしゃりと撫でると、彼女の空気が少し和らいだ。まあ、二人がいいならいいか。
「ありがとう、ノイス」
「いーえ」
唇を尖らせて答えたノイスちゃんは、ちょっと拗ねたまま、視線をしきちゃんへ向けた。
「ほら、座敷童さん」
「え、ボク、ですか?」
「そーよ。ほら。私は言ったんだから、貴女も言いなさいよ」
彼女の言葉に、しきちゃんは僕の方を向くように座り直す。
「えっと。あの。お兄さん」
「うん」
「お兄さんの中に居るあの人は……どうなっているのですか?」
ここであいつの心配か、と少しもやっとしたのは見なかったことにして。そうだな、と答える。
「まだ僕の中に残ってるけど。血が減った分、存在は薄れてるかな。さっきも黒い影みたいになってたし。だから、今は前ほど辛くはないよ」
しきちゃんはそうですか、と頷き。それから何か気付いたように瞬きをした。
「お兄さん」
「うん?」
「それは、血が足りないのではありませんか?」
「う」
首を傾げた拍子にさらりと流れた髪の隙間から、とっくに消えたはずの傷が見えた気がした。反射的に目を逸らす。
「血は……うん。確かに欲しいけどね」
君からもらうのはなんか罪悪感が。とは言えなかった。
ダメだと考えるほど、さっき口にしてしまった味を思い出す。彼女の血が欲しくなる。湧いた衝動を押さえつける。
「まあ、どこかで適当に調達……」
してこようと思う、と、ささやかな我慢を口にしている途中で。
「ウィルってさ。血は女性の方が好きだって言う割に、あんまり手を付けなかったよね」
突然挟まれたテオの一言に、言葉も思考も止まった。
「え。そうなのですか?」
しきちゃんがぱちりと瞬きをして問う。
「……テオ」
「うん?」
「そういう余計な情報漏らすのやめようか……?」
「え。彼女を安心させようと思ったのに」
「……そうだね。うん」
色々遅いんだよ。と文句を言いたい衝動はグッと堪えた。
彼女の血はとてもおいしいんだ。
彼女の血に呪いがなければ。僕の中にあいつが居なければ。後でもらうと言ってしまいそうな位――と、ふと気付く。
「……いや、しきちゃんから僕に呪いが移ってるんなら」
もしかしたら、彼女自身に呪いはほとんど残っていないのでは。
僕の中からも気配が薄れた今。その壁はなくなったのでは?
いやいや、彼女に負担をかけたくはないんだ。と、心の中で首を横に振る。
僕が零した言葉に、しきちゃんは少し考えて、どうでしょう、と呟いた。
「ボクには、その感覚が分からないので……飲ませて良いのかも」
分からなくて、と申し訳なさそうに視線を落とした。
うん、飲ませる前提で話さないで欲しいかな。と、訂正を入れるより先に。
「ん? それなら大丈夫じゃないかな」
そう言ったのはテオだった。
「どうして分かるのさ?」
「魂の匂いがね」
そんなのまで分かるのか。どういう原理なのかちょっと気になる。
「よし、もうちょっと詳しく話してもらおうか」
「え。うん。いいけど。そうだな。まずは魂の話からしよう」
テオはそう言って、まだむすっとしたままだったノイスちゃんの背中を押して話を促す。
「ぅえ? 私が話すの……!?」
「だって、この分野だと君の方が先輩だし」
彼女はしばらく考え込んだ後「そうね」と頷いた。
テオとノイスちゃんの目的も分かった。それらについての話も一通り終わった。後はご自由にご歓談ください、という状態だ。何を話題にしたら良いか分からないけど。
するならば百年分の世間話とかだろうか。適当に考えながらソファに背を沈める。
あと残ってる問題は――僕の中に残っている奴だ。
今現在、少なくとも三人が僕の中で存在を保っている。
ノイスちゃんの話だと、僕が目を覚ました時点でほぼ失敗らしく、大きな影響を与える可能性は低いという。
となると、あと一人。
血が減って薄れたとはいえ、あいつは僕の中にまだ残っている。
姿は影のようになっていたけど、僕の感情が落ち着いた気配がない。
残された影響が大きすぎる。これはどうしたらいいのだろう……。
ぼんやり考えていたら、テオの首が傾いた。
「何か悩みごと?」
「まあ、うん。色々頭の痛いことが続いててね」
話してどうにかなることではないし、しきちゃんに承諾を得ないまま話すのもよくない。
が。
「多分、ボクのせい、なんです……」
彼女が静かに口にした。
「……?」
テオが不思議そうな顔をする。
「ねえ、ウィル」
「むつき」
「ムツキ」
「良し」
「で。どうして彼女のせいなんだい?」
「それは……」
と、しきちゃんに視線を向ける。彼女は「話していいです」と答えるように頷いた。
だから僕は、二人に軽く説明をする。
柿原に話した時のように、順を追って。
夜の公園のこと。しきちゃんがこの家に住むようになった経緯。
彼女の過去と、その血の呪いの事。
それで。
「それで、感情が不安定になっててね。色々八つ当たりじみたことして……」
「それは血のせい、なんだろう?」
「多分ね」
「ああ。で、今はノイスが刺したからその呪いが薄れてる?」
「ついでに君らの魂も混ざったけどね。でも、そういうこと」
話が早い、と僕は頷いて台所に置いてるペットボトルに視線を向ける。
「今、呪いの気配が薄いのは、物理的に血の量が減ったからだろうね。人間なら出血多量で死んでたところだよ」
「ウィルが吸血鬼で良かったね、ノイス」
訂正は諦めた。
「……そうね」
テオの言葉にノイスちゃんが少し残念そうに頷く。
「僕の身体は誰にも渡さないよ」
僕はテオと向き合って、しきちゃんに言葉を向ける。
「うん。分かってる。俺もこの身体は不便だけど……進んで捨てる気はないんだ」
テオも僕と向き合い、ノイスちゃんに言い聞かせるように頷いた。
「でも。お兄さ――」
「でも、テオ――」
二人の言葉が重なって、ぴたりと止まった。
「うん?」
僕とテオ、二人一緒に隣を向く。
「……先に言いなさいよ」
「いえ、先に、どうぞ」
ぎこちなく先を譲り合う二人を、しばらく見守る。
「……分かったわよ。私が先に言うわ」
根負けしたのはノイスちゃんだった。
「テオ。貴方、日本に来て何回その身体付け直したと思ってるの? そのままだと長く保たないわよ?」
「はは……そうだね。その時は。まあ。受け入れるよ」
「……っ! 馬鹿!? 馬鹿なの!? もう一度言うわ! 馬鹿なの、テオ!?」
彼女は勢いよく立ち上がり、テオに向けて捲し立てた。胸ぐらを掴みそうな勢いだ。
「ノイス、落ち着い……」
「私は、わたしは……! テオに、一緒に居て欲しいから、一緒に居て嬉しかったから、身体を縫い合わせて、一緒に居て、ここまで着いて来てるのよ!? それなのに身体が朽ちてもいいですって? そうしたら……私――っ!」
彼女の剣幕に思わずテオが黙る。
僕としきちゃんも、彼女から視線を離せずにいた。
その視線に気付いたのか、ノイスちゃんは「あ」と言うなり、不機嫌そうな顔でぽすんとソファに座り直す。が、その顔は真っ赤だ。色白だから、バラ色の頬という方が似合うかもしれない。
テオに視線を向けると、彼は頷いた。
「ノイスはこんな感じで一緒に居てくれるんだ。俺は大した事できてないのに」
彼女の顔が赤い理由を察しているのかいないのか。肩を竦めて笑った。
テオは昔からこう言うヤツだ。
人への気遣いはできるくせに、察しも良いくせに。
こういう所は途端に鈍いから、誰にでも優しい。
僕もそれに助けられてた側だから、気持ちは分かる。
「だって、テオは……私を見ても怖がらなかった、初めての人だもの」
「なるほど。そっか」
テオが笑って彼女の頭をくしゃりと撫でると、彼女の空気が少し和らいだ。まあ、二人がいいならいいか。
「ありがとう、ノイス」
「いーえ」
唇を尖らせて答えたノイスちゃんは、ちょっと拗ねたまま、視線をしきちゃんへ向けた。
「ほら、座敷童さん」
「え、ボク、ですか?」
「そーよ。ほら。私は言ったんだから、貴女も言いなさいよ」
彼女の言葉に、しきちゃんは僕の方を向くように座り直す。
「えっと。あの。お兄さん」
「うん」
「お兄さんの中に居るあの人は……どうなっているのですか?」
ここであいつの心配か、と少しもやっとしたのは見なかったことにして。そうだな、と答える。
「まだ僕の中に残ってるけど。血が減った分、存在は薄れてるかな。さっきも黒い影みたいになってたし。だから、今は前ほど辛くはないよ」
しきちゃんはそうですか、と頷き。それから何か気付いたように瞬きをした。
「お兄さん」
「うん?」
「それは、血が足りないのではありませんか?」
「う」
首を傾げた拍子にさらりと流れた髪の隙間から、とっくに消えたはずの傷が見えた気がした。反射的に目を逸らす。
「血は……うん。確かに欲しいけどね」
君からもらうのはなんか罪悪感が。とは言えなかった。
ダメだと考えるほど、さっき口にしてしまった味を思い出す。彼女の血が欲しくなる。湧いた衝動を押さえつける。
「まあ、どこかで適当に調達……」
してこようと思う、と、ささやかな我慢を口にしている途中で。
「ウィルってさ。血は女性の方が好きだって言う割に、あんまり手を付けなかったよね」
突然挟まれたテオの一言に、言葉も思考も止まった。
「え。そうなのですか?」
しきちゃんがぱちりと瞬きをして問う。
「……テオ」
「うん?」
「そういう余計な情報漏らすのやめようか……?」
「え。彼女を安心させようと思ったのに」
「……そうだね。うん」
色々遅いんだよ。と文句を言いたい衝動はグッと堪えた。
彼女の血はとてもおいしいんだ。
彼女の血に呪いがなければ。僕の中にあいつが居なければ。後でもらうと言ってしまいそうな位――と、ふと気付く。
「……いや、しきちゃんから僕に呪いが移ってるんなら」
もしかしたら、彼女自身に呪いはほとんど残っていないのでは。
僕の中からも気配が薄れた今。その壁はなくなったのでは?
いやいや、彼女に負担をかけたくはないんだ。と、心の中で首を横に振る。
僕が零した言葉に、しきちゃんは少し考えて、どうでしょう、と呟いた。
「ボクには、その感覚が分からないので……飲ませて良いのかも」
分からなくて、と申し訳なさそうに視線を落とした。
うん、飲ませる前提で話さないで欲しいかな。と、訂正を入れるより先に。
「ん? それなら大丈夫じゃないかな」
そう言ったのはテオだった。
「どうして分かるのさ?」
「魂の匂いがね」
そんなのまで分かるのか。どういう原理なのかちょっと気になる。
「よし、もうちょっと詳しく話してもらおうか」
「え。うん。いいけど。そうだな。まずは魂の話からしよう」
テオはそう言って、まだむすっとしたままだったノイスちゃんの背中を押して話を促す。
「ぅえ? 私が話すの……!?」
「だって、この分野だと君の方が先輩だし」
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