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課題5:僕とボクの話
7:ボクなりにできることを
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「長々と話しすぎたね……」
夜はまだ深くありませんが、時計の針は随分と進んでいました。
「もしかして、これが年ってやつかなあ」
やだなあ、と天井を仰ぐように溜息まじりにぼやいています。
お兄さんはそう言いましたが、ボクにとってはあっという間の時間でした。
「お兄さんは、すごいです」
素直に感想を言うと、お兄さんは「いやいや」と手をぱたぱたと振りました。
「そんな事ないよ。長いこと立ち止まってたし。後ろ向きで、文句ばっかりで」
子供っぽいね。と恥ずかしそうに笑います。
「だから、僕の行動は……正直遅すぎるくらいじゃないかな」
「いえ、それでもボクはお兄さんのこと、すごいと思います」
ボクには、そんなもたくさんのことを考えるだけの視界の広さを持っていません。
隣に立っても、きっとお兄さんの方が広く、遠くを見ていると思います。
お兄さんの行動が遅すぎたというのなら、ボクはどうなのでしょう。
この家に来るまで、何か得た物があったでしょうか?
見て。知って。考えた事があったでしょうか?
ここが天国ですか? と、もう居ない母様に尋ねるだけの日々に。
自分にできることすら分からず、家を転々とするだけだったボクに。
「ボクは、今でもじっとしている気がします」
「そう?」
はい、と頷くとお兄さんは「大丈夫」という言葉をくれました。
「しきちゃんは、ちゃんと歩いてるよ。料理をして、本を読んで。ちゃんと自分にできる事をしっかり全うしようとしてる」
「そう、でしょうか……」
本当に、ボクは前を向いているでしょうか。
その疑問が伝わったのか、お兄さんは言葉を続けます。
「しきちゃんは言ったよね」
「?」
「この家の座敷童で在りたいって」
「……はい」
「それは確かな一歩だと思うよ。自分が望んだ状況だったりそうじゃなかったり――これまで色々あったかもしれないけど、それを全部抱きかかえて自分であろうとしてる」
ね。と言うお兄さんの声は、とても優しくて、耳に心地よくて。
思わず喉の奥がぐっと熱く、詰まったような感じがしました。
ボクも、日常と平穏を手に入れるための何かを考えてみたくなりました。
お手伝い程度しかできないかもしれません。もしかしたら、ただの足手まといかもしれません。それでも。
ボクは吸血鬼のように、大人の男の人のように、強い力はありません。
長く長く生きているはずなのに、外を知りません。
ボクが知っているのは、家の中の事だけです。
ボクがしたい事は、その家の人を幸せにする事です。
だから今のボクが、座敷童なりにできる事を。
「はい。ボクは。座敷童は。――座敷童にできる事を。ちゃんとやります」
「うん。よろしくね」
「はい」
□ ■ □
おやすみ、と言い合って部屋に戻り、ベッドに倒れ込む。
身体のダルさは相変わらず僕に重力の良さを教えてくる。
が。
それと同時に僕の頭の中はさっき話したことでいっぱいだった。
「勢いで……話しすぎた……」
思わず頭を抱えて布団に顔を埋める。
濁したり端折ったりした部分もかなりあったけど。
あまりに久しぶりの思い出話。喋りすぎた。調子に乗った。そんな後悔が痛い。
けど、わずかながら安心感もあった。
僕の話が、しきちゃんにどれだけ残ったかは分からない。
でも、話をしっかり聞く子だから、彼女なりに色々と考えるのだろう。
そんな彼女と一緒にこの現代を、日常を。
人ならざる者同士、手を取り合って攻略していけたら。
それは。きっとすごく嬉しい事だ。
「……問題は、この感情がどっちの物かってのと」
もうひとつ。
話に出した、物好き。
彼のことが離れなかった。
夜の街で見かけた、あの人影を思い出す。
黒い髪の、背の高い男。
顔は隠れていたし、人混みの中だったし。隣に居た少女は知らないけど。
あいつは。間違いなく。
「なんで、居るんだよ……テオ……」
死んだはずの物好きの。死んだ――いや、殺したはずの、友人の。
名前を、呟く。
今日は、いつもの声は聞こえなかった。
ただ微かに、くすくすと笑う声がした。
それがあいつの物なのか。
あの物好きの声なのか。
僕自身の声なのか。
分からないまま、僕の意識は落ちていった。
□ ■ □
部屋に戻ったボクは、机の前に座りました。
ノートを開いて、日付を入れます。
こうやってノートに書くのは、なんだか久しぶりのような気がしました。
お兄さんの話は、ボクの中に染み込んでくるようでした。
ボクがこれまでぼんやりと過ごしてきた日々のまどろみから、ゆっくりと目が覚めるような。そんな感じがします。
考えた事をノートに書いていると、少しだけ嬉しくなるのが分かります。
ボクが座敷童として何かしようと思ったのは、初めてかもしれません。
座敷童としての力はあるのだと思います。でも、それがどんな物なのか。どう使えばいいのか。何も分からないまま、ぽたぽたと家中に落として回って、使った気になっているだけだった気がします。
その力を両手で汲み上げて、きちんと使おう。使えるようになろう。そんなことを思いました。
ちゃんとできるかは分かりませんが、少しずつでも。
鉛筆の手を止めると、視界の隅に転がっていたサッカーボールが、あの言葉を思い出させます。
「しいちゃんはニセモノなんだって」
だから、ノートに少し大きな字で書き込みました。
ボクは。この家の座敷童です。
夜はまだ深くありませんが、時計の針は随分と進んでいました。
「もしかして、これが年ってやつかなあ」
やだなあ、と天井を仰ぐように溜息まじりにぼやいています。
お兄さんはそう言いましたが、ボクにとってはあっという間の時間でした。
「お兄さんは、すごいです」
素直に感想を言うと、お兄さんは「いやいや」と手をぱたぱたと振りました。
「そんな事ないよ。長いこと立ち止まってたし。後ろ向きで、文句ばっかりで」
子供っぽいね。と恥ずかしそうに笑います。
「だから、僕の行動は……正直遅すぎるくらいじゃないかな」
「いえ、それでもボクはお兄さんのこと、すごいと思います」
ボクには、そんなもたくさんのことを考えるだけの視界の広さを持っていません。
隣に立っても、きっとお兄さんの方が広く、遠くを見ていると思います。
お兄さんの行動が遅すぎたというのなら、ボクはどうなのでしょう。
この家に来るまで、何か得た物があったでしょうか?
見て。知って。考えた事があったでしょうか?
ここが天国ですか? と、もう居ない母様に尋ねるだけの日々に。
自分にできることすら分からず、家を転々とするだけだったボクに。
「ボクは、今でもじっとしている気がします」
「そう?」
はい、と頷くとお兄さんは「大丈夫」という言葉をくれました。
「しきちゃんは、ちゃんと歩いてるよ。料理をして、本を読んで。ちゃんと自分にできる事をしっかり全うしようとしてる」
「そう、でしょうか……」
本当に、ボクは前を向いているでしょうか。
その疑問が伝わったのか、お兄さんは言葉を続けます。
「しきちゃんは言ったよね」
「?」
「この家の座敷童で在りたいって」
「……はい」
「それは確かな一歩だと思うよ。自分が望んだ状況だったりそうじゃなかったり――これまで色々あったかもしれないけど、それを全部抱きかかえて自分であろうとしてる」
ね。と言うお兄さんの声は、とても優しくて、耳に心地よくて。
思わず喉の奥がぐっと熱く、詰まったような感じがしました。
ボクも、日常と平穏を手に入れるための何かを考えてみたくなりました。
お手伝い程度しかできないかもしれません。もしかしたら、ただの足手まといかもしれません。それでも。
ボクは吸血鬼のように、大人の男の人のように、強い力はありません。
長く長く生きているはずなのに、外を知りません。
ボクが知っているのは、家の中の事だけです。
ボクがしたい事は、その家の人を幸せにする事です。
だから今のボクが、座敷童なりにできる事を。
「はい。ボクは。座敷童は。――座敷童にできる事を。ちゃんとやります」
「うん。よろしくね」
「はい」
□ ■ □
おやすみ、と言い合って部屋に戻り、ベッドに倒れ込む。
身体のダルさは相変わらず僕に重力の良さを教えてくる。
が。
それと同時に僕の頭の中はさっき話したことでいっぱいだった。
「勢いで……話しすぎた……」
思わず頭を抱えて布団に顔を埋める。
濁したり端折ったりした部分もかなりあったけど。
あまりに久しぶりの思い出話。喋りすぎた。調子に乗った。そんな後悔が痛い。
けど、わずかながら安心感もあった。
僕の話が、しきちゃんにどれだけ残ったかは分からない。
でも、話をしっかり聞く子だから、彼女なりに色々と考えるのだろう。
そんな彼女と一緒にこの現代を、日常を。
人ならざる者同士、手を取り合って攻略していけたら。
それは。きっとすごく嬉しい事だ。
「……問題は、この感情がどっちの物かってのと」
もうひとつ。
話に出した、物好き。
彼のことが離れなかった。
夜の街で見かけた、あの人影を思い出す。
黒い髪の、背の高い男。
顔は隠れていたし、人混みの中だったし。隣に居た少女は知らないけど。
あいつは。間違いなく。
「なんで、居るんだよ……テオ……」
死んだはずの物好きの。死んだ――いや、殺したはずの、友人の。
名前を、呟く。
今日は、いつもの声は聞こえなかった。
ただ微かに、くすくすと笑う声がした。
それがあいつの物なのか。
あの物好きの声なのか。
僕自身の声なのか。
分からないまま、僕の意識は落ちていった。
□ ■ □
部屋に戻ったボクは、机の前に座りました。
ノートを開いて、日付を入れます。
こうやってノートに書くのは、なんだか久しぶりのような気がしました。
お兄さんの話は、ボクの中に染み込んでくるようでした。
ボクがこれまでぼんやりと過ごしてきた日々のまどろみから、ゆっくりと目が覚めるような。そんな感じがします。
考えた事をノートに書いていると、少しだけ嬉しくなるのが分かります。
ボクが座敷童として何かしようと思ったのは、初めてかもしれません。
座敷童としての力はあるのだと思います。でも、それがどんな物なのか。どう使えばいいのか。何も分からないまま、ぽたぽたと家中に落として回って、使った気になっているだけだった気がします。
その力を両手で汲み上げて、きちんと使おう。使えるようになろう。そんなことを思いました。
ちゃんとできるかは分かりませんが、少しずつでも。
鉛筆の手を止めると、視界の隅に転がっていたサッカーボールが、あの言葉を思い出させます。
「しいちゃんはニセモノなんだって」
だから、ノートに少し大きな字で書き込みました。
ボクは。この家の座敷童です。
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