僕とボクの日常攻略

水無月 龍那

文字の大きさ
上 下
38 / 47
課題6:僕とボク、俺と私

5:うちの自慢の座敷童だから

しおりを挟む
「っ!」
 気付いたら、その子をお兄さんの前から引き剥がし、床に叩きつけていました。
 どうしてそれだけの力が出せたのか、動けたのかも分かりません。
 ただただ、胸が苦しくて。辛くて。
 目の前の物を受け入れたくない。
 そんな。単なるワガママのような衝動だったのかもしれません。

 ぽたぽたと落ちる涙が、袖に赤いシミを作っていきます。
「……どうして、お兄さんが……倒れて……っ、刺され、て……るん、ですか!」
「どうして?」
「だって。そんなこと、あるはず……させないって。思って……」
「あるはずない、なんて」
 琥珀色の目が、ボクの眼を覗き込んで言います。
「事実、そうじゃない」
「――っ」
 突きつけられた言葉に喉が詰まった瞬間。
 身体が浮いて、勢いよく吹き飛ばされました。
 壁に叩きつけられた衝撃で呼吸が一瞬止まって。頭の奥がくらくらします。
「残念ね。貴方の“お兄さん”はもう居ないわ」
 立ち上がって服を整えながら、女の子は嬉しそうに笑います。
「……それは」
「本当よ」
 落ちていたガラスの小瓶がひとりでに転がってきて、ボクの前でことん、と立ちました。赤黒く汚れた瓶の底に、同じ色の水滴が揺れています。
「血……?」
「そう。これがうまくいけば、あの身体をテオのものにできる」
「どう、して……?」
「彼には、新しい身体が必要だから」
「……?」
「大事な人なの。物を動かして音を立てる位しかできなかった私を、怖がらずに受け入れてくれた」
 なのに、と視線が動いて。睨むようにお兄さんを見ました。
「あの夜。彼は帰ってこなかった。バラバラになって、暗い路地に散らばってた」
「いったい、何の話……」
「なんとか繋ぎ合わせたけど、それはもう、応急処置を施しただけの容れ物。一度死んだ身体は、時間が経てば劣化する。だからちゃんとした身体をあげなくちゃ。それなら――テオを殺した本人に、責任を取ってもらうのが一番じゃない?」

 何の話をしているのか、全然分かりませんでした。
 でも、ひとつだけ分かることがあります。
 この人は、お兄さんの身体を奪おうとしている。

 ボクも同じようなことをしています。だから、責めることはできません。
 でも。
 ボクは座敷童だから。この家に住んでいる人を。お兄さんを。
 不幸にするような事は絶対にしたくありません。
 
 それなら、ボクはどうすべきなのでしょう。何ができるのでしょう。
 何か。なにか。なにか――……。
「……っ」
 でも、考えるほど何もできないと分かってしまって。
 家の中の悪い物を追い出す力すらないという無力さが、悔しくて。
 自分の中に何か重たい物ががぐらぐらとしてきて――。
 
「――ふうん。変わった力の使い方ね?」
 首を傾げて、その人はぽつりと言いました。
「え……?」
 ぐちゃぐちゃとしていた感情が途端に取り上げられて、ぴたりと止まりました。
「えっと。座敷童、だっけ? 貴女、そうなんでしょ?」
「……」
「あの吸血鬼が言ってたわ。人間じゃないってことよね?」
「……はい……」
「そうね。よく見れば人間じゃないのは分かるわ。でも、間違うくらい弱そうだし……。んー。座敷童って何なの?」
 そう、問う声は、心の底から不思議そうでした。
 座敷童を知らない、単純な疑問だったのでしょう。
 でも、ボクには、ボク自身の在り方そのものを問われているように感じました。
「座敷童、とは……家に幸運を運ぶ、存在です」
「幸運? 具体的に何かできるの? 影を操ったり、物を自由に動かしたり?」
 ボクは首を横に振ります。
「いえ……そのような、ことは……」
「そこに在るだけで幸運を呼び寄せるってことかしら……?」
 頷いたボクを見た彼女は「ふーん……?」と、首を傾げて。
 
「呪いの宝石みたいね」
 そう、言いました。
 
 呪いの宝石。そうかもしれません。
 ただ居るだけで、その家の幸せを積み上げて、崩していくだけの存在。
 座敷童だと言われるがまま信じ込んでいるだけの、違う何かかもしれません。
 だって、ボクは作られた存在です。
 
「そうかも……しれません」
 でも。は喉に詰まりながら出てきました。
 
 座敷童ではないかもしれないけれど。
 座敷童として作られたのだから。

「ボクは……座敷童、だから。お兄さんは」
 ぐっと、息を飲んで。言い切りました。
 
「むつきさんは、絶対っ、不幸になんか……させないんです!」

「――そうだね、さすが我が家の座敷童」

「「!?」」
 突然の声に、ボクと女の子は一緒に同じ方を見ました。
 いつの間にかお兄さんは目を覚まして、こっちを見ていました。

 きっと、同じくらい驚いた顔をしていたのかもしれません。
 何があったのか分からない。
 目の前の物が信じられない。
 嬉しさか驚きとか、戸惑いとかが混ざってよく分からない。
 そんな顔だったのでしょう。

「二人ともそんなに驚かないでよ」
 身体のあちこちに刺さっている物を抜きながら、お兄さんは笑いました。
 顔色は良くありません。でも、声はしっかりしているように思えます。
「吸血鬼が簡単に失血死とかしても困るでしょ」
 片手で持てなくなった物を横に置いて、お兄さんの言葉は続きます。
「それに、こんな事でしきちゃんの自称保護者に説教されるのはゴメンだし、他人に僕の身体を明け渡すなんてもっとだ」
 最後のひとつを床に放ると、相槌のようにかつんと音がしました。
「これでいいかな……うん」
 身体を一通り確認して、お兄さんは近くへやってきました。見下ろすようにボクを……いえ、女の子の方に目を向けました。
 お兄さんの青い目が、女の子をじっと見ています。
「貴方……ねえ、テオは――」
「君さ」
 言葉を遮ったお兄さんの目が鋭く光りました。
「テオと一緒に居た子でしょ」
「え、ええ……そう、だけど」
 気圧されたのか、戸惑いがちに答える彼女に、お兄さんはにっこりと笑いかけました。
 
「そう、じゃあ。片付けとくからさ。連れてきてよ」
「え」
「テオ、居るでんしょ? だから」

 ちょっと話をしよう。
 
 そう言ったお兄さんの顔は。
 いえ、ボクもお兄さんの表情を多く知っている訳ではありませんが。

 お兄さんの顔はとても楽しそうで。
 青い瞳は冴え冴えと冷たくて。
 なんだか背筋が寒くなりそうな、冷たい笑顔でした。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【R18】散らされて

月島れいわ
恋愛
風邪を引いて寝ていた夜。 いきなり黒い袋を頭に被せられ四肢を拘束された。 抵抗する間もなく躰を開かされた鞠花。 絶望の果てに待っていたのは更なる絶望だった……

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

マッサージ師にそれっぽい理由をつけられて、乳首とクリトリスをいっぱい弄られた後、ちゃっかり手マンされていっぱい潮吹きしながらイッちゃう女の子

ちひろ
恋愛
マッサージ師にそれっぽい理由をつけられて、乳首とクリトリスをいっぱい弄られた後、ちゃっかり手マンされていっぱい潮吹きしながらイッちゃう女の子の話。 Fantiaでは他にもえっちなお話を書いてます。よかったら遊びに来てね。

[R18] 激しめエロつめあわせ♡

ねねこ
恋愛
短編のエロを色々と。 激しくて濃厚なの多め♡ 苦手な人はお気をつけくださいませ♡

生贄にされた先は、エロエロ神世界

雑煮
恋愛
村の習慣で50年に一度の生贄にされた少女。だが、少女を待っていたのはしではなくどエロい使命だった。

【R18】もう一度セックスに溺れて

ちゅー
恋愛
-------------------------------------- 「んっ…くっ…♡前よりずっと…ふか、い…」 過分な潤滑液にヌラヌラと光る間口に亀頭が抵抗なく吸い込まれていく。久しぶりに男を受け入れる肉道は最初こそ僅かな狭さを示したものの、愛液にコーティングされ膨張した陰茎を容易く受け入れ、すぐに柔らかな圧力で応えた。 -------------------------------------- 結婚して五年目。互いにまだ若い夫婦は、愛情も、情熱も、熱欲も多分に持ち合わせているはずだった。仕事と家事に忙殺され、いつの間にかお互いが生活要員に成り果ててしまった二人の元へ”夫婦性活を豹変させる”と銘打たれた宝石が届く。

旦那様、そんなに彼女が大切なら私は邸を出ていきます

おてんば松尾
恋愛
彼女は二十歳という若さで、領主の妻として領地と領民を守ってきた。二年後戦地から夫が戻ると、そこには見知らぬ女性の姿があった。連れ帰った親友の恋人とその子供の面倒を見続ける旦那様に、妻のソフィアはとうとう離婚届を突き付ける。 if 主人公の性格が変わります(元サヤ編になります) ※こちらの作品カクヨムにも掲載します

十年目の離婚

杉本凪咲
恋愛
結婚十年目。 夫は離婚を切り出しました。 愛人と、その子供と、一緒に暮らしたいからと。

処理中です...