28 / 47
課題5:僕とボクの話
3:これまでのことと今のこと
しおりを挟む
突然増えた頭痛の種に深々と息を付いていると、しきちゃんがやってきた。どうぞ、とお茶を出し、お菓子を並べ。そのままキッチンに戻ろうとする彼女を呼び止めて、座ってもらう。
彼女は少しだけ不思議そうな顔をして、空いてる席についた。
「そういえば、彼女の名前は聞いた?」
「いや、まだだけど」
「そう、じゃあ紹介するけど。ちょっと待って」
「おう」
柿原には色々と話をしなくてはならないと腹を括る。
協力とか巻き込むとか。そういうのじゃなくて。ここまでやってきてくれたのだから、最低限の話はすべきだ。それが義理というものだろう。聞いた後の事は期待していない。聞かなかった事にしてもいいし、僕から距離を取ってもいい。なんなら記憶を消してやってもいい。だって柿原は人間だ。僕の正体を知ってたからって、この話を受け入れられるかどうかは分からない。
ただ、その話が僕だけで済むのならいいんだけど。そうはいかない。
ここしばらくの体調不良。無断欠席。その原因ときっかけ。
これらの話をするなら、しきちゃんの話も省く訳にはいかない。彼女の許可も必要だ。
どこから話せば良いか少し悩んだ後、彼女と向かい合う。
彼女は、僕と彼のやり取りを黙って見ていた。
「しきちゃん」
「はい」
彼女は僕の言葉を待つように背中を伸ばす。そんな声も耳をくすぐる。僕をまっすぐに見る目から、揺れる髪。首筋へと向けてしまった視線を外す。
やっぱり彼女を直視できない。少しだけ鼓動が早まるのを感じる。でも、背けてばかりではダメなのも分かってる。心の中で小さく気合いを入れる。
視界の隅で柿原がこっちを見ている。感情を悟られるのが嫌で、視界から消すように身体の向きを変えて座り直し、彼女に向き合う。
「えっと。彼の事は?」
聞くつもりはないという意思表示のように携帯を弄り始めた柿原を、視線で示す。
「お名前は、聞いています」
「うん。オーケー。それで、今から柿原に話そうと思ってる事がある」
だけど、と言葉を繋ぐと、彼女はこくりと頷いて言葉を待つ。
「その前に確認しておきたい事があるんだ。多分、しきちゃんに関係ある話、だと思う」
「はい」
彼女は何かを待つように僕をじっと見る。
「答えはイエスかノーだけでもいい。知らないふりをしてもいい」
「はい……」
「僕が夢に見た話なんだけど。灰色の髪に茶色い目の男。もしくは、カノっていう名前。知ってる?」
あの男がなんだかんだで名前を明かさなかったのを思い出した。
僕の過去である意味一番致命的な所を握られてるのに、僕は明かされた分しか知らなかったのがなんだか苛立たしくもある。
そして、彼女の反応は分かりやすかった。
特に後者。名前に目を丸くした。
驚いたように見開かれたその目はみるみるうちに潤み。大きな粒を零した。
「っ!?」
「あ。泣かした」
「ちょっ……柿原は混乱させるような事言わないで!」
焦って何か頬を拭う物を探す。こういう時に良いものが見つからない。仕方ないので身を乗り出し、袖で拭う。一瞬、触れて良いものかとよぎって手が止まったけど、その隙間を彼女の雫が繋いだ。
「ご、ごめんね……! 辛かったら答えなくても――」
僕の声に彼女は小さく首を振った。残った雫が、瞬きで落ちていく。
「いいえ、あまりにも懐かしくて……少し、嬉しい気がしたんです」
そうして彼女は頷き、顔を上げた。
「はい。ボクは、知っています。その名前。香乃は。昔の、ボクの名前です」
あの夢の家に囚われていた座敷童は。
花が香るような、思わず息を呑むような。そんな淡い笑顔で答えてくれた。
「――」
「……お兄さん?」
は、と我に返る。
「う、うん。ありがとう」
「フツーに見蕩れてたな」
うるさい。柿原の言葉は無視して話に戻る。
今の答えではっきりした。僕が夢に見たあの風景は、しきちゃんが話してくれた過去だ。あの男が家を絶やした張本人。彼女に共感し想い焦がれた結果、道を踏み外した殺人鬼だ。
殺人鬼という表現を使うと、その前に見た過去を思い出すけど。関係ないと追い出す。
「えっとね。その頃の話を、聞いたんだ」
「その頃の話、ですか」
そう、と頷く。彼女は不思議そうに首を傾けたが、すぐにどういう事か気付いたようだった。
「あ……ごめんなさ、」
「謝らないで。君のせいじゃない」
そっと制すると、彼女は言葉を詰まらせてこくんと頷いた。
「その話と、君自身の話、僕がしても大丈夫?」
「はい」
「うん。ありがとう」
頭を撫でたくなったけど、今触れるのは多分よろしくない。なのでそのまま柿原に向き直った。
「話はまとまった?」
柿原も携帯をポケットに放り込んで、座り直す。
「まあ、概ね。……で。だ。今から事情を話すんだけど。これを聞いたからと言って、君に何かして欲しいって訳じゃない。聞いた後どうするかは任せる」
「おう」
「うん。で、この話は、僕と彼女、二人の正体と彼女の過去が関わってる」
「うわ。お前の過去とかなんか壮絶そう」
「さらっと酷い事言うよね、君」
「まあな。それで、彼女も関係者か」
「うん」
しきちゃんもこくりと頷き、立ち上がる。それから柿原の前でぺこりと一礼した。
「初めまして。申し遅れました。ボクは、しきと言います。座敷童です」
「座敷童」
繰り返す柿原に彼女は「はい」と頷く。
「そこのお部屋を借りています」
「へえ……」
柿原はそうかあ、とただ頷いた。
「それで。お兄さんの体調は、ボクのせいで」
「いや、しきちゃんのせいじゃ……」
「よし分かった。順を追って話してもらおう」
柿原は「皆まで言うな」と言わんばかりに手で話題を制した。
それもそうだ。あちこち話が飛び回っては、分かるものも分からなくなる。
そうして僕としきちゃんは二人で話し始めた。
僕が吸血鬼で。しきちゃんが座敷童である所から。
夜の公園で出会った事。彼女の血を吸った事。
彼女の家の事。解放と引き換えにその血に受けた呪いの事。
その呪いが、僕の中にもある事。
「それで……」
「それで?」
流れでさらっと話せるかと思ったけれども、言葉が止まった。
柿原が首を傾げて続きを急かす。
「ええと……その」
ちら、としきちゃんを見る。彼女も柿原と同じように、どうして話が止まったのかいう顔をしている。
つまりこれは、僕ひとりが抱き、知っている感情だ。
別にこの想いをばらしてあいつが可哀想、という事は欠片もない。
ただ。僕自身がなんか恥ずかしいのだ。
考えるだけ、感じるだけならまだ良い。けど、それを人に説明するとなると、なんという罰ゲームだと思う。とはいえ、ここで止まってはいけないのだと、僕は自分自身に言い聞かせる。
なんで言い聞かせなければならないのか。ちょっと釈然としないけど。意を決して言葉を吐いた。
彼女は少しだけ不思議そうな顔をして、空いてる席についた。
「そういえば、彼女の名前は聞いた?」
「いや、まだだけど」
「そう、じゃあ紹介するけど。ちょっと待って」
「おう」
柿原には色々と話をしなくてはならないと腹を括る。
協力とか巻き込むとか。そういうのじゃなくて。ここまでやってきてくれたのだから、最低限の話はすべきだ。それが義理というものだろう。聞いた後の事は期待していない。聞かなかった事にしてもいいし、僕から距離を取ってもいい。なんなら記憶を消してやってもいい。だって柿原は人間だ。僕の正体を知ってたからって、この話を受け入れられるかどうかは分からない。
ただ、その話が僕だけで済むのならいいんだけど。そうはいかない。
ここしばらくの体調不良。無断欠席。その原因ときっかけ。
これらの話をするなら、しきちゃんの話も省く訳にはいかない。彼女の許可も必要だ。
どこから話せば良いか少し悩んだ後、彼女と向かい合う。
彼女は、僕と彼のやり取りを黙って見ていた。
「しきちゃん」
「はい」
彼女は僕の言葉を待つように背中を伸ばす。そんな声も耳をくすぐる。僕をまっすぐに見る目から、揺れる髪。首筋へと向けてしまった視線を外す。
やっぱり彼女を直視できない。少しだけ鼓動が早まるのを感じる。でも、背けてばかりではダメなのも分かってる。心の中で小さく気合いを入れる。
視界の隅で柿原がこっちを見ている。感情を悟られるのが嫌で、視界から消すように身体の向きを変えて座り直し、彼女に向き合う。
「えっと。彼の事は?」
聞くつもりはないという意思表示のように携帯を弄り始めた柿原を、視線で示す。
「お名前は、聞いています」
「うん。オーケー。それで、今から柿原に話そうと思ってる事がある」
だけど、と言葉を繋ぐと、彼女はこくりと頷いて言葉を待つ。
「その前に確認しておきたい事があるんだ。多分、しきちゃんに関係ある話、だと思う」
「はい」
彼女は何かを待つように僕をじっと見る。
「答えはイエスかノーだけでもいい。知らないふりをしてもいい」
「はい……」
「僕が夢に見た話なんだけど。灰色の髪に茶色い目の男。もしくは、カノっていう名前。知ってる?」
あの男がなんだかんだで名前を明かさなかったのを思い出した。
僕の過去である意味一番致命的な所を握られてるのに、僕は明かされた分しか知らなかったのがなんだか苛立たしくもある。
そして、彼女の反応は分かりやすかった。
特に後者。名前に目を丸くした。
驚いたように見開かれたその目はみるみるうちに潤み。大きな粒を零した。
「っ!?」
「あ。泣かした」
「ちょっ……柿原は混乱させるような事言わないで!」
焦って何か頬を拭う物を探す。こういう時に良いものが見つからない。仕方ないので身を乗り出し、袖で拭う。一瞬、触れて良いものかとよぎって手が止まったけど、その隙間を彼女の雫が繋いだ。
「ご、ごめんね……! 辛かったら答えなくても――」
僕の声に彼女は小さく首を振った。残った雫が、瞬きで落ちていく。
「いいえ、あまりにも懐かしくて……少し、嬉しい気がしたんです」
そうして彼女は頷き、顔を上げた。
「はい。ボクは、知っています。その名前。香乃は。昔の、ボクの名前です」
あの夢の家に囚われていた座敷童は。
花が香るような、思わず息を呑むような。そんな淡い笑顔で答えてくれた。
「――」
「……お兄さん?」
は、と我に返る。
「う、うん。ありがとう」
「フツーに見蕩れてたな」
うるさい。柿原の言葉は無視して話に戻る。
今の答えではっきりした。僕が夢に見たあの風景は、しきちゃんが話してくれた過去だ。あの男が家を絶やした張本人。彼女に共感し想い焦がれた結果、道を踏み外した殺人鬼だ。
殺人鬼という表現を使うと、その前に見た過去を思い出すけど。関係ないと追い出す。
「えっとね。その頃の話を、聞いたんだ」
「その頃の話、ですか」
そう、と頷く。彼女は不思議そうに首を傾けたが、すぐにどういう事か気付いたようだった。
「あ……ごめんなさ、」
「謝らないで。君のせいじゃない」
そっと制すると、彼女は言葉を詰まらせてこくんと頷いた。
「その話と、君自身の話、僕がしても大丈夫?」
「はい」
「うん。ありがとう」
頭を撫でたくなったけど、今触れるのは多分よろしくない。なのでそのまま柿原に向き直った。
「話はまとまった?」
柿原も携帯をポケットに放り込んで、座り直す。
「まあ、概ね。……で。だ。今から事情を話すんだけど。これを聞いたからと言って、君に何かして欲しいって訳じゃない。聞いた後どうするかは任せる」
「おう」
「うん。で、この話は、僕と彼女、二人の正体と彼女の過去が関わってる」
「うわ。お前の過去とかなんか壮絶そう」
「さらっと酷い事言うよね、君」
「まあな。それで、彼女も関係者か」
「うん」
しきちゃんもこくりと頷き、立ち上がる。それから柿原の前でぺこりと一礼した。
「初めまして。申し遅れました。ボクは、しきと言います。座敷童です」
「座敷童」
繰り返す柿原に彼女は「はい」と頷く。
「そこのお部屋を借りています」
「へえ……」
柿原はそうかあ、とただ頷いた。
「それで。お兄さんの体調は、ボクのせいで」
「いや、しきちゃんのせいじゃ……」
「よし分かった。順を追って話してもらおう」
柿原は「皆まで言うな」と言わんばかりに手で話題を制した。
それもそうだ。あちこち話が飛び回っては、分かるものも分からなくなる。
そうして僕としきちゃんは二人で話し始めた。
僕が吸血鬼で。しきちゃんが座敷童である所から。
夜の公園で出会った事。彼女の血を吸った事。
彼女の家の事。解放と引き換えにその血に受けた呪いの事。
その呪いが、僕の中にもある事。
「それで……」
「それで?」
流れでさらっと話せるかと思ったけれども、言葉が止まった。
柿原が首を傾げて続きを急かす。
「ええと……その」
ちら、としきちゃんを見る。彼女も柿原と同じように、どうして話が止まったのかいう顔をしている。
つまりこれは、僕ひとりが抱き、知っている感情だ。
別にこの想いをばらしてあいつが可哀想、という事は欠片もない。
ただ。僕自身がなんか恥ずかしいのだ。
考えるだけ、感じるだけならまだ良い。けど、それを人に説明するとなると、なんという罰ゲームだと思う。とはいえ、ここで止まってはいけないのだと、僕は自分自身に言い聞かせる。
なんで言い聞かせなければならないのか。ちょっと釈然としないけど。意を決して言葉を吐いた。
0
お気に入りに追加
3
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。

【完結】仰る通り、貴方の子ではありません
ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは
私に似た待望の男児だった。
なのに認められず、
不貞の濡れ衣を着せられ、
追い出されてしまった。
実家からも勘当され
息子と2人で生きていくことにした。
* 作り話です
* 暇つぶしにどうぞ
* 4万文字未満
* 完結保証付き
* 少し大人表現あり
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

命を狙われたお飾り妃の最後の願い
幌あきら
恋愛
【異世界恋愛・ざまぁ系・ハピエン】
重要な式典の真っ最中、いきなりシャンデリアが落ちた――。狙われたのは王妃イベリナ。
イベリナ妃の命を狙ったのは、国王の愛人ジャスミンだった。
短め連載・完結まで予約済みです。設定ゆるいです。
『ベビ待ち』の女性の心情がでてきます。『逆マタハラ』などの表現もあります。苦手な方はお控えください、すみません。
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?
冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。
オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。
だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。
その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・
「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」
「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」
王子を身籠りました
青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。
王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。
再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる