僕とボクの日常攻略

水無月 龍那

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課題3:僕とボクの体調管理

幕間:彼に会うために必要なことは

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 夜遅い街は相変わらず眩しい。
 ノイスは繁華街をテオと共に歩きながら、チカチカと光る看板に視線を上げる。

 この国に来る前から多少は勉強したし、滞在も長くなった。
 だから簡単な読み書きや、日常的な会話はできる。
 それでも、見上げた看板に書いてある言葉の意味は分からなかった。
 読めたとしてもそれが何を意味するのかは分からない。日本語という物はシンプルなように見えて複雑で、意味が多様で、おかしな位の情報をその中に秘めている。
 本当に理解するためにはもっと触れる必要があるに違いない。

「あれは……なんの看板なのかしら……」
 はて、と首を傾げて隣のテオに聞いてみようと振り返り、顔色の悪さに気がついた。
 普段から顔色が良い方ではないが、表情も不快そうに歪んでいる。
「テオ? どうしたの?」
「……いや、ちょっと……」
 彼は口を手で覆って言葉を濁す。そのままふらふらと道の端に寄り、適当なベンチに座り込んだ。呼吸も辛いのか、時折大きく息をつく。
「テオ? どこの具合が悪いの?」
「具合って言うか……うん。それより……」
 水かなにか、お願いして良いかな。という彼の頼みに、「分かったわ」と頷いて近くの自動販売機で水を買う。一足飛びに飛びたい気持ちを堪えながら、テオの元に駆け戻る。
「水、買ってきたわよ」
「ああ、ありが――」
 ノイスの声に顔を上げたテオは、何かに気付いたように動きを止めた。
「ねえ、テオ?」
 声をかける。聞こえてないようだ。行き交う人混みを見つめている。
 振り返ってみるけど、背の低いノイスには、テオと同じものは見えない。
「ねえってば」
 振り向かない。口を押さえていた手が宙に浮く。もう一度――と、口を開いた瞬間、彼の口元が動いた。

「見つ、けた」
 その顔は何かを耐えるように歪んでいたけど。
 確かにそう言った。

「テオ、どうしたの?」
 何か見つけたの? と水を頬に当てると、彼はようやく気付いた様子でこっちを見た。
「ああ。すまないね」
「もう、テオったらいつもそう。興味深い物を見つけたら周りが見えなくなっちゃうのよ」
 ただでさえ髪の毛で隠れてるのに、と頬を膨らますとテオは「そうだね」と弱々しく笑った。
 受け取った水を飲み、生き返ったように息をつく。
 ふらつきながらも立ち上がったテオを支えると、大きく固い手が頭をくしゃりと撫でた。

「もう立っても大丈夫なの?」
「ああ。今日はもう帰ろう」
「そうね。それがいいかも」
 時計を見ると、いつもより二時間ほど早いけど。ただでさえ健康的とは言い難いテオの顔色の方が心配だった。
 それじゃあ帰ろう、とテオがノイスの背を押す。
 そうして数歩歩くと、テオの手は背を離れた。
 
 □ ■ □
 
 宿に帰ってくると、テオはベッドの上で読書をし始めた。
「ちょっとテオ。寝てなくていいの?」
「ああ、もう大丈夫だよ」
 そう言われてみると、顔色もいくらか戻っているようだった。
「それにしても、さっきは一体何だったの?」
 テレビのチャンネルを回しながらノイスが問うと「うん、まあね」とテオは本から目を離さずに頷いた。
「やっと見つけたんだ」
「――え?」
 見つかったの!? と、思わずリモコンを放り投げ、テオのベッドへ飛び乗る。
 読んでいた本を取り上げ、その視線の下に潜り込む。

「見つけたって。ずっと探してた彼?」
「そう。ウィル。なんか体調悪そうだったけど、あの土に染みたような血の匂いは」
 間違いないよと頷いて「それにしても」と言葉を続けた。
「あの匂いだけはちょっとどうにかならないかな……。近寄りすぎると気分が悪くなる」
「ああ、それで具合が悪くなってたの?」
「そう。あれじゃあしばらく近付けなさそう」
 でも、こういう場合の対処法って何かあったかな……と、テオは呟く。
「じゃあ私がコンタクトしてみる?」
「そうだね……それが良いかな。まずは、あの匂いの原因を絶たないと」
 そうね。とノイスは考える。
 彼の言う匂いが、彼の血に起因するのなら。
「血を抜いてしまえば薄まるかしら?」
「ああ、それは良いかもね」
 テオはベッドに倒れ込んで言う。顔を覆っていた髪から、瞳が覗く。
「ウィルと話ができればいいんだけど。でも、きっと彼は警戒するだろうな……」
「そんなの後でどうとでもなるんじゃない?」
 そうかもね、とテオはくすくすと笑った。
「あとは」
「?」
「この辺が行動範囲内なのは分かったけど、詳細な場所までは分からない。だから――もう少し、絞り込まないとね」
「そうね。計画は周到かつ繊細に。行動は盛大かつ大胆に」
 さっき放り投げたリモコンをふわりと浮かし、自分の手元へ勢いよく飛ばす。
 それをぱし、っと受け止めて、ノイスはにっこりと笑った。
「大丈夫。うまくいくわ」

 そうしてチャンネルを再び回しながら、ノイスは「そういえば」と話題を切り替える。
「この間、散歩でとっても素敵な教会を見つけたの。小さいけどお庭がとっても綺麗なの」
「へえ」
「ね。今度行ってきても良いかしら?」
 ノイスの声はとてもうきうきしていたのだろう。テオがくすりと笑ったのが聞こえた。
「ちょっと。そこは笑う所じゃないわ」
「いや、なんだか楽しそうなノイスは久しぶりだと思って」
「そうかしら?」
「そうだよ。日本に来て興味深そうな事は多かったけど、そんな声は久しぶりだ」
 まるで。と一旦言葉を切って。
「そうだな。まるで――どこにでも居る少女みたいだ」
「あら。私、その通りよ? 失礼しちゃうわね」
 頬を軽く膨らませると、「気を悪くしたらすまないね」という声だけが悪気なさそうに返ってきた。
「それで……教会だっけ。まあ。うん。良いんじゃないかな」
 行っておいでよ。と言うテオの声は少しだけ眠そうだった。
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