7 / 47
課題2:僕とボクの距離感
1:彼女にどうすれば許してもらえるか
しおりを挟む
朝。
僕はダイニングのソファで目を覚ます。
毛布を畳み、顔を洗って着替える。
トーストを焼き、目玉焼きを作る。いつも通りの朝だ。
そしてテーブルに二人分の朝食を並べた所で、僕はひとつのドアへと向き合う。
本来ならこの先は僕の寝室なんだけど。昨日から小さな女の子が籠城している。
原因は僕自身にあるので、無理な事は言えない。反省しきりである。
今日は返事をしてくれるだろうか。かすかな希望を持ってノックする。
「しきちゃん。朝ご飯できたよ」
返事はない。僕は随分と彼女を怒らせてしまったらしい。相手のことを忘れて血を飲むなんて、これまでにない失態だ。仕方がない。
このまま出て行ってしまうのではないかと思ったけど、彼女はこうして僕の寝室を占拠し続けている。
ここを住処と決めたからなのか。理由は分からない。
とりあえず出てきたらちゃんと謝らなくては、と思いながら手つかずの朝食にラップをかけておく。
「えっと。今日は学校があるから出掛けてくるよ。ご飯はテーブルの上に置いておくからね。レンジで温めて食べて。お昼には帰ってくる」
返事のないドアに声だけ投げて。鞄を肩にかけ、玄関に立つ。
「それじゃあ、行ってきます」
そうして僕は、学校へと向かう。
今日もいい天気だ。原付の座席が日差しを浴びて暖かくなっていた。座席の下からヘルメットを取り出し、代わりに鞄を放り込む。
学校までさほど距離はない。原付ならば十分もあれば着く距離だ。冷たい風を頬に受けながら、慣れた道を走る。
まだまだ日差しは柔らかいが、これが夏になるととても辛い。
もう一ヶ月も経てば桜並木になる木々をくぐって向かう道すがら、返事のなかった部屋の事を思い返す。
彼女はあの部屋から出てこない。鍵は相変わらずかかったまま。気配はあるのに姿を見せてくれないのは、彼女なりに何か思う所があるのだろう。
ならば、無理にどうこうする事もできない。僕は待つしかなかった。
「……どうしたら許してもらえるかなあ」
そんな呟きはエンジン音に紛れ、春の近さを感じさせる陽気に消えていった。
□ ■ □
講義室に入ると、よくつるむ友人――柿原が僕をいち早く見つけて手を振ってきた。
短く整えた茶色い髪に茶色い瞳。年相応の背格好の彼は、何故か僕と一緒に居ることが多い。きっかけは忘れてしまったけど、気は合うし、別に離れる理由もない。
「おー、須藤。こっちこっち」
呼ばれるままに席へ向かい、空いてる所に席に座る。
しきちゃんご飯食べてるかな、なんて考えながら教科書を取り出していると、柿原は不思議そうに声をかけてきた。
「須藤」
「うん?」
「なんか浮かない顔してんけど。どうした?」
「え」
「なんつーか。溜息つきそうな顔?」
鋭い指摘に思わず口ごもる。それを肯定と捉えた彼は「どうした、相談なら乗るぞ?」と身体を寄せてきた。その目には「好奇心」とばっちり書いてある。
小さく息をついて、誤魔化す事は早々に諦める。
ここで誤魔化した所で引き下がってくれるような奴ではない。まあ、相談事には割と乗ってくれる方だ。少し位なら、話してみてもいいだろうか。
「ちょっとね、ケンカしちゃって」
「何、彼女? できたんなら言えよ水臭い」
「いやいやそんな」
ぱたぱたと手を振って否定する。あの子を彼女なんて言ったらきっと怒られてしまう。
「女の子は正解だけど……親戚の子」
「親戚かあ」
うん、と頷くと彼はふむふむと考え込む。
「いや、僕が悪いのは確かなんだ。でも、どうやったら許してもらえるか分からなくて」
「ちゃんと謝ったのか?」
「一応……」
「じゃあ、あとは時間の問題だろうけど……そうだな、好きな物とか分かんないの?」
好きなもの、と思わず繰り返す。
「そ、好きな物。アクセサリーでも、食事でも、何でもいいからさ。プレゼントしたりすると機嫌も良くなるんじゃないか?」
なるほど、と頷いていると担当の教師が入ってきた。
「ありがとう、ちょっと考えてみる」
「おうよ」
彼はにっかりと笑ってから、教科書を取り出しにかかった。
ノートに日付を入れながら、考える。
彼女の好きなものは何だろう。
アクセサリー、は違う気がする。となると食事だろうか。誰かと食べたことはないと言ってたけど、嫌いではなさそうだった。でも、部屋から出てきてくれないのに外食はハードルが高い。となると、手料理。ある程度の料理だったら作れるけれども、彼女の好きな食べ物が分からない。そもそも、トーストであの反応だ。洋食自体に馴染みがないのかもしれない。和食なら……? どうもピンと来ない。
講義の板書をノートに写しながら、考える。
実際に帰って聞いてみた方が良いのかもしれない。肉じゃがとかハンバーグとか。あとスパゲティとか。もしかしたら好きなものがあるかもしれないし。
そうと決まれば帰った時に聞いてみよう。返事がないなら、返事があるまで待とう。
決めたらなんだか気が楽になった。
僕はダイニングのソファで目を覚ます。
毛布を畳み、顔を洗って着替える。
トーストを焼き、目玉焼きを作る。いつも通りの朝だ。
そしてテーブルに二人分の朝食を並べた所で、僕はひとつのドアへと向き合う。
本来ならこの先は僕の寝室なんだけど。昨日から小さな女の子が籠城している。
原因は僕自身にあるので、無理な事は言えない。反省しきりである。
今日は返事をしてくれるだろうか。かすかな希望を持ってノックする。
「しきちゃん。朝ご飯できたよ」
返事はない。僕は随分と彼女を怒らせてしまったらしい。相手のことを忘れて血を飲むなんて、これまでにない失態だ。仕方がない。
このまま出て行ってしまうのではないかと思ったけど、彼女はこうして僕の寝室を占拠し続けている。
ここを住処と決めたからなのか。理由は分からない。
とりあえず出てきたらちゃんと謝らなくては、と思いながら手つかずの朝食にラップをかけておく。
「えっと。今日は学校があるから出掛けてくるよ。ご飯はテーブルの上に置いておくからね。レンジで温めて食べて。お昼には帰ってくる」
返事のないドアに声だけ投げて。鞄を肩にかけ、玄関に立つ。
「それじゃあ、行ってきます」
そうして僕は、学校へと向かう。
今日もいい天気だ。原付の座席が日差しを浴びて暖かくなっていた。座席の下からヘルメットを取り出し、代わりに鞄を放り込む。
学校までさほど距離はない。原付ならば十分もあれば着く距離だ。冷たい風を頬に受けながら、慣れた道を走る。
まだまだ日差しは柔らかいが、これが夏になるととても辛い。
もう一ヶ月も経てば桜並木になる木々をくぐって向かう道すがら、返事のなかった部屋の事を思い返す。
彼女はあの部屋から出てこない。鍵は相変わらずかかったまま。気配はあるのに姿を見せてくれないのは、彼女なりに何か思う所があるのだろう。
ならば、無理にどうこうする事もできない。僕は待つしかなかった。
「……どうしたら許してもらえるかなあ」
そんな呟きはエンジン音に紛れ、春の近さを感じさせる陽気に消えていった。
□ ■ □
講義室に入ると、よくつるむ友人――柿原が僕をいち早く見つけて手を振ってきた。
短く整えた茶色い髪に茶色い瞳。年相応の背格好の彼は、何故か僕と一緒に居ることが多い。きっかけは忘れてしまったけど、気は合うし、別に離れる理由もない。
「おー、須藤。こっちこっち」
呼ばれるままに席へ向かい、空いてる所に席に座る。
しきちゃんご飯食べてるかな、なんて考えながら教科書を取り出していると、柿原は不思議そうに声をかけてきた。
「須藤」
「うん?」
「なんか浮かない顔してんけど。どうした?」
「え」
「なんつーか。溜息つきそうな顔?」
鋭い指摘に思わず口ごもる。それを肯定と捉えた彼は「どうした、相談なら乗るぞ?」と身体を寄せてきた。その目には「好奇心」とばっちり書いてある。
小さく息をついて、誤魔化す事は早々に諦める。
ここで誤魔化した所で引き下がってくれるような奴ではない。まあ、相談事には割と乗ってくれる方だ。少し位なら、話してみてもいいだろうか。
「ちょっとね、ケンカしちゃって」
「何、彼女? できたんなら言えよ水臭い」
「いやいやそんな」
ぱたぱたと手を振って否定する。あの子を彼女なんて言ったらきっと怒られてしまう。
「女の子は正解だけど……親戚の子」
「親戚かあ」
うん、と頷くと彼はふむふむと考え込む。
「いや、僕が悪いのは確かなんだ。でも、どうやったら許してもらえるか分からなくて」
「ちゃんと謝ったのか?」
「一応……」
「じゃあ、あとは時間の問題だろうけど……そうだな、好きな物とか分かんないの?」
好きなもの、と思わず繰り返す。
「そ、好きな物。アクセサリーでも、食事でも、何でもいいからさ。プレゼントしたりすると機嫌も良くなるんじゃないか?」
なるほど、と頷いていると担当の教師が入ってきた。
「ありがとう、ちょっと考えてみる」
「おうよ」
彼はにっかりと笑ってから、教科書を取り出しにかかった。
ノートに日付を入れながら、考える。
彼女の好きなものは何だろう。
アクセサリー、は違う気がする。となると食事だろうか。誰かと食べたことはないと言ってたけど、嫌いではなさそうだった。でも、部屋から出てきてくれないのに外食はハードルが高い。となると、手料理。ある程度の料理だったら作れるけれども、彼女の好きな食べ物が分からない。そもそも、トーストであの反応だ。洋食自体に馴染みがないのかもしれない。和食なら……? どうもピンと来ない。
講義の板書をノートに写しながら、考える。
実際に帰って聞いてみた方が良いのかもしれない。肉じゃがとかハンバーグとか。あとスパゲティとか。もしかしたら好きなものがあるかもしれないし。
そうと決まれば帰った時に聞いてみよう。返事がないなら、返事があるまで待とう。
決めたらなんだか気が楽になった。
0
お気に入りに追加
3
あなたにおすすめの小説
保健室の秘密...
とんすけ
大衆娯楽
僕のクラスには、保健室に登校している「吉田さん」という女の子がいた。
吉田さんは目が大きくてとても可愛らしく、いつも艶々な髪をなびかせていた。
吉田さんはクラスにあまりなじめておらず、朝のHRが終わると帰りの時間まで保健室で過ごしていた。
僕は吉田さんと話したことはなかったけれど、大人っぽさと綺麗な容姿を持つ吉田さんに密かに惹かれていた。
そんな吉田さんには、ある噂があった。
「授業中に保健室に行けば、性処理をしてくれる子がいる」
それが吉田さんだと、男子の間で噂になっていた。
アルバートの屈辱
プラネットプラント
恋愛
妻の姉に恋をして妻を蔑ろにするアルバートとそんな夫を愛するのを諦めてしまった妻の話。
『詰んでる不憫系悪役令嬢はチャラ男騎士として生活しています』の10年ほど前の話ですが、ほぼ無関係なので単体で読めます。
娼館で元夫と再会しました
無味無臭(不定期更新)
恋愛
公爵家に嫁いですぐ、寡黙な夫と厳格な義父母との関係に悩みホームシックにもなった私は、ついに耐えきれず離縁状を机に置いて嫁ぎ先から逃げ出した。
しかし実家に帰っても、そこに私の居場所はない。
連れ戻されてしまうと危惧した私は、自らの体を売って生計を立てることにした。
「シーク様…」
どうして貴方がここに?
元夫と娼館で再会してしまうなんて、なんという不運なの!
愛想を尽かした女と尽かされた男
火野村志紀
恋愛
※全16話となります。
「そうですか。今まであなたに尽くしていた私は側妃扱いで、急に湧いて出てきた彼女が正妃だと? どうぞ、お好きになさって。その代わり私も好きにしますので」
裏切りの先にあるもの
マツユキ
恋愛
侯爵令嬢のセシルには幼い頃に王家が決めた婚約者がいた。
結婚式の日取りも決まり数か月後の挙式を楽しみにしていたセシル。ある日姉の部屋を訪ねると婚約者であるはずの人が姉と口づけをかわしている所に遭遇する。傷つくセシルだったが新たな出会いがセシルを幸せへと導いていく。
セレナの居場所 ~下賜された側妃~
緑谷めい
恋愛
後宮が廃され、国王エドガルドの側妃だったセレナは、ルーベン・アルファーロ侯爵に下賜された。自らの新たな居場所を作ろうと努力するセレナだったが、夫ルーベンの幼馴染だという伯爵家令嬢クラーラが頻繁に屋敷を訪れることに違和感を覚える。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる