愛されたいと想うこと

鈴屋埜猫

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8ライバル?

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 何故、こんなことになっているのだろう。柚姫はそう思いながらも、必死で営業スマイルを作り上げる。

「お待たせ致しました。ポタージュスープでございます」

「……柚姫さん?」

 目の前に置かれたスープには目もくれず、柚姫を見上げるのは誰でもない仁彦だった。しかし、その視線を軽く受け流し、柚姫は配膳を続ける。

「ごゆっくりお過ごしください」

「ありがとう」

 仁彦の向かいに座る女性がにこやかに応じてくる。その女性は以前、街中で仁彦と一緒にいるのを見かけた女性だった。
 何か言いたげな仁彦をスルーし、すみやかにバックヤードに下がった柚姫は壁に手を付き胸を押さえる。なんとか平静を装っていたが、動揺している自分に驚いていた。

「沙原さん、三番テーブルにお願いします」

「はい、分かりました」

 大学入学と同時に始めた、ホテルレストランでのアルバイト。父との関係が希薄なお陰で、父の仕事関係のお客が来ても挨拶程度しかしたことがない柚姫に気付く人は希だった。だからこそ、柚姫自身の知り合いに会うことはないだろうと思っていたのに、まさかこんなことになるとは。
 だが、お昼の忙しい時間帯に休んでいる暇はない。柚姫は絶妙に仁彦たちのテーブルを避けながら、ホールの仕事をこなしていった。

「あの、すみません」

「はい?」

 バックヤードに戻る寸前、呼び止められた柚姫は振り返るなり固まった。

「沙原、柚姫さん……ですよね?」

 にこやかに佇む女性は、仁彦と一緒にいた人。青いワンピースに白のカーディガンを羽織り、長い髪をゆるく編んだ姿は美しかった。

「そうですが……」

 とっさに営業スマイルを浮かべたが、頬がひきつっているのが自分でも分かる。そんな柚姫に、女性は困ったように笑った。

「貴女……学生さん? それで、仁彦さんの許嫁だなんて、何の冗談かしら」

 口元に指先を当て、微笑む女性の目は笑っていない。

「貴女みたいなお子様に振り回されて、仁彦さんが可哀想だわ」

 彼女は動けずにいる柚姫の横に来て立ち止まると、柚姫にだけ聞こえるように囁いた。

「学生さんは大人しく、学校のお勉強をなさったら? 仁彦さんのことなら、私に任せてちょうだいな。身も心も、私なら満足させてあげられるんだから」

「……っ」

 柚姫の肩を軽く叩き、女性は颯爽と去っていく。軽くめまいを覚えたが、今はまだ勤務時間。休む間もなく、柚姫は仕事に追われていった。
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