愛されたいと想うこと

鈴屋埜猫

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6文化祭

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 四條仁彦は仕事から帰り、ポストを開けた状態で固まっていた。
 彼の視線の先にあるのは、A4サイズの茶封筒。若干の厚みがあるそれは裏返しになっていて、左下に書いてある差出人の名前が露になっていた。

「柚姫さん……」

 綺麗な字で書かれた名は、沙原柚姫。許嫁からの郵便物に一瞬心が踊ったが、厚みと大きさ、そして時期から中身を予測した彼の心は冷えていく。
 それでももしかしたら、と期待を込めて開けた中身を確認した仁彦は、予測した通りの結果に落胆した。

『パンフレットが出来たら、お渡ししますね』

 そう言った柚姫の言葉に、勝手に手渡しを期待したのは仁彦だ。パンフレットを口実に会えるかもしれない、と思っていた矢先に送られてきたそれに、勝手に落胆しているのも。
 一緒に同封された手紙には、柚姫らしい律儀な言葉が並んでいた。

『お忙しいとは思いますが、お時間がありましたら、おいでください』

 その文字を穴が開く程、何度も見返した仁彦は、ようやく顔を上げる。
 柚姫の大学の文化祭まであと十日あまり。彼女に会えることはもちろんだが、声だけであれだけの演技力だったのを、今度は演劇で見られることに、仁彦の期待は高まっていった。


 * * *


 大学の敷地内に入ると、そこは別世界のようだった。
 お揃いのコスチュームに身を包み、段ボールに手書きした看板を手に呼び込みをする学生。買ったものを手に楽しげに談笑している、学生の友人や親族らしき姿。その全員が、文化祭の雰囲気に染まっていた。
 仁彦はその人々の間を掻い潜り、校内へと入っていく。壁に貼られた案内に従い階段を上がっていくと、演劇部が公演をする講堂が見えてきた。

「開演まで、もうしばらくお待ちください」

 入り口でチラシを配っていた少女が、仁彦ににっこりと微笑んだ。仁彦も微笑み返し、講堂の前方辺りに席を見付け腰を下ろす。そこは舞台の中央からわずかに左側ではあったが、十分に全体は見れる位置だった。
 仁彦はそこで、手渡されたチラシを見てみる。

『演劇部オリジナル脚本、塔の中の姫君
 主演、沙原柚姫』

「柚姫さん、主役なんだ……」

 チラシのデザインはイラストで、泣いている少女とマントを着た男性、そして王冠を着けた男性が描かれている。他の出演者の中には、将の名前もあった。
 どうやら、物語は暴君である父王によって、塔に閉じ込められた姫を騎士が救い出すというものらしい。配役は、姫を柚姫が、将が暴君である王を演じるらしかった。
 あっという間に会場は満席となり、仁彦の目の前に座った女性たちがはしゃいだ様子でチラシを見ていた。

「ねぇ、見て。今回の配役」

「あれ? いつもは将先輩が柚姫先輩の相手役なのに、違うんだ」

「高校の時からずっとペアだったんでしょ? お似合いだよね」

 在校生らしい三人の女性たちは、楽しげに話している。その内容を不可抗力で聞いてしまっている仁彦は、胸の中にモヤモヤとしたものが生まれるのを感じていた。

「長らくお待たせ致しました。ただいまより、演劇部オリジナル脚本による『塔の中の姫君』を開演致します」

 アナウンスが始まると、それまで話していた誰もが口を閉ざす。電気が消され、開演のブザーが鳴り響く中、舞台の幕が上がった。
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