愛されたいと想うこと

鈴屋埜猫

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3疑惑から秘密の暴露

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 翌日、仁彦との待ち合わせ場所へと向かっていた柚姫は、とある人物に捕まっていた。

「頼む、助けて~」

「もー、うるさいっ!」

 泣き出しそうな声を上げ、柚姫の腕にすがり付く男。同じ大学のサークル仲間、浅川将あさかわしょうは巨体を懸命に縮ませる。

「姫、頼むよ~」

「姫って呼ばないで! いい加減、離してっ!」

 身長差、三十センチ。おまけに小さい頃から柔道をしている彼は、筋骨粒々。そんな男にすがり付かれ、柚姫は動きたくても動けなかった。

「ちょ、本当……離してったら!」

 仁彦との約束の時間まであと少し。別に間に合わないわけではなかったが、将に関わると余計な時間を食うことは明白だった。
 なんとか振り払おうともがいていると、ふいに体が引かれ、将に掴まれていた腕が解放される。驚いて見上げた先には、柚姫の肩を抱き、将を見据える仁彦の笑顔があった。

「失礼……女性に無理強いは感心しないね」

「……誰?」

 ポカンと間抜け面になる将を尻目に、仁彦の笑顔が柚姫へと向けられた。ただ、その目は全く笑っていない。

「柚姫さん、彼は知り合い?」

「え、えぇ……」

 仁彦の射抜くような視線に、柚姫は無意識に身体を硬直させる。何故か分からないが、仁彦が怒っているのが伝わってきた。

「……彼氏?」

「「はい?」」

 思わず上げた声が、将のそれと被ってしまった。すると、仁彦の眉間に深い皺が刻まれる。

「……こんなやつを彼氏にするつもりは微塵もありません」

 何故、そんな勘違いをされたのか分からないが、苛立った柚姫はムッとして仁彦を睨んだ。しばし無言で視線を交錯させる二人に、遠慮がちな将の声が聞こえてきた。

「取り込み中、悪いんだけどさぁ……」

「あー、もうっ! 分かったわ!」

 おどおどしている将を一睨みし、柚姫は仁彦を見上げた。

「申し訳ありませんが、一時間程、時間をください」

「え? 柚姫さん?」

 仁彦の手を取り、柚姫は走り出す。その後ろから将も走って付いてきた。

「事情は後程。まずは、付いてきてください」

 柚姫の言葉に仁彦は問いたいことが山程あったが、迫力に押され口をつぐんだ。


 * * *


 仁彦は自分が連れてこられた場所に、ただただ戸惑っていた。彼を連れてきた柚姫はというと、将を連れ立って合流した別の二人の女の子と話し込んでいる。
 ふと、服の裾が引かれそちらに目を向けると、いつの間にか仁彦の周りを子供たちがぐるりと取り囲んでいた。

「ねぇねぇ、ヒマ?」

「おじちゃん、一緒遊ぶ?」

 同じ空色のスモックを着て、キラキラと目を輝かせる幼稚園児たちに、仁彦は笑顔を向ける。

「いいよ、遊ぼうか」

 なにやら柚姫たちが忙しそうに準備をしている様子を見て、仁彦は自分の役割を勝手に決めた。
 何をやるのかは知らないが、どうやら柚姫たちはこの園児たちに何かを見せるため集まっているらしい。教室の前方で何かを組み立てている柚姫たちと、それに群がる園児たち。そしてそれを何とか阻もうとする保育士たちを見て、仁彦は自分がいる教室の後方に園児たちを集めようと考えた。
 できるだけ園児たちがバラけないよう努めながら遊んでいると、ようやく保育士が声をかけてきた。

「はい、みんな集まって!」

「「はーい!」」

 元気に返事をした園児たちが、仁彦の周りから散っていく。限界まで相手をしていた仁彦はヘトヘトになり、壁に背を預けて溜め息を吐いた。
 見ると、柚姫と将、そして二人の女の子が保育士と共に並んで立っている。そしてその後ろには、布をかけた長テーブルと四角い枠が置いてあった。

「みなさん、こんにちは!」

「「こんにちは!」」

 将が進み出て声をかけると、整列して座った子供たちがそれに応じる。元気いっぱいな声に、将は嬉しそうに笑った。

「私たちは、颯馬学院大学の演劇部です。今日は、みなさんに人形劇を披露しにやって来ました」

 説明する将に合わせて、後ろに立つ柚姫たちが人形を取り出す。

「今日の演目は『白雪姫』です。それでは、はじまりはじまり~」

 一人の女の子を残し、将たちはテーブルの裏へと消えていく。全員が配置についたことを確認し、少し脇にずれた女の子は、一礼すると物語を始めた。

「昔、昔。あるところに、自分は美しいと信じて疑わない女王様がおりました。女王様は、毎日鏡に問い掛けます」

「『鏡よ、鏡。この世で一番美しいのは誰かしら?』」

 現れた女王様の人形が鏡に問い掛ける。その声は、普段より大人びた柚姫の声だと仁彦は気付いた。

「『それは、女王様でございます』」

 女王様に応じた鏡の声は、しゃがれた老人のようだったが、将のものだと推察される。普段とまるで違う二人の声色に、仁彦はただただ驚いていた。
 そして、物語が進むにつれ、その驚きは感心へと変わる。

「『お嬢さん、リンゴはいらんかね?』」

「『まぁ、美味しそう!』」

 もう一人の女の子が白雪姫を演じ、園児たちから食べちゃダメ!と声が上がる。そんな中、仁彦はというと、女王様が化けた老女の声に耳を疑っていた。しかし、人数的にもその声は柚姫以外にいなかった。

「『おぉ! なんと美しい姫だろう』」

 そして、白雪姫を見つけた王子の声。それはしゃがれた老人の声とも、柚姫にすがり付いていた情けない声とも違う将のものだった。

「『小人たちよ、この方は?』」

「『白雪姫でごぜぇます』」

「『悪い女王様の手で、殺されておしまいに……うぅっ』」

 王子に答えた小人は、声色を替えた柚姫ともう一人の女の子。三人だけしかいないはずなのに、次々に登場するキャラクターは、全て被ることも違和感もない。

「……こうして白雪姫は目覚め、王子様と末永く、幸せに暮らしましたとさ。めでたし、めでたし」

 ナレーション担当の女の子がにっこりと微笑むと、園児たちから大きな拍手が沸き起こる。裏から出て、整列した柚姫たちは深々と一礼し、人形劇は幕を閉じた。
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