人外さんと恋をする〜狼さんは怖くない〜

鈴屋埜猫

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ーーー時は遡り。

 『白猫亭』を出たメイベルは、『シャーロット・ベーカリー』を目指していた。いつもなら赤く空を染めているはずの太陽は、分厚い黒雲に覆われている。湿った臭いをまとった風に押し流されてくる黒雲に、メイベルの足は自然と早くなった。

 子供たちはまだパン屋にいるだろうか。そう思いながら角を曲がろうとしたところで、聞き慣れた声が耳に届いてきた。

「どうしよう、おばちゃん!」

 聞こえたそれは、ビルの声だ。それに気付いて、メイベルは走り出した。角を曲がると、『シャーロット・ベーカリー』の店先に立つ二つの影が見えた。足音に気付いたのか、顔を上げたのはシャロンだ。

「女将さん、ビル!? どうしたの?」
「ああ、メイベル……」
「メイ姉ちゃん……」

 シャロンから離れてこちらにすがり付いてきたビルを受け止める。小刻みに震えているその顔は僅かに青白い。

「いったいどうし……」
「メイベル、落ち着いて聞きな」

 ビルの背を撫でるメイベルの肩を、シャロンが掴む。その手も震えていて、いつになく険しい表情にメイベルは口をつぐんだ。

「……クラリアが帰ってこないらしい」
「え……」

「あの子は一足先に帰したんだよ。里親が来るのは明日だろう? 準備もあるだろうからって。そしたら……」
「パンが……落ちてたんだ……」

 シャロンの説明を引き取るように、ビルが続ける。メイベルが視線を向けると、彼は嗚咽を混じらせながらも懸命に言葉を紡いだ。

「帰り道に、おじちゃんが持たせてくれた、パンが……いくつか、誰かに踏まれてて……誰かに……誰かに連れてかれたのかも……っ」
「ビル……」
「ミーネと家も見に行ったんだ。でもいなくて……とにかく知らせないとって、俺……」

「落ち着いて、ビル」
「どうしよう、メイ姉ちゃんっ」

 ブワリと溢れた涙がビルの頬を伝っていく。メイベルは泣き出した彼の抱き寄せた。
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