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発情期が終わったネリスが復帰するとのことで、『白猫亭』の出勤時間が少し遅くなることになった。
午前中はパン屋でのバイト。村の中心街に位置するパン屋『シャーロット・ベーカリー』は、気のいい夫婦が営む小さな店だ。
朝から昼にかけて、客がひっきりなしに訪れる。パンを焼く二人に代わり、陳列と接客を担当するメイベルはてんてこ舞いだ。お陰でいろいろと考える暇もない。
「メイベル、何だか元気がないようだけど、大丈夫かい?」
「何がです? 元気ですよ?」
客の波が引いたのを見計らって、『シャーロット・ベーカリー』の女将、シャロンが声をかけて来た。焼きたてのパンを並べながら答えたメイベルに、彼女はため息を吐く。
「何年、アンタを見て来てると思ってんの。アタシの目は節穴じゃないんだよ」
「女将さん……」
「シスターが亡くなって、孤児院のことはアンタ一人でやることになって。二年間もよく頑張ったよ。子供たちが真っ直ぐ育っているのはアンタが頑張った証だ。でも、だからこそ、アンタ自身の幸せをアタシらは願わずにはいられないんだよ」
厨房の入口でシャロンの夫、ジョセフまでもがメイベルを心配そうに見ている。一見頑固そうに見えるジョセフだが、実際はとても優しい。特に子供に対しては甘い一面がある。きっと早くに亡くした娘と重ね合わせてしまうのだろう。彼女の名前を店名にする程、二人は我が子を愛していた。
「アンタは私ら夫婦にとっては娘も同然だ。話したくないなら無理にとは言わない。けどね、いつでも頼ってくれていいんだよ?」
優しく背中を摩られて、込み上げて来たものをメイベルは必死に飲み込む。だが、恋を自覚した途端に失恋しました、なんて言えるわけがない。
代わりに笑顔を貼り付けて、シャロンにギュッと抱きついた。
「ありがとう、女将さん。旦那さんも。いつも頼りにしてるわ。ってことで、今日もパン、持って帰っていいですか?」
「おやまぁ……」
恐らくメイベルがはぐらかしたのだと分かってはいるだろう。だが、それ以上追及はせず、シャロンはしっかりと抱き返してくれる。
「ルーカスの好きなチョコのパンも焼いたから、持って行きなさい」
厨房に引っ込にながら放たれたジョセフの言葉に、メイベルは反射的に顔を上げる。
「あ、ダメですよ。チョコは取り合いになるから」
「ちゃんと人数分ある」
大量のパンが入った袋を持って戻ってきたジョセフに、シャロンと顔を見合わせて笑い合う。メイベルを元気づけようとしてのことだと思うが、明らかに多すぎる。だが、結局は全部抱えて帰ることになった。
午前中はパン屋でのバイト。村の中心街に位置するパン屋『シャーロット・ベーカリー』は、気のいい夫婦が営む小さな店だ。
朝から昼にかけて、客がひっきりなしに訪れる。パンを焼く二人に代わり、陳列と接客を担当するメイベルはてんてこ舞いだ。お陰でいろいろと考える暇もない。
「メイベル、何だか元気がないようだけど、大丈夫かい?」
「何がです? 元気ですよ?」
客の波が引いたのを見計らって、『シャーロット・ベーカリー』の女将、シャロンが声をかけて来た。焼きたてのパンを並べながら答えたメイベルに、彼女はため息を吐く。
「何年、アンタを見て来てると思ってんの。アタシの目は節穴じゃないんだよ」
「女将さん……」
「シスターが亡くなって、孤児院のことはアンタ一人でやることになって。二年間もよく頑張ったよ。子供たちが真っ直ぐ育っているのはアンタが頑張った証だ。でも、だからこそ、アンタ自身の幸せをアタシらは願わずにはいられないんだよ」
厨房の入口でシャロンの夫、ジョセフまでもがメイベルを心配そうに見ている。一見頑固そうに見えるジョセフだが、実際はとても優しい。特に子供に対しては甘い一面がある。きっと早くに亡くした娘と重ね合わせてしまうのだろう。彼女の名前を店名にする程、二人は我が子を愛していた。
「アンタは私ら夫婦にとっては娘も同然だ。話したくないなら無理にとは言わない。けどね、いつでも頼ってくれていいんだよ?」
優しく背中を摩られて、込み上げて来たものをメイベルは必死に飲み込む。だが、恋を自覚した途端に失恋しました、なんて言えるわけがない。
代わりに笑顔を貼り付けて、シャロンにギュッと抱きついた。
「ありがとう、女将さん。旦那さんも。いつも頼りにしてるわ。ってことで、今日もパン、持って帰っていいですか?」
「おやまぁ……」
恐らくメイベルがはぐらかしたのだと分かってはいるだろう。だが、それ以上追及はせず、シャロンはしっかりと抱き返してくれる。
「ルーカスの好きなチョコのパンも焼いたから、持って行きなさい」
厨房に引っ込にながら放たれたジョセフの言葉に、メイベルは反射的に顔を上げる。
「あ、ダメですよ。チョコは取り合いになるから」
「ちゃんと人数分ある」
大量のパンが入った袋を持って戻ってきたジョセフに、シャロンと顔を見合わせて笑い合う。メイベルを元気づけようとしてのことだと思うが、明らかに多すぎる。だが、結局は全部抱えて帰ることになった。
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