34 / 61
3
6
しおりを挟む
発情期が終わったネリスが復帰するとのことで、『白猫亭』の出勤時間が少し遅くなることになった。
午前中はパン屋でのバイト。村の中心街に位置するパン屋『シャーロット・ベーカリー』は、気のいい夫婦が営む小さな店だ。
朝から昼にかけて、客がひっきりなしに訪れる。パンを焼く二人に代わり、陳列と接客を担当するメイベルはてんてこ舞いだ。お陰でいろいろと考える暇もない。
「メイベル、何だか元気がないようだけど、大丈夫かい?」
「何がです? 元気ですよ?」
客の波が引いたのを見計らって、『シャーロット・ベーカリー』の女将、シャロンが声をかけて来た。焼きたてのパンを並べながら答えたメイベルに、彼女はため息を吐く。
「何年、アンタを見て来てると思ってんの。アタシの目は節穴じゃないんだよ」
「女将さん……」
「シスターが亡くなって、孤児院のことはアンタ一人でやることになって。二年間もよく頑張ったよ。子供たちが真っ直ぐ育っているのはアンタが頑張った証だ。でも、だからこそ、アンタ自身の幸せをアタシらは願わずにはいられないんだよ」
厨房の入口でシャロンの夫、ジョセフまでもがメイベルを心配そうに見ている。一見頑固そうに見えるジョセフだが、実際はとても優しい。特に子供に対しては甘い一面がある。きっと早くに亡くした娘と重ね合わせてしまうのだろう。彼女の名前を店名にする程、二人は我が子を愛していた。
「アンタは私ら夫婦にとっては娘も同然だ。話したくないなら無理にとは言わない。けどね、いつでも頼ってくれていいんだよ?」
優しく背中を摩られて、込み上げて来たものをメイベルは必死に飲み込む。だが、恋を自覚した途端に失恋しました、なんて言えるわけがない。
代わりに笑顔を貼り付けて、シャロンにギュッと抱きついた。
「ありがとう、女将さん。旦那さんも。いつも頼りにしてるわ。ってことで、今日もパン、持って帰っていいですか?」
「おやまぁ……」
恐らくメイベルがはぐらかしたのだと分かってはいるだろう。だが、それ以上追及はせず、シャロンはしっかりと抱き返してくれる。
「ルーカスの好きなチョコのパンも焼いたから、持って行きなさい」
厨房に引っ込にながら放たれたジョセフの言葉に、メイベルは反射的に顔を上げる。
「あ、ダメですよ。チョコは取り合いになるから」
「ちゃんと人数分ある」
大量のパンが入った袋を持って戻ってきたジョセフに、シャロンと顔を見合わせて笑い合う。メイベルを元気づけようとしてのことだと思うが、明らかに多すぎる。だが、結局は全部抱えて帰ることになった。
午前中はパン屋でのバイト。村の中心街に位置するパン屋『シャーロット・ベーカリー』は、気のいい夫婦が営む小さな店だ。
朝から昼にかけて、客がひっきりなしに訪れる。パンを焼く二人に代わり、陳列と接客を担当するメイベルはてんてこ舞いだ。お陰でいろいろと考える暇もない。
「メイベル、何だか元気がないようだけど、大丈夫かい?」
「何がです? 元気ですよ?」
客の波が引いたのを見計らって、『シャーロット・ベーカリー』の女将、シャロンが声をかけて来た。焼きたてのパンを並べながら答えたメイベルに、彼女はため息を吐く。
「何年、アンタを見て来てると思ってんの。アタシの目は節穴じゃないんだよ」
「女将さん……」
「シスターが亡くなって、孤児院のことはアンタ一人でやることになって。二年間もよく頑張ったよ。子供たちが真っ直ぐ育っているのはアンタが頑張った証だ。でも、だからこそ、アンタ自身の幸せをアタシらは願わずにはいられないんだよ」
厨房の入口でシャロンの夫、ジョセフまでもがメイベルを心配そうに見ている。一見頑固そうに見えるジョセフだが、実際はとても優しい。特に子供に対しては甘い一面がある。きっと早くに亡くした娘と重ね合わせてしまうのだろう。彼女の名前を店名にする程、二人は我が子を愛していた。
「アンタは私ら夫婦にとっては娘も同然だ。話したくないなら無理にとは言わない。けどね、いつでも頼ってくれていいんだよ?」
優しく背中を摩られて、込み上げて来たものをメイベルは必死に飲み込む。だが、恋を自覚した途端に失恋しました、なんて言えるわけがない。
代わりに笑顔を貼り付けて、シャロンにギュッと抱きついた。
「ありがとう、女将さん。旦那さんも。いつも頼りにしてるわ。ってことで、今日もパン、持って帰っていいですか?」
「おやまぁ……」
恐らくメイベルがはぐらかしたのだと分かってはいるだろう。だが、それ以上追及はせず、シャロンはしっかりと抱き返してくれる。
「ルーカスの好きなチョコのパンも焼いたから、持って行きなさい」
厨房に引っ込にながら放たれたジョセフの言葉に、メイベルは反射的に顔を上げる。
「あ、ダメですよ。チョコは取り合いになるから」
「ちゃんと人数分ある」
大量のパンが入った袋を持って戻ってきたジョセフに、シャロンと顔を見合わせて笑い合う。メイベルを元気づけようとしてのことだと思うが、明らかに多すぎる。だが、結局は全部抱えて帰ることになった。
0
お気に入りに追加
48
あなたにおすすめの小説
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。


夫が寵姫に夢中ですので、私は離宮で気ままに暮らします
希猫 ゆうみ
恋愛
王妃フランチェスカは見切りをつけた。
国王である夫ゴドウィンは踊り子上がりの寵姫マルベルに夢中で、先に男児を産ませて寵姫の子を王太子にするとまで嘯いている。
隣国王女であったフランチェスカの莫大な持参金と、結婚による同盟が国を支えてるというのに、恩知らずも甚だしい。
「勝手にやってください。私は離宮で気ままに暮らしますので」

今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を
澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。
そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。
だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。
そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。

番から逃げる事にしました
みん
恋愛
リュシエンヌには前世の記憶がある。
前世で人間だった彼女は、結婚を目前に控えたある日、熊族の獣人の番だと判明し、そのまま熊族の領地へ連れ去られてしまった。それからの彼女の人生は大変なもので、最期は番だった自分を恨むように生涯を閉じた。
彼女は200年後、今度は自分が豹の獣人として生まれ変わっていた。そして、そんな記憶を持ったリュシエンヌが番と出会ってしまい、そこから、色んな事に巻き込まれる事になる─と、言うお話です。
❋相変わらずのゆるふわ設定で、メンタルも豆腐並なので、軽い気持ちで読んで下さい。
❋独自設定有りです。
❋他視点の話もあります。
❋誤字脱字は気を付けていますが、あると思います。すみません。

婚約者の本性を暴こうとメイドになったら溺愛されました!
柿崎まつる
恋愛
世継ぎの王女アリスには完璧な婚約者がいる。侯爵家次男のグラシアンだ。容姿端麗・文武両道。名声を求めず、穏やかで他人に優しい。アリスにも紳士的に対応する。だが、完璧すぎる婚約者にかえって不信を覚えたアリスは、彼の本性を探るため侯爵家にメイドとして潜入する。2022eロマンスロイヤル大賞、コミック原作賞を受賞しました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる